表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/184

#14話:前半 結界の真実

「地脈の魔力を直接使ってる!?」

「ええ、あくまで可能性ですけど。そう考えなければいけない理由があります」


 俺達は本宮の地下から、リーディアの私室に移動していた。先ほどの結界器の測定結果について内密に話し合うためだ。


「それは魔力の方向性、そして何よりも総量です。今回改良した測定球は中空とはいえ測定環よりも重い。しかも、抵抗のある水中においてある。実際、結界器の三色の魔術陣の領域ではリングよりもずっとゆっくりの回転でした」


 俺は結界器を上から見たような図を描く。そして中央の穴の周りを指でなぞる。


「次に、結界器の中央、正確には穴の周囲の白い光です。この白の魔力は三色が合わさったものですが。ここで球の動きは止まりました。つまり、三色のそれぞれの回転の力が釣り合っているということです」

「そこまでは何となくわかるわ」

「……」

「そしていよいよ中心部、正確には結界器の中心の穴の上です。ここでは球の回転が再び再開しました。まるで三つの力をねじり合わせたような螺旋の動きです。つまり、三色とは違う方向の、三色の回転軸を直交するような力が加わったと考えられます。これが方向性」


 俺は中央の穴から上に上がる太い矢印を書いた。


「もう一つの総量ですが、これは球の螺旋回転の速度です。三色の魔力のどれよりも、合わせたよりも圧倒的に速い。実際、測定環で測ったときは上下の振動の方が強く出たわけですから。で、この力の候補ですが、三色でも白でもない魔力です。しかも、三色の魔力触媒に反応していることから、関係はある。つまり……」

「魔力のおおもと、結界器の下の地脈の『透明な魔力』ってこと」

「現時点ではそれ以外に考えられません」


 周囲の三色の魔力は結界の魔力全体に比べてあまりに弱い。ということは、むしろ地下から噴き出している地脈の魔力が本体ではないか。そう気が付いたのだ。


 シャンデリアと結界器の違いもこれで説明できる。シャンデリアは魔力結晶の三色に染まった魔力を魔力源とする。一方、結界器は地脈の魔力を魔力源としているのだ。透明な魔力の存在の有無しか考えられない。


「…………」「…………」


 二人は唖然とした表情になる。そして、顔を見合わせて頷いた。リーディアが口を開く。


「結界という魔術の効果の大きさ、そして強さを考えたら魔術陣に流れている三色の魔力では足りない……。そういわれれば、確かにそう感じられるわ。てっきりグランドギルド時代の技術が魔術を発現させる効率が高いからって思っていたけど」

「回転が客観的な魔力の量であるという前提に基づくならば、単純に量が足りないです」


 錬金術の基本に『保存』という概念がある。簡単に言えば、素子アトムスは勝手に生まれたり消えたりしない。もともとあるものが移動して組み合わせを変えた結果、変化が生じているという考え方だ。


 例えば、酒を蒸留すると酒から酒精がなくなる。これは熱したことで酒精の素子が消滅したのではなく空中に移動したからだ。その証拠に、空中の酒精を冷やしてやれば回収できる。


「っ! …………ならば三色の魔力は何をやっている」


 サリアが口を開いた。いつも冷静な彼女の口調が乱れている。


「そうね、そもそも透明な魔力は魔術に使うどころか、感知すらできないのよ」


 リーディアも続く。その疑問はもっともだ。だが、今の仮説に基づくと彼女たちの言葉が答えだ。


「ええ。だから逆だったんじゃないかなって」

「逆?」

「はい。人間に扱える『三色の魔力』を使って、間接的に『透明な魔力』を操作してるんじゃないかってことです。ええと、川の流れに沿って進む船の進路を人の手で調整するようなことです」


 船を運んでいる力のほとんど全ては川の透明な水の力だ。これは人間には操作できない。だが、船の舵を人間が小さな力で操作することで、進路の調整はできる。


「そう考えないと逆に非効率なんですよ」


 結界器を普通の魔術基礎の考え方で理解すると、一つおかしなことが起こっているのだ。


 透明な魔力に直接接する地下にありながら、それを白く変化させ、三色に色づけし、その後でわざわざもう一度合わせて白にしている。これは明らかに非効率的な魔力の使い方だ。


 だが、結界器が用いている魔力のほとんどが中央の穴から吹き上がっている透明な魔力だというのなら、話は変わってくる。三色の魔力はあくまで結界器が使う魔力の一部にすぎないことになる。さっきの例えなら人間の手の力だ。


「三色の魔力による透明な魔力の操作。結界器の魔力の本当の姿がそれだというのね。見えている部分はむしろ小さい。何てこと、そういわれれば確かにそんな気がする……」


 リーディアが首を振った。なるほど、グランドギルド時代の遺産は、間違いなく現在では考えられない超越した技術だ。魔術基礎の教科書として俺たちが使っている書物の、失われたその続きはどれほどなのか……。


「今のお前の考えが仮に正しいとしてだ。これからどうするのだ」


 一番先に冷静さを取り戻したサリアが言った。


「……そうですね。確かに」


 錬金術士として魔力そのものに興味を持つ俺にとっては今のは大発見だ。だが、俺たちが結界器の分析をしている理由は、自分たちに理解できない仕組みで動いている結界にリューゼリオンの全員の命が支えられている状況が危険だからだ。


 不慮の故障が起こったときにどうやって原因を突き止め修復するか。何よりも外部からの攻撃において弱点となるのは何か、そういったことにつながらなければ意味がない。


「仮に我々の様に結界の実験をしているとしたら。結界への干渉も実は実験の一つだった……」

「どういうことだ」

「これは完全に推測ですが、例えば自都市(こく)の範囲を広げたい場合どうなるでしょう。東の連盟の盟主ラウリスは多くの都市の中心として栄えていると聞きます。食料などは他から入手しなくては足りないほどだと。ですが、食料は外から入手できるとしても、都市の規模は結界の範囲に制限されますよね」

「都市を大きくするには結界を広げるしかないわね。そんなこと必要ないから考えもしなかったけど」


 リーディアの気持ちはわかる。都市くには結界の範囲内で運営される、それは決まっていることだと考えていた。一都市のレベルで考える結界を絶対視する。


「仮にラウリスが結界の拡大を望み、その可能性を掴んだとしても、実験が必要です。当然、自分の都市の結界で実験をするわけにはいかない」


 実験というのは失敗を前提にして行う。ましてや、古代の卓越した技術を扱うのだ。


「リューゼリオンが実験台ってこと?」

「これは最悪の可能性です。もう一つ、リューゼリオンを敵が活用する方向性もあります。なぜなら使われていない結界器と地脈が一つあるからです。壊れていますが」

「旧ダルムオンだな」


 サリアがすぐに気が付く。


「はい。旧ダルムオンの壊れた結界器、むき出しの地脈が目当てということもあり得ますね。現在誰のものでもないこれを使った方がやりやすい。ただ、ダルムオンの結界器や地脈を使って実験をするとしても、近くに拠点がないと不便です」

「……一番近い都市はリューゼリオンね」

「リューゼリオンを支配する。少なくとも強い影響力を持つことが必要です。例えば結界にダメージを与えて、その維持に必須の触媒の供給を持ちかけるとかですね」

「最悪じゃないだけじゃない。リューゼリオン自体に価値を認めてないのは一緒よ。ダルムオンの研究が終わったら次の実験材料になる可能性がある。それも、結界についてずっと詳しくなった相手によ」


 ここで彼女の父親が言っていた。もし隣都市だけが魔力測定器を独占したら恐ろしいと。この件は測定器どころではないな。


 そう思って目の前の二人を改めてみる。リーディアだけでなく、サリアの顔色も悪い。


 俺自身が結界器を実験サンプルとして見ていたせいかもしれない、想定上の敵の心理にのめり込みすぎた。


「ええっと、これは仮定に仮定を重ねた話ですから。現時点では最悪の想定を意識しつつ。さらなる情報収集をするしかないですね」


 俺がそう言うと、二人は黙ってうなずいた。


「ただ、今回の結果に関してはもう一つ考えなければならないことがあります」


 結界に比べればはるかに小さい問題だ。だが、彼女の「先生」としては軽んじるわけにはいかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ