#2話 鉛を黄金に見せるには?
「……以上の様にグンバルドのヴォルデマール将軍が去った後、騎士院の議論は紛糾を極めました。いえ、とても議論と言えるものではなく、デュースターとグリュンダーグのむき出しの対立感情がぶつかり合ったというべき惨状で……」
文官長の強いて抑揚を均したような声での説明が続いている。グンバルドの一方的な領有宣言を許したグリュンダーグを非難するデュースター。対するグリュンダーグは、最初に予告もなくラウリスの使節を連れてきたのはデュースターであると非難し返す。
ダレイオスの「東西の中間であるリューゼリオンは片側の情報だけで今後の方針を判断してはならない。デュースターの勇み足に対して我らも動いたのみ」という主張はそれだけ聞けば正論である。無論、グリュンダーグがグンバルドに与しているのは一目瞭然だ。
ちなみに将軍は城の中庭から同じように空中へと飛び去った。ラウリスの魔導艇もいきなり都市の真ん中に乗り付けたが、あまりに傍若無人な態度だ。
ただし、あれが遺産ならもう一つ仮説が成り立たないこともない。あの遺産は旧ダルムオンの上でも同じような動きをしていなかったか。単純な示威ではなく必要な行為だとしたら……。
「今回のことで両派閥の対立が完全に表に出ました。騎士院が東西に引き裂かれた状況はもはや簡単には収まりえません」
文官長が珍しく暗い表情で結んだ。
「この状況でリューゼリオンとしての方針を早急に決めることが必要なわけだ」
王が会議の参加者を見渡す。この場にいるのは王と文官長、そしてその後ろに控えるアメリアという王宮の人間。そして、リーディア、カイン、あと俺という護民騎士団のメンバーだ。一人として明るい表情はない。
「選択肢としては三通り、西か東かそして中立かということになります」
アメリアが地図を広げ、文官長が議論を進める。地図は前に見たのよりも大分詳細になっており、文官長を中心に情報収集を進めていたのだろうことがわかる。
「本来なら現状では引き続き中立が望ましいことになるが」
王の指が地図の中心リューゼリオンを指し、そこで言葉を止めた。
全員が表情を厳しくした。そう、グンバルドの一方的な宣言は、その最も望ましい選択肢を潰したのだ。計算してやったなら大したものだ。王と騎士院がそれぞれ都市と猟地を管理するという仕組みはあくまで単独の都市を前提とした仕組みだ。ラウリスとグンバルドという広域勢力相手に、ほころびが出るのは必然と言える。
「ラウリスの思惑についてはある程度わかっている。では、仮に西に付くリューゼリオンのメリットは?」
「グリュンダーグの主張では、グンバルドはあの空を飛ぶ遺産を用いて広い範囲での大規模な狩りをしておるということです」
王の言葉に娘が一瞬身を固くする。文官長が静かに説明をする。
要するに空から広範囲の魔林を探査し獲物である魔獣を見つけ出す。結果として大物を多く狩ることができるというスタイルだ。鷹狩と称し、あの将軍が率いる大鷹騎士団が中心になるらしい。
騎士の狩りがすべての中心という現在の常識からすれば、その発展型と言えるかもしれない。典型的な騎士の考え方をするダレイオスが商業のラウリスよりも魅力を感じるのは分かる。ダレイオスは明言しなかったが、話しぶりからは秘かに向こうの狩りに参加したこともあるようだ。
それだけ聞けば結構なことのようだが、代わりに連盟の参加都市は猟地に対する支配権を制限されるということになる。件の将軍、そして盟主であるグンバルドの支配権は強いのではないか。
そして、この狩りのシステムは、軍事的に応用可能だろう。旧時代の軍事システムに近い気がする。しかも、狩りが効率よく行えるということは、騎士を戦争に振り向けられるということではないか……。
「団長の意見は?」
俺がひたすら考えていると、王がカインに聞いた。
「はっ。少なくとも現時点ではグンバルドの傘下に下ることはもとより、その宣言を認めることもできないかと。グンバルドの将軍はリューゼリオンの独立を認めるようなことを言いましたが……」
カインの指が地図の中央、旧ダルムオンを指す。
「もし旧ダルムオンをグンバルドに押さえられれば、リューゼリオンは他の都市とのつながりを切られます。グンバルドに首筋を押さえられた状態では結局は独立は保てないのではないでしょうか」
カインらしい冷静な分析だ。カインは自分の意見の反応を見るが、誰も反論しない。俺も分析自体に何も言うことはない。
「となると、リューゼリオンとしてはラウリスと結んでグンバルドの東進を食い止めるのが最善の方針ということになる。とはいえだ」
王の目は地図の東西ではなくリューゼリオンに落ちた。
「その場合、グリュンダーグを納得させることは至難になりましょう」
文官長が言う。騎士院での対立が表面化した以上、東西どちらの連盟に付こうと騎士院が二つに割れる。護民騎士団はそういう時の為でもあるが、設立中ともいえる現在では到底力不足だ。
「レキウスの意見は? 今回ラウリスの王女に貸しを作ったのはそなたの考えだと聞いているが」
王の目が俺に向いた。
難しい質問だ。「グンバルドの領有宣言は認められない」というカインの分析。「ラウリスと結びグンバルドの東進を抑える」という王の方針。「それでは騎士院が割れる」という文官長の懸念。すべて正しい。
リーディアが期待を込めた瞳を向けるが、すぐにまつ毛を伏せた。そういえば一度も発言していないな。こういう時この娘は立派だ。自分がグンバルドの王子に政略結婚の対象とされた状況で、王女としての立場を考えているのだ。
「……基本的にここまでの議論に異論はありません。ただ、グンバルドの脅威については見積もりを多めにする必要があるかもしれません」
俺は狩りのシステムが軍事に与える影響について予想を説明した。
「つまりグンバルドは食料の確保を心配せずに戦いに騎士を使えるということか。ただでさえ動員数に差があるであろうに、それは厳しいな」
父の言葉に娘が小さく俯いた。
安全を考えるのなら今のうちにグンバルドに付いた方がいい。だが、リーディアを差し出してグンバルドの意を迎えるなど論外だ。彼女の結婚相手についてなるべくいい形を実現すると右筆として約束している。そうなるとこの八方ふさがりの状態をどう解決するか。
かなり困難だが、可能性は一つ存在する。
「……つまり、ラウリスと共にグンバルドを抑えるという王の方針を実行するためには、グリュンダーグが納得せざるを得ないほどの好条件でラウリスと結ぶことが必要となります」
「例えば?」
「リューゼリオンとラウリス連盟の“対等”な同盟です」
ほとんど不可能だと解りつつ、俺は言った。リューゼリオンは一都市だ。それがラウリス連盟と対等な同盟、これは国力の差から考えてまず無理な条件だ。
「そんなことが可能だと? 私がラウリスの王なら一笑に付す提案だ」
案の定、王が俺に問い返す。そう、実現を度外視した提案だ。だが、俺は錬金術師だ。鉛を黄金に変えて見せましょうとほらを吹くのが仕事である。
「一つはリューゼリオンそれ自体の位置です。ラウリスがグンバルドとの均衡を保ちたいのならば、ラウリスとリューゼリオンの両方から旧ダルムオンに進出するグンバルドに圧力をかけることが望ましいかと」
「……それは確かであろうが、それだけでは足るまい」
王はカインと文官長を見る。
「対等となると、グンバルドを抑えるためにラウリスと同等の貢献を求められるでしょう。騎士院が割れた状態では……」
「最悪の場合、対等の名の下に矢面に立たされる危険がございます」
二人の言葉に王は頷いた。対等というのはそういうことだ。少なくともラウリスはそう判断するだろう。
「はい。したがって、別の形の力を見せるしかないかと」
「その力をどこから持ってくる?」
まるでラウリス王のような圧力をもって王が問う。
「我々がこれまで積み上げてきたグランドギルドの遺産に関する知識です」
俺は魔導船のエンジンのことを思い浮かべながら言った。錬金術はラウリスの少なくとも一部は上を行く。これを餌に交渉が成り立ちうるはずだ。鉛を黄金に変える力があると思わせるのだ。それだけでかなり困難だが、やるしかないならやる。
「そなたの力はともかく、向こうを動かせるか?」
「それは……」
わずかに力を取り戻したリーディアの瞳。それを前に俺は迷う。
知識には形がない。これまでほとんど交渉のない遠方の大国に、俺たちの知識の価値を明確に、それもグンバルドが動き出すまでの短期的に、示す。その方法が思いつかない。今分かるのは”彼女”が鍵だということくらいだ。
コン、コン。
俺が最後のパーツを見つけられずにいた時、会議室のドアがノックされた。
入ってきたのは白いドレスの女性だ。サリアに連れられたクリスティーヌだ。”彼女”は俺たちの広げた地図をちらっと見ると、柔和な笑みで口を開く。
「私に一つ案があります」
2020年5月3日:
次の投稿は5月7日(木)の予定です。