#1話 捜査会議
護民騎士団本部の二階、会議室には正方形のテーブルが置かれている。そこに騎士と文官と商人、そして錬金術士(自称)が集まっていた。部屋の奥に座るのがこの場で唯一の騎士のカイン。平民出身ながら高い魔力と実力を備えた彼こそが、この組織の団長だ。右に座るのが文官であるアメリア。文官組織のトップである文官長との連絡役だ。つまりエリート。
そして、彼女の向かいに居心地悪そうに座っているのが染料商人のレイラ。市場や職人工房という平民とのつなぎに加えて、騎士団の財務にも関わる。そして、カインの向かいがこの団を隠れ蓑に錬金術の秘密の研究を進めようという俺である。
騎士、文官、商人、そして錬金術士。最後の怪しいのはともかく、騎士団の実務メンバーの第一回会合だ。先日の姦しい雰囲気はない。ちなみに、まだ午前中であり学生たちは学院だ。
「今日の会議の主題ですが。この組織の真の目的「結界を狙う敵に対する対処」の為の今後の基本方針の策定です」
団長殿が口火を切った。初っ端から護民騎士団らしくない議題だが、結界が壊されたら守る対象である(平)民は全滅するので間違っちゃいないのだ。
「現時点で最大の問題は、結界を侵害した犯人も方法もわからないことですね。幸いというか、超級触媒は調達可能になっていますが……。少なくとも何をされたのかを突き止めること。できれば明確な証拠を得て犯人を、少なくともリューゼリオン内部にいる実行犯は除きたいです」
カインの言葉に、全員が頷く。具体的な人間や家の名前が出ないのはご愛嬌だ。
「まずは情報の整理です。事件の発端、触媒劣化時の状況についての説明をお願いします」
カインが右を見る。アメリアが立ち上がった。
「結界の触媒が劣化させられた時の状況ですが、我々の調査では……」
赤の超級触媒、つまり二十年前に狩られた火竜の心血から取られた粉末だが、それはもちろん厳重に保管されていた。保管場所は王の私室の金庫であり、触媒の調整は代々王家に仕える魔導鍛冶。作られた触媒も一見なんの異常もなし。しかし、結界器に使用したら前回十年以上も保ったそれが、一年も経たないうちに劣化が始まった。
「触媒の交換が終わった後、劣化が現れ始めるまでに結界器に近づいた人間は王と王女のみです。触媒の調整に関しても関わっているのはすべて信用できる人間だけです。我々の調査でも外部は疎か、デュースターとの繋がりも皆無でした」
「なるほど。それであわや火竜狩りということになったわけですが。私の知っている限りでも、騎士院の二大派閥の動きは早いように見えましたね」
「はい。王家が触媒の劣化を認識し、火竜の情報を集め始めたときには、デュースターとグリュンダーグの両家はすでに情報を得ていたと考えられます。一方、両家に協力の気配はなしでした」
「両家とも結界が持たないことを察していた。そして、対応の算段があったように思われますね。それも、それぞれにですか。情報提供者の存在。単独での火竜狩りのリスクを考えれば、援軍の目当てがあった可能性がありますね。あるいは、最初から代わりの触媒を持っていた可能性すら考えるべきかもしれません。情報も援軍、あるいは代わりの触媒も外からという想定はあまり愉快では有りません。ですが、まずは内のことを考えるしか無いでしょう。次は触媒の劣化それ自体ですね。先輩の分析はどうですか?」
「団長殿。私はこの組織の一員なのですから。呼び捨てでお願いします」
俺が訂正する。
「先輩は私の部下である前に、名誉団長リーディア様の直属の右筆でもあるわけですから。おおっぴらに錬金術士殿と呼ぶわけにも行きませんし」
「先輩」あたりが無難なんですよ。笑顔でそう言われてしまうとどうしようもない。
「残っていた劣化した超級触媒をクロマトグラフィーで分析しました。目的は劣化の原因、特に不純物等の混入の痕跡を探ることです。ですが、わかったことは、確かに劣化しているということだけですね。と言っても、クロマトグラフィーで分析可能なのは色がついている成分、それも十分な量がある必要がある」
俺は説明を終えた。ちなみに、劣化したもともとの超級触媒の分析はつい先日行った。
「なるほど。最悪、遠隔から操作された可能性まで考えないといけないかもしれません。ですが、先輩は何らかの不純物の存在を仮定している。それも、冬に演習地を襲った黒い魔獣、その触媒が関与している可能性があるのでしたね」
「あの黒い魔獣の襲撃が結界破綻と同じ犯人という想定をすると、ただの魔猿を変質させた“何か”が結界の触媒劣化にも関係する可能性があるわけです。白の魔力を扱う結界の触媒に、正反対の黒の魔力を扱う触媒を混入すれば、効果は抜群でしょうから」
「結界破綻と黒い魔獣の襲撃が裏でつながっている可能性は高いと思います。偶然では出来すぎているでしょう。ですが、黒い魔力の触媒はクロマトグラフィーで分析できたのでは? 確か、橙紫黄の成分だったと記憶しています。それは劣化した触媒の中に見つかっていないわけですよね?」
「そのとおり。だが、偶然一つの手がかりが得られた。これを見て欲しいんだ」
俺は黒の三色を分離したクロマトグラフィーをテーブルの中央に出した。橙、紫、黄の三本のバンドが分離されている。
「これを魔力で曇らせてみて欲しい」
俺がそう言うとカインは紙を指で触れる。そして、その結果を見た時、首を傾げた。
「……同じですね。どこにもおかしいところがない」
「はい。見慣れた赤、青、緑の触媒成分が曇った物のように見えます」
白系統の赤青緑の魔力触媒と黒系統の橙紫黄の魔力触媒、その両グループは魔力で曇らせると同じだったのだ。リーディアの代表室でクロマトグラフィーの結果を俺に渡そうとしたシフィーが、たまたま曇らせてしまったことから得られた結果だ。
完全な偶然。だが、この意味は大きい。
「…………つまり、我々にとって既知である白側の三色と、未知の黒側の三色は共通性がある。魔力触媒という意味では同じですから共通性があってもおかしくないですが…………。赤と橙、青と紫、緑と黄というセットでと言うのはたしかに興味深いですね」
「まさにそこなんだ。この結果、新しい仮説をたてることができる」
カインの理解の正確さに、俺は思わず興奮していった。これは、魔力触媒というものの原理について極めて重要なヒントを提供している。それが俺の考えだ。
「曇りから考えられる、白系統と黒系統の魔力触媒の関係はこんな感じだ……」
「これを逆に考えると……。魔力触媒は異なる二つの要素、成分によって出来ていると推測される。赤と橙の関係に絞って考えるとこういうふうになる」
俺は最後に目的の『何か』、クエスチョンマークをした○と●を赤で囲んだ。
「つまり。この異なる方の成分、白と黒でそれぞれ別だけど、魔力触媒を成り立たせるという意味では同じ。これを見つけることが重要なんだ」
俺がそう言うとカインは眉根を寄せてしばらく考え込んだ。
「……理屈はなんとかわかりました。ですが、どうやってでしょう」
「この謎の成分は魔力によって変化する。これを単純に失うと考えるなら、魔力を触媒に当ててやれば単離できるはずだ。実は一階の工房に設置した新しい器具はそのためのものなんだ。それに……、ああ、これはまだいいかな」
「そこまで準備ができているのなら、何も言いません。ただ、まだいいの方は気になりますけど」
「いや、これは直近の話ではないから」
今は物証と犯人探しに集中するべきだと説明を終えようとした。個人的興味を優先させる局面じゃない。
「いえ、言っておいてください。団長として知っておきたい」
「そういうことなら。ちょっと抽象的になるんだけど。白にも黒にも同様の性質ということは、魔力触媒というものの性質に切り込むヒントだと思っている。ただ、具体的な何かに結びつく保証がないんだ」
ここまで理解してくれるカインになら説明しておくべきか、そう思い直して続ける。
「魔力触媒は我々の唯一の武器と言っていいものです。その理解を深めることが損だとは思いません」
カインはまずはっきりそういった。
「とはいえ、まずは結界を障害した手段。そのために使われた何かを得ることが先決ですね。それに関しては今の先輩の手はずで進めてください。そして、その何かが外部の敵から、内側の裏切り者にもたらされた可能性が高い、と想定しましょう。並行してその経路について調べておくのがいいでしょう」
カインはそう言うとレイラを見た。
「ではレイラさん。商人の目から見て、ラウリスからのリューゼリオンへの関与の度合いは、最近変化しましたか?」
「は、はい」
目を白黒させて俺とカインの話を聞いていたレイラは、慌てて答える。
「昨今、ラウリスやグンバルドの連盟の商人がリューゼリオンを訪れることが増えています。ダルムオンが滅びたことで細くなっていた交易が復活しているということです。これは父さん……父から聞いたことですけど……」
レイラは昔のダルムオンの交易関係も含めて、現状を説明する。最近の交易量の増加は明らかに異常であり、リューゼリオンの物品のバランス、生産も消費も、を崩しかねない。それに加え、ガラスなどの資源物資の不足も悪化してきている。なぜか、儲かりそうなそれらが運ばれないのだ。
もちろん、遠方から運ばれる以上、重いものは避けられるが……。
「市場には新しくラウリスから大規模な商団がくるという噂が流れています。それも、連盟の端の都市からではなくて、ラウリス本体からだそうです」
最後にレイラはそう付け加えた。それを受けてアメリアが挙手する。
「それに関してですが、デュースターから商団についての申請が出ています。王家にも挨拶したいという希望を持っているそうです」
これは初めて聞く情報だ。デュースターがラウリスとの関係を隠すつもりがないということだ。むしろ積極的に仲介役をする。
「到着の予定は?」
「約一月後です」
「デュースターとラウリスの関係は要警戒ですが、情報不足です。デュースターが隠すつもりがないのなら、まずはラウリスの意図を知るべきでしょう。といっても、外交は我々の役目ではないですね。先程の方針を変えることではないと考えます」
カインは先程のようにはっきりと言った。俺もアメリアもうなずいた。この割り切りと言うか、できることに集中するのが彼の持ち味だ。
「私はしばらく騎士団の体裁を整えることに全力を尽くす必要があります。これまでの採取警護の全体像の把握と、正式な団員の人選を進めます。並行して、私自身が魔力測定器を持ってどれだけの人数でどれだけの採取範囲をカバーできるかを試します」
カインはまず自分の役割を説明する。まずは一チーム作る。堅実で明確な方針だ。
「先輩は先程の方針通り錬金術で不純物、この事件の物証を見つけることを優先してください。そして、アメリアさんとレイラさんは市場とデュースター家の周囲の情報を収集。物証が見つかったときにデュースターとつなげるための準備をお願いします」
こうして一回目の会議が終わった。予想を超えるような結論ではない、だが……。
「……私なんかが言うのは何なんですが。とんでもなく優秀な方ですね」
レイラが俺に言った。彼女の視線の先にはアメリアと打ち合わせているカインがいる。自慢の後輩……団長殿だからな。
「何をするかわからないレキウス様と違って、きちんと順序立ててるのもいいです。ただ……」
「ただ?」
「……いえ、レキウス様の後輩ということでしたから、もっと自由な方を覚悟していたので」
俺だって一応いろいろ考えてやってるんだけどな。まあ、俺は所詮組織を率いる器じゃない。そういう意味では工房にこもって実験に集中するのが適役だろう。