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プロローグ『騎士院』 & 1話:前半 二つの課題

 ギルドの一階、様々な魔獣が描かれた壁に囲まれた扇型の議場。現在そこには、老年から壮年の四十人近い男女が集まっていた。白い衣服に赤、青、緑のいずれかで己の家紋を記し、胸にはメダルを下げている。


 彼らはリューゼリオン騎士院の議員、千名を超える騎士達の代表だ。累代の騎士家当主が中心で議員数は四十六名。この場に参加しているのはその八割強といったところ。


 そこで一人の初老の男が声を張り上げていた。


「警戒範囲外からの魔獣の襲撃。それも未知の種を含む。何人も予測できぬこの事態に対し、アントニウスもウルビウスも全力を尽くした。大きな被害を出さなかったのが証拠である」


 三列ある議席の東側の最前列で傲然と主張する中年男。青い狼の家紋が示すようにデュースターの当主である。リューゼリオンの二大名門の一つで、当然のように騎士院の重鎮である。


 そんな彼だが、現在の立場は良くない。彼の長男次男が教官と学年代表として主要な役目を担った学院の演習の失敗。しかも、演習を遠方でおこなうことを熱心に主張したのは彼本人だ。


 にもかかわらずその口調は傲然としており、糾弾される立場には見えない。


(死者二人、負傷者十数名を大した被害ではないとは)


 直立の姿勢で聞いているしかないアメリアは内心毒づいた。ちなみに死者は全員平民出身の学生だ。負傷者も圧倒的に平民出が多い。慣れない森で正体不明の魔獣に襲われれば、魔力が弱い平民出身者は対応できない。


 逆に言えば、ほとんどが累代の騎士である議員たちにとって、被害者は新参者だ。外円から涌いてくる「平民上がり」の命は軽い。


 反対側に座る緑の熊の紋章の男。デュースターとは対立関係にあるグリュンダーグの当主も沈黙は守っている。


 わずかな例外、平民出身ながら功績によって騎士院に列することを許された二人の老年の議員も何も言わない。


 平民も含めまちの全体の食糧事情を考えなければならない文官組織、その総責任者である文官長の秘書であるアメリアにとっては、将来の平民出身騎士の被害は小さくない。


 だが、自分たち文官にはこの場での発言権はない。彼女の上司である文官長ですら、聞かれたことに答えるだけだ。


 ただし、そんな彼女ですら食糧確保という意味では有力騎士たちの力が遥かに大きいのは認めざるを得ない。


 例えば、一匹の上級魔獣が出現すれば、広い領域で普通の実力の騎士は狩りが出来なくなる。襲ってきたら命を落としかねないからだ。ちなみにデュースター当主が言った『警戒範囲外』というのはそういうことだ。


 逆に言えば有力騎士が上級魔獣を一匹狩ることは、その他の多くの騎士が狩りをする領域を確保することを意味する。有力騎士は累代名門から出る確率が圧倒的だ。デュースターとグリュンダーグが多くの騎士家に影響を持ち、派閥を形成しているのはそのためだ。


 仮に今回の責を問い、アントニウスたち数人が謹慎になったとする。リューゼリオンの食料調達に無視できない損失が出る。もしも派閥を上げて狩猟を休みでもされたら。備蓄を考えても、この冬に餓死者がでる。


 臆面もなく自己弁護するデュースター当主はそれをわかったうえでやっているのだ。この国は彼らの論理で回る。


 騎士の中で議場の中央に座る隻腕の王は例外ではある。その権力の源泉はリューゼリオンという都市の管理者であることだ。いかに魔獣と戦う力があっても、安心して身を休める都市は必須であり、また狩りに集中するためには商人や職人が必要だ。


 といっても、自身が狩猟者として現役でないことから、狩猟者の合議機関としての色の濃い騎士院ではデュースター、グリュンダーグとのバランスに苦慮する立場だ。


 そういう意味では先日の結界破綻の危機は、王の権威に決定的な傷をつけかねない極めて危険な事態だった。


 逆に言えば結界破綻を引き起こした者を罰する権限は王が持つということでもある。


 状況から結界の維持に必須な赤の超級触媒の劣化にデュースターが関わった可能性は大きい。それも外部、おそらくラウリス、とつながって行った。


 だが、証拠がない。いや、証拠どころかどうやって厳重に保管されていた触媒に工作がなされたのかも分からないのが現状だ。結界というリューゼリオンの設立前から存在する大魔術が関係するため、彼女たちの調査には極めて大きな制約がある。


 王が片手を上げてデュースター当主の発言を止めた。


「不測の事態ゆえ演習を主導した者の功罪は相殺するものとする。だが、なればこそ後方で多くの学生を守った者の功績は評価せねばならん。異例ながら学年副代表のカインを卒業生総代とすることで報いる」


 騎士の叙任式を兼ねる卒業式の総代の名誉は大きい。学年代表が総代になる決まりだ。つまり、王の言葉は不用意な行動をとった四年生の学年代表、デュースター家の次男に対する形だけとはいえ懲罰になる。


 そして、騎士院に対抗するための平民出身者の強化は王家の方針だ。この場ではごく少数派である平民出身議員を通じてのメッセージにもなる。


 デュースターの当主は盛大に顔をしかめるが、さすがに反対はしなかった。グリュンダーグ当主は僅かに眉を吊り上げた。対立派閥の人間が面目を潰されたことはよくても、平民出身者の躍進は面白くないのだろう。


「次の議題は?」

「はい。旧ダルムオン猟地の管理についてでございます。今回の件を踏まえて方針の再考の要ありと……」


 王の問いに答える形で彼女の上司が会議を進行した。


 途端にデュースター派とグリュンダーグ派が紛糾する。両派とも、今回の事態があっても猟地の拡大には異論がないようだ。ただ、デュースターが交易の中継地としての地理を重視しているのに対して、グリュンダーグは狩り場としての猟地そのものを重視している。


 グリュンダーグの方が普通の騎士の考え方だ。アメリアの知る限り、デュースターも同じ行動哲学を持つはずなのだ。


(やはり、外からの働きかけがあると考えないと……)





#1話:前半 『二つの課題』


 あの演習地から帰ってきた翌々日。俺は二年生の学年代表室にいた。今後のことを話し合うためだ。参加者は俺の他にはリーディアとサリア。


 まずは文官長の部下、アメリアから受け取った騎士院における議論の報告を確認する。箇条書きの簡潔なものだが、実にわかりやすい。


「つまり、デュースターは逃げ切ったというわけね。死者まで出てるのに」


 リーディアが苛立ちを隠さない声で言った。


「アントニウス・デュースターらが演習地を守るために戦ったのは事実。また、あの黒い魔猿は魔力が感知できず、倒してしまえばただの魔猿にしか見えません。デュースターが当たり前の対応をしたと言えば通ってしまう場所です」


 サリアが言った。騎士院は構成員である有力騎士の論理つごうで動く。リーディアの証言がなければカインの功績すら認められなかった可能性がある。力の弱い平民出身者がより多く被害に遭うのは当然というわけだ。


 グリュンダーグが追求しなかったのは不自然だが……。それよりも多くの深刻な謎がある。


 俺は怒りを抑えながらペンを動かす。テーブルに置いた紙に三つの名前を書き、それぞれを丸で囲んだ。


「謎の外部騎士、黒い魔獣、そしてデュースター。今回の事態に関わっているのはこの三つです」

「旧ダルムオン猟地で活動する所属不明の騎士の痕跡は演習地の北。そして黒い魔獣もそちらから来た。さらにデュースターはそこまで探索をしていた。偶然とは考えられないわよね」

「はい。問題はこの三者のつながりと利害ですが……」


 俺は一番馴染みのある名前をペン先で叩いた。


「黒猿と外部の騎士の繋がり、そしてその外部の騎士とデュースターの繋がり。順番に考えればこうなります。ただ、デュースターが黒の魔獣の存在を知っていたのなら、今回の件は色々おかしい。責任から逃れただけで、デュースターはこの件でメリットを得ていません」


 デュースターは許さない、許さないがそれとは別だ。アントニウスたちが恥知らずにも責任から逃れたのが大きく見えるが、彼らにしてみれば被害を回避しただけだ。


 わざわざ演習地をあそこに誘導して、さらに自らも巻き込まれたのだ。本当に全て知っていたのなら割が合わなさすぎる。万が一、デュースターが未来の騎士たちを意図的に危険に晒したとなれば、いくら力が大きくてもリューゼリオン騎士の殆どを敵にした。


2019/11/29:

本日より三章の投稿を開始します。

今週の投稿は12/04(水)、12/07(土)の予定です。

よろしくおねがいします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 姫殿下が演習場に向かった理由は対外的にどう工作したのだろう?
[一言] カインくん今回の王の発言と前の姫様のパーティーの件でもう周りから王家派閥にすり寄ってるように見られてない? 平民派閥を王家が支援してるのもあってもう外堀が埋まってきてる感じが 今までの軋轢産…
[一言] 醜悪極まるけど社会に不可欠な存在で有る高位騎士を安定して輩出する名家と放っておけば湧いてくる平民騎士との価値の差を考えれば全責任が平民出身者に来ないだけ上等と言う話ですか。護民騎士団の結成が…
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