#16話 捜索
俺を中心に右にサリア、左にマーキス嬢。シフィー捜索チームは森の中を進んでいた。いうまでもなく俺が真ん中にいるのは戦えないからだ。
「シフィーお願い返事をして」
ここらの地形に一番詳しいマーキス嬢がシフィーに呼びかけながら方向を決める。サリアが左右の魔獣の襲撃を警戒する。俺の役目はシフィーの魔力反応を見つけることだ。
二人に合図をして立ち止まり、四方に向けて測定球をかざす。これで三度目だがいまだ反応はつかめない。本当にこれで見つけられるのかという不安がよぎる。
だが森は広い。彼女が声を上げられない状況も考えられる。すでに魔力を発する状態ではないという最悪の事態は考えないことにする。
「それで本当に見つけられるんですか……」
文官が扱っている魔導器に不審を隠さないのがマーキス嬢だ。彼女にしてみれば足止めされている気分だろう。
無言で測定を続ける。南に向けた時、わずかに手に振動が生じた。見ると測定球が螺旋の回転を示している。だが……。
「サリア殿。右上から黒一匹」
「対処する」
サリアが二本の短剣を立て続けに放つ。茂みから顔を出した黒猿があっさりと倒された。
だが、すぐに反対側の茂みがざわつく。マーキス嬢が身構える。俺は緑の帯に沿った回転を確認する。
「そっちはただの魔猿。逃げるはずだ」
次の瞬間、茂みから木を伝って茶色い猿が逃げていった。
「どうしてわかるんですか……」
多分後者に関しては君もわかったと思うよ。冷静ならだけど。
「それが出来なければ連れてはこない。ただし、それに関しては口外無用」
移動を開始する。右側に川が見えてきた。捜索予定域はもうすぐ終わる。それに、そろそろ日が落ちる。そうなれば捜索の難易度は跳ね上がる。
その時、球がかすかに螺旋を描いた。これまでと違う螺旋だ。俺が知る限りこの反応を示すのは結界器とシフィーだけだ。
「見つけた。右に曲がって――」
俺が指示しようとした時、測定球の回転が斜めの回転に打ち消された。
「川の側に大物。反応から中級相当。青です」
二人に警告する。せっかくという時になんてことだ。川から上がってきたのは大蛇の魔獣だ。
「反応は捉えたのだな」
サリアが両手に短剣を構えて前に出た。
「はい」
「ここは私が止める。お前たちは先にいって対象を確保しろ」
「しかし、先輩。青の狩猟器だけでは大きな魔獣には」
「私にはこれがある。あしらう程度は問題ない」
サリアはこれまでと違う輝きの短剣を大蛇に向けた。青白い魔力の光が先端に向けて渦を描く。多分、この前調整していた回転を強化した術式が刻まれているのだろう。
「早くいけ」
窓を絞り。さっき螺旋の反応があった方に向けなおす。間違いない、結界器と同じ螺旋回転だ。さっきよりもかなりはっきりしている。
「こっちだ」
俺はマーキス嬢を先導するように走る。回転が少しずつ速くなる。木々を抜けシダの大きな葉をかき分けると、小さな池の周りが開けた場所に出た。
少女は大きな木を背に膝を抱えてうずくまっていた。突然の足音に膝にうずめた白い髪の毛の頭が恐る恐る上がる。
「本当に……先生……」
「シフィー。無事でよかった。」
シフィーは俺を信じられないものを見るような目で見る。立ち上がろうとしてよろけた彼女の背中を抱きかかえた。
白い制服は泥だらけ。片方の靴はなくなっている。森の中を逃げ回って疲れ果てた姿。だが、生きていてくれただけで今は十分だ。
「悪いけど。そんな場合じゃないです」
背後を警戒していたマーキス嬢が言った。森の中から大小の黒い猿が出てきた。俺たちが来た方だ。前ばかりに気を取られていたから、その間に……。
二匹。しかも一匹はこれまで見たのよりもずっと大きい。測定器を向けると、球の回転も強い、シフィーと同じくらいある。
「よりによってボス」
マーキス嬢が言った。魔猿のボスって中級に近い力じゃなかったか。それが黒になって一ランク上がれば……。リーディアやサリアがいても苦戦しそうだ。
「周囲に他の黒はいますか?」
「今のところ見つからない」
俺は周囲を測定する。
「私が食い止めている間に、あなたがシフィーを連れてサリア先輩と合流してください」
「君だけで戦えないだろ。二匹相手ってだけできついのに……」
「ここで戦えるのは私だけ。それに私は一年生の学年代表なの。小さい方はもう対応方法を覚えました。圧倒するだけの出力を出せればいいんでしょ」
マーキス嬢は赤い魔力結晶を腰のポーチから取り出した。
彼女の剣が赤い光を放つ。猿たちがわずかにたじろいだ。すぐに次の魔力結晶が取り出される。牽制の為だけに一つ使い果たす必要があるくらいの戦力差だと認識してるんじゃないか。
責任感が強いのは立派だけど、残念ながらその手の精神論は当てにならないというのが、俺の過去の教訓だ。
「わ、私がおとりになるから。二人は逃げてください」
シフィーが練習用狩猟器を手に立ち上がった。こっちはこっちで俺たちがここまで来たことを無にするようなことを言い出した。
ここは森の中。相手は魔獣とくれば将来の騎士様の言葉に従うのが文官の態度なわけだが……。残念ながら今の俺は錬金術士モードだ。
現在の戦力はこちらが一人、あちらが二匹。マーキス嬢の言葉は正しい。ただし、俺には錬金術士としての仮説が二つある。
両方とも当たれば……。俺はシフィーの足元にある、彼女が集めていた薪から一本を手に取った。
「せ、先生。ダメです。先生は……。私が頑張るから」
俺は震える手で無地の練習用狩猟器を手にした女の子の肩に手をやった。そして、首を振る。
「魔獣との戦いは騎士の仕事だ。だけどシフィー。いまここにいるのは騎士と文官じゃない。大人の男と女の子なんだ。この場合、前に出るのは男の方って決まってるんだよ」
かっこつけるつもりなどない。これはもう論理的にそうなってしまうのだ。
「ちょっとだけ時間を稼いでみるから、その間にシフィーには別のことをお願いしたい。まずはこれを受け取って」
俺は三色魔導器とリーディアの三本の練習用の狩猟器を渡した。
「シフィーにお願いしたいことはこの前と同じ、錬金術の実験だ。いいかい、シフィーの魔力について、ちょっとわかったことがあってね……」
俺は手短に、結界器の魔力の流れを説明した。
「普通の魔術の場合と逆の流れ……。でも、そんなことしたことが……」
「まあそうだね。普通じゃない。だけど、シフィーはこれまでずっと三色全部の勉強をしてきただろ。それに、あの猿の黒い魔力の流れをよく見て。多分だけど、学院の教官よりもシフィーに役に立つことを教えてくれるはずだ」
俺は彼女の手に無理やりそれを握らせた。そして、シフィーに背を向けて、猿に向かい合う。
「首尾よく実験が成功してシフィーが騎士に成ったら。文官を助けに来てくれていい」
「小さい方はこっちが引き受ける」
「その木の棒、何の役に立つんですか?」
まさかこの子と並んで立つことになるとは。
使い果たした魔力結晶。白く曇ったそれを地面に捨てたマーキス嬢が言った。
「役に立たないな。まあ、時間稼ぎだよ」
「……時間稼ぎ? サリア先輩が来るまでの?」
「そこまで持つのが理想的だ」
さすがに仮説が二つとも当たることを期待するのは無理だ。
「時間稼ぎにもならないわ。どうせ殺されるならボスの方にしてもらえないですか。その隙に私が小さい方を倒せれば多少は状況がましになります」
平民を捨て駒にする戦術的判断をしてのけた。優秀な“騎士”だな。遠慮なく強い方をお願いしよう。
「まさか未来のエリート騎士様の獲物は横取りできませんよ。まあ、この棒はともかく、ちょっと算段があるので」
俺は三色の触媒の瓶をちらっと見せた。こちらに何か手があると思ってもらわないと共闘は成り立たない。
「さっきの道具といい。とんでもないものを持ってるんですね。分かりました小物は任せます」
俺は片手で薪を構えた。そして、もう片方の手を懐の瓶に伸ばした。
やれやれ、立証されてない仮説を頼りに実戦に立つとは。もしこの事態を乗り切れたら、次はこうならないように方法を考えないとな。
ただ、そのためにも……。
「ちょっと実験に付き合ってもらおうか。君たちの魔力については、まだまだ知りたいことが沢山あるんだ」
俺は実験サンプルに向かって薪を構えた。