#14話:後半 結界の真実 & 閑話4 盗掘
「結界器の他に、私たちはもう一つ振動を知っています」
「あの子ね」
「グランドギルド時代の結界器とシフィーが同じ反応を示す理由は分かりません。ですが、彼女が魔術を使えない理由が振動と関連している可能性は高くなりました」
彼女の振動が螺旋状の魔力だと決まってはいない。だが、彼女が三色をほぼ均等に発していること、そしてどの色も使えていないという状況と合致する。
「問題はシフィーの魔力の資質が透明な魔力と関係していた場合、現在の魔術と反対の過程を経ることです」
透明から白、白から三色、そして魔術としての効果の発動。これが現在の騎士にとっての魔術だ。さらに、その中で三色から発動への過程という実用側に集中しているのが学院の教育課程。
三色で透明な魔力を制御という流れは方向は反転であり、しかも扱われない部分だ。
「……どうするの」
リーディアがちらっと窓の外、学院の方を見る。
「残念ながら現時点では結界器と一緒です。情報収集ですね。まず第一に彼女の魔力が測定球を螺旋回転させるかですが、それすら簡単じゃないでしょう」
振動の具合から考えても、シフィーの魔力は結界器のそれよりもずっと小さい。
「これの感度をさらに上げる必要があるか」
サリアが測定球を見ながら言った。
「それが出来たとして、その先だって……。極端な話、彼女用の魔術と狩猟器がいるわよ」
「普通の教育課程からは完全に切り離して考えなければならないだろうな」
シフィーはあまりに特殊すぎる。はっきり言えば騎士という道からは外す方がいいのではないかと思う。本人にとっても、周囲にとってもだ。おそらく目の前の二人もそう思っているだろう。
ただ、俺たちは結界器の保持を考えなければならない。
「彼女の特性が結界の、グランドギルド時代の魔術の理解を深めるために利用できる可能性があります」
俺は強いて冷静な口調を作った。リューゼリオンのためにシフィーを実験台にするようなことを認めるつもりはない。ただ、俺の目の前にいるのはリューゼリオンの王女だ。
一文官と違って口にできないこともある。だから、俺が口に出す。
「そんな顔しなくていいわ。……最悪、文官にしてレキウスの下に付けることも辞さないから」
それって最悪なんだ。まあ、文官落ちは最悪だけど。それでも、リーディアがシフィーの“進路”を考えてることにほっとする。というか、そんなに顔に出てたのか……。
「ありがとうございます」
「どうしてレキウスからお礼を言われるのかしら。言っておくけど――」
「んんっ。とりあえずはあの一年生が演習から戻ってから相談でしょう。今はどうにもならない」
サリアがいった。彼女の目の先には木箱が置いてある。リーディアが以前シフィーに貸したものだ。今日地下に行く前に聞いたが、演習の出発前に返されたらしい。リーディアは持って行けと言ったらしいが、貴重なものを無くしたら大変だと返されたらしい。
そう結局俺は間に合わなかった。シフィーは丸腰のまま外に出かけたことになる。俺には無事に帰ってくることを願うことしかできない。
◇ ◇ ◇
サリアと測定球の感度上昇のための相談をした後、俺は本宮から文書保管庫にもどった。乱れた書類の順番を整理するという、閑職文官本来の仕事をする。紙とインクの香りがなんだか懐かしく感じる。
……最近の狩猟記録がごっそりと持ち出されている。
持ち出しの記帳を確認するため入り口に向かう。その時、ドアを開けて灰色の文官服の女性が入ってきた。紫の髪のショートカット、年齢はレイラよりも少し若いくらいか。見ない顔だ。
文書保管庫で見ないということは、若いけど将来有望な文官ということだろうか。俺には無縁の人間だ。だが、向こうは俺を見ると左右を確認した後、こちらに歩いてきた。
俺の前まで来ると若い女性文官は自分の胸元に手を入れた。一瞬見えた鎖骨に焦る。彼女はペンダントを手に俺の前で開いて見せる。
中にあったのは印章。その形に見覚えがあった。ポケットから文官長から以前渡された符丁を取り出す。女性は形の一致を確かめると、ペンダントをしまい、俺に一枚の封印された紙を渡した。
――デュースターとグリュンダーグの狩猟記録、および二家の影響下の文官と商人とのかかわりについていくつか問題が出てきた――
から始まる一連の調査結果だ。狩猟記録を持ち出したのは文官長だったようだ。一安心、ではなかった。報告書は旧ダルムオンの領域にリューゼリオンのものではない活動跡があることを示していた。
アメリアと名乗った女性を地下室に連れ込む。俺は食い入るように調査の結果を読む。読めば読むほど、目の前が暗くなる。
調査の元となったのは、火竜狩りの事前調査のためにデュースターとグリュンダーグが北区、旧ダルムオンの付近まで狩りに行った時の一連の報告だ。対立関係にある両派の狩猟記録を突き合わせることで、それぞれが隠そうとした情報を浮き出させようという手法だ。
文官長自らが参加して信頼できる部下と一緒に徹底して当たったらしい。流石に何十年もの経験はだてじゃない。
グリュンダーグの報告書には北の旧ダルムオン付近で狩猟の痕跡がいくつも記録されている。そして、その場所でデュースターが狩猟をしたという記録はない。しかも、狩猟されたと思われるのは下級の魔獣。
あそこまで行くレベルの狩猟団は獲物とはしないし、魔獣の方も近寄らない。
さらに、最近の王家のゆかりの騎士団の調査で、同じような痕跡がより南方にも報告されている。それは旧ダルムオンとの境界であった川に近いところだ。
つまり、旧ダルムオン領域の森の中に、リューゼリオンではない人間、それも狩りをしていることから騎士、の痕跡が確認されたことだ。
しかも、痕跡は旧ダルムオンに点在する遺跡の付近に多い傾向があるようだ。ここら辺は、向こうの記録そのものが不完全なので推測だが、これも気になる。
「旧ダルムオンそのものには?」
「両家ともそこには近づいていません。蜂が巣を作っているので避けたとあります。これは両方とも一致しています」
集団で襲ってくる毒持ちで飛翔能力がある魔獣だ。一匹一匹は弱いが厄介な相手だ。これはおかしくないか……。
旧ダルムオンの猟地は誰のものでもない。他の都市の騎士が来たとしても文句は言えない。だが、あそこは一番近いリューゼリオンですら距離的に持て余していた場所だ。川岸なら交易の護衛とかであるかもしれないが、明らかに森の中だ。
「さらに、商人とのつながりの調査ですが。グリュンダーグは西、つまりグンバルドの商人との取引が近年増えています。一方、デュースターは東、ラウリスからの商人とのつながりが強いということです」
紙を手に無言の俺に、アメリアは告げた。
「ラウリス……」
仮にラウリスが旧ダルムオンを狙っているとしたら、それは俺たちがさっき検討した危険そのものだ。だが、どうして遺跡かが分からない?
いや、だけど遺跡だって。シフィー達が演習に使う予定の場所も遺跡だよな。地図を見ると謎の狩りの痕跡は演習場所よりも大分北だが、もしもその集団が南下しているとしたら……。
「あとは、これはまだ調査中で結論が出ていないのですが、今回の演習に先行した王家ゆかりの騎士が夜間に……」
アメリアは俺の耳元に口を寄せた。
「魔力の気配を感じさせない獣の影!?」
#閑話4 盗掘
石の地下通路の奥、黒ずくめの五人の前で長方形のドアが倒れた。古い空気がフードに覆われた鼻に届いた。
五人はカビの染みが付いたドアの表面を踏んで、開放された古の空間に入り込んだ。硝子を吹き付けたような部屋の壁がランタンに照らされた。
中央に机、左右には棚。左の棚には割れたガラスや金属の管などが散乱し、元は本が収まっていたらしい棚には紙の切れ端が散らばる。
中央の男が、机の上に残っていた割れた硝子器を手に取った。表面に刻まれた渦のような紋章にじっと目を凝らす。短く整えられた馬蹄型の顎髭がわずかに持ち上がった。
「時間がない。吟味は後にしてとにかく物を回収する」
リーダーの言葉に残りの四人は四方に別れ部屋の中を物色し始める。
「これじゃまるで労役夫だ」
運び込まれた荷車に部屋の木箱を積み込む男が、吐き捨てるように言った。箱を持ち上げた弾みにローブから出た彼の剣の柄が当たり、ガラスのぶつかる音がした。
「バルド。労役夫はもうちょっと丁寧に作業するぞ。こんな物でも商人どもに渡せば金にはなるんだからな」
「了解しておりますよ。でも王子……団長。奴らがこっちに来るのは春からって話じゃなかったのかよ」
「あいつらが勝手に線引きを変えたのよ。連絡は交易路を通じるから遅れた。後は分かるでしょ」
冷たい声で事実を並べたのは団長と呼ばれた男の隣にいる若い女性だ。
「へいへい。あいつらは俺らがここまで下りてきてること自体をしらねえか」
不満を言っていた男は肩をすくめると、一転して精力的に作業を再開した。
「団長」
部屋の奥を調べていた別の男がリーダーを呼んだ。壁と一体化した金属製の金庫があった。放棄時によほど慌てていたのか、扉が開いている。中には茶色に変色した紙と、小瓶がいくつか残っていた。
ビンの半分以上は割れていて液体の痕跡が染みとなっている。残っていた瓶の中は黒い液体だ。団長と呼ばれた男は、それを見て一瞬顔をしかめる。
だが、残った瓶を指でつまむと、机の上のランタンの横に置いた。
「これとこれは劣化してますね。この一本はまだ生きてます」
灰色の液体が中に残った一本の瓶を部下が差し出した。団長はそれを厳重に布に包むと、己の懐にしまった。
「割れた瓶はどうしますか?」
「これが何かわかるやつなどいないだろうが、万が一がある。中身は森の中に捨てる。がわは好事家どもへの土産にすればいい」
…………
黒いローブの集団が銀色の船に乗り込む。背後から耳障りな狂声が響く。木々の間を黒い影が飛び回っている。最後に乗り込んだバルドと呼ばれた男が、空になった瓶を手にニヤリと笑った。
「どうせ捨てるなら」
「勝手なことを」
団長の横の女性が顔をしかめた。
「……まあいい、我らの猟地を荒らすものにはいい報いだ」
リーダーの言葉を残して船が岸を離れる。しばらくすると、同型の船がさらに二艘加わる。船尾から水しぶきを上げる銀色の船は、北の大河に向かった。
2019年11月10日:
次の投稿は一回休みを挟んで、11月14(木)とさせていただきます。
第二章は17話までの予定です(後4投稿ぐらい?)。
感想の返信が遅れていて申し訳ありません。
二章を書き終わったら返信させていただきますので、お待ちください。