#11話:後半 私的な面接?
「世の中には火竜を狩る必要自体を刈り取ってしまう人間がいるのだったな」
王の言葉に俺の額を冷や汗が覆う。その人間が誰か見当もつかないけど、そいつは多分火竜を狩れる人間を前にビビリまくってると思うのだけど。
「すべてはリーディア様の指揮のたまものでございます」など言うべき言葉はいろいろ浮かぶ。だが、魔術基礎、魔力の法則は魔術にとって重要というのが持論である。錬金術士としてこれは否定できない。
「現時点では可能性の話でございます。実際、この測定器では判断できない測定対象もおります。また、他の都市がこういった技術を持っていない、あるいは今後得ない保証はございません。ラウリスなどの連盟となれば人員も豊富でしょうし、グランドギルド時代の記録が残っている可能性があります。この道具を結界の保全に役立てるという、リーディア様の元での私の役割は始まったばかりと考えております」
俺は事実を並べる。実際、結界に干渉された件はいまだ未解決だ。
「この前も思ったが相変わらずこざかしい小僧だな。まあ、未来のことを考えるのは確かに早いかもしれん」
王は面白くなさそうに言った。この前って、あなたと前回あってから何年もたってますが。
「ただ、この装置は当面王家で独占するしかあるまい。むろんレキウス。そなたの知識もだ。いっそリーディアではなく私の右筆にすべきか」
「そ、それは駄目です。兄様は……レキウスは私の右筆ですから」
「……兄様と呼ばせているのか」
王がさっきまでとは違う、年ごろの娘の父親のような警戒心で俺を見る。冷や汗が額を流れた。
「リーディア様はただ昔の癖が出たのかと……」
「…………まあ、兄ならまだいいか」
王が何かを飲み込むように言った。そして表情を改める。
「何しろ、現在だけでもいくらでも問題があるのだ。結界器への脅威はもとよりだが、騎士の力が底上げされるとなると猟地の差配、特に旧ダルムオン領域の扱いが出てくる。騎士院の動きは時期尚早と思ったがそうも言っておられんな」
有力騎士の合議機関である騎士院の最大の役目は狩り場の調整だ。監査委員を通じて文官いじめとかはそのついでだ。
狩りには当然ルールがあり、例えば最初に獲物をみつけたパーティーの権利などだ。これらは狩猟の掟として明文化されている。だが、ことは森の中である。互いに大まかに縄張りを決め、それには近づかないことが最も無難なやり方ということになる。
三十年前のダルムオンの滅亡で北が空白になったが、二十五年前の火竜狩りのダメージで猟地拡大の余裕も必要もなかった。それから一世代が経過した今、手つかずの北区が問題になってきたわけだ。
さらに、文官長からはガラス等の資源が不足気味になっている報告も上がっているらしい。旧境界の向こうの遺跡からの物資の発掘が必要になってきている。これはレイラの言っていたこととも合致するな。
「とはいえリューゼリオンから距離がある。まずは輸送の拠点が無ければというわけだ」
旧ダルムオンとの境界だった川の向こう岸に簡単な船着き場を作るという話だ。春になってから動き出すはずだったのが、火竜狩りの事前調査と本番の空振りで物資と情報が浮いている。そこに学院の演習が重なった。
「特に乗り気なのがデュースターでな。アントニウスがパーティーを上げて臨時教官として参加するとまで言い出している。そうなるともう片方も黙っていない」
「グリュンダーグも物資その他の協力を言い出します」
サリアが補足した。騎士院の二大勢力による手つかずの狩り場の主導権争いだ。シフィー達を巻き込むなといいたい。
俺はダメもとで抗議の言葉を上げようとした。
「デュースターは狩りのためだけでなく、交易のためにも拠点に価値があるという立場だ」
意味深に付け加えられたその言葉に、俺は息をのんだ。それは、デュースターと“外”とのつながりを示唆する情報だからだ。
断言できるが、騎士は商売のことなんかわからない。何しろどこかの騎士姫様は、商人に代金を大粒のルビーで支払ったのだ。それで悲鳴を上げた商人娘に呼び出された文官がここにいる。
当然知恵を付けた者がいる。文官という可能性はあるが、経由していたとしても出所は商人、それも外の商人の可能性が高い。
その商人の後ろに前回結界器に干渉した勢力がいるとしたら、西あるいは東の都市連合までつながるかもしれない。
「どう思う?」
「仮にデュースターが外部からの働きかけを受けていたなら、不自然なのはタイミングだと思います。どう考えても火竜狩りが空振りに終わる前から接触しないと間に合いません。同時に、火竜狩りが行われていたとしたら北への拡大は消えた可能性が高い」
強力な魔獣の縄張りを安全化できる有力騎士は、普通の魔獣を狩る普通の騎士の活動領域を作り、都市の狩猟採取の面積を拡大をする。一人失われただけで、影響は都市近くでの採取労役にすら及ぶ。
「つまり火竜狩りを難なく切り抜けられるだけの何かの算段があった、そういうわけだな」
最低でも火竜狩りが失敗しても超級触媒が手に入る算段、下手したら援軍つまり、直接の介入だ。これは黒幕の、それも最悪を想定した特徴と重なる。
ただ、そこまでやれる力を持つものが辺境のリューゼリオンを狙う動機が想定できないのだけど。
「しっぽを掴むためにはどうする?」
俺は本来の職場を思い出す。
「狩猟記録です。今回の演習の提案の根拠になっているのが事前調査を兼ねた北区での狩りです。そろそろ狩猟記録が提出されるはずです」
「それで?」
「狩猟記録は単純だからこそ書き手の癖が出ます。書いた者が一緒でも外部の知識を使って書かれた場合、文章には痕跡が残るでしょう」
自分の体験を書いたのと、人づてに聞いたことを書いたのでは差が出る。
すでに文官長はデュースターとグリュンダーグの動きを調査している。商人とのかかわりなども含めれば、何か出てくる可能性が高い。人間は良く知らない分野のことを隠そうとしても隠しきれないものだ。
「なるほど。文官長に指示せねばならんな。何かが出てきたらそれはそれで対処が難しいが……。それで、こちらの方はどうする?」
王は測定環に目を移した。
「出来ますれば結界器の測定を急ぎたいと思います」
先ほどの今であまり大きなことは言いたくないが、今の話を聞くとせめて振動の問題に見通しを付けたい。
俺は覚悟していった。どうやって説得するか、頭の中で理屈を組み立てる。
「よかろう。早急に地下を開けさせる。リーディアが同行するように」
拍子抜けするほどあっさりと許可された。俺は思わず王を見た。だが、王は俺ではなく、窓に顔を向ける。
高い城の窓からはリューゼリオンを超えて広がる魔の森が見える。
「私が現役のころは、騎士は己の猟地で狩りをするだけ。それが当たり前だった。だが……」
遠くを見る王の顔は見えない。
「一つの都市のことだけを考えているだけでは足りない時代がくるのかもしれん。そのためにはこれまでと違うやり方、人間が必要になるのであろうな」
グランドギルド時代には騎士は基地から基地へ動き回っていた。現在でも連盟の形成や、それによる商人の活動の活性化がある。そういった外部の環境の変化の延長線上に、いまだ不明な結界破綻の企みの原因があるのかもしれない。
「とりあえずはレキウスのその道具と、それによってもたらされる平民出身者の強化に期待するとしよう。そういえば次の卒業生の副代表が平民出身者だったな」
ちょうどその時、ドアがノックされた。この前聞いた老人の声が王をよぶ。王が立ち上がった。「さて、どちらにリューゼリオンの未来を託すべきか……」そんなつぶやきと共にドアに向かう。
カインに注目するのはいいが、文官には過剰な期待はしてもらっては困るんだけどな。
「また遊びに来るといい」
ドアの直前でそう言うと、王は部屋を去った。今日のこれのどこに遊びの要素があったのかわからない。
まあ、まずは許可を得た結界器の測定だ。俺は途中で立ち止まっていたリーディアに声をかける。王も言っていたが、結界に近づくとなると彼女の立ち会いがいる。