表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/184

#5話 遺失技術

挿絵(By みてみん)


「この二つの遺失技術ロスト・テクノロジーの内、俺が錬金術で攻めるとしたらどちらか……」


 白墨を手に考える。どちらも現在からは想像もできない技術だ。だが、俺が興味を持つとしたら明らかに前者だ。透明な魔力を三色の魔力に変換する過程。


 魔力という力の根源、騎士にすら見えない『透明な魔力』の扱いと、魔力の色変換という騎士が無意識に行うこの過程にこそ、錬金術が介入する余地がある。


 「えっと、こんな感じですよ」「ほら、できるでしょ」と同級生が当たり前に言うそれに俺がどれだけ…………いや過去のことはいい。


 さらに言えば、魔力の色変換はシフィーの色が決まらない問題そのものだ。


 もう一方、三色の魔術の合成に関しては現在の魔術の延長線上ともいえなくもない。もちろんそんな簡単なものではないだろうが、リーディア達の意見を聞いた方がいい。


 俺は基本方針を書きだした。



 〇魔力の根幹である透明から白、白から三色への変換の理解



 黒板を見てニヤリと笑った。大げさに言えば純粋な魔力への探究だ。うん、錬金術っぽくなってきたじゃないか。


 とはいえ難題だ。


 魔力という不可思議で不可視の力をどうやって分析するか。魔力は錬金術の生まれた時代には存在していなかった、少なくとも知られていなかった。当然、錬金術には魔力を解析する実験方法などない。


 もちろん、ついこの前錬金術で分析した魔力触媒も同様だ。だが、魔力触媒は普通の物質と同じく手で触れることができる、素子アトムスでできているという共通性があった。クロマトグラフィーが使えたし、物質の純化という方法論が有効だった。


「考えるヒントはある……」


 最初に書いた魔力の基本図を見る。ここに示された魔力の流れは似ている。旧時代の草の栽培や動物の飼育に関する知識と。


 旧時代、人間は草を栽培してその小さな実を収穫していた。また、草を動物に食わせて育て肉を得るということをしていた。


 この草の代表を『麦』という。今でも遺跡の周りなどに同じような植物が群生している。一粒一粒が小さくて採取に適さず、固いのでそのまま食べられず水で煮る。挙句、お世辞にも美味くない。保存がきくのだけが唯一の利点だ。


 だが、この植物が旧時代の人間にとって食料の中心だったのは記録から間違いない。


 錬金術の『テキスト』を開く。前回のクロマトグラフィーとは違う巻だ。


 錬金術の目的の一つに不老長寿の霊薬があり、鉛を金にする以上に胡散臭いのだが、人間の生命力の源である麦の知識がまとめられている。


 麦の栽培に必要なのは三つ。水、土そして太陽の光だ。この中で、土と水は明らかに物質、素子アトムスでできている。異質なのが太陽の光だ。空から降り注ぐ太陽の光は手で触れられず、色もついていない。


 空気も水も通さない硝子を通過することから、光は素子ではないとされている。


 太陽の光を人間がそのまま浴びても活力は得られない。だが、植物は光を葉で受け取り体内に蓄え、実を実らせる。体の材料である素子、土や水だけがあってもダメ。不可視の力、光が必要というわけだ。


 その植物を人間や動物が食べ、日々の活力にする以上、人間の生命力も光からきているのではないかというわけだ。つまり、麦が体内に取り込んだ光という活力源を間接的に取り込んでいるという考えだ。動物を飼育して肉を食べる場合も、動物を介すだけで基本的に同じだ。


 最も美しい説明は木を燃やせば光に戻るというのがある。


 明らかにさっきの魔力の流れと似ている。というか、下から湧いてくる魔力と上から降り注ぐ光という違いはあるが、そっくりといっていい。


 錬金術では太陽の光を物質とは違う『エールギス』というものだと定義した。エールギスは物質に蓄えられ、熱や動かす力となるとされる。


 地面に撒いた水は太陽の光を受けて蒸発する。つまり、空中に飛び出す。これは蒸留の時起こることと同じだ。固体の金を熱すると溶けて動きやすくなる。食べ物を食べれば人間の体は温まり、動くこともできる。


「つまり、『魔力』も『エールギス』と考えられるんじゃないのか?」


 目の前の図には美しい対比がある。ああこれが世界の仕組みの根本かと納得しそうになる。だが同時にあまりに抽象的だ。他人に見せたらだからどうしたといわれるだろう。


 極端な話、食べ物を食べないと人間は力が出ない、といっているのと変わらない。それはそうだが……という話だ。


「魔力はエールギス。それはいいとしてだ。問題はその不可視の力をどうやって扱うかだ」


 美しい図を眺めていても何も解決しない。錬“金”術はインチキだが、金という具体的な成果を求めて試行錯誤したからこそ様々な知識と技術が生まれたのだ。


 金は生まれなかったが……。


「魔力とは何かは抽象的すぎる。まずは魔力の色とは何かを考えよう。……そもそも魔力の色って何だ?」


 透明な魔力、白い魔力の段階では将来の三色の魔力は共通の色だ。魔の森の果物にも、赤い騎士向け、青い騎士向けなんて聞いたことがない。リーディアは「この果実は赤い魔力が多いから、狩りの為にたくさん食べるわ」なんてことは言わないのだ。


 魔の森の果物を食べる魔獣の肉ならば多少の違いはあるらしいが、それでえり好みされるほどではない。騎士が食べ物から取り込むのは基本、共通の白い魔力。


 例外は魔獣が額に宿す魔力結晶で、魔獣が体内で色づけた魔力が蓄えられたものだといわれている。つまり、魔獣とは白い魔力を体内ではっきり色づけられるということだ。当たり前だな、魔力触媒は魔獣の血なんだから……。


 これは狩猟においては重要だ。魔獣はすでに色の付いた大量の魔力を素早く用いることができることを意味するし、騎士は採取した魔力結晶を魔力のブーストに使う。魔力触媒の原料となる心血同様、騎士が直接採取するのはそのためだ。


 行き過ぎたな。はっきり三色に色づいた魔力はさっきの方針で言えば騎士の、魔術の領域だ。錬金術はあくまで魔力の根っこの方から迫る。


 ならば、その入り口は両者の中間、薄く色づいた段階の魔力だ。


 透明な魔力、白い魔力という魔力の共通要素は魅力的だ。だが、騎士にすら認識できない透明な魔力を一気に扱うのは難しい。地下にしかないのでサンプルも入手困難だ。


 白い魔力は魔の森の果物をサンプルにできるだろうか。だが、それを実験に使う段階では測定手段が存在しない。


 薄く色づいた魔力なら、騎士が動かせるし魔力触媒とも関係する。魔術が薄色から三色に向かう方向だとしたら、錬金術は白い魔力に向かえばいい。それがうまくいけば、更に透明な魔力への道も開けるかもしれない。


 しかも、シフィーの問題そのものじゃないか。薄い色の段階を捉えられればシフィーの色が予想できるのだ。よし、つながった。


 となると、具体的な方針は……。



 〇騎士の体内で薄く色着いた魔力の客観的数値化。



「……いいぞ。見えてきた。だけど、どうやって」


 例えば魔力触媒の曇りで可視化できるかもしれないが、客観的な比較が難しい。三色を全く同じ基準で比較しているとどうやってわかる。魔力触媒は同級の中にも差があり、しかも術者との相性もあるのだ。


 だからこそ騎士は己の感覚で魔力を扱うのだ。


 そもそも、外に出した時点で白い魔力との中間とは言えないかもしれない。体内で薄い中でもより色づいた部分が意識して体外に出せる可能性がある。


 俺は白墨を握って、考えを羅列していくが否定的要素が並ぶ。


 白墨が止まる。不安が動き出す。錬金術が金を作れなかったように、解けない問題に向かっているのではないかという不安だ。


「いや、いいところまで行ってる感触はあるんだ……」


 だからこそ俺がやってやろうという話だ。方向性は悪くない。シフィーのことを考えても三色の魔力の色に依存しない客観的魔力の測定、それも微細なというのは重要だ。


「とりあえず、リーディアに説明する方針まではできた。勝手にやるなといわれているし、後は彼女たちとも相談して……」


 黒板から机にもどった。机の上に手紙が置いてあるのを思い出した。差出人は十三番街のレイラだ。手紙を開くと短い一文が記されていた。いつもよりも心なしか筆跡が荒い。


「うーん、これは……」


 「『真紅』のお客様のことで相談あり。至急」とある。どうやらお姫様はシフィーだけでなく、レイラにも何かやったらしい。


 明日はまずは市場に向かわないといけないみたいだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ