#3話:前半 色の問題
「要するに、私の専属になることを断った。そういうことかしら」
目の前には先日とは打って変わって不機嫌なリーディアがいる。本宮から学院二階の代表室に直行した俺は、さっそく二人の上司に仕える苦労を味わっている。
『真紅』調達により彼女は王から結界器を守る役割を認められているのだ。
文官長が犯人の方向から調査するとしたら、リーディアは陰謀のターゲットである結界器担当ということだ。文官に魔術は手に負えないし、結界の管理責任者である王家の一人娘として妥当な役割分担といえよう。
その権限に従って、真紅の知識と技術を束ねる俺を専属右筆にしようとしたら、当の本人に断られておかんむり。これが現状である。
「ちゃんと理由あってのことです。説明してよろしいでしょうか」
年甲斐もなく、いや年相応の膨れ顔の上司に俺は説明を試みる。なんやかんやで聡明な子だから論理的に説明すればわかってくれるはずだ。
「……いいなさい」
「一言で言えば、私の錬金術の為には現在の状態が最適だからです。真紅の製造工程からわかるように、錬金術は職人技術と直結しています。市場や職人工房といった外円との繋がりを維持する必要があります。最下級の文官という立場はこれに最適です」
「それこそ部下を使えばいいでしょ。特に商人とのやり取りとか。私がお父様に人を付けてくれるように言えば……」
「最下級の文官に部下を与えることは可能でも、それに対して周囲に疑問を持たせないことは不可能です。真紅が市場で取引される材料と職人の工房で作られることは秘密保持の役に立っていますが、弱点でもあります。外円とのやり取りに関しては人を介すべきではありません」
「……それは、そうかもだけど」
「二つ目はもし結界に次の攻撃があったとして、真紅で対処できるかは解らないことです。ストックされていた超級触媒を劣化させた方法が解らない現状では、敵の結界に対する理解は少なくとも我々以上である可能性を考えなければなりません。これはリーディア様のお役目と直結するポイントではないでしょうか」
「……それは、そうね」
「根本的な理由は我々の現在の知識ではグランドギルド時代の遺産である結界器を理解できないことです。結界器について理解を深める必要があります」
「……レキウスは十二年前からそういってたわね」
「あの時の私は具体的な方策を持ちませんでした。ですが、今回の件で錬金術という方法が有効である可能性がわかりました。錬金術の強化は必須です。本来なら都市を挙げて錬金術を推進、と言いたいところですが現状では不可能です」
「理由は?」
「結界破綻の企みの全貌を暴いた後でなければ敵に手の内をさらすことになるというこれまでご説明した理由に加え、旧時代の技術が魔術に介入することへの騎士階級の抵抗が予想されます」
「……そうなのよね。難しいのはそこなのよ」
「さらに錬金術が魔術に対してどれだけの影響力を持つかを私自身まだ判断できておりません。潜在的な価値は大きいと考えてはいますが……」
「そうね。私もレキウス……の錬金術には期待しているわ」
リーディアの期待はうれしいが重い。俺にとって錬金術は半ば趣味、半ば副業だったはずなんだが……。
「……レキウスの功績を表に出せるのは何時かしら」
「現状では何とも。ただ、結界器のことを中心に錬金術の可能性については探求していくつもりです」
「そうね。結界の維持のために必須ということになれば誰にも文句は言わせないもの…………。いいわ、今後の為ね。わかったわ」
リーディアは唇をかみながら頷いた。ちゃんと説明すればわかってくれるのが彼女のいいところだ。
「ずいぶんと大仰なことを言ったが具体的にどうするかが伝わらんぞ」
今まで何も言わなかったサリアが口を開いた。当然の質問だが、困ったな。
「まだはっきりした方向は見いだせてはおりません。前回のことでわかったことを整理し、今後の方針を決めたいと思っています」
「…………本当か。また何か秘密裏に進めるつもりではあるまいな」
「サリア」
「先日この男が何をしたか覚えておいででしょう。リーディア様の命令を受けて十日、なんの音沙汰もなかったと思ったら、いきなり超級触媒をもって現れたのですよ。この男の行動は油断なく把握しておかなければなりません」
サリアは厳しい顔で言った。言いたいことは分かるけど、前回のことはリーディア達が何の情報もくれなかったせいも大きいんだけどな。
「少なくとも定期的に報告を挙げさせるべきです。今この男自身が自分が何をするか解らないと宣言しております」
「い、いえ、それは言葉の綾というか……」
「そ、そうね。それは確かにそうよ。今後はなるべくここに顔を出すように。毎日……はさすがに無理だろうから。二日に一度、せめて三日に一度は報告すること。まずは今言った結界器の理解についての基本方針かしら。私もレキウスの錬金術をちゃんと理解する必要があるわ」
リーディアが上司の役割を思い出したように言った。まあ考えてみれば事が事だからな、当然の対応だ。錬金術に期待してくれているのもうれしいし。赤の星であるリーディアと青の優秀な準騎士のサリアの協力は必要になる時が来るだろう。
「わかりました。定期的に報告することを約束いたします」
そう言って腰を上げようとして、俺の方もリーディアに聞かなければいけないことがあったのを思い出した。
「そういえば、ここに来る前廊下で気になる噂を聞いたのですが」
「噂? 何かしら」
「リーディア様が白髪の一年生をここに呼びつけたと」
「人聞きの悪いことを言わないで。私が直々に一階まで降りてここに招いたわ。あなたの手助けをしたことを褒めるためなんだから当然でしょ」
「……だから噂になってるんですよ」
心外だといわんばかりのリーディアにため息が出そうになる。王家の一人娘と平民出身、準騎士で学年代表と落ちこぼれ。リーディアとシフィーじゃギャップがありすぎる。
「念のため聞いておきますけど、きつい言い方をしたりはしてないですよね」
リーディアは騎士として優秀でしかも自分に厳しい。それは立派なことだ。けどその基準を他人に無意識に適用するところがある。俺は慣れてるからいいけどシフィーみたいに気弱な子の場合は誤解を生むこともある。
「…………」
「リーディア様?」
「してないわよ。ただ、あの子二言目にはあなたとの関係を……。「先生」って呼ばせてるらしいじゃない」
リーディアが俺を見る目は不信の色に染まっている。もしかして、あらぬ誤解をされている?
「私としては巻き込んだ責任があるんです。それよりもシフィーの扱いについてです。今後どうするつもりか教えてほしい」
「……しばらくはどうもしないわよ。昨日の今日で目に見える褒美を与えたら目立ちすぎる。ただでさえ学年最後の演習が近いんだし」
学年最後の演習……それって……。
「確か、それまで一度も外に出てない学生も絶対参加のアレですよね」
「進級試験でもあるわね。それがどうしたの?」
多くの一年生にとっては初めての演習だ。教官はもちろん、臨時で手空きの騎士まで駆り出される。危険度で言えば平民の労役の方がずっと危ないだろう。といっても、最低限の魔術は行使できることが前提だ。
シフィーのように自分の色が決まってない学生にとっては、丸腰で外に出るのと変わらない……。平民出身者は昔の俺みたいに家の護衛が目を光らせることもない……。
まずい、シャレにならないタイミングで彼女に負担をかけたことになる。俺は腰を浮かした。
「リーディア様、ちょっと用事ができました。今日はここまででいいでしょうか」
「あ、あの子のところに行くの? あなたは私の右筆……。学院の教官じゃないでしょ」
「真紅の件で忙しいときに手伝わせたのは私ですから。それに私は一応シフィーの魔術基礎の“先生”です」
もちろんリーディアの言葉は正しい。文官の役目じゃない。だが同時に、俺はこの学院のカリキュラムの最初の最初でつまずいた人間だ。エリートであるリーディア達にはない視点がある。
「上手く言えないんですけど。シフィーの問題は魔術基礎と関係してる気がするんです。もっと言えば錬金術とも結界ともつながるかもしれない」
俺はリーディアの目を見ていった。これは嘘ではない、もちろん現時点では確証などない話であるのだが、そこに何か解くべき問題を感じるのだ。
「……わかった。それも含めて今度報告してよ」
半ば立ち上がった俺に、リーディアは頷いた。俺は扉の前まで行ってふと思いついた。
「ちなみに、リーディア様はシフィーの色をどう思いますか? 騎士同士はそういうのって何となく感じたりするのでは?」
「…………森の中で連携するのに相手の魔力を感じ取ることは必須だから。とはいえ、狩猟器や狩猟衣に纏う魔力によるところが大きいから。発動してくれないことにははっきり言えないわ」
リーディアはそこまで言ってから、迷うように視線を左右にさまよわせた。そして、すねるようにそっぽを向いたまま続ける。
「……多分赤でしょ。あの子は結界の赤の魔力の揺れに気が付いたのだから。あの段階で上空の小さな変動に気が付くだけのセンスはめったにないわ」
「助かりました。参考にします」
俺はリーディアに礼を言ってドアを出た。なんやかんやでちゃんと後輩のことを見てる。いい先輩だ。