#4話 魔術基礎
書類保管庫の奥、地下室の机で俺はこれからの計画を考える。まず考えるべきは魔力についての概要の整理だ。学院で言えば『魔術基礎』の内容ということになる。
本棚から魔術基礎の教科書を取り出す。平民出身者への魔術基礎の講義を担当させられたおかげで、手元に残ったものだ。
グランドギルド時代に魔法院で書かれたといわれている本だ。最後のページまである“完全版”である。
ちなみに、多くの騎士が持っている魔術基礎の教科書は前半三分の一までしか筆写されていない。魔術基礎など三分の一だけ学べば十分、暇があれば魔力の使い方を鍛えろと言われる。
いや、騎士は魔術を使えるようになると魔術基礎は忘れろといわれる。狩りの場で余計なことに頭を悩ませていたら危険だというわけだ。
ちなみに肝心の実技まで行けなかった俺は、この教科書を独学に近い形で最後まで学んだ。といっても、半分を超えると魔力を扱えないと理解できないことがどんどん出てきて苦労したが……。
恐るべきはこの完全版すらグランドギルドでは基礎的な内容だっただろうことだ。全四巻の内の最初の一巻、いや0巻ではないかと思われるのだ。ちなみに、残りの3巻は失われた。
つまり現在『魔術基礎』といわれるのは古の魔法学、魔力の法則を研究する学問でいえば「理解する上での最低限の基礎知識」だ。一方、現在の騎士にとっては「魔力を使う技術、つまり魔術の為の十分な知識」ということになる。
だが、これから俺が考えるグランドギルドの遺産である結界器や、シフィーの色の問題を考えるには、魔力そのものに関する理解は不可欠だ。そして、そのヒントは魔術基礎にしかない。
さて、魔術基礎によると魔力はそもそもどこから来るのか。城の地下を流れる地脈を使って巨大な結界を作る結界器を見ればわかるように、魔力は地下からくる。地下の魔力の流れの大きなものが地脈と呼ばれる。要するに地面の下には魔力の川があるのだ。
だが、地下の魔力を騎士が直接使うことはできない。それどころか騎士にも感知できないのだ。魔術基礎ではこれを『透明な魔力』と呼ぶ。
この透明な魔力は魔の森の植物によって取り込まれる。魔の森の植物の根には地下に向かって広げられた茸のような構造がある。植物はこれで地脈からの魔力を吸収するといわれている。
吸収した魔力は植物の体の中で『白い魔力』に変化する。それが果実などに蓄えられ、それを食べた人間や魔獣の体に取り込まれる。
ちなみに魔の森の果実より魔獣の肉の方がずっと白い魔力が濃い。魔獣の体内で濃縮されるのだろう。だが、白い魔力といわれるようにこの段階の魔力にはいずれの色も着いていない。
透明と違うのは騎士ならそれが“ある”と感じ取れるからだ。だが、このままでは魔術には使えない。いや、騎士は白い魔力を意識して動かせないのだ。
ここからが狭義の意味での魔術の話になる。騎士の体内で白い魔力は薄く色づくといわれる。俺の場合はここは想像だ。リーディア達が言った何となく色がわかるというのはこれだろう。
薄く色づいた魔力は騎士の意思で動かすことができる。つまり、騎士が体内から魔術陣に注ぐのはこの薄い色の魔力だ。
そして、薄く色づいた魔力に完全に色を付けるのが魔術陣の魔力触媒だ。魔力触媒によって三色にはっきり色が着いた魔力は、魔術陣の術式に従って魔術として発現する。
つまり、魔力は透明、白、三色と色を変えた後、魔術として効果を発揮するわけだ。
改めてまとめると、騎士が前半に興味を持たない理由がわかるな。俺たちが食べ物を食べて日々の活力にするのに理屈はない。理屈を知らなければ食べ物を食べれないのなら、動物は飢え死にする。
体内に白い魔力をどれだけ蓄えられるか、その魔力にどれだけ早く色を付けられるかは騎士の資質だが、これは才能で片付けられる。
そもそも、透明な魔力も白い魔力も騎士が意識して動かせないのだ。
俺が教えた時も、真剣に聞いたのはシフィーとカインくらいだ。平民出身者ですらこうなのだから、騎士の家に生まれたものは……。
ちゃんと魔術基礎を学んだうち一人は学年一の実力、一人は稀にみる落ちこぼれになったわけだ。魔術を使うために必要なのは魔術基礎ではなく、才能と実技訓練ということになるな……。
実際、昔から伝わる魔術を効率よく使いこなすという現在の騎士の命題なら必然的にそうなる。騎士が「さて、魔力とはなにか、うーむ」とか考えて狩りをおろそかにしたら都市が飢えるのだ。
問題は今回、それじゃ通じない問題が出てきたことだ。
現在俺が抱えている二つの問題、結界器とシフィーの色が決まらないこと。それと魔術基礎の教える魔力の流れがどうつながるか。俺は目の前の図をじっと見る。
うん、明確につながるな。
まずは、グランドギルド時代の結界器の仕組みだ。
結界器が発動する結界も魔術だとしたら、これまで整理してきた魔力の流れに対して、大きな差異が二つある。
一つは結界器の魔力は直接地脈から供給されているように見えること。つまり、結界器の魔術陣は透明な魔力を白い魔力にする過程を自前でこなす。あるいは透明な魔力を直接三色の魔力に変換できるということだ。
植物を介さないことで魔力を効率よく利用できると考えれば、あの巨大な結界も自然かもしれないが、現在の騎士が使う魔術とは根本的な違いだ。
もう一つは、三色に色づけした魔力を再び白い魔力として統合して結界として発動していることだ。これも現代の騎士の魔術とは違う。
シフィーの触媒に別の色が混ぜられていた件からわかるように、異なる色の魔力は反発する。したがって、騎士は一色の魔術に集中する。複数の色の魔術を行使できるなんて聞いたことがない。
ただ、結界器においても三色の魔術陣は独立して三方に配置されている。魔術陣は中心に円形の穴が開いた六角形の魔導金属に刻まれているが、六等分された一つ置きに各色が置かれているのだ。これは少なくとも魔術陣の中で異なる色を混ぜることはできないことを意味する。
これは一つ目の差異と違って、魔力の効率的利用とは言えない気がするが、今はそれは置こう。
魔術基礎の教科書には白い魔術についての記述はない。グランドギルド時代においても白い魔術は高度だったということだ。伝承では結界器はグランドギルドで作られ、各地に運ばれたことになっている。
魔法院がある中央でしか作れなかったってことだ。そして、その技術も人員もグランドギルドと一緒に失われたのだろう。
さてここからがこれからの仕事だ。俺は目の前に描かれた構造を前に考える。
「この二つの遺失技術の内、俺が錬金術で攻めるとしたらどちらか……」