#1話:後半 二つの課題
「デュースターは少なくとも黒猿については知らなかったということ? 黒猿をけしかけた理由は外部の騎士だけの都合?」
「外部の騎士と黒猿の関係はあるとするしかないでしょう。ただ、彼らがなにを得ようとしたのかもいまいちわからないんですよ」
「騎士学院の学生が多くの被害を受ければ、旧ダルムオン猟地にリューゼリオンが手を出さなくなる、そう考えたのではないのか」
「ええ、でもそれは、黒い魔力なんてとんでもないものを使ってまでやることですか?」
あの黒い魔力は結界と同じ透明な魔力に絡んでいる。いわば秘密兵器であるカードを切ったのではないか。
俺たちが行かなかったら被害は数倍になっていたかもしれないが、それでも合わない。同意を求めて二人を見た。だが、二人は困ったようにお互いを見る。
「ええっと、レキウスが調べていなかったらね。私達にとってはあの黒い魔獣はただ本当に訳のわからない存在としか認識できなかったわ。まさか、グランドギルドの魔術とつながるなんて想像もしないわよ」
リーディアの言葉にサリアがうなずいた。それって、どうせバレないからやってやれって理論じゃないか。黒い魔力を操るほどの知識と技術をもつ、推定だがラウリスという大組織のやることとしてはちょっと杜撰じゃないか?
「圧倒的な力を持つゆえの傲慢。逆にお前が言ったように『実験』かもしれないぞ」
「デュースターと背後のつながりがどの程度かもわからないわよね」
首をかしげる俺に二人が言った。黒い魔力の実験としてリューゼリオンを使った、ありえなくはない……。となると、向こうも黒い魔力、あるいはその背後にある透明な魔力について詳細な知識はまだないということだろうか……。
「そうですね。少なくとも現時点の情報で外部の騎士そして黒い魔力について全体の絵を描くことは難しいようです」
次の切り口は黒猿云々を抜いて、外部の騎士とデュースターの関係だ。
「デュースターが外部の大勢力とつながってリューゼリオンの支配権を得ようとしている。これが一番単純な仮説です」
「妥当だけどぞっとしない仮定ね。さっきも考えたけどスッキリする答えは難しいわね」
「苦労した挙げ句にラウリスの完全な傀儡になることになる」
サリアの言葉にうなずく。ラウリスの力を借りて王家を排除した後、デュースターはリューゼリオンの主をやらなければいけないのだ。リューゼリオン中の騎士を敵に回すわけには行かないはずだ。
「そうせざるを得ないほどの力で脅されていた場合は?」
リーディアが聞いてきた。
「ラウリスにそれだけの力があるなら、リューゼリオン王家を直接脅します。例えば……」
そこまで言って俺は口をつぐんだ。
「例えば?」
だが、リーディアは真顔で聞いてくる。ああくそ、あんまり想像したくない。
「リーディア様に……ラウリスの息のかかった婿を押し付ける、とかですね」
「……なるほど」
リーディアは唇をかむ。そして俺を見る。「その場合はどう対処するの?」そう聞かれているようだ。正直言えば対処方法が思いつかない。方法論としてだけならラウリスに匹敵する力、つまりグンバルドを引き込んでというやつがあるが、リューゼリオンを舞台に東西の連盟がぶつかるという事態は明らかに制御を超える。
「旧ダルムオンをうろつく謎の騎士の所属がラウリスではなくグンバルドだったらどうだ?」
サリアが口を開いた。
「ああなるほど、そっちもあり得ますね」
結局グンバルドも絡んでくる。可能性の数が一気に広がる。例えば、ラウリスとグンバルドが旧ダルムオンをめぐって暗闘中とか、ラウリス派のデュースターがグンバルドの動向がわからなかったとかだ。デュースターがラウリスとグンバルドを両てんびんにかけてるつもりとかもある。
「どうすればいいのよ」
リーディアが困惑の表情を浮かべる。
「現時点では二つですね。結界破綻の真相追求を通じて全体像を把握することに努めること。そして、我々の力の強化をするしかないでしょうね。敵が何者にしろどんな目的があるにしろ、リューゼリオンの結界破壊も辞さない可能性がでたのですから」
演習地に駆け付けた時は、シフィー達のことで頭がいっぱいだったが、敵がリューゼリオン自体を実験台にしようとした可能性は恐怖だ。謎の力を持った外部の騎士が旧ダルムオンをうろつき、リューゼリオンの演習に干渉したとなればもはやただの仮定ではない。
「まず、結界破綻の原因究明ですが、我々の手には魔力触媒の強化方法とグランドギルド時代の魔力原理の断片があります。さらに……」
俺はテーブルの上に置かれた小さなビンを指さす。黒い魔猿の血だ。
「結界破綻にこの黒い魔力が絡んでいる可能性があります」
「敵の黒幕が関係する、結界と逆の性質の魔力よね。どう考えても関わりがあるわ」
「はい。これらの知識を合わせて結界破綻の真相に迫れば、それがそのまま黒幕に対しても、そしてデュースターに対しても対抗手段になりえます」
「デュースターの本家が結界破綻を企んだ、それも他都市と組んでということが判れば、騎士院の態度も一変するな」
サリアが頷いた。デュースター派は騎士院で完全孤立。いや、現在デュースター派である騎士たちも離反するだろう。
ただし、その場合はもう一つの問題がある。
「もう一つは、デュースターを潰した後のリューゼリオンの生産力維持です。それが出来なければおいそれとデュースターを潰せない」
形のない知識や技術という問題ではなく、実際の食料となると制限が大きい。リューゼリオンの力が落ちれば、黒幕と戦えなくなる。というか、黒幕はリューゼリオンが混乱してくれればなんでもいいと考えていても不思議はない。
「方法はあるの?」
「我々が用いることができるのは結局のところこれまでで得た知識と技術です。現在まで我々は触媒の精製や魔力の測定などの新しい技術を得てきました。これを組織的に活用するしかないと思います。そのためにはデュースター、いや騎士院の息のかかっていない新しい組織が必要ですね」
ここに集まった人間だけではどうしようもない。特に、活用の面が弱い。
「レキウスのための騎士団ってことね」
「それを言うのならリーディア様の騎士団です。騎士が文官のいうことを聞くわけがないでしょ」
サリアの目が鋭さを増したので、俺は慌てて訂正した。
「王家の力の強化につながるな。だが、なおさら人員が問題だ。機密保持を考えると人選は容易ではない。……人員といえばあの娘はどうするつもりだ」
サリアの一言で、俺の口が止まった。
「シ、シフィーはまだ病み上がりだし……」
俺には出入りできない寮で休んでいる。まだ立ち上がることも覚束ないという話だ。
「放置できる力ではないぞ。その場を見ていないが上級魔獣に準ずる黒い大猿を倒したのだろう。それも、結界と同じ白の魔力で」
俺の言葉をサリアが即座に否定した。
「そうね、あの子をどう処遇するかは本当に問題だわ。なるべく早めに話さないといけないわね。いろいろと」
「……」
唇を噛みながら言うリーディアに、俺は黙るしかない。俺としては彼女をこういうことに巻き込んだ責任がある。
「それで、これからお前は具体的にどう動くのだ」
「黒猿の血液の解析はもちろんですが、市場調査も必要ですね。デュースターを潰した後のリューゼリオンの食料供給を考えなければいけないので。あと、今回の件でかなり触媒を使ってしまいましたから供給についても相談しないと。明日にでも行ってこようと思います」
「次はあの商人の娘というわけだな」
サリアの言葉に、今度はリーディアの目が鋭くなる。いや、だから君たちには任せられないというか……。
「私もついていくわ」
「へっ? ついていくって……外円にですか!!」
「そうよ。レキウスも言ってたわよね。私もレイラという娘と一度ちゃんと話しておくべきだって」
「確かに言いましたけど……」
料金とかもだ。次にルビーが届いたら俺がレイラにどやされる。
「こんな事もあろうかと準備はしていたのよ。ねえ、サリア」
「確かに用意していますが……」
困ったな、今からだと事前にレイラに連絡する時間がない。いきなり連れて行くことになる。やたらとやる気に満ちているリーディアに俺は不安になる。後で文句を言われるのは俺なのだ。