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#10話 ノイズ

 降り注ぐ白い光の下、赤、青、緑のリングが、それぞれの角度で同じ速度で回転している。


挿絵(By みてみん)


 本宮二階の大ホール、昼間にともされたシャンデリアの下に置かれた測定環の動きだ。規則的すぎて面白みに欠けるダンスだが、これが俺が望んでいた光景だ。


 グランドギルド時代の遺産であるシャンデリアは、赤、青、緑の三色の魔力を合わせて白い光を作り出す。つまり、このシャンデリアの中央では三色の魔力がちょうど釣り合っているはずだ。


 ならばこれを基準にして、傾きと塗られた触媒の異なる三色のリングを補正できるはずというのが俺の思惑だった。


 文官落ちした俺には無縁の宴会の明かりが、錬金術にこうも貢献してくれるとは。


「しかし、本当に三色の魔力を合わせただけか……」


 我関せずといわんばかりにそれぞれ回転するリングを見て俺は呟いた。


「これに魔術的効果はないから。もしあったら宴の最中に気が散って仕方ないでしょ」


 疑問に答えてくれたのはリーディアだ。なるほど、魔術の副産物として出る光が、ここでは主役というわけか。


「ちなみにこの魔力結晶ってどれくらい持つんですか?」

「交換したのが一年前だと聞いた。今の曇り具合から言って後二年は持つだろう」


 シャンデリアの三方に配置された魔力結晶を見てサリアが言った。地脈の魔力を引き込む結界器と比べるとスケールが小さい。まあ、とんでもない魔力で測定器が振り切れないというのはありがたい話か。


「これで、三色の魔力を公平な基準で比較できそうです。右斜めに傾いた青のリングと、左斜めに傾いた緑のリングを水平の赤に対して回りやすくするだけでしたので、回転は純粋に各色の強さに対応してそうです」


 俺は結果を言った。


「順調ね」

「ひと悶着ありそうな道具だな。騎士の魔力量に明白な序列をつけることができる」


 サリアが頭が痛くなりそうなことを言った。アントニウスとダレイオスのどちらが魔力が高いかが公表されて、ダレイオスが負けたりしたら「文官落ちを出すような一族は違うな」とか噂になって、俺が悪いことになるのだ。


「肝心なのは狩りの成果だからそこまでじゃないでしょう」

「それはそうですが……。肝心のお前自身は何の役に立つと思う。結界器の分析以外にだ」

「平民出身者の潜在魔性の色を入学前に調べることができればと思っています。一年生にとって色が決まるまでの期間を短縮できるわけですから」


 新しい環境に苦戦する平民出身者の初期教育の負担を減らすことができる。それは、より優秀な騎士の育成にもつながるはずだ。そして、この道具のそもそもの目的の一つだ。


「そのためには、お二人のような強力な魔性の持ち主ではなく、もっと弱い魔性の測定ができるかどうかを確認しなければいけません」


 俺は白髪の少女を念頭に言った。言い方は悪いが、落ちこぼれであるシフィーは最高の被験者ということになる。


「……あの子の測定ね。本当にそんなに弱いかしら……。いえ、いいわ。少なくとも現段階では被験者を選べないのだし」


 どうもシフィーに対してあたりが強いな。基本下の者に公正なリーディアには珍しい。


「秘密保持という意味ではこのシャンデリアでの補正は目立ちますね。これの小型のがあれば助かるんですが」


 魔導金属に塗った魔力触媒はそう簡単には曇らないが、それでも補正は必要になるだろう。その度にホールでというのではどうしても人目に付く。


「宝物庫で似た形のものを見たことがある気がするわ。ただ、あそこのはほとんど壊れているけど……。とにかく次は学院ね。私は持ってこなければいけないものがあるから自室に寄ってから行くわ。サリアはあの子を呼びに。レキウスは代表室で準備していて」


 ◇  ◇  ◇


「し、失礼します」


 サリアに連れられて白髪の少女が代表室に入ってきた。部屋の中を見るシフィーの表情は緊張に染まっている。不安に揺れる瞳が、テーブルに座る俺を見つけてほっとしたものになった。


「忙しいところよく来てくれたわね。さあそこに座って」


 リーディアが自分の向かいを掌で示した。ちなみに、俺はリーディアの隣に座っている。説明の為にはこの配置がいいという彼女の指示でだ。


 シフィーはサリアと一緒に俺たちの向かいに座り、テーブルの中央に置かれた測定器に目を瞬かせた。


「ではレキウス。今日の実験についてシフィーに説明してあげて」

「わかりました。ええっとシフィー、今日来てもらったのはこの測定器の……」


 俺はシフィーに魔力測定の仕組みを説明した。次に、リーディアとサリアが測定の実演をして見せる。それぞれのリングが回転する様子に、シフィーは目を見張った。


「見てもらった通り、この道具は魔性の強さを色別に測定できる。今日はこれを使ってシフィーの潜在的な色の強さを測ってみたいんだ」

「私も先生に協力できるなら……。あの、潜在的な魔性の測定ってこの前先生が言ってたことですよね。私のために、ありがとうございます」

「別にあなたの為だけじゃ……。んっ、ん。この装置は真紅あってのことだし、あなたも貢献しているのだから気にしなくていいわ」


 リーディアが言った。一応フォローしてるんだよなこれ。


「ええっと、実際来年からの一年生、特に平民出身者がなるべく早く実技に入れるようにって役目も期待しているんだ。だから、シフィーにはその為のテストに協力してほしいってわけだから」

「わかりました。お役に立てるように頑張ります」


 ……


 リーディアやサリアの影響を受けないように、二人には少し離れてもらい、シフィーの測定を始めた。


 まずは意識して魔力を手から放出する測定だ。使うのは魔力針だ。横を向いた三色の針が、ゆっくりと回転してシフィーの手の平に向いた。三色すべてがだ。


 自分の色だけ反応したリーディアとサリアの結果と違う。ただ、ここまでは練習用魔術陣から予想されていたことだ。針につながった糸が殆ど傾かないのもだ。


 次に本番である潜在魔性の測定だ。三色のリングを並べた測定環を近づける。


 リーディアやサリアなら反応した距離でもリングは動かない。さらに距離を詰め、シフィーまで一歩のところまで近づく。手に振動が感じられる。リングがカタッと音を立てた。よし、反応はするな。


 彼女の制服に触れるか触れないかまで接近した時、三つのリングがそろって動いた。俺が回転の速度を見比べようと目をこらした。だが、いつまでたっても回転が始まらない。リングはカタカタと細かな振動を続けるだけだ。


 これまでと全く違う結果だ。俺は首を傾げた。


 ……


 再び四人が座ったテーブルは無言に包まれていた。あれから何度か角度を変えて測定したが、結果は同じだった。三色のリングはすべて同じ強さで“振動“したのだ。


「困ったわね」


 リーディアの言葉にシフィーが顔を伏せた。当のリーディアも困惑の表情だ。そういえば、彼女はシフィーが赤だと思っていたんだよな。


「まず、結果を整理しましょう」


 俺はメモした結果を見ながら言った。


「まず、シフィーが意識して放出する魔力は三色すべてが弱く検出された。これに関しては針の動き自体はこれまでの測定と変わらないので間違いないと思います。ただ、リーディア様やサリア殿の場合は反応した針は一色だけだった。まずは、この違いをどう考えるかですが……」


 俺はリーディアとサリアを見ながら続ける。実は一つ疑問があったのだ。


「魔の森の果実や魔獣の肉は白い魔力を蓄えている。それを取り込む以上、体内の魔力は最初は白いはずですよね。仮にあのシャンデリアの様に、白い魔力が三色が混ざったものだとしたら、強さの大小はあれ、自分の色以外の針も反応してもいいのではないでしょうか?」

「放出する魔力は私たちの意思が関わるのだから、自分の色が優先するわ」

「異なる色の魔力が反発する。それが体内でも起こるなら、一番強い色以外が打ち消されてもおかしくあるまい」

「なるほど。確かに……」


 赤と青と緑が10:2:2だとしたら、9:1:1になって、そのうちの9を動かすという感じか。そうなると……。


「三色がちょうど拮抗していると考えると厳しいわね」


 リーディアが俺の懸念を口にした。シフィーの魔力は体内でほとんどが打ち消し合ってしまっているということになる。

「…………」


 申し訳なさそうなシフィーの表情。まずいな、手助けどころか混乱させてしまっている。


 改めて測定環が試作品であることを思い知る。シフィーというイレギュラーの測定を急いだのは無謀だったかもしれない。魔力について分かった気になっていた俺の油断だ。


 俺がどう話を持って行こうか考えていた時、リーディアが意を決したように口を開いた。


「私は、これ以上この子にこだわるべきではないと思うわ」

「リーディア!?」


 切り捨てるような言葉に焦る。一瞬同じことを考えていたため。フォローする言葉が浮かばない。


「誤解しないで。あなたの場合、実習に近い形がいいのではないのかってこと。さっき言ったことだけど、自分の色の扱いは練習によって強化されるわ。そうでしょ」

「は、はい……」


 シフィーは自信なさげに頷いた。それはこれまで彼女が散々苦労して、そしてうまくいかなかったことだ。


「普通の順番なら自分の色が決まってからそれを鍛える。でも、あなたの場合は三色がすべて拮抗してるんだから、一色に決めてそれを集中的に鍛えればどうかしら。他の二色が抑えられるようになれば、差が生まれるかもしれないでしょ」


 リーディアはそういって立ち上がると自分の机に向かう。


「そのために必要なものを私が持ってきてるの。私が入学前に使っていたものよ」


 代表の机から木箱を手にもどってきた。箱を開けると輝く銀色の小さな三つの棒が並んでいる。形状から練習用の狩猟器だろう。サイズは小さいが、金属の輝きからかなり良いものだろうとわかる。


「この練習用の狩猟器は同等のものが三本そろいなの、三色を同じ条件で試せるわ。これと魔力針を使って、回転ではなく発動する魔力の強さの差を調べながら練習するの。どう?」

「なるほど……」


 既存の課程と一緒に見えるが、今回の測定結果を前提としている。


 魔力の基礎要素からという俺の方針とは正反対だが、それはいわば俺の錬金術的なこだわりだ。演習までの時間を考えるとリーディアのやり方の方が見込みがあるかもしれない。


 ちょっと心配したけどリーディアはリーディアなりにちゃんと後輩のことを考えているみたいだし。


 俺はシフィーにうなずいた。シフィーは小さく「よろしくお願いします」といって頭を下げた。


「となるとリングの方は……」


 振動という結果が色が決まってない人間特有の現象か確かめなければいけない。


「来年の平民出身者の測定をしてみるのがいいだろう。王家の管理下にあるから、何らかの理由を付けて何人か並べてそれを近づければいい」


 サリアが言った。俺は頷いて同意した。


 ついつい自分の興味に流れるが、測定器の開発はともかく、測定結果の活用方法に関しては、彼女たちの感覚を重視した方がいいのだろう。さっきも実感したが、魔力についてはまだまだ分からないことばかりだ。試行錯誤があって当然だ。


 ただそれでも、やっぱりさっきの振動は気になる。

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