#1話 領有宣言
「今後のことを決めないといけないわね」
「そうですね。いろいろと話し合わなければなりません」
二人の王女が笑顔を交わす。
本宮の二階奥、王家の娘の部屋の隣。緩やかな螺旋を描く赤毛を窓からの光に輝かせ、少しだけ不本意そうに相手を見ている。リューゼリオンの王女リーディア。騎士学院の三年生で十七歳の少女は俺の上司でもある。
温和な表情でリーディアに礼を言っている金髪の白いドレスの女性はクリスティーヌ。本来ならリューゼリオンを離れて帰国の途にあるはずのラウリスの姫君だ。
旧ダルムオンから命からがら脱出した俺たちがリューゼリオンにもどってきて一夜が明けた。ちょっとした偵察に行ったはずの護民騎士団の一隊が、暗殺されかけたラウリスの王女を保護して戻ってきたことに、王も団長も色々言いたいことはあるようだが、とりあえず彼女の保護は承認された。
もちろん、クリスティーヌはなるべく早急にラウリスへ戻る必要がある。だが、それまでの短期間であっても、彼女をデュースター家に置くわけにはいかない。
「魔導艇がリューゼリオンにもどっているのは隠しようがないし。ウルビウスのこともあるからデュースター家が黙ってはいないはずだけど。今のところ静かなのよね」
まず第一に、彼女が襲撃を受けたのは何者かの陰謀、はっきり言って暗殺だ。ラウリスの王女の暗殺、こんな大事を成そうとしたものがどこかに潜んでいるのだ。事故に見せかけようとしたこと、リューゼリオンを離れてからことがなされたこと、そして旧ダルムオンの視察という急な予定変更に乗じて企まれたことから、策源地はかなり近いところにある。
彼女の滞在先だった、親ラウリスのはずのデュースターが噛んでいる可能性すらあるのだ。あの黒い魔力を発していた骨董品の出どころがまず問題だ。
「まずは何を置いてもレ……錬金術のことを決めなければ」
「そうですね。当然そうなりますね」
二人が同時に俺を見ていった。
今回のことでクリスティーヌに知られてしまったのは、パンケーキのレシピではない。リューゼリオン王家の直属といってよい護民騎士団の秘中の秘、錬金術についてだ。あの時の様子を見る限りほとんど理解できなかったようだが、極めて聡明な女性だ。そういうものがあると知られただけで大問題である。
情報の管理に関してしっかりと協定を決めなければいけない。
その上、状況は更に複雑化した。旧ダルムオンに潜む、今回の暗殺の実行役である黒いローブの騎士はもちろん、都市跡の上空に見えたグンバルドの……。
「最初に言っておくことだけど。…………なに、なんだか外が騒がしいわ」
リーディアが窓に向かう。城の中庭で文官達が騒いでいるのが聞こえる。彼らは上を指さし「魔獣だ」と慌てている。窓から上を見ると空に三つの影があった。
飛竜のような翼を白く輝かせ、その下に騎士らしき人間が体を前後に伸ばした姿勢で掴まっている。結界上を弧を描くように周回している。翼の紋はグンバルドのものだ。間違いない、旧ダルムオンで見た空飛ぶ遺産だ。
俺達の真上で、白く輝く魔力が突如消えた。三体はゆっくりとした螺旋を描きながら徐々に高度を下げ始めた。魔力無しでも滑空ということか。結界を抜けるために魔力を一度切ったのだろう。
あれよあれよという間に、三人の騎士が城の中庭に降り立った。翼の形の遺産は骨組みに薄い金属板を渡したような構造だ。地面に立てかけられる様子を見るとずいぶん軽いようだ。乗員は揃いの鳥のくちばしのような形状と鬣のような房の付いた兜をかぶり、皮製らしき騎士服を着ている。
待ち合わせていたように、城門から別の騎士が入ってくる。ダレイオス達、グリュンダーグの騎士だ。
グンバルドの三人の中央の一人とダレイオスが何かを話している。そしてダレイオスに案内されるように、本宮へ向かってくる。残った騎士たちは地上に置かれた遺産を守るように庭に残っている。
「……ラウリスに続いてグンバルドが乗り込んできたというわけね」
リーディアがそういうと一階に向かう。俺もそれに続く。
◇ ◇ ◇
「グンバルドは旧ダルムオンの領域を猟地に組み入れる。これは通告である」
騎士院に硬質の声が通る。大柄な濃いブラウンの髪をオールバックに固め、馬蹄型の短い顎髭を生やした偉丈夫が、まさしく傍若無人な態度でリューゼリオン王に向かって宣言した。
城を土足で踏みにじるように中庭に降り立った三人のグンバルドの騎士の、その中央にいた一人だ。本人が名乗るには彼はグンバルド連盟の『将軍』なのだという。将軍というのは連盟で複数の都市の騎士を指揮する権限を持つらしい。しかも、盟主であるグンバルド王の弟だというのだ。
将軍の側にはダレイオス。そして、騎士院の席から望まぬ来訪者をにらんでいるのはデュースターの当主だ。おかげで騎士院の空気は真っ二つに割れている。ただ、当主の傍にいるアントニウスは表情を綺麗に消している。
「ヴォルデマール殿。遠路はるばる来られた殿下にこういうのは心苦しいが。そのような一方的な宣言をリューゼリオンとして認めることは出来ぬ」
王が返す。隣でこぶしを握っている娘と違って泰然たる態度だが、表情には苦りが見える。あまりに無礼な相手の態度だけが原因ではないだろう。
「認めるも何もあるまい。ダルムオンはリューゼリオンの猟地ではない。わざわざ我自ら通告に来たのは今後は隣国となるゆえに義理を通したまで」
傲然と言い放った。まるで気を使ってやったといわんばかりの態度だ。確かにダルムオン旧地は誰のものでもない。だが……。この一手は二重の意味で大きい。
「そういえば、ラウリスからも使いが来ていたという話だったな。あちらに組み込まれれば交易の名のもとに、騎士が狩りで得た富を商人を通じて吸い上げられるだけだ。連盟傘下にない都市に命じる権限は将軍にはないゆえ、これは忠告にとどめよう」
そういって隣を見る。ダレイオスは黙って目だけで首肯した。他国の王子を自国の中枢に引き入れていながら、いつもの態度だ。それを見て、デュースターの当主の眉がつり上がった。
「心配せずとも猟地に編入するのは旧ダルムオンだけだ。無論、そちらが我ら連盟への加盟を望むなら、歓迎しようではないか。連盟の掟についてはダレイオス殿がよく知っている」
リューゼリオンの独立を認めるという言葉に、周囲に安堵の空気が流れる。だが、それは違う。もしグンバルドに旧ダルムオンを抑えられてしまえば……。
「そうだな。もしも連盟参加するのなら、リューゼリオン王家から一人、我が妻に貰ってやってもいいぞ」
そういってヴォルデマールは赤毛の少女を見た。
……リーディアの右筆としてはこの将軍とやらにリューゼリオンから“何一つとして”やらない戦略を考えないといけない。
2020年5月1日:
お待たせしました。五章『レース』開始です。
今後の予定ですが、五章は週二回の投稿で行きたいと思っています。
次の投稿は5月3日(日)の予定です。