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#11話 黒の反乱

 ラウリスの王女クリスティーヌから飛び出した『黒の禁忌の乱』という単語。グランドギルド時代に起こった拠点反乱は一度だけ、それがよりによってダルムオンだったか。反乱は確か白金鉱山をめぐっての物だった。これだけでかなりきな臭くなってきたのに、『黒』という単語がくっ付いている。


「この反乱に関しては記録は極端に限られています」

「……東の大拠点であるラウリスでも、ですか」


 慎重に尋ねる。過去の歴史と切り捨てることなどできない。状況証拠なら真っ“黒”だ。


「ラウリスは確かにグランドギルド時代からの東の要です。古い資料も多く残されています。ですが、拠点は拠点です。情報はグランドギルドから与えられるもの。私が記録を調べた感触ですが、東西で意図的に情報の分割がなされていたようです」

「なるほど。全体像は掴ませない。それこそ反乱を防ぐための措置でしょうか」

「おそらくは。実は魔導艇に関しても情報が限られているのです。特にエンジンに関しては整備に関する情報だけが与えられている形ですね」


 なるほど、基本的に結界と一緒だな。


「私はその反乱の名前までは知りませんでしたが、グランドギルド時代の反乱が魔導金属の鉱山をめぐって起こったという話は聞いたことがあります」

「ええ。ただの鉱山ではなく最高等級の魔導金属を産出する鉱山と伝わっています。詳細は分かりませんが」

「……その鉱山が東西の火種になる、そうご懸念ですか?」


 リューゼリオンの目と鼻の先にそんな問題が眠っていたとは。旧時代の戦争において、鉱山が理由になったことは知ってるだけで何度かあるのだ。


「……ふふっ。やはりレキウス殿は聡いですね。はい。その危険性はあると思っています」

「しかし、先ほどのお話では殿下ご自身はダルムオンの猟地には……」

「ええ、私はその鉱山に価値を見出していません。ラウリスの近くにも魔導金属の鉱山の跡があるのですが、到底採掘できるものではありませんし、採掘したとしても精製の見込みはありません。通常の魔導金属ですらそうなのです」


 結界器やこの船のエンジンのような、使えるけど原理など想像もつかなくなっている遺産と同等、妥当な考えだろう。結界もエンジンもグランドギルドが製造を独占していたわけだしな。


「役に立たない物の為に実際に利益を生むことが確実な東西の交易が分断される。それどころか多くの人間が、それも都市の根幹を担う騎士が死ぬ。あまりに馬鹿馬鹿しいとは思いませんか」

「確かに、あまりに遠い話に聞こえますね」


 俺は慎重に頷いた。実は半分は同意してない。グランドギルドに一度できたことが現在にできないとは考えない。人間が一度成し遂げたことだ。一度手が届いたのだ。そういう意味ではこのパンケーキと何が違う。


 だが、今はそんな議論をするときではない。肝心な情報がまだ出ていない。


「『黒』の禁忌とおっしゃられましたが。その名前はどういう意味を持つのでしょう」

「正直申し上げて全くわかりません。何しろグランド・リドルに関することのようなのです」

「グランド・リドルですか?」


 苦笑するクリスティーヌに俺は表情を変えないように苦労した。ちなみに、レイラはその言葉にきょとんとしている。


「現在の我々にとって到底手が届かないグランドギルドが未解決とした大いなる課題(グランド・リドル)です。つまり、厳密に言えば実在したこともないのです」


 そう、グランド・リドルはグランドギルドですら成し遂げられなかった問題だ。究極の魔術、魔力を目指す理想。言ってみれば旧時代の錬金術士が追い求めた黄金のようなもの。


「どうしましたかレキウス殿。その、顔色が……」

「あ、いえ、あまりに分を超えた情報に触れたので……。ええ、確かにおっしゃられる通りですそんなことの為に予算が出るとは到底思えません」


 俺はかろうじて文官を装った。まあ実際、俺がグランド・リドルを研究したいから費用くれと言ったら絶対に通らないだろう。


 ただ、俺たちは現在の旧ダルムオンに黒い何かがあることを知っている。黒い魔獣、そして結界の触媒を劣化させた黒い魔導金属だ。


「私如きにはあまりに大きなお話。まったくもってわからないことだらけです。ただ、旧ダルムオンと黒という言葉に、一つ引っかかることがあったのです。実は、先の冬のことなのですが……」


 俺は旧ダルムオンで行われた学院の演習で、黒い魔獣が出現したことを告げた。


「旧ダルムオンに黒い魔獣、ですか?」

「あまりに異質な存在だったそうです。何かご存知のことはありませんでしょうか。殿下がお調べの昔の記録等に……」


 黒い魔獣が俺たちの知る白い魔力とは逆の性質の魔力によって動くとか、そんなことは一切口にしない。俺たちが知ってるはずがないのだ。


「残念ながら。ですが、黒ということでしたら何か繋がりがあるかもしれません。他に情報があるのでしょうか」


 今俺が出したのはあの演習に関わった人間なら知っていることだ、デュースター家に滞在していて知らないというのは不自然だ。今の話に興味は持っているが、政治体制について造詣が深い彼女がグランドギルドの体制を揺るがした反乱について関心を示すのは自然だ。


 一方、あくまで過去の話として捉えているように思える。それは今日俺がこれまで感じてきた彼女の印象と一致する。


 やはり彼女は黒幕ではないのか……。正直そう信じたい気持ちはある。だが、状況証拠は……。


 そうだな、それを確認するためにも一つ踏み込むか。


「実際に魔獣に相対した団長やリーディア様から聞かされたことはあります。ですが、それをお話するとなると、私共としても魔導艇についてもう……」


 俺は情報交換を提案した。これは賭けだ。だが、そんなに分の悪い賭けではない。まず、得られる情報が大きい。さらに、俺の見立てでは、彼女がこの取引に応じるかどうかは、彼女自身に対する重要な判断材料になる……。


 ……


 俺とレイラは船を降りた。最初と同じくクリスティーヌは見送ってくれる。


「最後少し穏やかではない話になりましたが。本日は本当に有意義な時間でした」

「こちらこそ。ラウリスの魔導艇の力、感服いたしました」


 俺は船の最後尾に存在した、白銀の機関を思い出しながら言った。


「殿下。その方々は……」


 振り向くと見慣れない茶色の服の男がいた。レイラがラウリスの商人です、と耳打ちしてきた。この男が例の容器を持ち出した商人か。商人は俺たちに一礼すると、重曹についてクリスティーヌと話し始めた。漏れ聞く限りでは容易に入手可能のようだ。続いてワイン酒造について話を始めた二人を背に、俺たちは本部へと戻る。


 ◇  ◇  ◇


「つまりあの女……クリスティーヌ殿下はレキウスにすっかり興味を持ったってこと。あなたが付いていながらどうして」

「レキウス様だけなら止めましたけど。パンのことでクリスティーヌ殿下もすっかり意気投合されてしまって。私の立場でラウリスの王女殿下を遮るわけにもいかず……」

「そんなに……」


 レイラはリーディアに俺とクリスティーヌがパンの再現の為に協力するさまを話す。えらく大げさな言い方になっている気がするのだが……。おかげでリーディアの俺を見る目が怖い。まるで信じて送り出した部下に裏切られたといわんばかりだ。


「いくら何でも黒い心血のことまで口にしたのは行きすぎではないか」


 黙ってレイラの報告を聞いていたサリアが俺を問いただす。


「一応は算段あってのことです。ラウリスは隠しておくつもりだった魔導艇の遺産を見せました。引き換えに向こうが得た情報は何でしょうか?」

「黒猿の心血の色は重要では……。そうか。取引に応じたこと自体が情報ということですね」


 カインが頷いた。


「そうです。彼女が黒幕だった場合。こちらが提示した情報は価値がゼロなのです」

「どういうことカイン」


 不満顔だったリーディアが聞く。


「黒い魔力関係の、それも表面的な情報にすぎないもの……まあ、それは我々にとってですが。それと引き換えに魔導艇の遺産の開示は全く釣り合いが取れない。逆に言えばクリスティーヌ殿下はリューゼリオンの結界への攻撃や黒い魔獣について何もご存じないということです。もちろん、ラウリスが無関係という意味ではありませんが」


 カインが分かりやすく説明する。事件にかかわる不透明な各立場の関係を、それぞれ冷静に見ているからできる説明だ。


「本当かしら、レキウスは甘いところがあるし……。まあ、篭絡されちゃったんじゃないなら」


 リーディアは不承不承といった感じで矛を収める。そして、俺に向き直る。


「それで、魔導艇の遺産というのはどうだったの」

「現時点では推測ですが。言ってみれば逆の水車でしょうか」


 「まったくわかりませんが、見事なものですね」などと間抜けを装ったが、しっかり目に焼き付いている。球体に三色の魔術陣をらせん状に描いた魔導器を思い浮かべる。そこに羽のようなものを付けて水を掻いているようだった。回転の力を推進力に変えるのであろうことは形からも明らかだ。


 俺は下の水車を例に説明する。水車が水の流れを回転に変えるのとは逆だ。魔力により引き起こされた回転を水の流れに変え、それで船を進めているのだ。


「船体の尾部に収まる程度の大きさであれだけの力を出すのは素晴らしいですね。ただ、三色の魔術陣といっても形自体は結界ほど複雑ではありませんでした。使われている魔力触媒はおそらく超級クラスです。向こうでも貴重ではあるようです。推測ですが、結界よりは格下の魔術器だと感じました。本宮のシャンデリアと結界器の中間といったところでしょうか。もちろん、ずっと結界よりですが」


 俺はエンジンの評価を告げる。


「つまり」


 カインが水を向ける。


「実際に動いているところを見られなければ詳しいことは分かりませんが、魔力の色と回転の関係を理解している我々ならば……。そうですね、小さな模型くらいは作ることができるかもしれません」

「なるほど。十分な成果はあったということか」


 態度を保留していたサリアが頷いた。


「はい。それに加えて旧ダルムオンにあるという白金鉱山跡の情報です。これが旧ダルムオンに潜む謎の勢力、そしてリューゼリオンに加えられた攻撃と関係している可能性があります。ただ、これに関してはラウリスとのつながりが不鮮明になりましたが」

「ラウリスの中に対立がある、あるいは、グンバルドの意図も考える必要がありそうですね」


 カインが深刻な表情で言った。俺は頷いた。旧ダルムオンをめぐる争い、その規模は俺たちが想像した以上のものである可能性がある。クリスティーヌが懸念していた旧ダルムオンをめぐる東西の衝突。それは決して杞憂ではない。


 それに対して俺たちができることは決して多くない。ただ、やはり必要なのはグランドギルドの魔術の仕組みに対する理解だ。そのためには、簡易結界器とでもいえるあのエンジンはいい足掛かりなのだが……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] うまく情報を引き出したことになっているが、主人公が無知な文官のふりをできなかったことが相手方にとっては最も得られた情報になっていて割に合わないですね。 シフィーにあれだけのことを言って…
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