#11話:前半 私的な面接?
目の前に白く粉を吹いた黒板が見える。右手の白墨は指先でつまめるほど小さくなってしまっている。
頭を悩ましているのはもちろんシフィーの測定結果だ。
魔力触媒と魔導金属を使った微細な潜在魔性の測定器の作成。これ自体は順調だ。体内の潜在的な魔力が色ごとに異なる回転として検出できることは、大きな発見といっていいと考えている。
だからこそ、あの振動が問題だ。
シフィーの結果が三色が拮抗している、魔性が弱い、ことを意味しているなら悩みはしない。彼女の将来を思えば不安だが、測定で彼女の才能を変えることはできない。というか、それが出来てしまったら測定ではない。
シフィーの潜在魔性が弱い三色、つまり白そのままに近いと仮定するとする。それなら、シャンデリアの様に三つすべてのリングが回転するはずだ。仮に三色の魔術陣と違い、体内では異なる色が打ち消し合うなら、リングはどれも動かないはずだ。
なのに結果はどれでもなく振動だ。なまじこれまでの結果がきれいなだけにどうしても引っかかる。
新しい白墨を手にして、黒板に向かう。
「考えられるのは……」
別の角度、つまり赤、青、緑ではない別の色の魔力の存在だ。だが、そんなものがこれまで発見されずにいるだろうか。それに、別の角度なら三色すべてのリングが同じように振動するのはおかしい気がする。いや、そもそも三色の触媒に反応するのが変だ。
「なら、白い魔力が一種類じゃないとかか?」
俺は以前リーディア達に魔力測定の方針を説明するために書いた図を引っ張り出す。
この図には二種類の白の魔力が存在する。一つは結界器の上、三色の魔力が合わさって白になる。これはシャンデリアと同じだ。違うのは根本だ。シャンデリアは純粋な三色の魔力を蓄えた魔力結晶から魔力を得る。一方、結界器は地脈の透明な魔力が元だ。透明な魔力を白に変換する仕組みを結界器が持っているとして……。
いや、改めて見ると結界器はおかしなことをしている。透明な魔力を白い魔力にしてから、それをわざわざ三色に分けてから、また白に戻す。これは無駄では……。
駄目だ、思考の主題が変わってる。透明な魔力から白い魔力への変換自体がまだ未解決の問題だ。謎を謎で解決してはいけない。一見分かったように錯覚するが、実は何も説明していないのだ。
俺は白墨を置いて思考を打ち切った。
◇ ◇ ◇
翌日早くも来年の一年生の測定が行われた。制服を合わせるという名目で、平民出身者を衝立の前に立たせて、その向こうで各色のリングの回転数を調べたのだ。
測定対象は五人。全員が三つすべて、あるいは二つのリングが回転した。ただし、各人に回転数が突出した色が出た。ちなみに振動を発生させた人間は一人もいなかった。
この結果に意味が在るかどうかは彼らの色が決まるまで解らないが、拍子抜けするほどあっさりと想定通りの結果が出たことになる。
◇ ◇ ◇
その翌日、俺はサリアの後について本宮の二階奥を歩いていた。廊下には狩りの光景を描いた壁画と、獲物の角などの飾りが並ぶ。王家の生活スペースだ。
サリアが足を止めたのは、昔何度か訪れたことがある部屋の前だった。サリアに促されるままに中に入る。
普段着のリーディアが窓際に立っているのが見えた。手招きをする彼女。恐る恐るそちらに行く。夕日を受けるテーブルには果物の入った皿と……ニヤリと笑う隻腕の男が座っていた。
サリアが片膝をつき、俺は慌ててそれに倣う。不意打ちもいいところだ。若い娘さんの部屋でその父親と会うなんて、やましいことが欠片もなくても気まずいことこの上ない。ましてや、彼はこの都市の王である。
なぜか自慢げなリーディアと、何も言わなかったサリアが恨めしい。
「久しぶりだなレキウス。元気そうで何よりだ」
「陛下こそご壮健そうで何よりでございます」
「時間が空いたのでリーディアの様子を見に来ただけだが。そうだな、せっかく右筆が来ておるのだ。娘に任せた仕事の様子でも聞いていくとしようか」
ああなるほど、娘の父親と右筆がたまたま部屋で鉢合っただけ。そういう形が作られているわけだ。
「始めましょうかレキウス。まずは、先日の来年の一年生の測定結果なのだけどね……」
明るい声のリーディアが、サリアから受け取った紙を俺の前に出した。そこには、練習用魔導陣の結果が出ていた。色の確定まではしてないが、測定環と一致する結果が出ている。どうも特別に上質の触媒を使わせることにより、結果を出したらしい。
「レキウスの計画通り、平民出身者が色を決めるまでの期間を短縮できそうね。早くもレキウスのこの道具が役に立つ結果が出たというわけ」
父親に自分の成果をアピールするリーディアは微笑ましい。昔、ここに遊びに来た時のことを思い返すとなおさらだ。ただ、あんまりレキウス、レキウス言わなくていい。この件の責任者はリーディアであり、功績は彼女のものだ。
「先日の『真紅』に引き続いて成果を上げたというわけだな。我が娘ながらなかなか大したものだ。特に、部下を見る目があるのかもしれないな」
王がこちらを見ていった。褒めてる割に目があんまり笑っていない。正直怖い。この人は解り難いが子煩悩なところがあるのだ。
「具体的にどういう効果を持つ?」
リーディアのせいで、質問が俺に来た。
「はい。平民出身者は自分の色が決まるまで入学後一月はかかります。一方、騎士の子は入学前に自分の色を知っている。学院の教育課程ではこの差が考慮されておらず、騎士の子に合わせたものになっております。ただでさえ騎士の子の方が魔性は強いですから。これは平民出身者が効率よく学べないということになります。特に実技への移行に差が出ることが大きいです」
都市が資源を投入して学院を運営しているのだ、せっかくの資源が無駄になっているということだ。
「入学時の差を少しでも短縮してやれば、平民出身者と騎士の子が近いタイミングで実技に移行できることになります。結果、育成される騎士の技量が底上げされることになります」
学院の教育課程をことさら変えずとも、スムーズになるわけだ。もちろん俺は教育課程にも異論はあるが、それは言わない。
「都市としては足手まといが減り、狩りの獲物が増える。王家にとっては派閥の色に染まっていない騎士の力が増すか」
王は鷹揚にうなずいて見せる。そして、テーブルに置かれた測定環を見る。
「結界器の調査のための魔力の測定と聞いていたが、なかなかそれにはとどまらぬわけだな。魔性ではなく魔術に反応する針のような道具もあるそうだな。狩猟器の調整、術式の改良、用い方によっては力を発揮する可能性があるとか」
王はサリアを見ていった。多分だけどシフィーの練習で得られた感覚かな。
「魔術については全く分かりませんが、魔術基礎の考え方では、魔力は魔術の根幹でございます」
俺はしっかり一線を引いてから、持論を口にした。
「あくまでリューゼリオンのことだけを考えれば、騎士の家ごとに一つあってもいいくらいかもしれないな。三色の超級触媒と高純度の魔導金属が必要とはいえ。魔導金属の量は僅かでいい。そして、三色の超級触媒も比較的容易に入手できるのだったな。これを王家で管理できれば、大きな力となるわけだ」
「そうなのお父様。すべてレキウス――」
「だが」
娘の言葉を王は止めた。そして俺を見る。
「仮に俺がリューゼリオンに近い都市の王なら、隣都市がこれを独占していると知れば、夜も眠れぬだろうな」
リーディアが息をのみ、サリアが気圧されたように身を固めるのが分かった。測定器などなくてもわかる視線の圧力が俺に掛かる。
「そういえば俺は昔火竜を狩ったことがあるのだがな」
王はその先がない右肩をぽんと叩く。そして続ける。
「世の中には火竜を狩る必要自体を刈り取ってしまう人間がいるのだったな」