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#閑話3 失敗 & 13話:前半 測定器の改良

「私そろそろ行かないといけないから」

「うん。あの、いつもありがとう」


 私はヴェルヴェットにお礼を言う。いつもなら「別に、このくらい当たり前のことよ」と返ってくる、だけど彼女は「代表としての役目だから」と短くいって実習室をでていった。


 私が何度も二年の代表室に、リーディア様に呼び出されていることを、ヴェルヴェットはいぶかしく思っているのだと思う。彼女にとっては学年の代表としての役割の侵害、そして多分もう一つ……。


 もちろん、彼女が思っているような理由じゃないのだけど……。


 学年代表として演習前に忙しいのに、落ちこぼれの私に付き合ってくれる。そんな彼女に何も言えないことが心苦しい。


 一人になった実習室でカバンから小さな木箱を取り出す。蓋を開けると、銀色の小さな棒が三本並ぶ。伸ばそうとした手が止まる。


 その輝きと繊細な表面の模様が、私には相応しくない特別なものだと告げるようだ。何しろ、この都市まちの王女様が使っていたもの。


 これを渡された時のことを思い出す。先生がリーディア様たちと一緒に行った錬金術の成果である魔力を測定する道具を見せられた。私じゃなくて……。


 繊細な魔力に反応する美しい姿から、あれがすごいものだということは理屈じゃなくて分かる。そして、私の前で強力で純粋な赤い魔力を扱って見せた赤毛の上級生。それに比べて私の結果は……。


 もちろん、リーディア様と私じゃ、天と地の間くらいの差があるのはわかっている。だけど……。


 先生の困ったような顔が思い出される。私のことを助けようとしてくれたのに、私は期待に応えられなかった。そして私はこれを渡されて練習に集中するように言われ、リーディア様は先生と一緒に……。


「私の方が先に……だったのに」


 思わず口からこぼれた言葉に、首を振った。何もおかしなことはないのに、私は何を言ってるんだろうか。 


 一度止まった手を箱に伸ばす。


 あの魔力の針はリーディア様の部屋でしか使えないから、今できるのはそれぞれの色の魔術陣の特徴をちゃんと理解すること。まず緑の魔力触媒で魔術陣が描かれた一本を取り出す。


 緑の次は青、赤と魔術陣の効果を読み取っていく。


 幸いといったらおかしいけど、自分の色が決まっていない私は三色すべての勉強を続けなくてはいけなかった。特性の違う三色の魔術陣が、むしろそれぞれの特性を打ち消すように設定されていることが分かる。


 純粋に近い魔力の効果を感じ取れるようになっている。特定の色の特徴を使い手に意識させる普通の練習用の狩猟器とは違う。多分、自分の魔性を把握させるためなのだろう。これの本来の持ち主は、そういった贅沢を許される立場だ。


 とはいえ、基本は一緒だ。魔術陣のすべてに魔力が通れば発動する。今の私がやるべきはとにかくどの色でもいいから発動まで持って行くこと。一色でいいんだ。


 ヴェルヴェットも「一度発動してしまえば後はなんてことないわよ」といっていた。手に持ち、緑を意識して魔力を流す。普通の練習用狩猟器よりもずっとスムーズに魔力が流れる。


 途中にいくつか設置されている、関門のような場所を丁寧に通過させていく。水をこぼさないように、そういうイメージだ。


「あっ、ダメ」


 あと一歩というところで、魔力が霧散した。青、そして赤も試してみる。すべて一緒だ。分かってるのに、どうしたらいいのか知ってるのに、あと一歩が届かない……。


 目の前に並ぶ三本の棒を恨めし気に見る。三つ並んだ姿が、あのリングのように見える。そういえばあの三つのリングの間には、不思議な何かがあった……。


 私の手が、三色の棒を机の上で三又状に並べる。それぞれの色が邪魔しないように。角度を調整する。


 何をやってるんだろうと思う。教科書でも授業でも、そんなことは教えられない。


 だけど、いつか先生は言ってた。三色の魔力っていっても要は魔力だって。実際、あの円形の道具はすべての魔力を回転に変えていた。それに、この練習用の狩猟器はそれに近い……。


 三本の棒の上に手を乗せる。一瞬で体の中の魔力が抜けた。掌から感覚が抜け、心臓が締め付けられる。動悸が胸の奥から喉まで上がってくる感覚。思わず膝をついた。



 …………



 実習室にカギを掛ける。疲れた足で校庭を歩く。二階の窓に明かりがないことを確認してなぜかホッとした。


(リーディア様は何でも持ってるんだから、私の先生まで……)






#13話:前半 測定器改良


 二年生の学年代表室は沈黙に覆われていた。俺は黒髪の少女と向かい合って座っている。リーディアが本宮からまだ戻ってきていないので元義妹と二人だけの状況なのだ。


 ちなみにサリアは青い模様の書かれた短剣状の狩猟器を鞘から抜いている。別に俺を脅しているのではなく、手元の紙に描いている青い魔術陣と付き合わせる作業だ。まあ、それでも怖いんだけど。


 俺は刃先から逃れるように、自分の課題に目を落とす。テーブルに広げた普通の紙に普通のペンで書き連ねているのは、先日の結界器の測定結果についてだ。


 三色の魔力の水平、右、左の傾きの回転。それが合わさった中央の白い魔力がそのどれでもない振動を発生させるという説明不能の結果。それをどう解釈するか。


 紙の上に角度の違う三本の矢印を書き、それのどれにも当てはまらない、そして三本のどれとも同じだけの角度が違う矢印を考える。すぐに行き詰まる。頭の中も紙の線もぐちゃぐちゃだ。


 複数の矢印、あるいは完全にめちゃくちゃな力の流れも可能性としては考えられる。だが、三色の触媒を塗ったリングが反応する以上、まったく無関係とも思えない。


 かといって、同じ白の魔力でもシャンデリアには全く現れない。そしてもう一つ、いやもう一人結界器と同じ測定結果を示した被験者がいる。


 落ちこぼれの彼女に、グランドギルド時代の結界器と同じ反応が出るのはなぜなのか。


 結界器とシフィーに共通していて、シャンデリアにはない性質。これがポイントのはずだ。だが、それはさっきの矢印以上に想像もつかない。シフィーの意見も聞いてみたいが、答えが見つからない状態で今の彼女におかしなことは吹き込めない。


 混乱させてしまうだけだ。時期が時期だ。彼女の教育に支障をきたしたら……。


「……」


 サリアが冷たい目で俺を見ている。視線の先は俺のペンだ。どうやら無意識にペンの尻で紙を叩いていたらしい。


「例によって奇妙な結果が出たそうだな」

「奇妙というか、さっぱりわからないんですよ……」


 何か隠しているのではないかといわんばかりの瞳に、無実を主張する。


「おかしなことを言う。今やっているのはグランドギルドの大いなる遺産の調査なのだろう。むしろ分かる方がおかしいではないか」

「おっしゃる通りです」

「まともに考えれば挑もうとすら思わない問題だ。それも……」

「魔力も扱えないのに、ですね」

「そうだ」


 相変わらず本当に容赦ない見解を直接口にする。まあ、こういう性格だからこそ、リーディアのお目付け役として相応しいのだろう。


 この二人がどういう経緯でパーティーを組んでいるのか知らないが、狩りでも多分いいコンビなんじゃないだろうか。


「ちなみにサリア殿は何を?」

「お前よりもずっと地に足のついたことだ」

「……」

「狩猟器の射程距離を伸ばすための術式の改良だ」


 ため息をついて、説明が始まった。青の狩猟器は術者の意思に従って遠隔操作が可能な飛び道具だが、そこには威力と操作の兼ね合いがある。回転を加えることにより、直線状の軌道が安定するらしい。その分、軌道の変化に対しては抵抗が生じる。そのバランスを術式で調整するというわけだ。


「実際には、術式を発動させてみなければわからぬことも多い。だが……」


 サリアはテーブルに置かれた魔力針と魔力環を見る。


「あれをうまく使えば、術式の段階でいろいろなことが見えてくるかもしれん」

「色々というと?」

「色々は色々だ。魔力を使えぬ者に説明できることではない」


 実に騎士らしい答えが返ってきた。それを言われると辛いところがある。実際今の説明も半分もわかっていないだろう。でも、ここでも回転か、いや直進しながら回転するのだから、螺旋ということになるのかな。


 前から見たら回転だけど、横から見たら……。ああまた頭がこんがらがる。


「私に魔術は全く理解できないと思っているなら、あまり警戒しないでいただけるとありがたいのですが」


 俺は小さく両手を広げて、控えめに反論を試みた。


「お前は騎士でもなければ文官でもない。自分の立ち位置を定めぬ者を信用できるわけがないだろう」


 当たり前の様に実に厳しい意見が返ってきた。

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