表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/184

#閑話2 デュースター家

(調子にのりおって、平民めがっ!!)


 目の前をさっそうと歩く緑髪の男にウルビウスは煮だった泥のような目を向けた。彼が当然与えられるべきだった卒業生総代の名誉を不当に奪った男だ。下僕同然の認識だったのだからなおさら屈辱だ。


 更に彼を苛立たせるのが最近流れる噂だった。平民上がりが新しく設立される組織の長に抜擢されるという噂は実際に騎士院に提出された計画であることを彼は知っている。


 新組織そのものは取るに足らない、むしろ下僕にふさわしい役割だ。まともな騎士ならやりたい者など一人もいないだろう。


 だが、曲がりなりにも騎士の組織の長を経験したとなれば、実績にはなる。王家の後ろ盾も意味する。それを以て騎士院入りなどということになれば……。それを想像しただけで拳が震えた。


 ◇  ◇  ◇


 デュースター本家の屋敷は内円の一等地にある。広い庭を抱える優美な建物だ。庭を見下ろす二階の部屋には、多色で絵付けされた壺や真珠をあしらった像が並ぶ。いずれも東方からわざわざ運ばれたものだ。テーブルの上に並ぶのも白く薄い陶器製の杯だ。


「父上。これ以上あの平民上がりに大きな顔をさせては騎士院の権威が傷つきかねないのです」


 薄い陶器を震わせる勢いで、この家の次男ウルビウスが父と兄に向かってまくし立てていた。


「それほど増長しておるのか」


 細いあごひげに手をやりながらデュースター当主が鷹揚に頷いた。その視線が長男に向いた。


犯罪者ろうえきの見張りなど平民上がりにふさわしい役ではないか」

「それはわかっています。兄上。問題はっ!」

「平民上がりが王家の後ろ盾を得たと、我ら騎士院に抗うことか」

「そ、そうです。そういうことです」

「まあ、確かにそれは問題だな。力が弱いとは言え、それなりに数がいるからな。エスラディオスが狩りに出れぬゆえ猟地のことは騎士院が独占していたが、その力を取り戻しに来たかもしれんな」


 デュースター当主は王を呼び捨てにした。ただし、王はあくまで都市の管理者であり、騎士は家臣ではない。


「文官どもからもいくつか情報が来ているな」

「はい。文官長いぬがかなり力を入れているという話です。税から多くの費用が投入される計画があると」

「はは。金で使われるなど騎士とは言えぬな」

「しかしっ!!」

「わかっている。実はマーキスから気になる情報が上がってきてな。あそこの娘がリーディアとその平民上がりの会話を聞いたらしいのだ」

「数年を経ずして騎士院に推薦!! や、やはり捨て置けないではありませんか」


 父の言葉に次男は目をむいた。これまで冷静に構えていた長男もはっきり愁眉を歪めた。デュースターやグリュンダーグの嫡子にとって騎士院に席を得るのは当然なのだ。問題は、その早さだ。


「王家には推薦枠がある。平民上がり共を束ねる役としてエスラディオスがその……だれだったか」

「カインです。家名もないカイン!!」

「ああ、そのカインを使おうとしているのは間違いないようだ。なるほど少々うるさいな。将来を考えると、騎士院は我らが押さえる必要がある。とはいえ、表に出ている話ではない以上は……。いっそ、組織そのものの設立に反対するか」

「我らが反対すればグリュンダーグは賛成に動くでしょう。王家とグリュンダーグに挟まれて、下から平民上がり共に突き上げられるのは面白くありませんね」


 アントニウスが言った。長男の言葉に父は苦い顔になる。


「ならばどうする?」

「平民騎士団とやらは新しい組織。ならば最初から、道を閉ざしてやればいいのですよ。平民騎士団の団長経験者は騎士院入りの資格をなくする。そう条件を付けましょう」

「なるほど、慣習がないなら我らに有利な慣習を作るわけか。だが、あまりに直接的すぎぬか。理由はどうつける?」

「騎士院はあくまで狩猟者である騎士の代表。狩りの実績なき者にその一員となる資格なし。これならグリュンダーグも反対しますまい」

「それはいい。あいつが騎士ではないことがはっきりする」

「……ふむ。それで王家が拒めば、その時は設立そのものに異を唱えても、グリュンダーグは向こうにはつかんか。それなら良いな」


 次男の金切り声のような声から逃げるように、父親はいった。


「後は小賢しい文官どもです。あの者共の扱う金の量は馬鹿にできぬのだったな。お前の意見では」


 アントニウスが部屋の隅で控えている茶色の服の男に声を掛けた。これまで一度も発言していない男は、ラウリスの商人であり、デュースター家と取引がある。この部屋のきらびやかな装飾は彼がもたらしたものだ。


「兄上。商人ごときに意見など」


 ウルビウスにはこの商人の情報の不確かさのために、自分が総代の地位を失ったという認識がある。


「まあまて。ウルビウスの言うように、新しい組織は騎士の組織とは言えぬ。平民の考えも聞いておこう」


 当主自身、商人とは彼らの獲物を這いつくばって受け取り、代わりに金と物を持ってくる存在に過ぎない。ただ、派閥を率いてきた彼の経験から、それが今の問題に近いと言えることは解る。


「御前様をはじめデュースター家の方々は、まさに国家を跨いだ視野をお持ちだと常々感服いたしております。左様でございますな。……国家は狩猟なくては成り立たぬとはいえ、獲物が街に着けば後は金の流れとなります。商人と近いことは必ずしも力の弱さを意味しません。特に、情報という点においては」


 恐懼の姿勢で答えた。


「その割には、不完全な情報で我らを苦労させてくれたぞ。旧ダルムオン南部には手を出さぬはずだったのではないか」

「申し訳ありません。我らはあくまで遠方の商人にすぎず。青の宮殿の奥から来る指示にはどうしても時間のズレが。ましてや先日のような偶然の事故ともなりますれば……」

「まあ、その件の詫びは受け取った」


 アントニウスがとりなす。男の背後の力を考えてのことだ。


 商人が詫びとして差し出した箱の中には、大粒の水色の魔力結晶が並んでいる。本来商人が扱うことを禁じられている品だ。彼はラウリスの言わば密使である。


 リューゼリオンは最終的にはラウリスに逆らえない。ならばいっそというのがこの家の方針だ。だからこそ茶服ごときと議論しているのだ。


「今後はこのようなことがないように、情報の伝達には万全を期したいと考えております。昨今、西の方の動きもありますれば、我らもぬかるわけには行きません。これまでの投資が無になりますゆえ」

「グンバルドか」

「はい。グリュンダーグ家に手を伸ばしているのは確実でして」

「それはいかんな。グリュンダーグに主導権を握られては」

「それで、護民騎士団の件ですが。お話を聞く限りでは騎士様が組織の半数ということ。逆に言えば残りは平民。両者の運営を円滑に行うためには金が重要になります。団長の地位のみならず、そちらにも楔は打ち込むべきかと。それができれば逆に王家の富を浪費せしめることも可能かと」

「つまり、税からの金の流れも制限せねばならぬというわけだな。監査委員の方にも手を回す必要があるか。くだらん仕事だ、マーキスにやらせればよいか。上手くやれば騎士院の席を与えてやるといえば必死になるだろう」

「将来平民上がりの中心になりそうな人間を、むしろ檻に閉じ込めたようなものだな。しかし、ここまでの条件を飲むか?」

「王家に騎士院に対してくちばしを挟ませぬ。この点に関してはグリュンダーグとも意見が一致するはず」

「そうだな。業腹だがそこは調整しよう。では、この話はこれでいい。後は……」


 当主の目が茶色の服に向いた。商人は厳重に封された手紙を取り出した。


「はい。近々ラウリスから大規模な商隊が到着いたします。その中に……」

「ほう。直接腰を上げられると」


 リューゼリオンの名門騎士家当主の目が満足げに緩んだ。


「我が家が商人ごときを通じる存在でないことを理解したのなら幸いですね」


 ウルビウスの放言を父も兄も注意しなかった。言われた茶色の男も、恐縮するように頭を下げた。


 ◇  ◇  ◇


 数日後の学院廊下。先日とは打って変わって肩を落として歩く同級生に、ウルビウスは内心の笑いを殺すのに苦労していた。騎士院での議題は彼らの思うように進み、護民騎士団の団長職は騎士のキャリアとしては完全な行き止まりとなったのだ。


 先日まで彼を取り囲んでいた平民上がりの数すら大きく減っている。


(もはやゴミ騎士団よ。身の程をわきまえておれば、老人になる前に騎士院の席もあったかもしれぬのにな)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 両方からうまく踊らされてて可愛そうになるw
[一言] これは護民騎士団と騎士院がほぼ別組織扱いになるし、しかも要のカインを無理矢理引き抜いて飼い殺す事も出来なくなるから割と悪手のような気がする。
[一言] えげつない選民思想だなぁ…ウルビウスには、自分のせいで死者が出たことに対する自責の念はないんですね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ