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#15話:後半 理不尽な復命 & エピローグ

…………


「大まかですが以上がこれを作るまでのあらましとなります」

火蜥蜴サラマンドルの、上級魔獣の血をそんな方法で……。旧時代の知識……」


 俺の説明が終わると、リーディアは唖然とした顔でつぶやいた。


「超級触媒そのものではないこと、そして機密保持の観点から違う名前で呼ぶのがよいかと思います。真紅という名の染料として扱うのはいかがでしょうか」


 ちなみに『真紅』はレイラ命名だ。本職は俺とはセンスが違う。


「で、この真紅なのですが。元はリーディア様たちの狩られた魔獣素材ですので素材の料金は不要です。代わりに、今後のこれの生産はその染料商人の独占とさせていただきたいのです。納入に関してはリーディア様が注文したという形がよいかと。値段に関しては……」

「値段などどうでもいい。それよりも、今の話だとこの秘密を独占すると聞こえる」


 サリアが言った。まあ、そうなんだけどね。


「理由は二つです。まず、これが騎士にとって褒められた方法で作られていないこと。さらにその方法は極めて繊細な職人の技術が絡んでおり、他のものが簡単に作れる類のものではありません。肝心なのが二つ目です。保管されていた本来の超級触媒が劣化した原因。これはまだ不明なのでは? その原因の人間、あるいは組織にこちらの対抗手段については知られてはならない。これがどこから出たのか想像すらできないことが、こちらの最大のアドバンテージになります」


 俺は城の広場の様子を思い出しながら言った。サリアは不快げな表情のまま黙った。


「……そこまで解ってるのね。でも、じゃあ“超級触媒”の表向きの出どころはどうするつもり?」

「滅びた北の都市の近くの遺跡をいくつか見繕っております。リーディア様が狩りの途中で立ち寄った遺跡でたまたま遺物を入手した、あたりが穏当かと思います」


 俺は遺跡の地図を懐から取り出した。北の都市から持ち込まれた断片だ。滅びた他都市が探索済みの遺跡となれば、記録のあいまいさがちょうどいいのだ。


「実はその瓶ですが、グランドギルド時代の骨董品です」

「そのような言い訳、誰が信じる?」

マスターが信じるといえば、何の問題が?」


 結界の管理責任を王家の一人娘が果たした。政治的にはこれが一番大事なところだ。たまたまのラッキーでも構わない。逆に、蔵から予備が見つかったなんてことにしたら、何のためにこんな大騒ぎしたのかという責任問題になる。


「…………確かにそうするしかないわ。お父様と相談する。でも、それだと兄……レキウスの功績を表立って賞することができないわ」


 リーディアは俺の方針に納得したが、最後にそう付け加えた。


「私はあくまでリーディア様の命令に従っただけですので。その触媒も元々はリーディア様の獲物ですから」

「超級魔獣なんて狩ってない! 超級触媒を用意しろなんて言ってない! ……私は、私はただあなたに……」


 リーディアはそこまで言って顔を伏せた。


「……望みを言ってほしいの。私にできることなら何でもするわよ」


 やがて顔を上げたリーディアが言った。いつもは毅然たる振る舞いで、俺のことなんか使用人扱いの彼女が、潤んだ眼と染まった頬で上目遣いで見上げている。ああもう、この年頃の女の子ときたらあっという間に……。


 しかも、褒美の白紙委任状である。魔が差した悪い年上男が「君が欲しい」とか言っちゃったらどうするの。ああ、サリアに殺されるのか。


 だいたい、彼女の腕のケガを見ておいておかしな要求なんてできないだろう。年下の女の子が危険を冒して上級魔獣を狩り、俺はその素材を安全地帯で加工したのだ。


 さらに個人的なことを言えば、その過程で錬金術的に極めて重要な発見を得た。錬金術が魔術とつながりうることを知ったこと。これは俺にとって本当に大きな成果といっていい。


「私よりも、先ほど言った協力者の二人にご配慮を賜りたいです。表に出せないことで褒美が難しいのは両人も同じですから」

「っ、そうね。あなたとこんな秘密を共有する二人……」


 リーディアが唇をかんだ。いや、ほんとお願いしますよ。この秘密保持は都市の、王家の、そしてリーディアの立場を守る上でカギでもあるんだから。


「わかったわ。確かにその二人のこともちゃんと知っておかないといけないわね。商人はともかく、その一年生というのは学年代表のヴェルヴェットかしら。金髪の綺麗な子よね」


 リーディアの瞳が鋭さを増した。まるでライバルを見るような瞳だ。


「いえ、シフィーという生徒です」

「シフィー? どこかで聞いたかしら……」

「平民出身者で学院始まって以来の落ちこぼれです。一年生の最後にもかかわらず色すら決まっていないと」


 サリアが耳打ちした。


「……はあ、まだ色も? そんな娘がどうしてこれに……ってさっきの話だと魔力を流せさえすれば、か……」

「はい、文官である私に協力してくれる稀有な学生でして」

「私に言いなさいよ!!」

「私が先ほどの実験をしていた時、リーディア様は狩りに出ておられました」


 俺は非難の目を上司に向けた。褒美はともかく情報は欲しかった、というのは本音だ。それもかなり切実な。


「とにかくその二人の女……協力者については分かったわ。私の方でできる限りの配慮をします。秘密保持のこともあるし」

「ありがとうございます」

「で、あなたは。あなたの望みをまだ聞いていないわ」


 アメジストの瞳が挑戦的な光を放つ。まるで、こっちが要求されてるみたいだ。さっきからすっかり年相応の女の子にもどってしまっている。ならこちらも、年下の幼馴染として扱いますか……。


「ではこういうのはいかがでしょう。リーディア様から受けた婚約者探しの指令はいまだ完遂できておりません。したがって、褒美はこの任務が完全に終わった後でいただきます。ただし、今後はもう少しちゃんと相談していただきたいですが」


 今回改めて思ったけど、この子は危なっかしくて仕方がない。今後はここまでになる前に相談して欲しい。


 俺の言葉にリーディアはぱちぱちと目を瞬かせた。そして、しばらく考え込んだ。


「……本当にそれでいいの」

「はい」

「わかったわ。ええ、この件についてはあなたを……いいえレキウスの意見を最大限尊重すると約束するわ」


 うん、怖いくらいいい笑顔だ。どうやら、年上としての役目を果たせたみたいだな。


 …………


「では、失礼いたします」


 今後の真紅の扱いについて補足説明を終えて、俺は廊下に出た。文書保管庫にもどりながら考える。


 あの反応だとどうやら結界破綻の危機は回避できたといってもいいようだ。といっても、これは付け焼き刃だ。精製上級触媒、もとい真紅がどれだけ持つかはわからない。

 さらに、これをやった人間あるいは組織が次の手を打ってこないとも限らないし、それは今回と同じ手段ではないかもしれない。


 そして俺の考えではこれら全ては一つの問題に帰結する。


「今じゃ誰にも理解もできない大昔の仕組みに、都市そのものが支えられてる。これはやっぱり問題だよな」


 ある日突然結界器が故障して都市が全滅しました、がありうるのだ。


 ちなみに十二年前、結界器の前でリーディア相手に口走ったことだ。あの時の俺はただわけのわからないものが癪だったのだが、幼心に王家の使命を自覚していた彼女を怒らせたものだ。


「まさか、十二年たって責任を取らされるとは……」


 理不尽な話である。あれが有効ならリーディアが昔言った「私がお嫁さんになってあげてもいいわよ」も有効になってしまうのだが。




# エピローグ


 パタンと、覇気のない音を立ててドアが閉まった。私は両肩を腕で抱いた。目の前のルビー色の液体が、私の感情を反映するように脈動する。彼が私の為に用意した贈り物だ。


「どこまで予想していらっしゃいました?」


 横から無遠慮な声がした。私は信頼するパーティーメンバーから反射的に目を逸らした。


「私は信じていたわ。レキウスならきっとアレに気が付いて。そして何とかしてくれると」

「ありえません。そのありえないものが存在していることを除いても。結界破綻に気づくのはともかく、先ほど概要を聞いただけで、それが間に合ったのは奇跡というべきです。例えば、私たちが火蜥蜴サラマンドルの狩猟に失敗しただけで破綻していました」

「……」

「私が考えるに要点はあの命令書ですね。あれを手に別の男が現れた時のリーディア様の様子はそれはもう……」

「…………」

「あの命令書。使いようによってはリーディア様と二人で都市を脱出することも可能なものですね」

「そんな無責任なことできるわけないでしょ。私は騎士、そしてこの都市くにの王女よ」

「そうですね。私もその点は信頼しています。ただ……」

「な、なによ」

「仮にあの者が命令書を使って一緒に逃げようと提案してきたら?」

「たった今、あなたは私を信じると言ったわよ」

「はい。ですが、駆け落ちに応じる振りをして一日あるいは二日の逃避行もどきを演じることは不可能ではありません」


 黒い瞳が私を見る。私は「うっ」と思わず声を詰まらせた。でも、それも違う。


「……レキウス兄様はそんな無責任なことしないわ」


 私と違ってその可能性を夢見ることすらしなかった。そういう人だってことくらいは知ってる。だからあれは私のわがまま、私の気持ちを少しはって。初恋の名残とでもいうべきものだった。


 でも、でも今日ですべては変わったわ。


都市くにかレキウス兄様かなんて選択。もう関係ないわ」


 私は彼の贈り物を大事に両手で抱える。さっきまで右手に絡まっていた痺れは気にならない。


「信じられる? 私がレキウス兄様にお願いしてから二週間もたってない。たった十日そこらで都市を救って見せた。私の為に」

「いえ、リーディア様が命令という形で無理やり――」

「いいえ。十二年前のあの時のこと覚えていてくれたのよ。多分ずっと前から準備して……」

「お待ちください。この半年全くそんなそぶりは――」

「これほどのことをしておいて「褒美なんていらない」よ。そして、あの最後の言葉、まだ使命は終わっていないって。この意味はハッキリしているでしょ」


 私は強引にサリアの言葉を遮った。


「…………一応聞きますが、どう解釈されたのですか」

「俺が迎えに来るまでどこにも嫁ぐなって意味よ。この手柄を譲るからそれまで待っていろという意味。他にありえる?」

「いえ、終始妹を心配する兄の態度でしたし。心配していたのはむしろ他の二人の――」

「そこなのよ。どういうこと? シフィーといったかしら。その娘のこと最優先に調べないと。ああそれにレイラという商人もよね」


 そんな女がレキウス兄様の近くにいたなんて。それも、この秘密を共有するくらい近い関係ってどういうことよ。特にシフィーって子が要注意かしら。一年生ということは私より年下……。兄様は年下好きに決まっているのだし。


 まず十分な褒美を“私から”与えないと。兄様に貸しがあるなんて言わせないようにしないといけないわ。


 私情? 違うわ。違わないけど違う。この都市を守る力を示した彼を、絶対に誰にも渡すわけにはいかないのだから。そう、これはもう王女として最優先といっても過言ではないわ。


2019年9月21日:

ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブックマークや評価、そして感想や誤字脱字のご指摘に感謝します。

おかげさまで第一章完了まで書き上げることができました。


狩猟騎士社会での錬金術の活躍、いかがだったでしょうか。

感想、ポイント評価などいただけると嬉しいです。


第二章『進級試験』は10月1日(火)開始の予定です。

それでは狩猟騎士の右筆、今後もよろしくお願いします。

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[一言]  一国の姫様がポンコツ過ぎて辛い(歓喜)
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