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#13話 王女殿下の命令書

 結界破綻を防ぐための超級に相当する触媒を調達する。これが今の俺に課せられた右筆としての、そして錬金術士としての仕事である。正直言えば文官の仕事ではないし、錬金術士の仕事でもないのではという疑問はある。


 ただ、この仕事に命令者である幼馴染の女の子と、俺も含めたこの都市くにの人間の命が掛かっているとなると否というわけにはいかないのだ。


 ちなみに肝心の上司リーディアは俺が実験している間に出発してしまっている。学院にもよらずに城から直接出たようだ。彼女の狩りも勝手に計画の一部として組み込んでいるので、成功を祈るしかない。


 さて、今のところシフィーの協力のおかげで、超級相当の触媒を真っ当じゃない方法で調達するための可能性は確認はできた。だが、実現までは問題が山のようにある。


 準備だけでも原料である素材の入手、大量の素材を加工できる設備の用意がある。それをなすために、俺は外円に向かった。


◇  ◇  ◇


 レイラに工房の調達を頼んだ後、俺は市場を歩き回っていた。


 設備の次は上級魔獣の素材を得ることだ。上級魔獣の狩り自体はリーディアが計画しているのでそこに乗る。不確実もいいところだが、ほかに方法がない。


 俺にできることは彼女の狩りの成功率を安全に高め、さらに俺の求める素材を入手することだ。それも、なるべく鮮度が高い状態で、内密にだ。


 リーディアは出発してしまったので、少々強引な手を使うしかない。つまり、彼女から渡された白紙命令書を使って、彼女の狩りに介入するのだ。問題はそのための人選である。


 これは設備よりもずっと難しい問題になる。そして、俺には当ては一つしかない。


 市場に来たのは外出している学生を探すためだ。この場合の外出とは、都市の外ではなく騎士街の外を意味する。彼らにとっては申請して許可を受けることが必要だ。


 俺の目に、市場では目立つ白い制服が映った。手元に小さな箱を持っている。箱を包む布に描かれた工房のマークには見覚えがあった。


「これは準騎士どのも隅に置けませんなあ」


 俺はカインに声をかけた。彼の持っているのは髪飾りを作る工房の箱だ。明らかに女性向けのプレゼントだ。


「妹にですよ」


 カインは肩をすくめた。里帰りのお土産らしい。家族を大切にしているらしい。もっとも、騎士街の人間になった彼は、本来なら元家族といわなければならない。


 平民出身者が騎士街に入ることは出世であり、家族も人頭税の免除という恩恵がある。その代わり、平民出身者はいわばギルドの子ということになる。つまり、元の家族との公的な関係は切れるのだ。外出が許可制なのはそれを象徴する。


 さらに言えば、新しい社会と魔術に適応するのに必死にならざるを得ない彼らの中には、元家族を顧みる余裕を失う学生も多い。ことさらその存在を無視するとかだ。


 それを考えると、学年副代表として忙しい身で土産を持って里帰りとは感心するところだ。


「父を労役で失いましたからね。こちらには母と妹だけです。ボクが学院に入ることになって助かりましたけど。なるべく早く呼びたいところですよ」


 なるほど、正式な狩猟騎士として認められれば、元家族を呼ぶことはできる。立場は騎士の家の使用人だが、平民にとっては恵まれた立場とは言える。


「…………」


 早く話をしなければと思っていたのだが、口が止まった。この仕事を頼むのは彼しかないと思っているが、今回の件は重大だ。ことの背景まで読むと、都市の有力者の中に裏切り者の存在を考慮しなければいけない。平民出身であるカイン本人すら不安定な立場なのに、家族となると完全に無防備だ。おかしな巻き込み方はできないな。


 となると、やはり命令書で強引にという形か……。


「先輩は文官だからどうしてこんなところに、とは聞きませんけど。どうしましたか」


 迷っているとカインの方から水を向けられた。


「ああ、この前頼まれた火竜の渡りの件だ。実は、調べていくとかなり厄介なことがわかってな……」


 俺は書庫での調査の結果をカインに説明した。


「なるほど、はぐれ火竜の狩りですか。そこに、デュースターとグリュンダーグ御両家の競争ということですね……」


 カインは俺の話を聞くと小さくうなずいた。


「それに王家も絡むと……」

「今からそこら辺の話もしようと思っていた。どうしてそう思った?」

「実は昨夜の夜会でリーディア様がご両家の御曹司に、自分も上級魔獣を狩ってみせると宣言されまして」

「なるほど……」


 気の強いリーディアならそれくらいのことは言うかもな……なんてことを考えられれば気楽だったな。


「そして、それが結界破綻にかかわると。……さすがというか、よくそこまで調べられましたね」

「まあ、昔のことも含めて考えられたからだな」

「なるほど。それで、ここまでボクを追ってきた理由があるわけですね」


 カインの表情から平民街こきょうでのゆるみが消えた。俺はその言葉をぶつける。


「ああ、命令がある」

「先輩がボクに命令ですか?」

「いや、命令者は俺の上司。リーディア様ということになる」


 俺はリーディアの命令書をカインに見せた。もちろん、最初から表に出せることしか書いていない。


「リーディア様のパーティーに合流ですか……。そしてある素材を商人に引き渡すこと」

「リーディア様の上級魔獣の狩りにカインも参加してほしい。この命令書があれば水路の利用から全部最優先で処理できる。追いつけるはずだ」

「準騎士としてのではなく王女殿下としての命令書ですからね。可能ですね」

「あ、ああ。そうだ」

「……でも、字は先輩のですよね」

「……右筆の仕事は騎士の代筆だからな」

「ちなみにボクは昨夜の夜会で光栄にもリーディア様とお話する機会を得ました。ですが、そんなそぶりは全くなかったですよ……」

「…………」

「ボクには言えないと?」


 これは命令なんだ。平民出身者のカインは逆らえない命令に従っただけ。そうでなければならない。


「……リスクは二つですね。一つは俄かの三人組で上級魔獣と戦うこと。こちらはリーディア様の実力に加え。緑のボクは他の騎士に合わせるのは得意だからいいでしょう。でも、もう一つはどうでしょうね。平民上がりが臨時とはいえリーディア様のパーティーに参加したことによる、のちの軋轢。いいえ、先輩の調査が正しければ臨時が次の大きな狩りにも続く可能性がある。そこで万が一ボクが功績の一つも上げたら……」


 ああ、この状況でも彼は冷静だ。王女からパーティーに誘われたことに対する高揚みたいなものが見えない。だが、そんな男だからこそ頼むんだ。


「貸しが一つあっただろ。それで何とか頼む」


 頭を下げる。カインはただ指令に従って獲物から一つの素材を運んだだけ。指令の責任はリーディアとそして俺が負う。後は、


「二つ目のリスクについては、そこまでいかないように何らかの手は打つつもりだ。そのうえで、もしその事態が生じたら。後の軋轢に関しては俺が全力でカインをサポートする」


 俺たちの間に重く静かな沈黙が続いた。だが、やがてカインは肩をすくめた。


「そこまでの条件を出されたら断れませんね。わかりました。家に土産を届けたら出ます。河の運搬には伝手があります。何しろボクはこの街の出身ですから」


 カインは結局俺の全く引き合わないカードを受け取ってくれた。そして何も聞かずに指令書を手にした。俺は去っていく彼に頭を下げた。


 ◇  ◇  ◇


 二日が経過した。学院では赤の上級魔獣を狩ったリーディアの話題で持ちきりだ。もちろん、一緒に狩りをしたカインの話もだ。廊下で大勢の平民出身者に囲まれているカインと、それを遠くから見ているマーキス嬢を見た。


 カインはあくまで臨時で必要になったのであって、学年代表会議の用事でたまたまそこにいた自分が選ばれただけだと説明している。ただ、前日の夜会のこともあって額面通り取っている人間はいないだろう。ただ、ここまでならあくまで学生レベルの話だ。


 あとは、カインに約束したように、次の狩りがないように手を打つ。


 学院を出て再び市場に向かった。孤児院に里帰りということになっているシフィーと合流して、レイラに用意してもらった川沿いの工房に入った。


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