#8話 王党派会議
本宮二階奥、白い廊下を灰色の人間が三人、無言で歩いていた。先頭の老人、次に続く若い女性、最後にくっついているのが俺だ。文官組織の最高責任者、若いエリート、そして下っ端。立場通りの順番だ。
向かう先はこの都市の王の執務室だ。文官長がドアをノックする。内側から開いた入り口からおそるおそる中に入る。正面に隻腕の男が座っている。
俺たちは揃って頭を垂れた。
「まるで王党派の会議だな」
冗談めいた言葉にアメリアが緊張に身を固めた。都市を管理する文官組織は王に属している建前だが、メンバーは騎士の家から文官落ちした人間とその子孫である。狩猟、言い換えれば猟地の問題に強い発言権を持つ騎士院との関係はややこしい。
普通なら王は第一の騎士でもあるのだが、現王は火竜狩りの傷で狩りに出ることがない。
「ことはリューゼリオン全体の存亡に関わりかねない案件ですぞ」
「議題は結界を狙う内外の敵に対応する新組織だったな」
文官長が顔色も変えず主君をたしなめ、主君の方も当たり前のようにそれを流した。流石に慣れているというところか。考えてみれば王が狩りに出ないということは歴代の誰よりも、都政に関与しているということでもある。
「提案者は例によって……」
その王の視線が、ついでにくっついてきたような下っ端、つまり俺に向いた。救いを求めるように上司の上司の上司くらいを見るが、文官長は顎で俺に早くしろと告げる。リューゼリオンの存亡に関わるのだから最高責任者がやるべきなのではないだろうか。
大昔に幼馴染に宣言したことが、えらく大げさになったものだ。まあ、考えようによっては俺の趣味のための組織でもあるから仕方ないか。俺は幼馴染の父親に向かって口を開く。
「ご説明させていただく新組織ですが、グランドギルド時代の失われた知識と技術を解明し結界の安全を守り、同時に騎士院に依存しない食料供給を目指すものになります」
無理やり納得させて口を開く。
「組織は騎士、文官、そして商人と職人など平民からなります。錬金術には商人、職人との連携が必要なためです。得られた技術を組織に属する騎士により実用化し、強化された騎士により食料確保を図る形です」
「それほどの事が可能な組織となればかなり大仰なものにならぬか? その新設となれば、デュースターはもちろん、グリュンダーグも反対するのではないか? 猟地が関わる以上、騎士院の意向は無視できぬぞ」
王は言った。否定というよりもどうするかを聞かれている感じだ。
「騎士院との軋轢を避けるため、表向きはこの目的の一つだけを、それもそう気取られぬように、かつ小規模に始めます。新組織は『これまで平民出身者を中心に輪番で行っていた採取労役の警護を専門に引き受ける』ということになります」
「つまり、狩りをせぬということか。本当にそれで騎士院に依存せぬ食料とやらが成り立つのか?」
俺は一歩下がり、アメリアが大量の数字の書かれた紙を手に一歩前に出た。一礼して説明を始める。
「まず、リューゼリオンに必要な食料の規模について説明させていただきます。ここ十年の徴税記録から計算すると現時点で平民の食料の六割以上が採取産物であり、リューゼリオン人口の八割が平民であることから……」
アメリアはよどみなく言葉を続ける。さっきは少し緊張していたみたいなのに、エリートの説明は実にわかりやすい。さすが本職は違う……俺も文官だけど。
「……膠や皮革などの魔獣由来の物資を考えれば問題がないとは言えませんが、我々の試算では採取労役による産物が現在よりも三割増加すればリューゼリオンの食料を満たすことは可能です。採取労役を行う平民の人数を増やし、採取領域を拡大することで数字上は実現可能な量でございます」
アメリアの説明が終わった。この計算を上司たちに押し付けたと思うと、胃がキリキリと痛む。これというのもデュースターが悪いのだ、許さんぞデュースター、と上役二人も思っててくれますように。
「数字上はか。だが、平民出身者は魔力も装備も弱いぞ。騎士院との軋轢を避けるなら、用いることが可能な騎士もあまり多くないはずだ。その人数で拡大した採取を守れるのか? デュースターが故意に手を抜いて強力な魔獣が入り込んだらどうする?」
王が当然の疑問を口にした。
「新しい魔力感知器によりこれまでより遠方から魔獣の接近を感知可能なことが確かめられています。早めに魔獣を捕捉すれば戦って防ぐか、平民を逃がすかなどの行動の主導権をこちらが握れます。少数の騎士で広い採取領域を守ることが可能になるかと。これに関しては先日の演習場にて初期のテスト済みです」
俺は慌てて最大の受益者を強調する。
「平民の警護という誰もやりたくない仕事を引き受けるふりをしながら、騎士院の力を相対的に削ぎ、王家の力を増すか。実に狡知な策だな。我らの考えの裏を見事に突いている」
「実地での確認に関してはサリア殿も加えて優秀な騎士の存在があってこそ可能でした。また、採取による食料供給に関しては、リーディア様が平民街を視察された時、騎士がいなくても平民は食べていけるとおっしゃいました。それがヒントになりました」
俺は騎士側の役割を付け加える。何でもかんでも俺が考えてるんじゃないんだ。
「リューゼリオンという都市の命綱は内の結界と外からの食料です。その両方を王家がしっかり管理することが将来的には可能だと考えます」
文官長が上司らしくまとめにかかる。
「採取労役の拡大は慎重に順を追って行うつもりでおります。平民は臆病ですし採取労役は税を払えぬ者の賤業という認識もございますゆえ。新しい組織が自分たちを守るという信頼は一朝一夕には得られません。ですが、これが進めば平民にとっても利となります。戦う力はないとはいえリューゼリオンの八割が平民。更に、平民出身の騎士を通じてその支持が王家に集まりますれば、これは無視し得ぬ力となります」
「平民を管理する文官の力も増すな……」
政策としての全体像をまとめ上げた文官長は、主の皮肉に礼儀正しく沈黙を守った。
「名前はどうする。錬金術騎士団か?」
意味深な視線が再び俺に戻った。閑職文官が私物化してる組織と誤解されそうな名称は勘弁してほしい。
「護民騎士団という名称が良いかと考えています」
とっておきの名前を告げる。名門騎士たちの嘲笑の声が聞こえてきそうないい名前だ。王は左手を顎に当てて考える。
「いかがでございましょう」
文官長が伺いを立てた。
「案としては概ね良かろう。しかし、この組織のリーダーはどうする。容易な者には務まらぬであろう」
急所を突いてきた。新しいことだらけの組織をまとめ上げ、秘密を守る人間だ。新組織のメンバーは騎士中心、俺は不適格もいいところだ。というか、どう考えても組織を率いるというガラじゃない。
俺はこの組織の影に隠れて趣味……錬金術で貢献するのだ。だから、リーダーについてはあたりはつけてある。
「一人候補がございます。本年の卒業生であり……」
俺は緑髪の後輩を思い浮かべながら言った。
「……なるほど。立場上も最適かもしれんな」
少し考えた後、王はうなずいた。
「しかし、これだけの条件を整えたとしても騎士院は何らかの理由をつけて反対するであろう。王家のやることだからな」
「騎士院が恐れるのは自分たちの既存の力が削られることです。実際そのとおりなのですが……。今回の案は名門騎士には想定外の方法、つまり錬金術と採取の強化で行われるのがポイントです。ですから、あえてそれらしい王家の強化策を囮として表に出します。一つは先程のリーダーの人選です。王が彼を出世させるために無理やり役職を一つ作ったと思わせる。また、国庫からの活動資金をあえて多めに算出して提示します。そのうえで、これらの点で騎士院に譲歩させられるのです」
俺は狡知な策謀を並べ立てた。騎士院は団長の処遇にも、予算にも一生懸命文句をつけるだろう。そして、それに成功すれば……。
「なるほど。王家の強化どころか、新組織が王家の足を引っ張ると思わせる。表向きはだな。だが、それであの者は納得するか? 立場上命じれば従うだろうが」
「彼はリューゼリオンにとって重要な人材と考えております。ここは命令ではなく、納得してもらうように説得するべきかと」
「誰がする?」
王が俺を見る。まあ、これに関しては俺の責任だ。最終的には彼を守ることにもなると思っているが、短期的には泥をかぶってもらうのだから。
「私にお任せください。ただ、説得のためには我らが保有する技術と知識を本人に提示することは必要です。ご許可ください」
あれだけの人材を勧誘するのだ、こちらの提供できるものを最大限開示するのは当然。大体、カインにはそのうちちゃんと説明すると約束したからな。
王はこれまでで一番長い沈黙を続けた。
「良いだろう。この案で進めよ」
裁可が降りた。文官長とアメリアがホッとした顔になる。
「しかし、またしてもレキウスの策か。そういえば先の演習が謎の魔獣に襲撃された時もであったな。これも合わせて褒美を与えねばならぬか」
「いえ、新組織に関しては上手くいくまで……。演習の救援に関してはリーディア様のお力、私はくっついていっただけですから」
「ああ、そういえばリーディアを街に連れ出したのだったな。褒美なら十分か」
そう言って王は笑った。文官長とアメリアがぎょっとするような冗談はやめてほしい。
「説得は任せる。だが、彼に関して私もいずれ機会を設けねばならぬな。卒業式の後、『卒業生総代』を食事に招く形を取るようにせよ」
王は最後に文官長に指示した。王もカインを重視しているようだ。これは重要なことだ、騎士院に軽視される必要がある以上、王が新組織を重視していることは上手く伝えられなければならないのだ。
カインはあれで評価はシビアだからな。そして、そこが頼りになるのだ。