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#13話 魔蜂襲撃

「黒い魔力の反応がだんだん強くなっていってる」


 魔力測定器の回転を見ていた俺が変化に気づいたのは、旧ダルムオン猟地の西側境界である川から、都市ダルムオン跡へ向かう支流に入ってしばらく経ったところだった。小さくなっていく一方だった黒い魔力反応が大きくなり始めたのだ。


「他に黒い魔力の発生源があるってこと?」

「敵に増援か?」


 リーディアとサリアが立ち上がり周囲を確認する。


「いえ、信号の間隔は一緒です。多分船が止まったんだと思います」

「魔導艇が目的地に着いたということですか?」


 シフィーが練習用の狩猟器をぎゅっと握った。


 速度を落とし慎重に船を進める。突然舳先に振動が来た。魔導艇からの攻撃かと肝を冷やしたが、流れてきた小型の水棲魔獣の死骸だった。ホッと胸をなでおろした時、測定器の青いリングが加速した。


 測定器を魔獣の死骸に向ける。青いリングが本来とは正反対に回転した。まるで黒い魔導金属で置き換えた青の魔力触媒の反応だ。つまり、黒側の魔力である紫。あの演習場のことが思い浮かぶ。


 この先で黒い魔獣が発生している。やはりラウリスの姫君の仕業なのだろうか。


 …………


 いよいよ魔導船が近づく。船を止め、川に架かった巨大なシダの葉の後ろから前方をうかがう。白い優美な船体が湾曲した川の中で止まっていた。予想通りの光景だが、その周囲に数匹の小型の魔獣が飛んでいる。


「魔蜂ね。……魔力の色は普通の赤だわ」

「旧ダルムオンに営巣しているという魔蜂でしょう」


 俺が測定器を向ける前に、リーディアとサリアが答えを出す。北を見ると森の中に小さく城壁らしき跡が見える。三十年ほど前に滅んだダルムオン都市の跡だろう。


「魔蜂のテリトリーで停止するなんて。旧ダルムオンの魔蜂もラウリスの仕業なの?」


 リーディアが警戒心も露わに言う。そうなら、ダルムオンはラウリスの手に落ちているということになる。だが……。


「魔力の色は正常側ですよね。襲撃されているように見えます」


 シフィーが言った。船に取りついた魔蜂が船楼の窓に顔を突っ込んでいるのが見える。


「エンジンの様子が明らかに異常だ」


 俺は船尾に向けた魔力測定器を読む。三つのリングは回転の方向を変えることを繰り返している。魔力の流れがぐちゃぐちゃだ。エンジンの仕組みについてはまだ理解が浅いが、少なくとも正常な状態には見えない。


 ◇  ◇  ◇


 同時刻ラウリスの魔導艇内。


「私がこれを手に取ることになるなんて」


 不愉快な羽音が響く中、クリスティーヌは侍女が差し出したレイピアを手に取った。


 甲板への入り口を見る。魔蜂が三匹、扉に取りつき鋭い顎で壊そうとしている。そのうちに、更に一匹が窓に針を突き立てた。窓が割れる。


「殿下。魔獣の相手は私が」

「マキシムはエンジンの回復に集中してください。船が動かないことにはどうしようもありません」


 階下のエンジンルームから顔を出した騎士にクリスティーヌは言った。


 彼女の声に反応するように、ギザギザの大顎がガチガチと開閉する。


 勇気を振り絞り、窓を破ろうとする魔蜂にレイピアを叩き付けた。魔蜂はひるみ距離をとるが、狩猟器にこもった魔力の小ささに気が付いたのか、すぐに舞い戻ってくる。尖った針が破れた窓から突き出される。


 思わずしりもちをついてしまう。


「やっぱり狩りは嫌いです」


 階下のエンジンの魔力を感じ取る。とぎれとぎれの魔力は今にも力尽きそうだ。操縦主の努力が功を奏していないのは明らかだ。それを責めることは出来ない、彼女にとってもエンジンがこのような異常を示す理由が全く分からないのだ。


「可能性としては『黒い禁忌』に関することでしょうか。……私の判断の誤りに皆を巻き込んでしまいました」


 立ち上がるためテーブルに手を伸ばす。船が推力を失う直前に書いていたメモが手に触れた。そこには帰国後に進めるつもりだったパンの再現の為の計画がつづられていた。さみしそうにそれを一瞥して、彼女は再び物言わぬ魔獣に向き合った。


 ◇  ◇  ◇


 川面を見る。さっきと同じ魔獣の死骸が見える。それが流れてきた方に視線を移動すると、川の南岸のそばの高台からの黒色の流れの痕跡が見えた。川に黒色の何かが流れ込んだようだ。それがこの事態を引き起こした原因だとしたら……。


 頭の中でエンジンの乱れと魔獣の死骸が繋がった。


「あの船はただ故障したんじゃないようです。黒い魔導金属によって止められたのではないでしょうか」


 俺は先ほどの魔獣の死骸や、魔力測定器の結果を踏まえて説明する。


「川の水を通じてリューゼリオンの結界と同じ攻撃を魔導艇が受けたって言うの? で、でも、あの女は敵じゃ……」


 リーディアは戸惑いの声を上げる。俺は地図を示す。


「見てください。川の流れで言えばここは、これ以上ないポイントです」

「船を止めて魔蜂に始末させる。事故を装った暗殺ということになるが……。逆に出来すぎではないか?」


 サリアも半信半疑だ。


「それに関しては、あの黒い魔力で説明ができます。あれは信号ではないでしょうか。標的がここにいるという合図を送り続けていたのでは?」


 黒い魔力を用いる集団ならではのやり方だ。


「我々を嵌めるための罠という可能性はないか?」

「それこそ手が込みすぎています。魔力測定器の存在、いえその感度。それが分かっていたとしても、我々が追いかける可能性はどの程度でしょう」

「…………一応説明はつくわね。じゃあ誰がやったの? ダレイオス達? 私たちよりも先行したはずよね」


 リーディアの言葉に俺とサリアはそろって首を傾ける。あの男の性格上、まずやりそうにない策だ。だが、彼らの背後にグンバルドがいるとしたら別だ。となると、これも含め一連の攻撃はグンバルドが背後ということになる。だが、それもどうもしっくりこない。なら、あの黒い魔力の信号を船に仕込んだのは誰だということになる。


「どうしますか先生」


 シフィーが俺に聞いてくる。魔蜂一匹一匹は大して強くない。だが、獲物を見つけたら次々と集まってくる性質がある。数十匹が来られたら、ここにいる戦力では太刀打ちできなくなる。つまり、俺たちも危険なのだ。安全を考えれば今すぐにでも引き上げるべきだ。だが……。


 蜂に襲われている白い船体が、ついこの間一緒に旧時代のことについて語り合った白い姫と重なる。


 もし救助に向かうとなればここにいる全員を危険にさらす。冷静に考えなければならない。私情なんてもってのほかだ。


 必死に頭を回転させる。重要なのは助けることが可能なのか、そして私情ではなくリューゼリオンの為に価値があるのかどうかだ……。


「リーディア様。現状であの船に近づき、魔蜂を駆逐することは可能でしょうか?」


 魔獣戦に関してはリーディアの判断が一番確かだ。リーディアは俺と船を交互に見た。


「……可能ね。だけど、最終的には魔蜂の数に押し切られる。退路を考えておかなければならないわ。この船には余裕がないわよ。助けるにはあの船をもう一度動かす必要があるわ」

「……算段はあります」


 俺は船に積んだ精製上級触媒を見ていった。助けることができる可能性はある。ならば、次はその価値だ。


「我々がここまで来た目的、情報収集という意味では、当事者から話を聞くのが一番です。ラウリス内部に対立があったりグンバルドが黒幕だったりした場合、親リューゼリオンの立場をとるラウリスの王女の存在は有用です。さらに、これがリューゼリオンを脅かしてきた勢力によるラウリスの王女の暗殺だとしたら。敵にとってもかなり大きな一手のはずです。相当の無茶です。それを覆されれば深刻な打撃になるはずです」


 リューゼリオンにとって大きな利益があり、敵にとって大ダメージだ。


 分析に私情は混じっていないつもりだが、すこし早口になった。リーディアはじっと俺を見る。王女であり騎士であるリーディアの顔だ。


「……レキウスは助けるべきと判断するのね」

「はい」

「危険です。北から魔蜂の本隊と思われる魔力が。かなりの数です」


 サリアが反対する。


「分かっているわ。撤退の判断は私がする。ラウリスの王女を見捨てることになってもよ。レキウスもそれでいいわね」

「リーディア様の判断に従います」

「いいわ、ラウリスの王女に貸しを作りましょう」


 リーディアは息を吐き、そして王女として宣言した。やはり森の中では彼女は本当に頼もしい。


 そして、戦う力がないのに彼女にその決断をさせた俺の責任は重大だ。まずは、魔導船のエンジン。そしてこの事態が終わった後のことも。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王女に恩を売るのは有り何だけど ウルビウス・デュースターが同乗しているはずなので 彼に、リディアとカインとが率いる援軍の力を見せるのは拙い 特にレキウスが暗躍がバレるのが拙い。 積み込んだ…
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