#14話:前半 再起動
船に乗り込み魔導船に近づく。下りていた梯子から、俺達は甲板に上がった。俺を真ん中に前にリーディアとサリア、後ろにシフィーだ。甲板には四匹の魔蜂がいて船楼を攻撃している。船体と違って木製の構造はもろい。ドアが半ば壊されている。そして、窓の向こうに白いドレスの女性が見えた。
リーディアとサリアが目配せで合図をすると、左右の魔蜂に向かう。扉に取りついていた二匹があっという間に倒された。
「レキウスとシフィーは先に中に入って」
リーディアが更に一匹を切り捨てた。空中から降りてきたもう一匹をサリアが牽制する中、俺はドアを開ける。シフィーが俺の後ろを守る中、船楼の中に入った。
厨房の奥には怯えて座り込んでいる侍女。そして、ドアの開いた音に慌てて振り向いた女性。手には細いレイピアを持ち、長い髪が汗で額に張り付いている。後ろの窓からの侵入者に対していたらしい。
「……レキウス殿? どうしてここに??」
俺と違って魔力はあるようだが、たった一匹の魔蜂に苦戦している。窓から半ば身を乗り出してきた魔蜂を、シフィーが練習用狩猟器で追っ払った。
「外に新たに二匹。まだ増えるぞ」
「貴方を守るはずのウルビウスはどうしたの」
甲板を掃討したらしいリーディアとサリアが中に入ってきた。ドアと窓を警戒しながらリーディアがクリスティーヌに聞く。
「対岸に援軍の当てがあるとおっしゃられて」
戸惑いの抜けない顔で言う。そういえば、甲板にデュースターの船がなかったな。体よく逃げた? いや、いくらなんでもそれはまずいだろう。この近くにいる魔獣と戦える戦力といえば、ダレイオス一行……それは無いな。少なくとも連絡手段があるとは思えない。
他には旧ダルムオンに巣くう黒い魔力を使う集団か…………。デュースターとのつながりは十分ありうるが、俺の予想ではそいつらがこの事態を引き起こした。つまり、来るとしても敵の援軍だ。
事態が厳しくなったか。やはりクリスティーヌは黒い魔力ともその集団とも無関係のようだというのが、せめてもの救いだ。
となると、後は彼女に協力して一刻も早くここから脱出だな。予定通りということで行こう。
俺はリーディアと目配せし合った。
「……そのへっぴり腰じゃ足手まといよ。レキウスのいうことを聞いて動いて」
船内に入り込もうとする一匹の魔蜂を切り伏せながらリーディアが言った。サリアも同じように蜂を倒している。リーディア達が優位を保ってくれているうちにエンジンの算段を付けなければならない。本隊がやってきたらここにいる全員が魔獣の餌だ……。
「一刻も早く船を動かす必要があります。エンジンを見せてもらえますか」
「エンジンですか。しかし、レキウス殿は文官では……。分かりました。何かお考えがあるようですから」
戸惑いの抜けないままのクリスティーヌだが、エンジンルームへの入り口を開けてくれる。状況が状況とはいえ、客観的には無茶そのものの要求だ。信用してくれるのはありがたい。
エンジンルームに入る。水中でむなしく振動するエンジンの前に白い服の男性騎士がいた。
「申し訳ありません殿下。もはや船を放棄するしか……。その者たちは?」
振り返った男は俺よりも少し年上の金髪の騎士だ。主と一緒の見知らぬ俺たちに不信の目を向けてきた。上の騒ぎも耳に入っていなかったらしい。
「援軍に来てくれたリューゼリオンのレキウス殿です」
「援軍? ああ、ウルビウス殿の言っていた」
男性騎士は納得したような顔になる。その認識は間違っているのだが、今はいい。
「エンジンの状況を説明してください」
「何を言っている。お前は文官だろう」
服装から見ても、騎士ならわかる魔力の感覚からしても当然の疑問だ。
「今はそういうことを言っている場合ではありません。すべての責任は私が取ります。まずはエンジンの状態を説明してください」
「わかりました。魔力の注入率を上げてもエンジンの不調が悪化しています。魔力圧を高めても振動が増えるだけで状況が悪化しています。……このままだと魔力が尽きます」
マキシムという騎士の説明を聞きながら、俺は測定器をエンジンに向ける。すべてのリングが振動している。近づいたおかげでより詳細に分かる。魔力の流れが無茶苦茶だ。正反対の回転がぶつかり合っている。
水を通じて黒い魔導金属に汚染され、魔力触媒の魔導金属が部分的に置き換わった。俺の仮説と合致する結果に見える。本来なら水を採取して、触媒の色の変換など実験して確かめなければならないのだが、それをやる時間はない。仮説に基づいて動くしかない。
「エンジンは何とかなりそう、レキウス?」
上からリーディアの声がする。同時にドアの倒れる音がした。羽音が明らかに増えている。
「停止の原因は予想通りです。早急に対処に掛かります。マキシム殿。まずは魔力を切ってエンジンを水から上げてください」
「魔力を切れ? お前は知らぬだろうが、エンジンは一度切ると再起動するときに大量の魔力が必要になるのだ。今そんな無駄をしては……」
「マキシム。言うとおりにしてください。レキウス殿の手の装置、ただの飾りではないようです」
「しかし」
「見てください。私たちには魔力が途切れたと思ったタイミングで、この装置は異なる反応を示しています。レキウス殿、これもあなたの古の知識なのでは?」
俺は黙ってうなずく。正直に言えばちょっと怖い洞察力だ。おそらくはグランドギルドの知識だと思っているだろうが……。まあ、この状況では頼もしい。実際、主の言葉を聞いたマキシムは「わかりました」といって動き始める。
マキシムがハンドルを回すと、鎖が上に上がりエンジンが水から完全に浮き上がった。外側を覆っている円筒形の金属から、紡錘形のエンジンが抜き出される。エンジンの表面には三色の渦巻き状の魔術陣。模様は決まった形、三日月のような、の繰り返しだ。模様はエンジンの魔導金属の地に彫られた模様に沿っている。結界と同じく、魔術陣の意味が分からずとも模様に沿って魔力触媒を塗れば動く。グランドギルドの技術秘匿なんだろうな。
ここまでは前回見たとおりだ。前回との違いは……。
水にぬれているので解り難いが、よく見ると触媒の鮮やかな色合いが曇っている。やはり、触媒が劣化させられている。水の色を確認するが黒くは見えない。あの流れがエーテルに溶かし込んだ黒の魔導金属だとして、川の水に希釈され届いたのはごくわずかなのだろう。
ごく微量で重大な影響、黒い魔導金属の性質だ。俺は仮説に基づいて状況を改善する方法を思考する。
黒い魔導金属の素子が、エンジンの魔力に反応して魔力触媒の中にある白い魔導金属を置き換えた。正反対の魔力の回転がその周囲の魔力触媒も劣化させる。だからまずは魔力を切ってもらった。
ならば次の手は……。
「魔力触媒を塗りなおします。予備はありますか?」
「触媒がおかしくなったことくらいは騎士ならわかる。塗りなおしたが無駄だったのだ」
マキシムは首を振る。彼の視線の先に空になった三つのガラスの瓶がある。なるほど、さすがにそれくらいは試したわけだ。仕方ない、持ってきた精製上級触媒を使おう。
エーテルの予備は残っているようだ。俺はまず劣化した魔力触媒をすべて洗い流す。そして、まず中心部に近い模様だけを塗る。全体の三分の一程度だ。結界より単純でパターンは一定。機能は魔力そのものの回転に依存しているだろうから動作も単純だと推定。水の抵抗がないのだから機能するはずという予測だ。
「魔力を流してみてください」
「無駄だといったはずだ」
そういいながらマキシムは魔力を流してくれる。エンジンは震えるだけで動かない。魔力は乱れたままだ。だが、その振動がこれまでと少し違う。俺は模様と地金の部分の魔力の反応を比較する。
「レキウス。本隊が見えたわ。こっちに来る数も増えてきた。このままじゃ持たない。時間はないわよ」
上からリーディアの言葉が聞こえた。
「マキシムは上でリーディア殿下の加勢をしてください。今は上に戦う力が必要です。ここは私が見ます。王族として最低限の訓練は受けましたから」
「しかし、殿下を他国の者だけの場所に……。分かりました」
上の戦いの音の激しさが増しているのを聞いて、マキシムは部屋を出る。
俺は思考を続ける。おかしくなったのは触媒だけじゃないってことだ。測定器を近づける。魔力触媒の部分では魔力はそれぞれの色の回転を示した。触媒の塗り替えは上手くいっている。だが、触媒部分から測定をずらすと、途端に魔力の乱れが見える。
エンジンの地金の部分を見る。水にぬれていて気が付かなかったが表面がわずかにくすんでいることが分かる。つまり、黒い魔導金属が白い魔導金属の表面を汚染したということだ。まずいぞ、予定外の状況だ。
だが、焦りながらも俺はこの色合いを見たことがあることに気が付いた。この色、アレに似ていないか。そうだ、あの時にエーテル泉で採取したサンプルだ。白と黒の魔導金属が混じった層の色と同じだ。
となると、これは錬金術で扱ったことがあるサンプルだ。
2020年4月7日:
次の投稿で四章は完結です。