#閑話 傭兵団
三十年ほど前までダルムオンと呼ばれていた猟地、その中心に近い場所に位置する谷間。そこには地下に延びる小さな洞窟があった。現在、天然の地下通路の奥に黒ずくめの一団がいた。
ランタンの光が岩肌から染み出す透明な液体に反射して周囲をぼんやりと照らしている。岩壁に溜まっている液体。ここはエーテルの流れが地上に近づいている場所の一つだ。
黒い集団の中央の一人、ローブを肩掛けした男が前に出た。手に持った包みを解くと奇妙な装置が表れた。
装置は長方形の透明な器とその上の二股の金属から出来ていた。器の表面は磨き上げられたように滑らかで、表面に四つの円で作られた模様が浮かんでいる。二股の先端には白と黒の細い針が付いており、円形の装置に繋がっていた。
男が泉からエーテルをくみ上げ、装置の器を満たした。部下達が緊張の面持ちで見守る中、男は装置の上部にある二股の部分を押し下げた。同時に部下たちが手のランタンに覆いを下す。暗くなった洞窟内に色とりどりの光が灯った。
エーテルに沈んだ二本の針、それを繋ぐ中心の円が光っている。三本の線が交わったような装置からは六色の光が発生している。
正面から明かりに照らされたリーダーの顔がニヤリと歪んだ。光は彼らがこれまで調べた多くのエーテル泉の中で一際強く、そして六色は均等に光っている。
「この近くに間違いねえな。エーテルの流れを合わせて考えれば……」
隣の部下が地図を広げて差し出す。古い地図は旧ダルムオンの猟地を中心に描かれ、地下のエーテルの流れが記されている。男の指が北寄りにある拠点ダルムオンから南に下がり、地図の中心近くで止まった。
「ここにもう一つの結界器があるはずだ」
この洞窟から少し北上した場所だ。北にあるグランドギルドの跡から拠点ダルムオンを通過して、南の拠点リューゼリオンに向かうエーテルの流れの上にある。
「これで領地を取り戻せるぞ」「ダルムオンの復活だ」「俺たちは騎士にもどるんだ」
長年探し続けていたものにあと一歩まで迫った、その興奮が部下たちを包み込んだ。
「肝心なのはこれからよ。喜ぶのはせめて結界を手に入れてからにしろ」
リーダーはかつて王族だったと思えない乱暴な口調で部下たちを叱った。黙った部下たちを前に、男は岩壁の向こうを指さす。
「大体な、お前らは望みが小さい。いいか、この向こうにある結界は、特別な場所を守っていたものだぞ。結界と一緒にそれを手に入れれば、ダルムオンの復興どころじゃねえ」
……
「しかし、これはどうやって動いてるんですかね。俺らの狩猟器とは違いすぎて。さっぱりだ」
撤収する準備を終え地上へ向かう道で部下の一人がリーダーに話しかけた。
「王家の言い伝えじゃ、エーテルに溶けた魔導金属の質と量で光の強さと色が決まるって話になってる。といっても、グランドギルド時代に鉱山で鉱脈を探るための秘宝だ。詳しいことが知らされてるはずもねえな。まあ、使えれば十分だ」
彼らの滅びた故郷、ダルムオンはもともとは白金鉱山のために作られた拠点だった。最高の魔導金属を産出するグランドギルド時代にも世界に一つの貴重な鉱山だ。そして、拠点ダルムオンはそれを盾にグランドギルドに反旗を翻した過去があるのだ。それはグランドギルド時代の唯一の拠点反乱といわれている。
当然、グランドギルドは鎮圧を決める。『馬』という強力無比な兵器を用いるグランドギルドの戦力に対し、ダルムオンは禁忌の技術までもち出して抵抗したらしいが敗北。鉱山の管理は完全にグランドギルドに掌握されたらしい。
とはいえグランドギルドが滅びた現在、それらはすべて断片的な昔話だった。鉱山の場所は失われ、この装置や数少ない記録もグランドギルド滅亡後に鉱山からダルムオンに逃れて生きた生き残りのものだ。
彼ら自身、三十年前までは相手にしていなかった。だが、二十年前に彼らに接触してきた「雇い主」は、グランドギルド時代の情報に通じていた。そしてそれが彼らの伝承と一致したのだ。
雇い主は彼らの地理的感覚を必要として、資金や物資、そして当面の仕事も提供するといってきたのだ。
ダルムオンが滅びて十年、東西の水運の中間で商隊の用心棒という屈辱的な仕事で食いつないでいた彼らは、地下に眠る巨大な遺産に食いついた。
「しかし、結界っていっても本当に再稼働できるんですか?」
「……あいつらにとっても重要だからな。何らかの情報を持ってるんだろう。少なくとも白金の純結晶が山と積まれてるって話だ。グランドギルドに運ばれる予定だったものだ」
滅亡直前のグランドギルド、つまり繁栄の極みだが、大量の高純度魔導金属を必要としていたことは見せられた記録にあった。そして、それが運び出される前にグランドギルドは滅びた。
「……詳しいですよね」
「あいつらがそこまでの記録を知ってる理由はある程度察しはつく。こっちはこれを動かすだけで一苦労だったがな」
リーダーはエーテルから引き揚げられた針を見た。いくつもの遺跡を巡りやっと手に入れた白金クラスの魔導金属の純結晶だ。
「とにかく俺たちとしては放棄された結界を優先する。故郷のはどうやっても修復できないからな。ダルムオンの猟地と結界がそろえば再び都市を持てる」
雇い主に報告する内容を頭の中で吟味しながら、男はいった。そして声を潜めて付け加える。
「その後のことは、実際にお目にかかってからだ。だからこそ今は、だ」
鉱山はグランドギルド直轄の秘密施設だ。いわば、現存する中でグランドギルド本体に最も近い存在。そこにはどれほどのものが残されていても不思議ではない。リーダーの目がらんらんと輝くのを見て、部下は「了解しました。油断は禁物」と合わせる。
「そういえば南にラウリスのお姫様が来てるらしいですね。なんでこっちには情報が来なかったんですか。帰りには護衛に人数を出せって、急な連絡でしたね」
「リューゼリオンはラウリスが押さえる予定だったが……。まあでかい組織だ。一枚岩じゃねえだろ。とにかく、無事にラウリスにご帰還いただかねえとな。俺らの土地におかしな興味を持たれても困るしな。こっちはあと一歩、その邪魔にさえならなければそれでいい」
やがて一団は洞窟を出た。北に向かうために船に急ぐ一団。リーダーはふと振り返り、南を見た。
「リューゼリオンといえば、よくあれを無傷で切り抜けたな」
2020年3月5日:
次の投稿は3月8日(日)の予定です。