#3話:後半 色の問題
「先輩」
一階へ向かう俺に後ろから声がかかった。振り返ると緑髪の後輩がいた。
「これはこれは上級狩りを成し遂げたカイン殿」
俺が茶化すとカインは苦笑した。改めて礼をいわないと。
「先日の件は助かったよ。カインがいなかったらリーディア様も危なかったんじゃないのか」
「おや、先輩はリーディア様の命令を伝えただけでは? ……冗談です」
「ちなみに、リーディア様のケガの責任を問われるとかないよな」
「それは大丈夫です。赤のリーディア様が前に出て、青のサリア殿が側面から。そして緑のボクが後ろでお二人のサポートをする。これが三人パーティーの基本です。結果、先頭のリーディア様に魔獣の攻撃が集中することも含めて、それが狩りですから」
「なるほど、騎士の本分か」
知識としては知っているが、感覚が付いていかないんだよな。実際の森の中でのリーディアを知らないからなおさらだ。いや、俺にはそれを心配する資格はないのかもしれないが。
「もちろん王女殿下としてのリーディア様のお立場を考えると、それだけというわけにもいきませんけどね。ただ、実際に狩りに参加した感想を言わせてもらえば、そうですね基準以上には慎重です。引き際を決定的に誤る危険は大きくはないでしょう。本当に優秀な方ですよ」
「……カインの評価なら間違いないか」
「もっとも、続けて火竜狩りとなれば極めて厳しかったでしょうね」
「……」
「そうならないようにする、といっていましたよね。先輩が止めたんですか?」
「おかげで先輩を手に入れ損ねました」わざとらしく小首をかしげて聞く後輩。俺は皮肉っぽく笑った。
「先日は出猟式の準備に駆り出されて珍しく文官っぽい仕事をした。ずいぶん疲れたよ」
「中止されることがわかってる式の準備ではそうでしょうね。一体どんな魔法を使ったんですか?」
「魔法って」
「グランドギルドの魔法院みたいに魔力の法則について研究が必要だっていうのが、先輩の口癖だったじゃないですか」
「魔術も使えない俺が言ってたんだからお笑いだけどな」
「笑いごとならいいんですけどね」
今後のことを考えると、カインとも情報の共有をしたいのはやまやまだ。だが、知る人間を増やすのは俺の裁量外だ。
しかも、カインに渡した指令書が監査委員に持ち込まれかけた。今は無謀だ。
「そういえば、一年生の期末の演習についてなんだが」
俺は話題を変えた。
「あれは大きなイベントですからね。副代表のボクなんかも運営の手伝いをすることになります。ちなみに、参加する臨時教官の人選や、実施場所についていろいろあるみたいですよ……。何か気になることでも?」
カインは肩をすくめると、何もなかったような顔で合わせる。相変わらず情報に詳しい。一つ聞けば知らない情報が出てくる。
「一人心配な生徒がいてな。今の時期でも魔力の色が決まってない」
「ああなるほど。先輩としては気になりますね。……実は平民出身者の間でも彼女のことはちょっと……」
「そうだよな」
魔力の才能は実績がない学院時代は特に敏感な話題だ。平民出身者にとっては、シフィーを引き合いに「だから平民出身者は」といわれるのは面白くない。グリュンダーグが俺の存在について困るようなものだ。
だが、ただでさえ危険なのに孤立というのはなおさらまずい。とはいえ、やはり色が決まらないと解決ができない。それさえ決まれば付随する問題の大半は勝手に消える。
「ちなみにカインの目から見てシフィーの色はどう思う」
リーディアに聞いたのと同じことを聞いてみる。彼女を信じないわけではない。魔力のことはとにかく感覚的に扱われるから、違う色の意見も聞いておきたいのだ。
「発動前に下手なことは言えませんけど。どの色の気配に反応しやすいかはある程度分かりますよ。そうですね、彼女の場合は緑ではないでしょうか」
「緑か……」
極めて優秀な準騎士の間で割れた。今のを聞く限り判断の基準は色のわずかな変動に対する感度で、リーディアと共通だが……。
それだけ発動前の色は解り難いということだろう。ただ、シフィーの潜在能力がそれだけ小さいことを意味するなら深刻だが……。
「どうしました?」
「いや、助かった。参考にさせてもらうよ」
俺はカインに礼を言った。そもそも、俺が何とか出来るというのがうぬぼれだ。だがそうだな、もしも騎士の体内にある段階の微妙な魔力の色を……。
◇ ◇ ◇
「先生」「カイン先輩」
一階に降りた俺とカインに、白と金の髪の一年生が同時に振り向いた。タイミングが悪かったかもしれない。金髪の一年生学年代表、マーキス嬢はカインの横にいる文官を見てはっきりいやな顔になる。
「カイン先輩はどうしてこの文官……の人と? リーディア様との連絡ですか」
「そうじゃないよ。実はレキウス殿とは一学年ほど重なっていてね。ボクにとってはお世話になった先輩というわけなんだ」
「そうなんですか」
マーキス嬢はカインの答えに少しほっとした顔になる。だが、すぐに俺に不審の目を向ける。
「あなたがシフィーのことをリーディア様に言いつけたんですか? この前からシフィーに付きまとってたみたいですし」
別の疑惑が持ち上がった。シフィーに超級触媒のことで協力を頼んだ時、余裕がなくて廊下で彼女の肩に手をやったな。文官としてはあり得ない行動だ。その場にいない彼女の耳に届いてもおかしくない。
「平民出身者は低学年の内は文官に対してまだ偉い人の意識がありますからね。それを利用して……」
「あの、ヴェルヴェットさん……。レキウス先生はそういうんじゃなくて。あの私にとっては魔術基礎をしっかり教えてくれた先生で……」
シフィーが途中で口ごもった。錬金術関係は全部口外禁止だからな。何を話しても結界破綻につながってしまう。
「魔術基礎なんて何の役にも立たない理屈で教官顔ですか。シフィーは今それどころじゃないんですから。余計なことで邪魔をしないでほしいんですが」
案の定、マーキス嬢は納得しない。魔術基礎は何の役にも立たない理屈、これは学院生を含む騎士の共通認識だ。実技、つまり実際の狩猟の場における魔術の行使とその運用が何より大事だ。
リーディアにしろマーキス嬢にしろ、優秀であればあるほどそうなる。
「ヴェルヴェットくん。レキウス殿の魔術基礎の知識には僕もお世話になった覚えがある」
「でも……」
「そうだね、騎士の家に生まれたヴェルヴェットくんなら子供のころから常識的に知ってることだと思う。でも、ボクたち平民出身者にとってはこちらに来て初めて学ぶことなんだ。お世話になったというシフィーくんの言葉は嘘ではないと思うよ」
カインがフォローする。
「……わかりました。今のは言いすぎました」
「とんでもありません。本来は、文官が差し出口をさしはさむ問題ではありませんから」
苦渋の表情で小さく俺にむかって頭を下げた。俺は両手を振った。
「それはそうと、二人は何の話をしてたのかな。もしかして、次の演習の話だろうか。ヴェルヴェット君は演習のことを気にしていたからね」
「あっ、はい。初めて外に出る学生も多いですから。学年代表として責任重大です」
「さすがヴェルヴェットくんだ」
「そんな。私なんかカイン先輩に比べればまだまだです」
マーキス嬢はカインの言葉に救われたような顔になった。
シフィーは俺に対して申し訳なさそうな顔をしているが、シフィーの味方をしてくれるこの子は大事な存在だ。もっともな心配から俺に文句を言うくらいは問題じゃない。
「実はその演習についてだけど。ボクも補助としてかかわることになっててね。上の方でちょっと遠方までって話が出てるんだ」
「でも、普段なら……。あっ、そうですね四年生の代表は……」
「そこで、ヴェルヴェットくんの意見を聞きたいんだ。一年生の実力について一番近くで見ているのは君だからね」
「あっ、は……。ええっと」
マーキス嬢は困った顔でシフィーを見る。
「ヴェルヴェットさんは学年代表のお仕事を優先してください」
「ごめんね。また今度練習に付き合わせて。あの、大丈夫ですカイン先輩」
マーキス嬢はカインと一緒に廊下の向こうに行く。確か一年生の代表室がある。演習が遠方というのは少し気になるな。
「ごめんなさい。ヴェルヴェットさんは先生のこと誤解していて……」
「言えないことが多いからね。大事な友達に隠し事させて申し訳ないのはこっちだから」
なんやかんやでいい子だと思う。カインのとりなしとはいえ、文官の俺に頭を下げて見せたし。カインに誘われても、シフィーのこともちゃんと気にしてくれてる。
シフィーが魔術を発動に至れば、彼女は大きな力になってくれるに違いない。だが、彼女のような優秀な生徒が自然に超える壁で苦戦しているシフィーのことは分からないと思う。
「……あの、先生はリーディア様と大事なお話だったんじゃ」
シフィーは下げた両手でワンピースのスカートを握った。
「ああ、今終わった。実はそこで演習の話を聞いたんだ。それでほら、演習前に忙しいときに真紅のこと手伝ってもらったって気が付いて。気になってね」
俺が言うとシフィーはびっくりした顔になった。スカートから手が離れている。
「お忙しいのに私のこと……」
「いや、だから忙しいところに手伝ってもらったのはこっちって話なんだけど……。それで、色については相変わらず、かな」
「はい。触媒はずいぶんやりやすくなったんですけど、まだ……」
シフィーの説明によると、どの色もあとちょっとのところで魔力が通り切らないらしい。
これは俺にとっては知識だけの話だが、魔術というのは基本的に発動するかしないかだ。魔力触媒で書いた魔術陣の最後まで魔力が通れば発動。そうでなければ発動しないまま魔力が霧散する。
魔術陣に魔力が流れる量とスピードは触媒が良質であればあるほど多く、早い。複雑で大規模な魔術であるほど良質の触媒が必要とされる理由だ。
ただし、触媒には同色、同ランクでも使用者との相性がある。それでも、まずは色さえ決まれば後は実際に魔術を使う過程で自分に合う触媒や魔術陣を工夫できる。そして、その魔術陣を魔導金属に刻んだのが狩りに使う狩猟器だ。
つまり、スタートは色が決まることなのだ。だから、前回シフィーがしたような単純な練習用魔術陣でどの色で発動するか決めるのだ。
「シフィーは前回真紅をテストしてもらったよね。何か感じるところはなかった?」
真紅は超級に相当する触媒だ。つまり、これ以上ない最高の触媒。それで発動まで行かなかったということは、普通に考えれば赤ではない。だが、リーディアはシフィーが赤ではないかといった。
「あんなすごい触媒だと私じゃ魔力の供給が間に合わないです」
「そういうことか……」
確かに、シフィーはあのテストのときすごく疲れていたな。ちゃんと発動させたリーディアはやっぱりすごいということか。
「じゃあ、緑だって感じることはない?」
俺はカインの言葉を思い出して聞いた。
「いいえ、緑が特にやりやすいって感じたことはありません」
シフィーは困惑の表情で答えた。混乱させてどうする。
「最後にもう一つだけ質問。シフィーは上空の結界がおかしいって気が付いたんだよね。どういう風に感じたのか、もう一度聞かせてもらっていい」
「はい。ええと、緑と青の魔力の流れは安定しているのに、赤だけがちょっとだけ震えているというか、そんな感じがしました。でも、結界がおかしいって先生に聞かなかったら気のせいだと思った程度です」
「…………なるほど」
一見リーディアの言葉を肯定しているように見える答えだ。だが、今シフィーは三つの色全てに言及している。
矛盾だらけだ。だが、感覚的な判断とはいえ、リーディアもカインも、そしてシフィーの言葉も全部信用できる。
となると俺にできることは魔術基礎の観点から考えてみることだ。頭の中にこれまで集めた情報が渦巻き、それが真っ黒な何かを浮かび上がらせる。それが何かは解らないが、この暗闇に切り込むには……。
「あの、先生?」
「うん。聞きたいことはこれだけ。そうだな……もしも、発動前にシフィーの得意な色、潜在的な魔性の色とでもいうのかな。それがわかったらどうだろう」
「はい、それはすごく助かります」
練習の手間が三分の一になる。練習効率が上がり、発動さえすれば後は実技の問題だ。シフィーは努力家だし、一気に伸びるかもしれない。
もちろん難しい。潜在的な色はリーディアとカイン、赤と緑の最優秀に近い才能の持ち主が判定できない微妙なもの。そもそも、騎士の魔力に対する評価は、とにかく感覚的なものだ。
昔、俺はそこに大いに不満を感じていた。もっと客観的に数値化できないのかと。
「安請け合いはできないけど。ちょっと考えてみるよ」
「ありがとうございます。先生は結界のことで大変なのに。私のことも見てくれて……」
「いや、シフィーは結界を守った功労者だぞ。それに、こっちもヒントをもらったかもしれない」
考えてみれば魔力が何か、魔力の色とは何かは俺はもちろん、騎士だってわかっているわけではない。それは結界器の謎にもつながる重要な問題だ。
そこを錬金術の考え方で探求してみれば、魔力触媒の時みたいに何かが出てくる可能性はある。だが、魔力触媒が形あるもの、素子として扱えたのに対し、魔力は目に見えない。
それこそ、旧時代には存在すら知られていなかったものだ。
いや、確か錬金術の知識の中にも目に見えない力についての言及はあったな。確か、旧時代の農業絡みの生命の力に関する記述だ……。
シフィーと別れた俺はテキストの記述を思い出しながら文書保管庫に向かった。