#8話 螺旋の矢印
「さて、現状はここまで進んだところだな」
俺は板に張り付けたエンジン改良計画に新たな書き込みをする。
〇1、エンジンの魔力構造が結界と同じであることの確認。
△2、移動する遺産としてのエンジンを成り立たせる秘密の解明。
→仮説『エンジンの中に透明な魔力結晶がある』(シフィー)
3、以上を踏まえてエンジンのスピードアップのための改良を考える。
「次はエンジンの中の透明な魔力とエンジンの性能の関係だ。さっきのボートの魔力測定の結果から、俺たちの当面の目標であるエンジンのスピードを上げるためには、やはり透明な魔力の螺旋回転を強めなくちゃいけない。つまり、エンジン中の透明な魔力にいかに螺旋回転を与える必要があるか。ここまではいいかいシフィー」
「えっと、もう3番に行っちゃうってことですか?」
シフィーは△が付いた2とその横に書かれた透明な魔力結晶仮説を少し不安そうな顔で見る。
「ああ、なるほど。正確には2番と3番の間、あるいは行き来ということになるかな。現状では2番の透明な魔力結晶については直接手が出ない。だから、エンジンの中の透明な魔力をどう操作するか調べるって形で間接的に情報を集める。この点で言えばこれからやるのは2番だ。一方、透明な魔力に螺旋回転を与える仕組みは実際のエンジンのスピードアップに直結する。そういう意味では3番だからね」
最終目的に対する、大まかな方針は貫かないといけない。だが、研究は試行錯誤だ。俺はなるべく丁寧に説明しようとする。この子は真面目だし、俺が決めた方針を絶対視するところがある。
先生である以上、彼女の将来に俺は責任がある。そもそも、騎士でも錬金術士でもあるみたいなシフィーの現状は俺の手伝いをしてくれていたからでもあるのだ。
それに、今はそれどころじゃないが、エンジンの分析と改良がうまくいけばシフィーの騎士としての力を発揮させるような狩猟器に繋がる可能性もある。それこそ彼女自身が言っていたように。
エンジンの改良が第一だが、そこら辺のことも頭に置いておかないといけないな。
「じゃあ、まずはエンジン内の透明な魔力を三色の魔力を使って引き出す実験だ。これはシフィーが頼りだ。リーディア様から例のものを借りてきてるんだよね」
「はい。持ってきてます」
シフィーは肩掛けできる小さな布のカバンから、例の三色の練習用の狩猟器を取り出した。リーディアが子供のころ使っていたものだ。三色の魔力を扱える彼女は、これを使って限定的ながら透明な魔力を操作できる。三本の棒を使って見えない何かをつかむ感じらしいけど、それでも十分すぎるほど強い力だ。
◇ ◇
「……色々分かってきたな」
螺旋回転する球を見ながら俺は言った。エンジンの解析を始めてから三日が経っていた。この間、俺たちはずっと地味な測定を繰り返していた。
シフィーがエンジン内の透明な魔力を引き出し、その回転や色について俺が測定器で調べる。そうやってデータを積み重ねてきたのだ。俺は改めて壁に貼った数字のメモを眺める。
まず、エンジン内に充填された透明な魔力は測定器にも騎士の感覚にも感知できない。だが、三色の魔力により螺旋回転を与えられることによって、検出できるようになる。これはこれまで俺たちが理解している遺産の性質の確認だ。
さらに、三色の魔力とエンジンの透明な魔力の容量は独立している。三色の魔力が残っていても透明な魔力の容量が切れればエンジンは螺旋回転の魔力を生み出さない。逆もまた然りだ。
次に、エンジンの中に蓄えられている透明な魔力結晶(仮定)の大まかな位置と形だ。エンジンのお尻の方からエンジンが出力側に向けて流線型が細まっていく部分。つまり後ろから三分の二くらいの位置にある。形は円筒形だと推測される。
いろいろな位置から測定を繰り返した結果、透明な魔力を蓄える仕組みは単純だと思われる。魔導金属と透明な魔力結晶の二つから主に出来ているであろうことが裏付けられたのは幸いだ。
ここまでは分析としては順調だし、ほぼ予想通りの結果だ。できる範囲内でだが、2番はほぼクリアしたか。このまま順調に行ってくれればいいが。
◇ ◇
「これもやっぱりダメか」
三日後の昼。俺は全く進まなくなった進行表を前にため息をついた。
3番目、透明な魔力の螺旋回転を速めるという最終的な目的に挑もうとした結果、大きな制約があることが分かったのだ。
簡単に言えばスピードと持続力のトレードオフだ。エンジンの表面に描かれる半月型の三色の魔力触媒は、中心部の透明な魔力に螺旋回転を与える。その半月の大きさとその間隔が螺旋回転を強める。ここまでは、極めて単純な仕組みだ。
問題は螺旋回転を強めれば強めるほどエンジンの容量が早く尽きるのだ。つまり、エンジン内の透明な魔力結晶に蓄えられた透明な魔力をより早く放出してしまう。それも、回転の速さに従って加速度的に状況が悪化し、ある一定を過ぎるとスピードも頭打ちになる。
おそらく人間で言えば助走距離のような物で、エンジンがもう少し長ければスピードを上げることができるかもしれないとは考えられるが当然無理なことだ。
つまり、エンジンを一定以上高速回転させることは、魔力の効率が悪いのだ。三色の魔力と透明な魔力が独立している以上、エンジンに三色の魔力を流す三色の魔力結晶をどれだけ増やしても、この問題は解決しない。
そして最も重要なことは、実際にエンジンを動かしてみるとわかったのだが、エンジンに元々刻まれる三色の半月型の魔術回路の大きさや間隔は、この魔力効率に最適化されているようだということだ。
つまり、エンジンは完成しているのだ。さすがはグランドギルド時代の遺産だ。当たり前といえば当たり前だが、俺たちの目的は今よりも優れたエンジンなのでこれはとても困る。
時間がない。レース開始まであと一月。リーディア達の到着まで後三週間だ。
「先生、もう魔力が……」
「ああ、無理させて済まない。今日はここまでにしようか」
これ以上どれだけデータをとっても目的に向かうことはないだろう。努力はしているという自己満足だけになる。シフィーはしっかりやってくれているんだから、先生である俺はちゃんと打開策を考えないといけないんだが……。
「いえ私じゃなくて」
「ああエンジンの充填が切れたのか。じゃあ再充填だけはしておこう」
力仕事は俺の役目だ。木の車にエンジンを載せる。シフィーが開けたドアの方に向かう。車を押し始めた時
「見慣れない紋だな。どこの都市の者だ?」
壁の向こうから男の声が聞こえた。俺は慌てて台車を置くと、外に出た。
そこには二人の男女がいた。年はシフィーより少し上。リーディアと同じくらいか。男子の方は黒髪。女子の方は緑の髪の毛だ。二人ともラウリスの騎士学院の制服を着ている。
「もしかしてリューゼリオンの学生?」
黒髪の男を制して、緑の少女がシフィーに話しかけた。