#13話:後半 測定器の改良
「お前は騎士でもなければ文官でもない。自分の立ち位置を定めぬ者を信用できるわけがないだろう」
元義妹の容赦ない言葉に、前にレイラに言われたことを思い出した。確か彼女には「商人と違って金にこだわらなくてもいいから自由だ」的なことを言われたのだ。
騎士なら狩りの成果、文官なら城での出世、商人なら金という柱となる価値がある。一方、俺のこの社会の中での立ち位置は何か。
錬金術士は胡散臭いのが相場とはいえ、傍から見たら実にあやしい。
いや、今回の結界器の分析においても、方針はちゃんと説明したつもりだが、俺自身の動機という意味では……。
正直言えば錬金術こそが世界のすべての仕組みに通じるんじゃないか……みたいなことを考えている。駄目だ、胡散臭いどころか正気を疑われる。
「……」
沈黙する俺をしり目に、サリアは自分の作業にもどった。結局その後はリーディアが戻ってくるまで黙々とそれぞれの作業が続いた。
リーディアは宝物庫から、シャンデリアに似ている形の遺産を持ってきてくれた。測定器の補正をする道具の候補だ。
手のひらに収まる程度の大きさのリングに三方に突起がある。突起には赤、青、緑の三色の魔術陣が刻まれている。確かにシャンデリアに似てるな。大きさから、手に持つ明りのようなものなのかもしれない。中央のリングの部分が白く光るのだろうか?
ただ、三色の魔力結晶を入れる場所が欠けているらしい。現状では使えないことになる。リーディアの手元に確保しておいてもらうことを決める。高純度の魔導金属は貴重だから、狩猟器のために鋳つぶされることもあるのだ。
◇ ◇ ◇
リーディアの部屋を出た俺は、演習のことを聞くためにカインを探しに階段を上がった。首尾よく廊下で緑髪の背中を見つけるが、横に金髪の一年生がいた。
「……遺跡の周囲をボクたち四年生が固めれば、危険な魔獣の接近を事前に察知できる。そこから教官への連絡を……」
「助かります。私たちもくれぐれも集団で行動するようにして……」
「ただ、問題は背後の川だよね。あそこから上がってきたら対応が遅れかねない」
「そうですね。演習場の遺跡は森に入ったところですから、到着後は川の方には近づかないようにして……」
真剣に議論するカインとマーキス嬢の様子をうかがう。遠方ということで演習場の周囲に警戒線をつくる相談しているようだ。
集団の運営という意味でもカインは優秀だ。邪魔をしない方がいいだろう。俺は階段に引き返した。
そういえば、魔力測定器がちゃんと使えるようになれば、魔獣の接近を察知する役に立つかもしれない。魔の森の中で使えるかどうかのテストもいずれやった方がいいかもしれないな。
まあ、今はあの振動の正体を突き止めることが先決だが。
俺は謎の振動を検出する方法を考えながら文書保管庫にもどった。
◇ ◇ ◇
次の日、俺は完成したばかりの設計図を手に代表室に向かった。予定外の訪問に驚く二人に、俺は目的を説明した。
「環ではなく球形にしろだと」
「ええ。こんな感じの物を作りたいんですが、できますか?」
俺が差し出した紙に描かれたのは、中が空洞の魔導金属の球に三色の魔力触媒を帯状に塗ったものだ。これを水の入った器に入れて測定対象に向けるという設計だ。
「実は昨日サリア殿から聞いた狩猟器の話がヒントになりました」
「えっ、何どういうこと?」
「……何も言っていないぞ」
リーディアがサリアに聞き、サリアが渋い顔になった。
このアイデアのきっかけは彼女の言っていた青の狩猟器の回転だ。もしも、螺旋状の動きを静止したリングで捉えようとしたら、上下の振動になるのではないかと思いついたのだ。
螺旋の場合、進行方向と回転の二つの軸があるため、リングでは捉えきれない。だが、球形なら回転がどんな角度でも、その角度が時間と共に変化しても捉えられるはずだ。
もちろん、固定した軸がないと回転数で客観的な魔力の強さを測定するという目的にはそぐわない。だが、相手は白い魔力という現在の魔術の域を超えた対象だ。魔力の量と特質を同時に追うのは欲張りだろう。まずは性質、つまりあの振動がどういう動きなのかを捉えることを優先する。
「これまでよりは時間がかかるだろうが、やってみよう」
俺の説明に、戸惑いの表情でサリアは頷いた。その横でリーディアが何の話かとまだ首をかしげている。
◇ ◇ ◇
三日後、サリアから掌に乗るほどの銀色の球を受け取った俺は、リーディア達と一緒に再び地下に向かった。
まずは結界器の三色の魔術陣で、それぞれの色の魔力に当てる。赤、青、緑の魔術陣はそれぞれの角度で水中の球を回転させた。
厳密に言えば水の抵抗から回転は鈍いし周囲の壁にぶつかるからすぐに止まったり撥ねたりと不安定だ。だが、回転の方向自体は見ることができることが確認できた。
最低限使えることを確かめた後、中央の白い魔力の柱にむかう。これからが本番だ。
球を手に、慎重に空白の三角形の中央を進む。白い光の柱が近づいてくる。測定環なら振動が始まったところまで来た。測定球は僅かに左右に揺れた。
感度不足は分かっているのでさらに近づく。だが、予想に反して揺れがピタリと止まった。額に汗が伝う。これでは肝心の白い魔力の性質が分からない。
光の柱の直前まで来た。魔力を感じられない俺にすら、白い光がまぶしい。前回の測定なら、装置の故障を心配しなければならなかった距離だ。だが、水中の球は動かない。
もしかしたら三色の回転の角度が打ち消し合ってしまっているのかもしれない。だが、それでは振動が説明できない。
ダメもとで白い光のぎりぎりまで測定球を近づける。すると、静止していた球がわずかに揺らいだ。
恐る恐る白い光の中に球を入れる。柱に異常が起こればすぐにひっこめるつもりだったが、これまでと全く違う反応が手に伝わって来た。白い光の内側に全く異質の力の流れがあることが分かった。目を細めてみると、水中で球が浮遊してるのがわかった。
水の抵抗を無視するように球が高速で回転している。そして、その回転の中心は銀色の円で、周囲に虹色が見える。つまり、三色の交点を軸にしている。
つまり、球は三色のどれとも直交するような角度で回転しているのだ。なるほど、これをリングに分解すると振動になるだろう。
球はその回転の中心の方向に進み始めた。光の柱から離れる方向に、つまり俺の方に向かって進もうとして、すぐにガラスの壁にぶつかった。
まさにらせん状の回転を意味する動きではないだろうか。
結界の中心の白い魔力の柱の中に、更に区切られた中心領域があるということだ。前回の測定環の振動は、この螺旋の動きを感じ取っていたのだ。球よりも軽く、空気中だったのでより遠くから反応したため、白い光の柱の表面を測定しているつもりでいたのだ。
そして、その性質は三色の光の性質と明らかに違う。さらに、俺はもう一つの異常に気が付いた。俺は水を弾かんばかりの球の回転を見る。光の柱の中心にあるこの魔力。その量が回転に現れているとしたら?
この装置では回転速度は客観的に数字化はできない。だが、明らかに周囲の三色の魔術陣を合わせたよりも強いのではないか。
だとしたら、この光の柱の中にある謎の力の正体、つまり……。
「結界器の魔力の本体は……」
俺は足元の巨大な六角形の中心を見下ろした。
結界器、六角形の分厚い魔導金属の魔術陣は、その中央に穴が開いている。暗くて見えないが、それは地下の地面のさらに奥まで続いているように見える。