#閑話3 密命
城の本宮二階。大広間に近い一室はいわば貴賓用の応接室だ。つまり、外部とのやり取りが極めて少ないリューゼリオンでは殆ど使われない。
テーブルには紫豆を煎った茶が二つ、湯気を立てている。席には壮年と青年の二人の男が向かい合って座っている。どうやら食事を終えたところらしい。
「“家族”はこちらには慣れたか?」
「はっ。叙任式では母と妹にご配慮いただきありがとうございます」
壮年の男の言葉に、青年がうやうやしく礼を述べた。彼の家族は学院の卒業式を見ることがかなったのだ。もちろん、列席者ではなく、王宮の使用人として幕の端からだが。
それでも、正式な採用前にも関わらずの措置は、彼の家族に対する温情であることは間違いない。そもそも、本来なら母や妹と呼ぶことも許されぬのだ。平民上がりである彼の家族は騎士階級ではないのだから。
それ故、先程の王の言葉は両名を彼の家族として扱うという意味を含む。
青年の表情を確認すると、王はゆっくりと立ち上がり、大窓の方に向かった。カインはそれに従い、後ろに直立不動の姿勢で立った。
「何が見える?」
漠然とした問い。カインは何について聞いているのか即座に察する。王の視線の先に見下ろされているのは、茶色の街の中に一つだけ白い建物。今後の彼の仕事場である護民騎士団の本部だ。
「重責に身が震える思いです」
「重責とは?」
「リューゼリオンの結界の保持。そして、そのために平民出身騎士および平民の力を束ね、王家と騎士院の関係を正常な形に保つこと、そう理解しております」
ここに来るまでに何度も繰り返した言葉を淀みなく口にした。
「なるほど。あのものが推挙するだけのことはある。この腕になってから騎士院との関係が難しいのは確かだ。そなたに期待してるのはそれで間違いない」
幾重にも難しい舵取りである。だからこそ、彼は王の答えに内心安堵する。
彼は自分の立場を過大評価していない、王直属の護民騎士団長といえば聞こえはいいが、それは言ってみれば文官長と同じだ。
「リューゼリオンのために微力を尽くします」
「うむ。だが、結界の破綻を企んだデュースターはともかく、他の騎士が我にとって代わってもリューゼリオンは滅びぬ。騎士にとっては大して変わるまい」
次の言葉に背筋が冷たくなった。役目さえ果たすなら王など誰でもいい。それは、彼の中にもある意識だ。それを見抜かれたのかと思ったのだ。
「私の先祖がなぜ王という役職を得たか解るか」
「いいえ」
「この都市は元はグランドギルドの狩猟拠点の一つに過ぎぬ。まあ、これはすべての都市がそうなのだがな。一代目はその拠点のギルドの支部長だった。それだけのことよ」
「……それ以降の数百年に渡る歴史の積み重ねは、決して軽いものではないかと」
「かもしれぬ。だが、前身は隠せぬ物だ。つい先程、私はそれを改めて思い知ったのだよ」
自嘲的な言葉に、ここまで答えを合わせてきたカインが反応に窮する。
「都市の管理者と言っても結界について何も知らぬ。結界はグランドギルドの独占であり、その支部長程度には明かされない。ラウリスやグンバルドのような巨大拠点ならどうかわからないがな」
意味はわかる。そして、それは彼の任務とも密接に関わるはずだ。結界の破綻を企んだ敵がどのような手段を用いたのか、未だ不明なのだから。
そう思ったカインは次の王の言葉に虚を衝かれる。
「あの者は己を錬金術士といっておったな。そなた親しいのであろう」
王の視線が窓の向こうから動いていないことに気がついた。王がギルド支部長に過ぎず、グランドギルドの末端管理者なら、結界の秘密を次々と解いていく彼は……。
「彼の者ならば、いかなる手を使ってもリューゼリオンを守ると考えております」
「そう、いかなる手段を使ってもな。目的の為には手段を択ばず、その目的が常人には見えぬ」
「王家の……いえ騎士の敵になりうると」
「そうはいっておらん。ただ、読めぬということだ」
「彼は野心とは無縁と考えております」
彼に言わせれば度の過ぎたお人好しの顔を思い浮かべて抗弁した。同時に、今自分が口にしていることが願望なのではないかという疑念に囚われる。
「野心でリーディアを手に入れ王位を求めるのなら、まだ良いかもしれぬ。その力に応じた責任を果たすなら、問題は最悪にはならぬものよ。都市の安定を保つのが役目である私はそう考える」
王は新しい部下を見ていった。部下は言葉に詰まる。
「ちなみに、リューゼリオン最後のギルド支部長、つまり初代の王の残した記述ではグランドギルドの滅亡は白の魔術の失敗によるものと予想されている」
「……そのようにお考えならリーディア様を彼にお近づけになるのは?」
「娘が惚れておるから……ではない。あの者は昔からリーディアをかわいがっていてな。リューゼリオンにつなぎとめる手段が、ほかに思いつかぬからだ。その錬金術士の知恵を用いずに、今後予想される大きな情勢の変化に対応できぬことも含めてな。東西の対立が深まればリューゼリオンは揺れることになる」
そう言うと王はやっと窓から目を離した。
「さて、王家は結界の管理者だ。騎士と王家の間は主従関係ではない。だが、そなたには」
身を翻し、カインと正面から向き合う王。マントがめくれ失われた右腕があらわになった。
「我が腕の代わりになることを期待する」
カインは主の前に黙ってひざまずいた。己の任務が、己の想像を超えて難しいものであることを、彼は思い知った。
2020/01/16:
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ブックマークや評価、多くの感想や誤字脱字の報告ありがとうございます。
おかげさまで第三章『護民騎士団結成』を最後まで書き上げることができました。
第四章は『大国の使者』というタイトルで行きたいと思っています。
1話は2月1日から投稿開始ですが少し間が空きますので、プロローグ的を1月26日(日)に投稿する予定です。
第四章プロローグ:1月26日(日)
第四章1話:2月1日(土)
それでは狩猟騎士の右筆を今後もよろしくお願いします。