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閑話2 危機意識 & 閑話3 代表会議

閑話2 危機意識


「ご機嫌ですねリーディア様」


 あの男が去った後の代表室で私は上機嫌のリーディアに言った。


「成果が出ていることを望ましいと思うのは当然でしょう」

「……」


 私は沈黙で答えた。


「なによ、サリアだって見たでしょ。兄様……レキウスはやっぱりすごいわ。私たちだって知りもしないことを次々と」


 狩りの時はあれほど頼りになるのに、小娘のようなこの反応……。


 王女として騎士として張り詰めた日常の中、たまにこういう可愛い姿を見せるのは悪いことではないかもしれないが、側に仕えるものとして警戒する必要はある。


 この前のような光景を見た後ではなおさらだ。背中とはいえ男の目の前で服を乱すなど……。それに、上がっているという成果が問題だ。


「サリアだって本当は認めてるんじゃない。なんやかんや言いながらちゃんと協力してるし」

「仕事ですから。そうですね、前回の超級触媒の件はまぐれではなかったようです」


 私は一度言葉を切ってリーディアの顔を見る。そして、私の言葉に無防備な笑顔を見せる主に告げる。


「だからこそ危険だと思いませんか?」


 あえて厳しい言葉を選んだ。いや、先ほど見せられたことを深く考えればこれでも甘いかも知れない。


 私が協力的だったのは、あれが本物かどうか見極めなければならなかったからだ。


「危険って。……レキウスは魔術が使えないのよ」

「はい、あの者がその知識に見合う魔力があれば、あっさりとリューゼリオンの玉座に座ったかもしれません」

「そうなのよ!! じゃなくて、騎士ではないレキウスに対して警戒するのは……」

「普通ならばそうです。ですが、今あの男にやらせているのは結界器です。リーディア様としてはあの男が結界を維持するために必須の人間になることをお望みでしたね。それが王家およびリューゼリオンの為にもなると」

「そうよ。おかしい?」

「反対はしません」


 結界は都市の生存そのもの、その保持に対して大きな役割を果たすとなれば騎士でなくとも軽んじられない人間になりうる。リーディアの私的な望みはそういうことだろう。


「ですが、そこにとどまるでしょうか。私はここ数日の結果を見ただけで空恐ろしくなりました。結界の保持に必要どころではなく、結界を支配する人間になりかねないと。先ほどリーディア様はおっしゃいましたよね「私たちも知らないことを次々と」と」

「確かに言ったけど。でも……」

「結界自体は動かすのに騎士を必要としない、そうではありませんか?」

「……それはそうだけど」


 声に力がなくなった。おそらく直感的に察してはいたのだ。無意識にそれを望ましいと思っていた可能性すらある。


「先ほどの魔力測定器ですか。あれも騎士を必要としません。むしろ騎士には使えないではありませんか」


 私はさらに続ける。あの測定儀は手から伝わる魔力で結果が狂うのだ。


「…………兄様はこの都市くににとって悪いことなんて考えないわ」


 リーディアの言葉はもはや王女の物ではなくなっている。


「私の考えでは現状はいいでしょう。リューゼリオンの現状と今後を考える限り、王家の力を増さねばなりません。ですが、肝心なところはリーディア様が、騎士が押さえなければ。これが私の意見です」

「……魔導鍛冶とのやり取りをサリアがすると言ったのは、それが理由?」


 やっと王女様にもどったようだ。私は頷き、続ける。


「あの者が標的と定めた二つ目、三色の合成魔術には手を出させるべきではありません。広間のシャンデリアの測定は警戒を怠らぬように」


 あの男は三色の魔力を補正する方法として、シャンデリアの測定を提案したのだ。三色の魔力が合わさって白い光になるということは、三色が同じ割合で混ざっているはずだという『仮説』だそうだ。


 なるほど、言われればその通りだ。だが、とっさに思いつくことだろうか。いつからそんなことまで考えていたのか……。


 私にしてもリーディアにしてもあのシャンデリアの下を数えきれないほど通っている。だが、我々騎士はグランドギルド時代から伝わった魔術をいかに魔力効率よく行使し、狩りのために運用するかを考える。


 今日の狩り、次の狩り、よく考えても来年の狩り。あの男は、そういった我らの思考まで理解している節がある。何しろグリュンダーグの次期当主候補だったのだ。


「私はこれまで通りの警戒態勢を続けます。リーディア様も最低限の警戒心は持ってください」

「わかった」


 不承不承ながら頷いた。リーディアは口に出したことは守るから、王女としては信用しよう。私としてもリーディアの私情を否定することはできない。


「あと、よろしいのですか? あれが完成したらまず例の一年生を呼ぶことになると思いますが……」

「仕方がないでしょう、リューゼリオンにとって騎士は一人でも必要なのだから。優秀な騎士に成る可能性があるならなおさらよ」


 リーディアはシフィーという一年生が優秀な赤の騎士に成りうると感じているようだ。私も、すぐれた騎士に成りうることは感じているが……。


「ずっと決まらなくて悩んでいた色が、あの男のおかげで決まる。さぞかし感謝するでしょう。普通の騎士見習なら「よく働いた」程度のことかもしれませんが、あの一年生は違うでしょう。何しろ進んで文官の下に付こうとしたくらいです」

「うまくいっても演習には間に合わないでしょう。なら、私もあの子のために協力はするわ。なるべくレキウスの手を煩わせないように……」


 確かに魔力測定器はまだ試作品。もしあれで色が決まっても狩猟器になじむには間に合わないだろう。演習まであとわずかなのだから。


 そういえば今頃は上の階で話し合いが行われているはずだな。


 だが、四年生の代表はデュースターの次男だ。長男であるアントニウスも動いている。一体何を目的としているのか……。


 二年生は今回は関わらないが、レキウスのことも含めあの方にご相談する必要があるだろうな。




閑話3 代表会議


 騎士学院最上階にある学年代表会議室には四年生と一年生の代表と副代表の四人が集まっていた。多くの生徒が初めてとなる一年生の演習は、経験豊かな最上級生が助けるのが伝統であり、そのための打ち合わせである。


 といっても実際に行われているのは一方的な通達だ。


「というわけで今年の最終演習は北区にあるこの遺跡になる」


 四年生の学年代表ウルビウス・デュースターが地図を指さした。この行事が終われば卒業生総代となるデュースターの本家の次男だ。


「ま、待ってください。そんな遠方にですか?」


 一年生の代表、ヴェルヴェット・マーキスは思わず腰を上げた。彼女の家の属する派閥の領袖の息子が指さしたのは、リューゼリオンからずっと北上した場所だ。三十年前に滅んだ北隣との境目だった川を越えている。


「ん? 騎士院の決定に異論があるのか?」

「い、いえただ……」


 ヴェルヴェットは言葉に詰まる。学院は騎士院の管理下にある。演習場所を決めたのは目の前の四年生ではない。


「代表。この場所に決定した騎士院の意図を説明してはいかがでしょう?」


 同級生に対し慇懃な態度でそう言ったのは副代表であるカインだ。ちなみに彼にしても初耳である。


「ああ、そうだな……」


 一瞬不快げに目を細めたウルビウスだが、自分が騎士院の意思をいかに把握しているかを誇示する機会だと気を取り直す。


「実は騎士院では北区の旧ダルムオンの領域を本格的に把握する計画だ」


 自慢げな長広舌を整理するとこうだ。三十年前のダルムオンの崩壊と二十五年前の火竜狩りの記憶から、ただでさえ遠い旧ダルムオンの猟地は手つかずに近い状態だった。だが、二十五年前の優秀な騎士の損失のダメージが回復し、ダルムオンからの亡命者も含めて猟地拡大の機運がでてきた。


 旧ダルムオンからの資源回収のための拠点まで考えられている大規模な計画だ。そのための橋頭堡を確保するため旧境界のすぐ先に物資の集積の場所を確保したい。


 本来なら来年以降に進めるはずだったのだが、最近北区の奥まで踏み込む狩りがデュースターとグリュンダーグ、そしてリーディアによって行われ、情報が集まったことから計画を早める。


 カインは思わず顔を伏せて表情を隠す。結界が破綻する危険があったことは公になっていない。実際には空振りに終わった火竜狩りの流用だろう。


 無理とは言わないが、拙速な計画ではないだろうか。


「演習には教官も含め多くの人員物資が投入される。一挙両得というわけだな」

「それでは演習の方が……。一年生の多くの生徒にとっては初めてです。演習に集中するべきでは……」

「心配はない。調査では下級魔獣である魔猿の群れ程度しか存在しない場所だと確認されている。むしろ演習場所として最適だろう」

「それは……、しかし」


 ヴェルヴェットの正論をウルビウスは却下した。さらに言いつのろうとする下級生。カインは一瞬躊躇するが、発言を求めて手を上げる。


「その場所が優れていることは分かりました。ですが、安全性が高くとも魔の森の中です。不測の事態が起こったときに遠方では対応が難しくなるのではないでしょうか」


 その言葉は相手を直接否定することがない配慮を含む、いつもの彼のルール通りのものだった。だが、発言を終えたカインは相手の表情がゆがむのを見た。


「くどい。平民上がりのお前は俺の補佐をしていればいいのだ。お前、リーディア姫のパーティーに一度参加した程度で調子に乗っているのではないのか」

「いえ。そのようなことは」


 いら立ちの声を上げる上位者に、カインは自分の発言が踏み込みすぎたことを悟る。いつもの蔑みの目に憎悪と嫉妬の色が加わっている。本来の実力なら立場が逆転する相手、それは彼にとって多くの同級生を含む、に対してはいつもは十分なマージンを取っている彼にとって、それは珍しいことだった。


 すまなそうなヴェルヴェットの顔が視界の端にとらえられた。だが、先ほど彼の脳裏にあったのは、二歳年下の赤毛の少女が火蜥蜴サラマンドルに対して相対する姿だった。


 彼の瞳にまだ焼き付いていた凛々しい少女の姿が、彼の足をいつもよりも一歩……。


「決して異論があってのことではありません。ただ――」

「なに心配はいらん。今回の演習には我が兄アントニウスも臨時教官として参加することになっている。どうだ、これだけ手厚い準備がなされるのだ。これに懸念を示すというのはデュースター……いや騎士院を信じぬということになるぞ」


 ウルビウスは従者を叱るような目でカインとヴェルヴェットを見た。二人は黙って席に着くしかなかった。

2019年10月23日:

ここまで読んでいただきありがとうございます。

次の投稿ですが一回間を空けさせていただき、10月27(日)にしたいと思います。

よろしくお願いします。

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