#5話:前半 大会レギュレーション
「先ほどは兄が失礼しました。今、レキウス殿たちの力をお話しするわけにもいかず」
ゴンドラに乗ったところで、クリスティーヌが小さくため息をついた。
「とんでもない」
俺には妹を心配する良い兄に見えた。これはポイントが高い。それに俺とシフィーにも丁寧だった。外交上の配慮もあっただろうし、ところどころ騎士感覚が出ていたが、あの扱いなら上等だ。
妹のやっていることに少し理解が足りないように見えたのは多少気になったが。だが、俺が知ってるだけでも妹姫様の行動の数々は、大概に無茶だったからな。兄なら心配が先に立つのが当然だ。
もしリーディアが同じようなことをやれば、身分を忘れて説教の一つもしたくなるだろう。
「そういえば『提督』といわれていましたが、どのようなお役目なのでしょうか」
「兄は連盟の艦隊の司令官なのです」
なるほど、グンバルドの将軍にラウリスの提督か。空と水の違いはあっても複数の都市の騎士を束ねるという意味では同じ立ち位置だろう。
となると将来ラウリスとグンバルドがぶつかるのならば、直接対決はあの二人ということになる。やはり重要人物だな。よく覚えておかないと。
ゴンドラを降りたら、そこは岬の下の軍港だ。俺たちが乗ってきた大きな魔導艇がドックに引き上げられている。周囲には数隻の三人乗り魔導艇、ラウリス艦隊の制式艇、が並んでいる。
「そうです。同じものと考えていただいて問題ありません。次にエンジンですけど……。ああ、来たようです」
「これは殿下」
二人の灰色の作業着の男が直立不動の姿勢になった。どうやら魔導鍛冶に当たるようだ。彼らの後ろには木製の車付きの台に乗った銀色の物体がある。大きさは両手の指で囲えるくらい。俺たちが知る魔導艇のエンジンよりもずっと小さいが形は似ている。少し太いかな。魔力触媒は塗られていないが、表面の模様は同じ半月型のものが並んでいる。
なるほど、訓練用というだけあって手ごろな大きさだ。実験的に見たら扱いやすくていい。気になることといえば、表面に埃があるように見えることだが……。
「この型ですか?」
「はい。提督殿下からはそのように仰せつかっておりますが」
クリスティーヌは台の上を見て難しい顔になった。灰色の男たちは慌ててエンジンの上の埃を払っている。俺の目には問題ないように見えるが、これは何かあるのか。
…………
「兄上どうしてこの型なのですか。これは本番に用いるものではないはずです」
「私だってそれくらいは分かりますから」とクリスティーヌは兄に問うている。上での仕事を片付けて、おそらく大急ぎで、わざわざこちらに来たレイアード王子だ。隣のマキシムの疲れた顔が印象的だ。
「何か問題があるか? 大会では完走できないことが一番の恥だ。港にたどり着けず漂流したと見なされるのだからな。大会では各都市の列席者の前で、曳航されることになるのだぞ」
問い詰めるような妹に対し、王子の表情には悪意はない。話を聞いているとこのエンジンは初級用のもので、スピードは出ないが航続距離が長いタイプらしい。レースのコースやルールを聞いてみなければ何とも言えないが、実験用としては悪くないのかもしれない。
「大体、練習用でもエンジンは貴重なのだ。飛び入りに近いゲストに使わせるとなると学院も抵抗する。大会運営は学院が中心だからな」
「しかし……」
レイアード視点では正当な理由の数々にクリスティーヌの追求も弱まる。心配そうにこちらを見るクリスに俺は小さくうなずいた。
「では、大会について説明しよう。あそこを見るがいい」
王子が指さしたのは軍港の向こう。湖を引き込んだらしい水面があり、その背後に白い騎士学院の校舎が見える。水面には三角形の標識らしきものが浮き、その間を先ほどの艦艇よりもさらに小さな、一人乗りの船が走っている。
「まずはコースだが。実際の大会は商業港沖で行われるが、基本はあの訓練池と変わりはない。水上に浮かんだ三角の標識の外側を二周して、ゴールにたどり着いた順番がそのまま順位になる」
湖面を複数のボートが走っている。流線型の一人乗り。先端に旗が立っている。ほとんどが青いラウリスのものだが、二艘ほど違う旗が混じっている。コースは長方形の角を丸めたような形。比較的シンプルだ。
「ただ、太湖で船が沈むとエンジンの回収に大きな手間がかかる。そこは覚えておいてほしいな」
王子は言った。やはり徹底的に心配されている。リューゼリオンとしても無理やり参加した上に、そんな形で手間をかけたとなれば顰蹙ものだ。足手まといですと宣伝するようなものだ。
「何か聞きたいことは?」
シフィーに優しい顔で問う。シフィーが俺を見る。俺はメモを開く。選手はリーディアだから、右筆がレギュレーションを確認するのはおかしくない。
「私の方から質問よろしいでしょうか」
「ああ、かまわんぞ」
「連盟に属する都市の数は十以上と聞いておりますが、それだけの数が一度に走るのでしょうか?」
「うん? ああ、今のは予選の説明だ。今年の参加都市は十四、リューゼリオンを入れると十五だな。予選は三組に分かれ五艘が競う。上位二位が本選に進む形になろう」
俺はメモを取りながら王子を見る。
「…………本選についてだが、一周目は予選と変わらない。ただ、二周目でブイの位置が変更される。これは事前にどう変更されるかは明かされない。とはいえコースが多少広がる程度で、順位に影響はほぼないな。まあ、言ってみれば演出だ」
「な、なるほど」
どうやら本選は俺達には関係ないと思われていたらしい。とにかく無事に完走してくれという願いみたいなものを感じる。おそらく妹姫の面目その他を考えてのことかな。
……予選落ちで対等な同盟は無理なんだよな。
「参考までにお聞きしたいのですが、これまではどの都市が優秀な成績を」
俺はベンチマークを求めて訓練池を見ながら言った。
「優勝はここ十年は我がラウリスだな。二位は毎年変わるが、だいたい有力都市である……の三都市だ」
ラウリスが一つ抜けていて、その下に三つくらいの有力都市があるらしい。都市の大きさはそのまま騎士の数だ。不自然なところはないな。となると、少なくともその有力都市と競うくらいの順位は必要か。
よし、レースについては大分見えてきた。次はどうやって勝つかだが……。
2020年5月17日:
来週の投稿は木、日です。