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#7話 2、透明な魔力結晶?

 高速で移動、旋回するボートの魔力制御についての情報を集め終わった俺とシフィーはブースにもどった。池で取った貴重なデータを整理して、いよいよ実物に向かう。


 〇1、エンジンの魔力構造が結界と同じであることの確認。

  2、移動する遺産としてのエンジンを成り立たせる秘密の解明。

  3、以上を踏まえてエンジンのスピードアップのための改良を考える。


「螺旋回転の透明魔力がエンジンの推進力の主役なのは間違いない。となると次の問題は2だ。エンジンは結界器と違って地脈に繋がっていない。にもかかわらず大量の透明な魔力を放出している。つまり、エンジン内には透明な魔力を蓄える“何か”があることになる」


 エンジンは楕円形の後ろだけを切り取ったような形状だ。お尻の円形の平面を地脈が繋がった台に乗せて充填をする。その何かとは当然透明な魔力だろう。


 稼働していないエンジンから螺旋回転は一切検出されないから、おそらく透明な魔力そのままの形で蓄えられていると考えるのが自然だ。


 次にエンジンの周囲を見る。お尻側に輪のような切れ目があるが、爪すら入らない。とんでもない精度の工作だ。何らかの方法で外せるのかもしれないが、手が出せない。何しろこれは借りものだ。強引に飛び入り参加した未加盟の都市がせっかく貸し与えた、遺産を壊した。外交的なダメージが大きすぎる。


 そして透明な魔力はそのままでは俺たちの測定器でも検出できない。となると今できることは……。


「まずは比重の測定かな」

「比重ですか?」

「ああ、要するにこのエンジンが魔導金属だけでできているか、他の物質も使われているのかを重さで判断するってことだ。これと比較する」


 リューゼリオンから持参した立方体の白金級魔導金属を木箱から取り出した。


「……?」

「ああ、大きさも形も違うよな。だからそれをそろえるためにあるものを使うんだ」


 ブースの壁に並ぶ容器の中からエンジンがすっぽり収まりそうな長方形の容器を用意する。それをもう少し大きな容器の中に入れ、あるもの、つまり水を張る。エンジンをゆっくり沈め、あふれ出た水の量の重さを天秤で測る。次に魔導金属の塊を同様にする。


 エンジンと魔導金属、この二つの物体が押し出した水の量がこの二つの物体の大きさだ。水の性質から、これは両者の形がどれだけ違っていても変わらない。


 次に、エンジンと立方体の魔導金属の重さをはかり、体積として算出したそれぞれの水の量で割る。計算としては簡単なものだ。


「エンジンの比重はこれが純粋な魔導金属の塊だと仮定した場合よりも少し軽いな。おおよそ一割くらいかな」


 ちなみに錬金術の知識の一つだ。この技術には逸話があり、古の王が細工師に黄金の塊を与え彫刻を作らせた。完成した彫刻を納品された王は細工師が黄金をすべて使ったかどうか疑った。形が変わったことをいいことに黄金の一部を懐に入れたのではないかというわけだ。


 そこで王は城下の賢者に、それを確かめる方法を求めた。そこで賢者が考えたのがこの方法だ。実に巧妙な方法ではないか。ちなみに、見事金細工に混ぜ物があることを見破った賢者はどうなったかというと……。


 純金は柔らかすぎてそのままでは細工に向かないという基本的な常識も知らぬ者として物笑いの種になった、という切ない落ちが付いている。


 錬金術がこの理論に注目したのは当然だ。素子論からすれば素子はそれぞれ固有の比重を持つことになる。しかも、黄金の比重は知られている限り他の金属よりも重い。本物の黄金か判別するための重要なテストとされたのだ。


 まあ、こっちも結局黄金は作れなかったという落ちが付いているのだが……。


「とにかく、これでエンジンが単純な魔導金属の塊じゃなくて中に、おそらく中心部に何かがあることが分かった。とはいえ、それが何かは分からないんだけどな」


 単に空洞である可能性もある。中心部に空洞のようなものがあって、その空洞の表面に複雑な魔術陣があって、それが透明な魔力を蓄積する仕組みだったりしたら、これはもうお手上げである。


「仮に空洞だとしたらこのエンジンは中の体積の一割が空洞ということだ」


 耳をエンジンに付け、木槌で恐る恐るエンジンを叩く。反響みたいなものは聞こえない。単純な空洞ということはなさそうだ。となると、異なる二種類以上の材質によって作られていることになる。もちろん、それが何なのかわからないし、複数の材質が組み合わさった物だったらやはり手におえない。


「まあ、現時点では単純な仮定にしておこう。エンジンは魔導金属と透明な魔力を蓄える何らかの物質。その二種類でできている。その物質は魔導金属よりも軽い」


 比重が異なるもう一つの材質なら、空洞の中の秘密魔導陣と違い、錬金術で扱える要素だ。秘密は一つであってほしいところ。


 このエンジンの構造を見る限り、グランドギルドはその秘密を一都市に教えるつもりは全くなさそうだけど。知識の断絶が痛い。やっぱりぶった切りたくなってきたな。


 ……だめだ、ラウリスとの関係がぶった切られる。というか、高等級の魔導金属を綺麗に両断なんてできるわけない。


 その時、黙って俺の話を聞いていたシフィーが顔を上げた。


「もしかして、先生が考えているのは透明な魔力結晶みたいなものでしょうか?」

「…………!?」


 魔力結晶の比重は明らかに魔導金属よりも軽い。魔力結晶は赤、青、緑の三色と決まっていると思っていたが、透明な魔力を蓄える魔力結晶があってもおかしくない。地脈の透明な魔力を蓄えることができる、透明な魔力結晶。なるほど、実にいい仮説じゃないか。


「いいアイデアだよ、シフィー」

「えっ、あ、ありがとうございます? ふぁ」


 俺はシフィーの頭を撫でた。シフィーは真っ赤になってしまう。彼女が学院入学前の初期教育の時にこうしたことがあるから思わずだが、あれからもう三年近くたっている。彼女ももうレディーなわけだから、気を付けないといけない。


 俺はふわふわの髪の毛からさりげなく手を放す。


「こほん。ええと、本当にいいアイデアだと思う。良く思いついたね」

「は、はい。あの、私透明な魔力を使おうとしたらすぐ息切れしちゃうので、そういうものがあればなって思ってたから。そしたら、いつでも先生を……」

「なるほど。言われてみればだな」


 魔導金属だって黒いのがあったのだ、魔力結晶に透明なのがあってもおかしくない。これはエンジンにとどまらない、グランドギルド時代の秘匿技術の重要要素の一つである可能性がある。考えてみればグンバルドの空飛ぶ遺産も地脈にはつながっていない。


「よし、エンジンの中に『透明な魔力結晶』があると仮定する。エンジンが魔導金属と透明な魔力結晶だけでできていると仮定して、魔力結晶の比重は……。魔導金属の半分くらいか。となると、エンジンの体積の二割くらいはこの透明な魔力結晶だってことだな」


 航続距離が短くスピードが速い本来のエンジンとも比較したいところだ。もし、レースで普通に使われるタイプのエンジンの比重がこのエンジンよりも重かった場合、エンジンの航続距離はエンジン内の透明な魔力結晶の量に依存する間接的な証拠になる。


「透明な魔力結晶仮説は魅力的だけど。中を見られない今はここまでだな。ひとまず置いて、エンジンの中の透明な魔力に回転を与える仕組みについて調べて行こう」


 どうしても俺は原理レベルの解明にこだわってしまうが。当面の目的はエンジンの出力アップだ。つまり、透明な魔力に与える螺旋回転を高める方法を見つけなければならない。結局やることは変わらないってことだ。


 その過程で透明な魔力結晶についてもわかってくる可能性もあるし……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 壊れたエンジンは早々に鋳つぶされているでしょうがその際に出る透明な魔力結晶(仮)はどうなるんでしょうね。あんがいそこら辺に捨ててある可能性も有るか。
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