#8話 錬金術的な提案
「……というわけで結界器と現在の魔術の間は二つの遺失技術があります。一つは透明な魔力から植物を経ずに『白い魔力』、あるいは『三色の魔力』に変換すること。もう一つは異なる三色の魔術の効果を『白の魔術』というべきものに合成することです」
テーブルに並んで座るリーディアとサリアを前に、俺は先日まとめた模式図の説明を終えた。まるで女生徒に講義しているみたいだ。まあ、その女生徒が上司なんだけど。
「…………」「…………」
だが、肝心の二人は沈黙だ。これでもリーディアなんかは始める前は興味津々という態度だったのだが。反応がないと不安だ。
「いかがでしょうか。何分私は文官ですので見当違いを言っているならご指摘いただけるとありがたいのですが……」
沈黙に耐えかねて促した。提示している分析には自信はある。だが、俺は魔術基礎から一歩も踏み出せなかった文官だ。
リーディアとサリアは互いに顔を見合わせた。
「ええっと、そうね……。ここまでの報告に問題はないんじゃないかしら。グランドギルドの結界器の分析なんて手の付け所がないって思っていたから、ちょっと戸惑っただけ」
いや、それを命じたのリーディアなんだけど。
「……私たちの魔術と同じ部分と違う部分に大きく分けてしまうわけね。そうすると、魔術陣そのものではなくて入り口と出口に謎がある。そういうことね。サリアはどう思う?」
「一色だけでも複雑極まりない結界器の魔術陣に直接挑むより、周囲から迫るというのは妥当ではあると思います」
俺は二人の感想をじっと聞く。やはり騎士である二人の意識は魔術陣に向くのだ。これに関してはある意味予想通りだ。
「攻めるべき獲物の急所は二カ所なのよね。どちらを優先するの?」
獲物とか急所とか物騒な言葉が並ぶが、これはそんな彼女たちが理解を示した証拠だな。俺は心の中で頷くと、続きをする。
「前者、つまり魔力の入り口部分だと考えています。地脈の『透明な魔力』、魔の森の植物により蓄えられる『白い魔力』は魔術に用いられる『三色の魔力』の基盤ともいえるものです。結界器のみならず魔術全体への理解を深める可能性を秘めております」
これは俺の持論だ。魔術基礎を軽視する騎士教育への不満は学生時代からあった。
「……そうね。最初聞いた時はちょっと迂遠に感じたけど重要だわ。サリアもそう思うでしょ」
「言っていることに理はあります。ですがその分……。いえ、本当にこの男の目的はそれだけでしょうか」
サリアは少し考えると「この男の目的は……」とリーディアに耳打ちした。
「……なるほど。あの一年生にとっても重要なことね。もしかして、私が報告しろといってなかったら、あの子と一緒に実験とやらを進めていたのかしら」
さっきまで機嫌がよかったリーディアの表情が曇った。いや、その理解は間違ってないけど、それも含めてちゃんと説明するつもりだったんだけど。
「あまりに確証のないことですから、ご報告するまでに出来うる確認はしたと思います。ただ、今のシフィーに負担をかけることは避けるべきと分かっております」
「…………」
「リーディア様?」
「…………いいわ。これはあくまで結界の安全にかかわること。私との仕事だとわかっていれば」
リーディアは何かを飲み込むように言った。
「具体的にどうするのかがまったく見えぬ。我ら騎士にすら知覚できぬ透明な魔力、曖昧にしか感知できない白い魔力をどうやって扱うつもりだ」
続いて発言したのはサリアだ。相変わらず痛いところをついてくる。
「いきなり透明な魔力は扱えませんので、ポイントは白い魔力と三色の魔力の中間と考えております。これを『薄く色づいた魔力』と定義します。この魔力を、騎士の限界を超えて感度良く感知する道具を作りたいと考えています」
「……我らよりも」
「その必要があると考えています」
「……言うは易しだ」
「もちろんです。そこで、この道具が参考にならないかと考えております」
昨夜、旧時代の文献から引き出した円形の道具の絵を見せる。
「見たことのない道具ね?」
「旧時代には海という広大な水域を経て遠距離の交易がおこなわれていました。道しるべのない海で確実な方向を測るために用いられた道具で、方位磁針というものです。中央の針の左右に太陽と月がかかれているでしょう。太陽が東、月が西を現しています。この針は必ず東西を指すのです。針が目に見えず人には感じ取ることができないある力の流れを感じるためです。いわば大地を東から西に目に見えない風が流れており、そこに旗を立てているようなものなのです」
俺はレイラの店から見た空をはためく布を思い出しながら言った。
「今は磁石を動かす力が何かは考えません。不可視の力の流れを可視化するという仕組みだけを借用したいのです。そう考えた時に重要なのは二点です」
俺は古の道具の中心の菱形の針を指さす。
「この針に魔力から力を受ける性質を与えること。そして、その力が微細であっても感知できることです。そこでリーディア様たちに質問なのですが」
俺は二人に向かって身を乗り出した。
「狩猟器は魔力触媒を通じて魔力を力に変換しますよね。それが魔術です。ですが単純に狩猟器を遠距離から魔力そのもので動かすことはできるでしょうか」
「サリアの方がわかるんじゃないかしら」
リーディアがサリアを見た。なるほど、確かに青は狩猟器を遠隔操作できる。サリアは腰から短剣を抜いた。彼女の狩猟器だ。銀色の刀身は中心に青く太い線が走り、そこから複雑な模様が刃先に向かっている。
魔導金属に魔術陣を彫り込み、青の魔力触媒を流したもの。俺の仮説では魔力触媒を塗った狩猟器は磁石の針と似ている。
「……ここまでの報告を聞く限り魔術陣を作動させることなしにということか。それは難しいだろうな。青の狩猟器は術者の意図したように動かすことができるが、あくまで魔術を介している。しかも、起動は手で触れて魔力を通す必要がある」
説明は分かった。俺に切っ先を向ける必要性は解らないが……。
「では、仮に強力な魔獣に相対した時、魔獣の魔力の圧力みたいなものを、狩猟器を通じて感じることはありますか?」
「それは私の方が答えやすいわね。それはあるわ。でも、相手が近くにいて私に明確な敵意を向けた場合くらいでしょうね。そうじゃない場合は私自身の感覚の方がずっと正確。そうじゃなければ不意打ちを受けてしまうわ」
リーディアは腰の剣を抜いてテーブルに置いた。サリアの青の狩猟器よりも刀身中央の赤のラインが太い。確か力を一気に解放する赤と、細かい操作の青を反映しているのだ。
リーディアの言葉は希望が持てる。魔力触媒を塗った魔導金属が魔力を力として感じるのであれば、方位磁針の原理が使える……。
俺は向けられた青の狩猟器を見る。魔導金属は普通の鉄よりも大分軽い。だが、魔獣を相手にするそれは武器の“大きさ”がある。そして、魔力触媒が覆っている“面積”は全体の一割もない。
感度を上げるための方法はある。
「仮にその剣を針の様に小さくして、表面全てに魔力触媒を塗ったとしても同じでしょうか?」
ポイントは魔力からの力をどれだけ敏感に受け取れるか、そして受け取った力が小さくても動きとして反応することだ。例えばそよ風の方向を知るために、鉄棒を向けてもだめだ。だが、薄い紙であれば反応する。
「必要なのはこの道具の針の様に小さく薄い魔導金属の針です。できれば同じ形のものを複数ですね。これを用意していただくことはできるでしょうか」
俺はあらかじめ書いていた設計図を見せた。魔導金属の菱形の針がある。
「細かい造形ならサリアの方が答えやすいでしょうね。どうかしら」
「強度を無視していいのであれば加工は可能でしょう。魔導鍛冶に相談してみる必要はありますが……」
「じゃあ、針に関してはサリアに任せるわ。材料は王家から最高の魔導金属を出しましょう。他に必要なものは?」
「針に塗る魔力触媒ですね。少量でいいですが、なるべくいいものをお願いします」
「真紅かしら?」
「それがベストですね。それも含めてまず試すのは赤がいいですね。リーディア様に測定にご協力いただかなければなりませんが」
俺の予想では触媒がよければよいほど、感度が高いはずだ。同じく、最初の測定対象は強い魔力の持ち主が望ましい。
「もちろんよ。赤の魔力ということなら、私が協力しなくては駄目よね。うん」
「ありがとうございます」
「私が命じた仕事でもあるんだから当然でしょ」
「……そうでした、つい」
俺は緩みかけた口元に力を籠めた。これは仕事、仕事だ。大体、成功する保証などないのだから、話し合いがうまく進んでいるだけで気は抜けない。
「こほん。今回の報告は以上ですリーディア様」
「言いたいことがないわけじゃないけど期待通り。いいえ、それ以上かしら。それに……」
「それに?」
「レキウスのさっきみたいな楽しそうな顔は久しぶりに見たわね」
リーディアがいたずらっ子を見つけたように微笑んだ。やっぱりさっきの油断は見られていたか。年上としてちょっと恥ずかしい。
「まあ、私より先に見た子が……。何でもないわ。ええっと、さっきの物はサリアと一緒になるべく早く用意する。私の方はあるからいいけど、サリアはどう?」
「次の報告日までには間に合わせましょう。事が事ですから急ぎます」
サリアは厳しい目を向けながら言った。表情はともかく、彼女まで協力的ということは俺の説明はよほど良かったということかな。
俺は二人に一礼して代表室を出た。
よし、魔力測定計の試作品はめどがついたぞ。結界に比べれば玩具みたいなものだが、もしこれで、魔力とは何か、色とは何か、その扉をほんの少しでも開くことが出れば……。
魔力もまた錬金術の範疇に収めてしまえる……。