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#5話:前半 エーテル

 アメリアとレイラがなにか怪しい相談をしているのを俺が見かけて数日後。護民騎士団本部にメンバーが集まっていた。立ち上がって報告をしているのはアメリアで、横にはレイラが座っている。


 内容は城から不自然に払い下げられたガラスの容器についてだ。


「デュースター家の息のかかった文官により城外へ持ち出された容器。最初にこれを買い取った商人はデュースターとの繋がりは確認できません。ですが、その商人から材料として容器を買い取った職人は、ある別の商人とその時期だけ取引がありました。その第二の商人はマーキス家と繋がりがありました。これはマーキス家のご令嬢に確認済みです。そして、その商人から更に第三の商人に渡っています」


 アメリアは文官から商人へ、商人から職人へ、そしてその職人から商人への流れを並べていく。


「その最後の商人が……」


 カインが見慣れない綴の屋号に眉をひそめた。


「はい。デュースター家に出入りしているラウリスの商人でした」

「これほどの複雑な経路をよく追えましたね」

「はい。間に職人が挟んであるのが問題でした。ですが彼女の協力で」


 カインの言葉にアメリアは隣を見た。


「ガラス器に残った加工の癖からつながりが分かりました。扱われている商品の値段と量からして、こういった複雑な経路を経ることは採算を大きく割ると考えられます」


 促されたレイラが補足した。なるほど、両方ともエリート文官の目は届かないところだよな。俺は内心頷いた。


「デュースターとラウリスの秘密のつながりが出ましたか。しかも、城から出た容器が都市外に持ち出された可能性が高い。何のためにそこまで手間をかけたのでしょうか……」

「そこがまだわかりません。容器自体は色々な場所で使われていたもので、種類も多く…………」


 アメリアの言葉に俺はハッとした。最近の実験を思い出したのだ。


「エーテル関係に使われていた容器がありませんでしたか?」

「ええ、ありますね。……どういうことですか」


 アメリアはリストを確認してから言った。


「錬金術の調査では、結界の超級触媒の劣化を引き起こしたと考えられるのは黒い魔導金属だと考えられている。魔導金属は特殊な結晶形態をとる場合、エーテルによく溶ける。仮に容器の表面に例の黒い魔導金属を塗りつけてあれば……」

「エーテルを通じて触媒が汚染されるということですか。つまり、その容器が汚染源で急いで払い下げをしたのは証拠を隠滅するため。あり得るかもしれません。……ですが証拠隠滅にしては手間を掛け過ぎではありませんか?」

「そうですね。証拠隠滅ならそれこそ溶かしてしまえばいいわけです。わざわざリューゼリオンから持ち出す必要はありません」


 カインとアメリアが疑問を呈する。


 確かに不自然だ。アメリアとレイラの調べた経路なら密かに容器を持ち出すことが主目的に見える。というか、容器を洗ってしまえばそれで証拠は消えるはずだ。


「疑問は残りますね。ですが、エーテル経由というのは調査の盲点でしたし。黒い魔導金属の性質とも合致します。無視する事はできないと考えます」

「そうだな。一度地下のエーテル泉の様子を調べてみる。直接見てみたらなにか解るかもしれない」


 エーテルは魔力と同じで地下から湧く、現在では確かめようがないが魔術基礎の記述ではその流れは蛇行しつつも、基本は地脈に沿っているらしい。実際、リューゼリオンのエーテル泉も、地下の結界器の側にあったはずだ。


 魔力触媒の実験で忙しくて足が遠のいていたけど、久しぶりに城に行かないといけないようだ。例の麦の件で旧時代の文献も調べないといけないし。後は、久しぶりに上司の元に顔を出すか。


  ◇  ◇  ◇


「全然会いに……報告に来ないなんて。私の右筆としての自覚が足りないんじゃないかしら」


 翌日、俺は城の地下を下っていた。一緒にいるのはリーディアとサリア。簡単な報告の後一人で来るつもりだったのだが、リーディアが付いてくると言い出したのだ。


「ちょっと実験に手を取られていまして。サリア殿を通じて伝わっているものと」

「ええ、伝わっていたわ。レキウスがあの子たちとずっと仲良くしてたって」


 リーディアの語気が却って強まってしまった。一体どんな報告を受けていたのか?


「リーディア様もお忙しいのかと。一度も本部に来られておりませんし」


 上司に言う言葉ではないが、意外だったのは本当だ。それに気づいたのがついさっき、リーディアのふくれ顔を見た時だということは言えない。


「……ラウリスからの商団のことで色々調整があるの。商人相手にお父様が出るのはおかしいでしょ」

「やっぱりただの商団ではないということですか」


 本来ならリーディアが出ることすらおかしい。だが、十を超える都市を束ねるラウリスとの力関係も考えなければならない。


「デュースターは肝心なところを濁しているが、ラウリスからの非公式な使節に近いものと考えねばならぬようだ」

「まずは私が様子を見るというわけ。あの二つの家も含めてね」


 王家と騎士院の二大名家の跡継ぎが揃って話を聞くという形だ。実態を知っているアントニウスはともかく、あのダレイオスまで得体のしれない客相手に……。そもそも、こんな条件で取り次いでいるデュースターが問題だ。


「まあ、レキウスが私がいないと寂しいというのなら時間をとって……」

「いえ、そういうことなら城でのご公務に集中してください」


 今後外との関わりが増えるなら、王家と騎士院との権限争いが必然だ。最初が肝心だ。特に、デュースターとラウリスがくっついているのだから。


 俺の方としては少しでも早く結界破綻の真相を突き止めることだ。向こうの思惑、やり口が解っていることが交渉においても、情報を引き出すことにおいても決定的に重要だ。


「……」


 とはいえそうなると俺が右筆のままというのはリーディアにとって負担かもしれないな。ちゃんと専用の人間がついたほうが……。


 俺は新しい右筆がリーディアの隣にいる姿を想像した。


 ……


「右筆なら本来はこういうときにこそ働くものですね。リーディア様のご公務で私が必要なときはすぐに呼びつけてください」


 秘密保持のことも有るし。少なくとも当面は新しい人間が入るべきじゃないな。うん。別にリーディアを押し付けることに罪悪感を感じたんじゃない。


「……その言葉忘れたら許さないから」


 …………


 そうこうしている内にエーテル泉の扉の前まで来た。ここで汲み出されたエーテルが学院などに運ばれる。入口を見る。結界器と違って厳重に守られているわけではない。同じ地下と言っても入り口も別だ。


 ドアの向こうには岩壁、その下に小さな囲いがあり、透明な液体が染み出して溜まっている。囲いの一方が切れており、余ったエーテルが外に向かう溝に流れている。


 水の向こうには外からの光が差し込み、蒸発してだんだん細くなるエーテルの流れが煌めいている。俺はまっすぐ泉に向かった。滑らかさのある透明な液体が溜まっている。


「これが例の容器ですね」


 その囲いの横には取っ手のついたガラス製の壺が無造作に置かれている。ガラスの壺に指を這わせる。持ち上げて底を見てみる。横にして光に透かす。うん、ガラスの壺だ。


「どう?」

「何も変わったことはありませんね。と言っても、問題の物は過去のものですから……」


 俺が作った精製上級触媒が問題なく働いていることを考えれば、現在のエーテルに異常はないのだろう。


「ちなみに、超級触媒の調整時、エーテルは泉から直接くみ上げられ、そのまま結界器に持ち込まれている。容器もその時にだけ使うものだ。むろん、それは下げ渡されていない」


 サリアが補足した。


 となると、容器は泉そのものを汚染するために使われたということか。手に取って泉につけてみる。…………内側に黒い魔導金属を仕込めばと思ったが、外側に塗りつけた可能性があるな。だけど、それもおかしい。


 魔力触媒の作成過程を考える。魔獣の心血の上澄みを乾燥させた粉末をエーテルに溶かす。溶け残りを濾して完成。複雑なことはなにもない。触媒の等級に関わらずだ。つまり、エーテル泉に黒の魔導金属が混入したらその時期の全ての触媒に害が出る。


 混入していても問題が無いとしたら、途中で除かれる過程があるということか?


 魔力触媒から何かが除かれるとしたら粉末をエーテルに溶かした後の濾過のステップだ。エーテルと一緒に蒸発して消えないとしたら、沈殿と一緒に除かれる。


 だがそれなら今度は超級触媒でも同じだ。


 様子を見ればなにか解るかもしれないという曖昧な方針が裏目に出る。目に見えない痕跡も錬金術で分析して見せると思っていたが、実際はどこからどんなサンプルを取って良いのかも解らない。


 とはいえ、ここまでの調査結果がある以上、ここに何かがあると考えるしか無い。


 一歩下がって岩肌から湧くエーテルを見る。悪い癖だ。全く関係ない疑問が浮かぶ。普通の魔力触媒、つまり魔獣の血に含まれている魔導金属の由来だ。魔力同様植物からと考えるのが自然だ。すると森の土中に魔導金属が含まれていることになる。


 魔導金属が地中に存在しエーテルに溶けるなら、このエーテルにそれが含まれている事は考えられる。いや、むしろ溶けやすいはずだ。なぜならエーテルは地脈、つまり透明な魔力と並行して流れているからだ。


 もう一度エーテルの流れを追う、岩肌から泉、そして溝を流れていく。蒸発しやすいエーテルは溝の中でだんだんとその量を減らしていく。


 それを見て、今の考えを確かめる方法が浮かんだ。


「もしかしたら……」

「レキウス?」


 俺は溝に沿って入り口近くに向かった。

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[一言] 突き落としてから吊り上げるレキウス まさに外道
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