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#9話:後編 勧誘

 「引き受けてくれるか」という俺の問いに、カインは考える。


「……そうですね。まだいろいろ問題はありますが……。それは今後の組織自体の能力向上で解決の道がある。現状よりも将来性を考えて判断すべきでしょうね。……先輩の技術も含めて考えると……平民を守るどころではありませんね。将来的にはリューゼリオンの最大戦力になりかねない」

「その将来性は優秀なリーダー次第だ」

「逆にボクに委ねてしまってもいいんですか?」

「カイン以外にできる人間が思いつかない。まあ、表向きの立場としてはあんまりよくないけどな」

「あまりにも歪なのは確かですね」


 カインが俺を見て肩をすくめた。ああ、綱渡りみたいな組織だよ。


「了解しました。引き受けます。ボクの目的にも合致、いやむしろこれ以上ないポジションともいえる」


 カインは頷くと、俺に皮肉っぽい目を向けた。


「まあ実際は決まってますけど。なにしろ、これだけのものを見せられた時点でボクの負けです。ここで断ったら……」

「いや、秘密さえ守ってもらえるのならそんなことは……」

「ただ、二つお願いがあります」


 そう言ってカインはリーディアと向かい合った。そういえば肝心の雇用条件の話は全然してなかった。


「一つ目ですが、評判の悪さは甘受。いえ、上手く活用してみせます。ただ、実績がない組織に団員を引き込む必要があります。王家の関与を明示していただきたいのです。名誉団長という形でリーディア様を上にいただけませんか」

「ええ。王家の責任は最低限明示的にしておく必要があるから。レキウスは私の右筆だし」


 リーディアはあっさりうなずいた。付け加えた最後の言葉いるのだろうか?


「もう一つは何?」

「私の母と妹のことです。内円に迎えることをお許し頂き、その保護にもご配慮いただきたい」

「問題ないわ。ちなみに妹はいくつ?」

「十一歳になります」

「いいわ。私の側に侍女としておく。……空けていた席が一つあるから」


 そう言ってリーディアはちらっとシフィーを見た。カインは頭を下げる。給金の話が始まると思った俺はちょっと反省した。彼の家族事情は知っていたのだから、これは俺の手抜かりだ。満額回答したリーディアに感謝しないと。


「さて、では次は設立に伴う軋轢の軽減ですね。先輩の策ではボクがいろいろと被らないといけない。となると、これからのボクの振舞いですが、学院であたかも王党派――」


 カインが俺に向き直り、表の話を始めた。その時、背後の茂みが揺れた。次の瞬間、黒と金の二人の少女が飛び出てきた。


 サリアによって首にナイフを突きつけられた金髪の少女。マーキス嬢だ。どうやら陰ながら俺たちを見守っていたようだ。考えてみればここには彼女にとって気になる人間ばかりが集まっている。


 ……


「さて、どうしたものかしらね」


 川べりの倒木の前で腕組みした赤毛の二年生学年代表が言った。彼女の前には金の短髪の一年生学年代表が、狩猟器をサリアに没収された状態で立っている。


 先輩二人の厳しい視線を受けて、マーキス嬢は無言で俯いている。離れた場所から俺たちの背後を警戒していたサリアに見つかったことから、つけていたのは間違いないだろう。


 俺とシフィーそしてカインは横に並んでいる。シフィーは心配そうに友人を見ている。カインは感情を消した顔だ。


 彼女とはあの時肩を並べて戦った、と言ったら当人には怒られるだろうが、仲である。傷を押してシフィーのために危険な森にもどった。それも、足手まといにしか見えない文官と一緒に。そういった経緯を考えても、彼女自身は信用できる人間だ。


 シフィーやカインも一緒だろう。いや、俺よりも彼女のことは知っているはずだ。そもそも、マーキス嬢がこんな事をした理由として考えられるのは、まずはこの二人だ。さらにその片方とリーディアの関係もありそうだが、まあ微笑ましいというか、ある意味学生らしい話だ。


 だが、騎士の家というのはそれだけでは済まない。大体、肩を並べて戦ったという意味ではサリアも一緒だ。そのサリアがこういう対応をしたのは理由があるはずだ。


「マーキス家の当主は来年から監査委員のポストを得ることになっています。当然、デュースターの推薦で」


 サリアが言った。監査委員は騎士院で文官組織を監査する役職だ。文官組織を側面から監視する役目を持つ。委員長と副委員長は騎士院のメンバーだが、平委員の立場はそこまで高くない。


 ただし、文官に対する権威は大きいし、それに伴う見返りも多い。うまくすれば将来の騎士院入も見えてくる。今のマーキス家にとっては魅力的である。


「実家。いえ、デュースターの意を受けて私達の動きを見張っていたということかしら」

「それは、ちがい……」


 マーキス嬢は否定しようとして口ごもった。一瞬だけ救いを求めるような目がこちらに向いた。だが、すぐにリーディアに向き直る。


「リーディア先輩たちを黙ってつけたことは、確かです。失礼な行為をしたことに言い訳はありません。ですが、家に言われたからではありません。デュースターも関係ありません」

「残念だが信用できる状況ではないな」


 サリアが言った。リーディアの目も、後輩に対して厳しいままだ。騎士の家というものを知っていれば知っているだけ、そういう結論になる。


 だが、今もただ心配そうに友人を見ているシフィーはともかく、政治的なことに極めて敏感なカインが無反応だ。後輩を見る目に自分を探ろうとしたことへの負の感情は見えない。


「リーディア様。一ついいでしょうか」


 俺は手を上げた。


「彼女は確かに我々のやることに興味を持っていました」


 俺の言葉にマーキス嬢はびくっと震え、シフィーとそしてカインも驚きの目で俺を見る。


「一方、彼女はそれをはっきり私の前で口にしました」


 俺はマーキス嬢がわざわざ文書保管庫まで来て、いずれ説明してもらうと啖呵を切った件を説明する。


「もし実家、あるいはデュースターの意向でスパイを働くなら、私に正面切って明かす理由はありません。今回の件は彼女にとってあくまで個人、あるいは学年代表としてもあるでしょうが、そういった範疇の関心であるということです」


 弁護としては弱いがまずは彼女自身の動機でありうることを示す。リーディアは「でも、レキウスは年下に甘いし」とぶつぶつ言っている。いや、その基準なら俺は君にこそ……。


「個人の理由はあったかもしれないが、家や派閥の意向が重なってもおかしくないだろう」

「家はわかりませんが派閥はどうでしょう。彼女は先の演習の被害者です」


 サリアに答えた。それに関しては、彼女はここにいる全員と同じ立場だ。


「私は学年代表です。出身の別に関わらず学年の子全員に責任があったんです。デュースター家の態度は許せません」

「シフィーはどう思う。君が一番彼女のことは知っているだろう」


 俺の言葉にコクコクとうなずいていたシフィーに水を向けた。


「はい、私もヴェルヴェットさんのことは信じられます」


 シフィーがはっきり言った。


「二年生のリーディア様達はいらっしゃいませんでしたが、演習前に一年生と四年生の学年代表会議がありました。その場でヴェルヴェット君がウルビウス・デュースターに異を唱えていることを、私がこの耳で聞いております」


 カインが言葉を添えた。マーキス嬢の顔がパッと輝いた。俺の弁護のときとの違いよ。


「三人ともヴェルヴェットはデュースター側ではないというわけね」


 リーディアが迷う表情になった。


「彼女には演習地でこれを見られています。これまで魔力感知器の存在がデュースターに伝わったと考える根拠はないです」

「そうですね。デュースターに献上するなら、彼女は遥かに有用な情報をすでに得ていると言えます」


 カインが言った。色々あったとはいえ、彼女に対する対応を後回しにしていたことが問題だったとも言える。ここはもう彼女を取り込む方向に行くしかないだろう。


「まずデュースターと結界破綻の関係について。彼女にも情報を伝えるのがいいのではないでしょうか」


 俺が説明する。幸いと言ってはなんだが、デュースターの結界への干渉を知っていると考える傍証がここには揃っている。


「そんな。演習だけじゃなくてリューゼリオン自体を危険に晒すなんて……」


 話が終わると、マーキス嬢は愕然とした表情になった。


「デュースターが直接かかわっているという決定的な証拠はこちらもまだつかめていない。今後はそれを調べていくつもりだ。今回の外出はその為の準備の一環でもあるんだけどね」


 真面目な彼女にいい加減なことをいうと後で問題になりそうなので、俺は付け加えた。


「そうね。私達もデュースターの関与の具体的手段、外とのつながりの程度は測りかねているところよ。でも、あなたにはここで選んでもらわなければならないわ。デュースター家かリューゼリオンか。どちらを信用して、どちらのために働くかを」


 リーディアが究極の選択を問う。十六歳の女の子が十五歳の女の子に問う質問としてはあまりに重い。だが、この場でオロオロしているのはシフィーだけだ。


 マーキス嬢はギュッと目をつぶった。そして、真っ直ぐリーディアを見た。


「私はリューゼリオンの一員として働きます」


 マーキス嬢の言葉にリーディアは俺たちを見回した。一人を除いて全員が頷いた。


「いいわ。あなたの言葉を信用しましょう。まあ確かに、あなたにスパイは向かない役目だしね」


 リーディアが後輩に対して初めて表情を緩めた。


「問題はどういう形かです」


 サリアが言った。さっきから、嫌な役目をしている。


「そうね。来季になっても私達は学年代表だから、連絡の機会はあるけど……」

「まだ学生ということもありますし。それに、平民出身のボクならともかくヴェルヴェット君を団員にするのは目立ちますね。それこそ家が許さないはずです。そういう意味で言えば、彼女には外から協力してもらうのが一番なのですが」


 カインが言った。護民騎士団の性質を考えても、文官を通じて商人の世界にもにらみが効く監査委員は重要なポジションである。マーキス家のことは考えないといけない。

 マーキス家にとって重要なのは王家とデュースターのどちらが正しいかではなく、どちらが勝つかだ。そこら辺から考えていかないといけないんだが……。


 ただ、単純なスパイもできそうにないのに、二重スパイは彼女には向かない役割だ。さて、最年長者として最後ぐらいは悪役をやりますか。


「まずは、今から学院に戻りましょう。そして、卒業生総代に関してリーディア様とカインが会話してもらいます。彼女には、その内容をそのまま家に伝えていただくのがいいかと」


 俺は言った。マーキス嬢はあくまで学年代表の縁で、学院で聞いたことを、そのまま親に話すだけ。もちろん詭弁だし、彼女に対するテストであるのだが。これは仕方ない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マーキス嬢の登場ありがとうございます。 これから、受難の日々が始まりますが カインと婚姻まで行けると良いね。 カイン君は、平民だけど。
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