#7話 国際情勢 & 閑話1 骨董品オークション
確かに猟地は狭そうだ。それに都市結界が円形としたら半分以上が水だな。
「よく食料が足りるな。いや、湖でも狩りをするのか?」
「加盟してる周囲の都市から大量の食料を買ってるみたいです」
「食料が交易品になるのか。こっちじゃ考えられない話だな。……まて、ラウリスは何を売ってるんだ?」
都市が獲得する食料の量は要するに狩りの規模だ。狩りの規模が小さいということは、自力で入手できる物資全体が小さいということのはず。
「ウチも気になったんで聞いてみました。まずは市場の使用料らしいです。交易の中心として大量の商人と商品が行き来するそうですから」
「なるほど、他国の商人からも多くの税金が入ってくるわけか」
「市場を使う以上は使用料がありますからね。リューゼリオンに外から来る商人も支払ってますよ。お役人様の方が詳しいですよね」
レイラが薄く笑った。
「そういうおいしい話は閑職には回ってこない仕組みになってるんだ」
ただ例の犯人と外との繋がりの手掛かりになるかもしれないな。文官長あたりはすでに目を付けている可能性があるが……。
「後は連盟に参加してる都市から加盟料を集めるみたいです」
「連盟っていうのは城間だよな。つまり、加盟料は商人じゃなくて城が払っているわけだ。名目はなんだ?」
「湖の航路を魔獣から守るためだそうです。向こうの騎士様は魔力で動く小さな船に乗るそうですよ。もちろん、そのついでに狩りもするみたいですけど」
「狩りがついでか……」
俺はもう一度地図を見た。なるほど、湖の中心という立地を最大限生かした都市の運営ではある。
「いろいろ違うな。向こうの文官組織とかどうなってるんだろうな」
それだけの規模の商業を維持するとなったら相応の規模が必要のはずだ。それに、権限もだ。リューゼリオンの様に騎士の雑用係の立場でできるだろうか?
「さすがにそこまでは……。あっ、でもお役人様の上に王女様がいるって……。これは本当にちらっとだけですから、ちゃんと確認できませんでした」
「右筆的な意味じゃないよな。王族が直接文官の組織を指揮してるってことか? リューゼリオンの常識が通じない可能性があるな。ラウリスが勢力を拡大しているって聞いたのは最近だよな。湖の周りの都市はどうやって加盟していったんだろうな」
「……それがですね」
レイラは声を潜めた。
「どうも、最初に商人が入ってきて安い商品を売ったり、余った食料を買ったりと利益をちらつかせるみたいです」
「つまり商人が尖兵の役目をしてるってことか」
となると、先日市場で見た商人の背後にはラウリスの城がいることになる。ある意味予想の範囲ではあるが……。
「最近お金が外に流れる傾向があったり。少し不安ですね。どう考えますレキウス様」
レイラが少し緊張した声で聞く。俺は考える。
地図を見る限りラウリスは巨大な湖に依存している。俺なら湖の中心としての体制を強化する方向に行くだろう。下手に陸側に手を出すのは己の強みを損ねることになる。もちろん、ラウリスのお偉いさんが同じように考えるとは限らないのだが……。
「注意をしておく必要があるが情報不足だ。さっき言ったようにリューゼリオンの常識で考えることはできない。ラウリスについて知らないということが分かった段階だな。現時点では予断は持たない」
「そんなのんきな……。まあ、レキウス様はリューゼリオンの常識は無視するから大丈夫なんでしょうけど。ただ……」
「なんだ、急に真面目な顔をして」
「いえ、自由だなって。分からないことが分かったって。商人はそれじゃお金を稼げないですから、そう言う風には考えにくいんですよ」
レイラは少し困った顔になっている。まあ商人はお金で騎士は獲物、狙うべき標的がはっきりしてるからな。その点、錬金術は……。
「まあ、今の話じゃリューゼリオンの結界を潰すメリットはなさそうだからな。保留しておくしかないと思っただけだよ。必要があったら仮説……標的は絞るさ」
「それが自由……。まあ、都市がなくなれば勢力拡大も何もないですからね。北の、父さんの故郷が今でもあったら商人にとっては便利でしたでしょうから」
「騎士にとっても結界がないんじゃ基地にもならないからな」
この様子だとグンバルドにもいろいろありそうだ。
「今後も耳に入ったことはお伝えします」
「助かるよ。といっても当面は錬金術に集中したいところだけど」
「そちらだけで大変ですからね」
俺たちは商談、かどうかは非常に怪しいが、を打ち切り、互いに疲れ切った顔を見合わせた。
◇ ◇ ◇
レイラの店を出て城へ戻ろうとした俺はあえて遠回りを選んだ。頭を冷やすため水路沿いの通路に足を向けたのだ。
到底処理しきれない情報が頭の中を渦巻く。といっても、都市外のことは到底手が足りない。犯人捜しとも絡めて文官長に任せるべきだろう。
レイラにも言ったが、錬金術のことだけで一杯一杯だ。明日か明後日にはリーディアに今後の方針の報告をしなければいけない。方針はまとめたが、具体策が全く見えていない。
騎士にすら感じられない体内の薄い色の魔力の分析。これだけで一文官の手には余るのだ。というか、文官の仕事じゃないよな。だけど……。
「錬金術士の仕事ではある」
俺は水路沿いの光景を見た。ちょうど内円と外円の境目だ。騎士の領域と平民の領域の接する場所。二つの世界を分ける境界でもあり、それが接する場所でもある。
空を仰ぐと白く光る結界とその下の風を受けてはためく布が見える。目を下すとゆっくり回る水車がある。
さっきレイラの店から見えたものだ。足元では透明な水が滔々と流れる。水の流れはまるで地脈みたいだな。手を上げると見えない風が感じられる。風の流れは西から東。上空とは反対だ。
風は目に見えないのになぜそれがわかるかというと……。
俺ははためく布をじっと見る。
「これってある意味目に見えない力の流れと、強さを評価する方法だな。だけど、水も風も一応手に感じられるもの、素子だしな。魔力とは違う。いや待てよ。確か旧時代にも目に見えない力を利用した道具はあったな。それこそ遠距離の交易に使われた道具だ」
俺は旧時代の技術を一つ思い出した。
#閑話1 骨董品オークション
水平線の向こうが見えない巨大な湖。その北端から南に向かって突き出す岬。岬の上には白壁と青い屋根の優美で巨大な城が立っている。城が見下ろす湾には、水面を囲むように石垣で固められた巨大港があり、出入りする大小の船がみえる。
茶色の帆を揚げた大船は腹に収めた大量の積み荷で船体を沈ませ、風を受けてゆっくりと進む。その周囲を飛ぶように走るのは三人乗りの白い魔導艇だ。
大湖を取り囲む十を超える都市の連合、その盟主であるラウリスの日常だ。グランドギルド時代に東の中心基地として設立された大基地は、現存する都市の中でも第一位の人口を誇っている。
港と城の間は白と茶色に色分けされた上下の街区があり、高い建物が林立している。その中間にある市場に隣接する茶色の建物はラウリスの大商館と呼ばれ、他の都市なら城と呼ばれかねない規模を誇っている。
その大商館の二階ホールでは、季節に一度の催しが行われていた。各都市の富裕な商人が集う骨董品オークションである。これに参加することはラウリス連盟の商人としてのステータスといわれている。
燈火が明るく照らす会場の奥の舞台をテーブルが半円形に取り囲む。卓上には様々な都市で作られた赤白のワインが並ぶ。テーブルに座る商人たちは杯を片手に古の美術品を鑑賞している。
現在提示されているのはガラス製の小さな女神像だ。両手が欠けているが、衣服の刺繍まで再現された優美な美しさは古の技術を見せつける。
オークションが始まり参加者が次々と手を上げ、金貨の枚数を口にする。値段の上昇と共に参加者の熱気も上がっていく。莫大な金額が動く。
そんな彼らの様子をホールの中二階から見下ろしている人々がいた。特等席を占めるのはオークションを主宰する理事たちだ。
「今の品、どうみますか? 私はなかなかの一品だと思いますが」
分厚い目録を捲りながら一人が口を開いた。
「ですな。模様などの形式を見るに後期の更に後半ではないでしょうか」
「後期という判断に異を唱えるつもりはありませんが、私には前半に見えます……」
「そうですか。私には……」
彼らに共通して胸に掛かっているのはラウリスの勅許商人を示す金のプレート。
各々が食料、ワイン、陶磁器などを扱う大商人であると同時に、資金を出し合って東西の通貨の両替や交易保証を扱う。連盟の巨大な商圏を成立させるための潤滑油だ。
「埒があきませんな。まあ、いずれにせよ後期の作品は数が少ない。貴重であることは変わりはありません。……出土はどこから?」
「目録にはベレスティナの北西だそうです。かの都市の騎士たちが獲物を追って踏み込んだ最中に見つけた遺跡とか」
「最近連盟に加盟した小都市ですな。西岸のマルロから川をさかのぼったところにある」
「やはりあそこら辺には未発掘の遺跡が多いのでしょう。大書院の記録にだけ残っている基地がいくつもある」
「それはそれはお宝が転がっているわけだ。他に何が出たのでしょうな。それがわかればより詳細に年代がわかりそうだが」
「さあ、ガラスや貴金属はともかくあちらの遺物は騎士様が独占される、我々如きの下にはおりてきませんよ。高品質の魔導金属などは特に貴重ですから。美の為になどといえば、我らは湖に放り込まれますぞ」
「まあ、湖の航路が安全でなければ何も始まりません。致し方ないでしょう。まあ、融かされる前に一目でも見たいという気持ちはありますが」
「では、あちら側に連盟の領域を広げれることができれば……」
「それはそれで危険ですぞ。騎士院の派閥争いに加盟都市の獲得は大きな影響を与えます。しかも、昨今の連盟の拡大に伴い、ラウリスこそグランドギルドの後継たるべきという声まで上がっているとか……」
「それはまずいですな。今、グンバルドとの対立などということになると、我らが苦労して築いてきた事業もめちゃくちゃになる」
「左様。一旦お城が決めてしまえば、我らに止めるすべはありませんからな」
場の全員が困った顔をした。
「時期尚早ということでしょう。まずはお城に中央部の価値を示す情報を上げることでしょう。問題は何方にかということですが」
「かの姫君でしょう。ありがたいことに我らにも理解がある。もちろん、他の方々にも十分な根回しがいるでしょうが。何事もバランスです」
「天秤の両方に金を置かねばならぬとは。税だけで首が回らぬのに……これではおちおち趣味に使ってられない」
オークションの終わりを告げるハンマーの音と同時に発せられた言葉に、乾いた笑いがテーブルに広がった。
「将来への投資、と考えるしかありますまい。今後の商売の拡大の為にも、それこそ趣味を充実させるためにも」
最後の一人の言葉に全員がそろって頷いた。そして、彼らの話題は再びオークションへと戻っていった。