#3話 提案
グンバルドによる一方的な旧ダルムオン領有宣言により、リューゼリオンはラウリスと連携する必要がある。だが、一都市リューゼリオンとラウリス連盟という力の差を考えれば、それは一筋縄ではいかない。東西に割れた騎士院を抱えているとなればなおさらだ。
そこに現れたのが当のラウリス王女クリスティーヌ。しかも、彼女は何か提案があるというのだ。
「提案というのはラウリスとしてということかな」
王が問う。客人への礼儀を守ってはいるが、要するにそういう立場なのかという問いだ。
「残念ながら私の個人としての考えになります。ですが、貴都市にとって利益のある提案をするつもりです。そうですね、今回陛下の騎士団に助けていただいたお礼でしょうか」
小さく腰を折ってみせた態度は殊勝だが、言外に込められた意味はなかなかに強い。
「……ではその提案、聞かせていただこう」
「ありがとうございます。まずは確認なのですが。貴都市のお立場としてはグンバルドの強引な東進は認めがたいと考えてよろしいですね。つまり、共通の利害があるラウリスと手を組むことが望ましい。ですがそうすれば騎士院が割れる」
現状を考えれば確かに推測は成り立つが、まるでこれまでの俺達の話し合いを聞いていたような分析だ。
「よほどの条件でなければ、そうなるであろう。殿下はラウリスがそういう条件を出せると?」
「難しいでしょう。ラウリスは連盟の多くの都市を束ねる立場ですから。これまで連盟に貢献がない遠方の一都市を特別扱いすることは、他都市が黙ってはいません。ラウリスの王宮も騎士院にとっても認めがたいでしょうね。本来ならば。ですが、貴都市は大きな力を隠し持っておられる」
そういって俺を見る。無邪気な笑顔がなぜか少し怖かった。
「どうしようっていうの」
リーディアが声を荒げた。クリスティーヌは穏やかな表情でそれを受け止めた。
「ラウリス連盟の都市の前で、その力を示していただけばよいのです」
当たり前のように言うのは、俺が答えを出せなかった問題だ。彼女はその答えを持っているというのか。固唾をのんで優美な姫君の言葉を待つ。
「ラウリスでは年に一度魔導艇レースが開催されます。連盟各都市の学生が訓練用小型魔導艇の技量を競う大会です。私が貴都市が参加できるよう働きかけましょう。この大会の上位入賞は都市にとって大きな名誉です。初参加でということになればなおさらですね」
連盟全ての都市が注目するレース。なるほど、そこで良い成績を収めれば、これ以上ない形でリューゼリオンの力を連盟に示すことになる。
「し、しかし、リューゼリオンにとって初めて扱う魔導艇でそれだけの成績を出すのは」
文官長がたまりかねたように言った。そう、これぞ無理難題ではないか。
「そうでしょうか? 私は目の前で見せられました。私たちの魔導艇のエンジンを、私たちよりもずっとうまく扱えることを。驚きました、魔導艇はラウリス連盟の力の源ですよ」
そうですよね、と言わんばかりに綺麗な瞳が俺に向く。俺がラウリスに提示できると考えたリューゼリオンの力は確かにそこだ。俺が思いつかなかったそれを明確に示す方法、いや舞台の存在を彼女は知っていたわけだ。
なるほど、ピタリとはまる、はまるのだが……。どう考えても過大評価されているぞ。誰か止めてくれと左右を見る。
「我がリューゼリオンの秘匿技術をさらせというわけ。あなたもそれで助かったのだけれど」
リーディアが険のある瞳でクリスティーヌを見ながら言った。そうじゃなくて、まず前提として出来る出来ないの話をして欲しいのだけど……。
「こう言っては御腹立ちになられるでしょうが、その秘密は私を通じてラウリスに伝わる運命にあります。ですから、お助けいただいたお礼と申し上げました」
悪びれないほほ笑みと共に言ってのけた。文句を言おうと口を開こうとしたリーディアが絶句している。
いやまあ、彼女の暗殺を防ぐために秘密をばらしたのに、その秘密を守るために彼女を消すというのは意味が分からなくなるけど。
「私の提案は以上です。レースで結果を出してくだされば、連盟にリューゼリオンの価値を疑う都市はなくなります。私がそうなるように図りましょう。リューゼリオンとラウリスの為に、いいえ今後のこの大陸の為に」
「なるほど、悪い取引ではないかもしれぬ」
王が言った。どうやらラウリスとの、いやクリスティーヌとの協力体制という、グンバルドの将軍のおかげで先送りになっていた問題にも答えが出たようだ。クリスティーヌを通じてラウリスとの関係の確立は現状、選べる中ではベストに近いだろう。
ただ、それがレースでの勝利に依存するのはどうなのだ。リューゼリオンの選手は全く経験のない魔導艇の操縦で、おそらく何年も訓練を受けてきた連盟の学生と競うんだけど。
はっきり言えばエンジンの能力で圧倒的な差を作り出すしかない。本当にそんなことができるか?
「あの、そのレースはいつ開催されるのでしょう」
心に大きな不安を抱えながら俺は聞いた。
「レースは毎年水龍祭の日に行われますから、今年は来月の末ですね。グンバルドの動きを考えると我々も急がねばなりませんから、ちょうどいいです」
「……」
それは無理なのではないか、その言葉を何とか飲み込んだ。他に手が思いつかない。そして、グンバルドがいつ動くのか予断を許さないのも確かだ。
「レースまで日がありません。レキウス殿には私の帰国に同行していただくのが一番良いでしょう」
「兄様……レキウスをあなたと一緒に行かせるなんて絶対に認めないわ」
俺に掌を向けてそういったクリスティーヌ。リーディアが言った。
「リーディア」
「で、でもっ!!」
父親の言葉にリーディアは唇をかむ。
「少し先走りすぎました。これはあくまで私の提案です。どうなさるかは貴都市のお考え次第です。ただ、先ほど申し上げたようにレースまで日がありませんから、なるべく早くお答えを出されますよう」
クリスティーヌはそういうと優雅な礼をして退席した。
「問題は多い提案だが、ラウリスとの対等な同盟という提案は魅力的だな」
ドアをにらむ娘を見て王が言った。どうやら遠い出張が決まったらしい。
2020年5月7日:
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