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#2話 廊下の勢力図

 リーディアに一礼をして二年の学年代表室から出た。実習室が並ぶ二年生の廊下を歩く。白い制服がまぶしい男女を見る。数年前は俺もあれを着ていたんだよな。廊下の影に溶け込むような灰色の文官服の方がなじんでしまった。

 

 この学院は騎士(ギルダー)の教育機関である。騎士(ギルダー)の役割は都市の周囲に広がる猟地テリトリーで魔獣を狩ること。つまり狩猟だ。人口の二十分の一程度の彼らの狩りが、都市の生産の最重要要素だ。魔の森は食料をはじめ資源は豊富だが、ただの人間が外に出ることは死と同義だ。


 魔獣との戦いに肉体的力は不必要ではないが、街で石材を運ぶ力自慢も魔力がなければ魔獣相手に役立たずだ。重要なのは魔力の大きさとそれを使いこなす技術だ。


 騎士学院は魔力を扱う才能があるものに魔術――正式名称は魔法技術――の訓練をする機関だ。当然の様に実技が最重視される。魔力の仕組みなど座学は魔術“基礎”として一年生前半に申し訳程度にやる。


 ちなみに、俺は魔術基礎ならだれにも負けなかった……。いつまでたっても魔力に目覚めなかったから意味がなかったけど、神秘的な力の法則について学び考えるのは嫌いじゃなかったな。考えれば考えるほどいろいろ謎が出てくるんだよな……。


 それはともかく、騎士(ギルダー)は実力、実績を重視する傾向が強い。文官の組織よりもそこははっきりしている。騎士(ギルダー)としての力を示すメダルの家門よりも縁取りが重要なように。


 だが、所詮は人間の集団である。廊下を歩く白い制服の男女は大まかに三つの集団に分かれている。青、緑、そして黄色とでもいうか。


 青と緑は有力騎士の合議機関『騎士院』の二大派閥で、それぞれ青のデュースター、緑のグリュンダーグと称される。ちなみに、俺の元の名はレキウス・グリュンダーグで、緑派の領袖だった家の息子だ。もう一方、青派閥は……。


 廊下の向こうから黄色い声を上げる白い集団が歩いてくる。慌てて壁際によけた。


 やけに大きな集団と思ったら。中心にいるのはアントニウス・デュースターだ。デュースターの御曹司にして、青の若きエース。金髪碧眼の優男。すべてを持つ者だ。


 俺と同学年だったから二年前に卒業したはずだが、どうしてここに来たのだろうか。ケガをした騎士(ギルダー)が臨時教官をすることがあるが、彼クラスが本業を休むと都市くにレベルの生産に支障がある。


 そう思って注目したのが悪かった。高貴な青騎士(ギルダー)様が灰色の文官に気が付いたのだ。彼は気さくそうに手を振ってこっちに近づいてくる。


「やあレキウス。仕事は順調かな。そういえばリーディア姫の右筆に指名されたらしいじゃないか」


 アントニウスの言葉に、取り巻きの学生たちが一斉に俺を見た。


 あからさまに見下した視線が突き刺さる。グリュンダーグの有力家に生まれながら文官落ちしたことで派の権威を落とした俺は、君たちの恩人に当たらなくもないな。


 俺を見る取り巻き。アントニウスは彼らに振り返る。


「この際だから一つ指導しよう。文官をうまく活用するのが優れた騎士(ギルダー)というものだ。特に数が少ない上級の魔獣を狩りたければ、猟地の情報を広く集めることは重要なんだ」

両手を広げて語る若きエースの言葉に学生たちはキラキラした目で頷く。もちろん、俺を見もしないが。

「では、頑張りたまえよ」


 アントニウスは笑顔でいうと、先ほど俺が来た方向に歩いていく。


 リーディアの部屋へ向かうアントニウスを見て、先ほどの命令を思い返す。王女の結婚相手としてアントニウスは最有力候補だろう。出自は重視しなくても実力も有数なのだ。人格においても悪い噂もない。さっきも、非の打ち所のない先輩を演じていた。


 状況という意味で問題があるとしたら、二大派閥の片方が王家の一人娘の婿になることによるバランスの崩壊だが、これはどうしようもない。


 ただ、先ほどの完璧な笑顔を思い出して、すこし寒い気持ちになる。


 正直に言えば彼には危ういものを感じるのだ。例えば、先ほどの文官に対する発言。全くの正論だ。実際文官の間でもアントニウスの評判はいい。


 ただ、名門から没落した俺は、人間の両面性というものを良くも悪くも見てきた。その観点からしたら、彼のあれは本気の発言ではないと感じてしまう。


 まあ将来の派閥の長としては、両面性が悪いともいえないし、この都市くにの将来の為にはこの評価がひがみであってほしいところだ。


 何しろもう片方の跡継ぎは、もうちょっと演技がいるんじゃないかと言いたいからな。


 アントニウス集団が去ると、彼らを避けるように固まっていた学生たちが動きを取り戻す。緑派閥グリュンダーグの親を持つ学生たちだ。俺は彼らの視線を受けながら歩く。青派閥デュースターが俺に向ける目が侮蔑か嘲笑だとしたら、こっちは軽蔑あるいは怒りだろう。


 何しろ、派閥の中心に文官落ちが生まれたのだ。これは、一族の血統への評価を下げかねない。いわば俺は元一族にとって生きている弱みなのだ。


 普段は無視、あるいは忌避なんだが、先ほど青の御曹司がことさら俺が文官であることを強調したのでこういう反応になる。


 グリュンダーグ宗家の座は俺の存在を理由に叔父の家に移って、叔父は俺を一族から追放した。跡継ぎに至っては進んでその実行役になった。


 俺より五歳年上の従兄がリーディアの命令のもう一人の有力候補だ。あっちも実力はあるから候補になるのだが、正直考えたくない。


 リーディアはあくまで実力、人格を第一にといっていた。どこの誰であっても、とまで言った。ならば最後の集団、二大派閥の対立に身を潜めていた学生たちも選択肢に入る。ただ、実力という意味では本当に絞られる。


 そろいの三角形の簡単な意匠をメダルに刻んだ学生を見ていると、


「レキウス先生」


 後ろから控えめに声を掛けられた。振り向くと白い制服を着た、いや着られたような小柄な少女が立っている。癖のある白いショートカットを揺らしながら俺にペコリと頭を下げる。


 少し息が上がっている。どうやら急いで階段を上って来たらしい。一年生の彼女の教室は一つ下だ。


「シフィー殿。先生はまずいから」


 小声でたしなめる。シフィーは平民出身だ。騎士(ギルダー)の家にもまれに魔性を持たない人間、俺のこと、が生まれるのとは逆に、平民からもごくまれに魔性を持った子が生まれる。


 騎士(ギルダー)の数は都市くにの力の基盤だ。都市の内円、騎士街に連れてこられ、学院に入学することになる。ちなみに両親は人頭税を免除されるから普通は大喜びだ。


 魔性があるといっても生まれながらの騎士(ギルダー)の子よりは低い者が大半だが、それでも将来は騎士(ギルダー)となるのは変わりない。能力と実績次第で、騎士院に上がる者も皆無ではない。


 そんなある意味選ばれし人間である彼女だが……。


「苦戦してるみたいだね」


 周囲をはばかって小声で話しかけた。


「はい。先生にはいろいろ教えてもらったのに申し訳ないです」


 騎士(ギルダー)の子は物心つく頃から家で教育を受ける。魔性に目覚めないものが例外だからだ。一方、目覚める方が本当に希少な例外である平民の子は十四歳でテストをクリアしてこちらに上がってくる。


 入学までの一年の基本的な教育期間が置かれる、そこで魔力や魔術、魔術基礎についての座学に駆り出されたのが文官落ちしたばかりの人間というわけ。まあ、俺がそれが得意だったということではなく、反面教師としての役割を期待されていたのだろうが。


 ほんの数か月だが、彼女は他の平民出身者と比べてもとても真面目な教え子だった。


 俺は彼女のメダルを見た。問題はそこに色がついていないことだ。


 これは、彼女の魔力のタイプがいまだ決まっていないことを意味する。魔力には色があり赤、青、緑の三色だ。赤は直接的な攻撃に優れ、青は遠距離、緑は守りなど、それぞれ特性がある。


 一人の騎士(ギルダー)が扱える色は一つ。それを見つけることが実技のスタートだ。騎士(ギルダー)の子なら普通は入学前にわかっている。平民出身でも入学後二ヶ月もあれば決まるのだが。


「いろいろ触媒を試してるみたいだね」


 彼女の指、爪の間を染めている青色を見る。前は赤だった。


「はい。でも、どの色もうまく魔力が通らなくて、練習用の紙の魔術陣なのに経路の半分も……」


 申し訳なさそうにうつむいてしまった。このままじゃまずいよな。何をやってもうまくいかず、周りとの差がどんどん広がる辛さはよく知っている。


 といっても、実際に魔力を扱うことになると、俺は何の役にも立たない人間だからな。さっきこの子は半分通るといった、まったく流れなかった俺よりはずっと才能があるということだ。


「でも、大丈夫です。今から新しい触媒を取りに行くところですから」


 シフィーは明らかに無理した笑顔でそういう。そして、俺にぺこりと頭を下げて学務課の方に向かった。


 うまくいってくれればいいが……。リーディアの課題を終わらせたらちょっと気を付けてみないとな。申請書類の書き方くらいはアドバイスできるはずだ。


 とにかく、今はリーディアの指令が優先だ。俺は最上級生の階へ向かうために階段を上る。ある意味シフィーとは正反対、平民出身の星と接触するためだ。

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