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#14話:後半 触媒精製

「ウチを殺す気ですか。ウチは何も見なかった。ウチは何も聞かなかった。聞かなかった……けど……」


 レイラは恨みがましい目を俺に向ける。


「ああ、ほっといたら最悪この都市が滅びる。そのだな……」

「わかってます。北の都市。父さん、そこからの亡命者ですから。火竜の襲撃をしのいだと思ったら、その数日後に突然結界が壊れて、魔獣が街に……。そう聞いてます」


 レイラはさっき俺が渡した偽の指令書をじっと見る。


「こんな方法が存在すること自体、だれも知らない。精製魔力触媒、魔力染料は存在しないものだ。だから、秘密を守ることは不可能じゃないと思っている。ただ、ばれた時の危険は絶対にある。だから、最初にそれを渡したんだ」

「……お話はよくわかりました。ええっと、シフィー様。今のレキウス様の誰にも想像すらできないって話はどう思います」

「……私は学院の中でも一番の落ちこぼれです。もし、私が超級触媒を使ったことがあるなんて言っても誰も信じません。先生は文官ですし……」

「私はしがない商人ですからね。わかりました。そういうことならそこは信じます。後は儲けですけど、これ表に出せませんよね……」

「代金に関しては別の名目でリーディア様経由ということになる。形式に関してはリーディア様と相談する」

「王女様との秘密の取引関係ですか。表で動くお金なんか、付随するリスクとリターンの大きさに比べれば誤差ですね。わかりました。それも含めてこの仕事乗ります。となるとこれは……」


 レイラは俺が最初に渡した紙をもって離れる。大切に棚にでもしまうのかと思ったら、それを燃える火の中に放り込んだ。


「おい、レイラ。だからだな」


 レイラは燃え尽きる紙に背を向けて、俺に向かって胸を張った。


「ウチにも商人としての誇りってものがあります。最大級の儲け話に乗る以上、リスクを取らないってことは権利を放棄することですから。大体……」


 驚いているシフィーをちらっと見る。


「レキウス様の錬金術の商売相手はウチですから。それなのに油断してましたけど。はぁ、最初にシフィー様を見てちょっと……た時点で勘が鈍ってました……。商人として失格ですね」


 おかしなことを言うレイラ。まあ、この秘密プロジェクトの相棒として頼りになることは確かだ。


「とにかく、感謝するよ」

「…………まあ、父さんにもう一度引っ越そうなんて言えませんし、いいですけど」


 レイラはプイっと横を向いて付け加えた。苦労してこの街に店を再興した父親を彼女は尊敬している。


「さて、商品開発のお話にもどりましょう。これじゃまだ問題があるんでしたね」


 レイラはほんのわずかな煌めく赤い魔力触媒……もとい、魔力染料を見ていった。


「ここからが肝心なところだ。この染料の収量なんだけど。今のを見たらわかると思うけど、最初の血の何十分の一になる。結界器の魔術陣はかなり大きい。もともとの原料が心血の十倍以上取れるといっても精製する方法に工夫がいるんだ」


 クロマトグラフィーは基本分析の手法であり、精製の手法ではない。


「最悪、騎士の総力を挙げて上級魔獣を十匹でも二十匹でも狩ってもらうという手段はある。火竜に挑むよりましだからな。ただ、機密保持を考えると、少量で済むに越したことはないんだ。精製手法を押さえておきたい。そこで、ファノシアニンを精製した時の方法を試してみたい……」


 俺はもう一度クロマトグラフィーにかけて魔力染料を分離した。赤と褐色のバンドが並んだ紙ができる。これが実験サンプルになる。


 家から持ってきた試験管に入れた水を調整する。十本の試験管が横に並んだ。


「これは?」

「水に添加した酸や灰水の濃度の違う水だ。真ん中がただの水だ。レイラに合わせてファノシアニンで言えば赤から青までの間を十段階に分けている。これで、劣化した触媒成分は溶けるが、劣化してない触媒成分は溶けない条件。あるいはその逆を探る」


 俺はまず細い紙の一つをただの水の試験管に入れる。そしてよく振る。赤い触媒成分も、褐色の劣化成分もほとんど変化がない。


 触媒成分はエーテルには溶けるが水には溶けにくい。というか、血液の上澄みを乾燥させてエーテルに溶かした段階で、エーテルに溶けやすい成分を抽出しているといえるのだ。


 だが、水への物質の溶けやすさは条件によって変わる。


 ちなみに錬金術では金が酢にも灰水にも溶けにくいことが知られていたので、金の指標として、また金属を液体として扱うための方法として、この手の研究はかなりなされていた。


 さらに俺はレイラとの副業でファノシアニンと染料に関して研究をしてきた経験もある。例えば赤い花から赤い染料を作る過程では、酢も灰水も使う。染料を使って布を染めるときは、定着させるときの水の性質で仕上がりの鮮やかさが全く変わるのだ。


「これは、同じ赤でも随分と敏感ですね」


 実験結果を見てレイラが言った。


挿絵(By みてみん)


 酸度が高い方から1から10までの番号を振った試験管を振る。酸度1から5まで、つまり酸度側の水では、ただの水と同じようにバンドに変化はなかった。


 だが、灰水の濃度が濃くなっていく7から10までの試験では水に色が付いた。8,9,10の試験管では赤も褐色も両方のバンドが溶ける。だが、7の試験菅は褐色のバンドは溶けたが、赤のバンドは残っている。


「おかげでやりやすいな。ただ、ちょっと期待しすぎた部分もある……」


 染料と違ってこの魔力染料は酸度で全く色が変わらないな。水の条件で色が三種類に代わるファノシアニンはともかくとして、普通の赤の染料でもこの条件なら黄色になったり、褐色になったり変化するのだ。


 あわよくば劣化した触媒成分を元に戻す条件があるんじゃないかと期待したが、さすがに欲張りすぎだった。


「熱にも強いんですよね。染料としては優れてますけど」


 レイラが窯を見ていった。魔力触媒の成分は熱により変化しない。俺は昔数種類の魔力触媒を付けたノートを燃やしてしまったことがある。紙は真っ黒に焦げたが、その上の魔力触媒の色はほとんど変わらなかった。


 逆に、魔力を流せば簡単に曇る。

 

 熱にも酸度にも影響されず、魔力だけで変化する要素があるということだ。俺の錬金術という意味では大きな発見だ。この違いを探求していけば…………。


 今はそんなことを言ってる場合じゃないな。


「よし、この7番の試験管の酸度に合わせて調整するぞ」


 俺は血液の上澄みを乾燥させた赤褐色の粉末を、エーテルではなくて7番と同じ酸度の水に浸す。試験管を振ると、水が赤褐色になる。その状態で、紙でろ過してやると、褐色の水は流れ落ち、紙には赤い粉末が残った。


 残った赤い粉末をただの水で洗ってやり。乾燥したところでエーテルに溶かした。赤い魔力染料の液が出来上がる。


「見た目は成功だが……」

「はい。光の具合がちょっと違います」


 シフィーが液体を見ていった。すぐに彼女に試してもらう。


「使えますけど。先ほどの物よりは低い品質です」

「普通の魔力触媒の中にも入っている不純物が残ってるわけだ。目に見えないから、これを選択的に除くのは現状難しい。だから、触媒成分だけを集める」


 錬金術によると、同じ物質はある特定条件で集まる性質を持つ。だから、まず8番の試験管と同じ水でこの赤い粉末を融かす。


 次に7番に近づくように酢を足していく。すると触媒成分が水の中で集まって、勝手に精製されるというわけだ。


「まあ、岩塩を融かした塩水を乾燥させると、塩の結晶ができるようなものだよ」


 ファノシアニンを使って酸度を細かく調整しながら実験をつづけた。そうすると、液体の底に赤いキラキラとした粒が沈殿する条件がわかった。


 それを遠心分離で分離する。上澄みを捨てて、底の赤い粉末だけを紙でろ過する。この成分は純粋な水には溶けにくいので、蒸留した水で微細な結晶を洗い、さらに不純物を除く。そうやってできた赤い粉末を少しだけエーテルに溶かす。


「シフィー頼む」

「はい」



…………



「……結局一夜を共にしてしまいましたね」


 眠い目をこするレイラが言った。彼女の横では魔力を使いすぎてぐったりと机に伏したシフィーがいる。


「誤解を招く言い方やめろ。徹夜で付き合わせたのは悪かったけど。まあそのおかげでプロトコルは完成した」


 条件決めだけで半分使ってしまった魔獣の血の上澄みを見て俺は言った。これでもうまくいった方だ。ファノシアニンの時の経験が生きた。


 あとは、残った材料を使ってなるべく多くの魔力染料を生産するだけだ。


 …………


「よし、できた。シフィー悪いんだけど最後のチェックを頼む」

「だいぶ回復してきましたから大丈夫です。…………テスト問題ありません」

「よし、これで完成だな」


 俺は試験管の底に溜まったルビーを水にしたような液体を見ていった。


 最初の血の量から想定される魔力触媒と比較したら、五分の一、いや十分の一だな。精製度に関してはシフィーの判断だとかなり上がっている。


 それでも相手はグランドギルドの遺産、超級触媒だからな。目的のレベルに達しているかどうかは正直解らない。


 だが、とりあえずできることはやった。後は結界器を管理する家の娘さんに試してもらうしかないだろう。


「レイラ。実はあと一つ頼みがあるんだが」

「……お願いですから、お手柔らかに」

「これがどこから出てきたのかについては言い訳を用意しておかなくちゃいけない。結界の触媒が劣化したことは上層部は知っているわけだからな」

「……ウチの工房でこれが作られたなんて知られるのは悪夢ですからね。了解しました、何をすればいいですか」

「うん。骨董好きの商人がいるだろ。グランドギルド時代の容器を手に入れてほしい」


 機密保持のためには背景を断ってやるのが一番だ。


「今の話聞いた後じゃ気楽な注文ですけど。最近高いですよ。東西の都市の連合があるでしょ。商人の間で骨董品の人気が高まってるらしいです。競って昔の遺物を収集してるって」

「支払いは王女様に持ってもらうから大丈夫だ。吹っ掛けていいぞ。ここを貸し切りにした手間賃だ」

「……わかりました。もう何も言いません。好きにしてください。うわあ、うち大儲けです」


 レイラは天を仰いだ。

2019年9月19日:

明後日21日(土)に一章完結します。

明日が15話前半、明後日が15話後半+エピローグになります。

最後までよろしくお願いします。

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