#16話:後半 終焉
2022年1月16日:
この投稿は16話後半となります。16話前半は土曜日に投稿していますのでご注意ください。
「文官如きが魔術絡みの機密情報を知っているってのはおかしいだろう。それにどうして裏切る?」
「実は私は文官落ちでして。昔から騎士どもが気に入らなかったんです。それにこのままだと私もろとも」
疑わし気なリーダーの前で、ちらっとポーロに目をやった。
「そういやデュースターの奴がそんなことを言ってた気がするな。ああなるほど、お前はポーロがリューゼリオンに仕込んでいた密偵ってわけか」
「そ、そうなんです。この情報をポーロ様……いや、この商人に伝えようとした時、あなた様達が……」
こいつらに襲われたまさにその時、俺とポーロは二人で話をしながらグランドギアーズに向かっていたのだ。しかも俺は文官落ち。不満に付け込まれ金で転んだ最悪の汚職者の出来上がりだ。
「確かに筋は通ってるな……。おい、こいつの言ってることを確認できるか」
「…………ベルナ、地上の魔力を表示しなさい。地上に管理者がいるかも」
指令室に魔力反応が映し出される。膨大な六色の魔力が旧ダルムオンの結界器を中心に渦巻いているのが見えた。その中心に白い輝点。シフィーだろう。地上では魔導砲が準備されていることが確認できた。そして、ポーロ達にシフィーの存在が伝わった。
「団長。これは不味いんじゃ」
傭兵の一人が腕を抑えて言った。リューゼリオン襲撃に同行していたのかもしれないな。しかも、こいつらの本拠地だった鉱山は旧ダルムオン結界器で地脈の魔力を吸い上げることで陥落させられた。
「くそっ、とんでもない隠し玉があったわけか。だがこっちは遥か上だぞ。こいつを破壊できるだけの力があるなら何で撃ってこねえ」
「それは私には何とも。私は王たちが言っていた情報を集めることしかできなくて……」
「ちっ、文官じゃどうしようもねえか。おい、お前はどうだポーロ」
リーダーは灰色の俺の服を見て侮蔑を浮かべた後、ポーロに目を向けた。
「わかりません。この役人が言ったように初めて聞く情報ですからな」
ポーロは首を振る。役人という言い方と言い苦々しい表情と言い完全に裏切られたという態度だ。
「どうしたもんか。向こうが撃ってこないってことは、下の奴らにも確証はないってことだろうが…………」
絶対優位にあると思っていたところに特大の不確定要素の登場だ。さっきまで狂気に染まっていた顔に迷いが出ている。だが、こちらはもっと厳しい綱渡り中だ。ここが正念場。
「そ、そうだ、あの、一つ思い出したことが……」
「早く言え」
「そ、その前に私の命をお助け頂くとお約束を。あっ、で、できればお仕事をいただければ。あなた様がグランドギアーズを手に入れるなら世界の支配者ですよね。その下で働けるなら他の都市の文官なんか目じゃない。リューゼリオンに残ってる騎士にだって」
媚びるような目を傭兵のリーダーに向けた。まるで自分に交渉の余地があると勘違いしている愚か者だ。裏切り者のそのまた裏切り者に相応しいだろう。
「その情報に価値があればな。…………そうだな、リューゼリオンに返して代官にしてやってもいいぞ」
「代官、や、約束ですよ。そのですね、確か下の狩猟器は一度撃ったら次を撃つまで大分時間がかかるって、そんな話を王達がしていました」
“空の上”からリューゼリオンに直接帰還させてくれるのかな、地面までの短い任期になりそうだ。そう思いながら事実を答えた。
「…………おい、こいつの弾はいくつあるんだ」
「ベルナ。弾数を出しなさい」
ポーロの指示で、三つの白い丸が点灯した。
「…………よし、あいつらの一発目を魔球で撃退して、すぐに次を打ち込めば終わりってことだ。後は混乱した世界をすべて頂くってわけだ」
この状況で考えられる必勝の手を導き出してくれた。なんやかんや言ってずっと戦ってきただけのことはある。必要なのはあと一つだけ。その後は地下のシフィー達頼みだ。
俺はさっきから頻繁にあの仕草をしている白い青年を確認して最後の言葉の用意をする。魔球の発射が止められないタイミングでなければならない。溜まっていくゲージを見ながら、その時を待つ。
「あの、この魔球? ですか回転って」
◇ ◇
「あそこにはレキウスがいるのよ。攻撃なんて絶対に認めないわよ」
「だが、あれが落ちてきたらここにいる全員死ぬのだぞ。しかも、大陸の全てが混乱に陥る」
旧ダルムオンの王宮地下。結界器の土台に鎮座する魔導砲。その前では切迫した話し合いが行われていた。構図としては詰め寄る王子二人と、立ちはだかる赤毛の王女を中心にした少女達だ。
感情的に叫ぶリーディアに、なだめるようにレイアードが言った。王族としての正論に、リーディアはたじろぐ。
「そもそもこれはグランドギアーズに通じるのでしょうか。及ばないという話だったのでは」
対峙する二組から少し離れたところに立っているカインが言った。隣には妹がいて心配そうに服の裾に掴まっている。マリーの手を通じて、兄が冷静な態度と裏腹の内心を抱えていることが伝わってくる。
「だが、以前見せられた物と比べてもけた違いの魔力ではないか」
「そうなんっすけど、それでも足りないんっすよ……」
ヴォルディマールの言葉にヴィヴィーが答えた。
確かに背後には膨大な魔力が蓄積されていた。白く輝く結界器は地脈の魔力を大量に吸い上げているのだ。結界砲とでもいうべきその威力は、以前ヴォルディマールたちに見せた試作型をはるかに上回る。ヴィヴィーはもちろんそれを理解していた。
それでも嘘を言っているわけではない。レキウスがそれでも足りないだろうと予想していたのだ。ただ、彼女にも確信はない。彼女はこの中で魔導砲について最も詳しい人間ではない。何しろ最近はモーターの準備で手いっぱいだった。
「だが、他に手がないのであれば」
「少なくとも、まだ切り札を切るタイミングではないはずです」
カインが言った。あたかも中立の立ち位置で議論の方向修正を試みたのは流石だといえる。
「そうです、彼が攫われたときの状況から向こうの仲間割れです。刺激せずに上の動向を見るべきです」
「上の父上たちが指揮する脱出の準備が終わるまで下手なことはできないか」
「むう。確かにそうではあるか……」
クリスティーヌがカインに同調し、レイアードとヴォルディマールが一歩引いた。だが、緊張は消えてはいない。何しろ、ここにいる全員の命が、そして大陸全ての都市の運命に関わるのだ。
リーディア達もそれは分かっているし、彼女たちにしても具体的な打開策がない。何しろこれまで打開策を作り上げてきた錬金術士が敵の手にあるのである。
そんな中、一人黙っている少女がいた。本来この場でもっとも重要といってもいい人間だ。立場は騎士見習にすぎないが、レキウスが攫われた今最も魔導砲のことを理解している。単純に魔術という意味で言えば先生をもしのぐ。
実際、ヴィヴィーがモーターと歯車などのすり合わせに奔走している間、結界の魔力を砲身に流す魔導砲の仕組みを実現したのは彼女だ。
白髪の少女は目をつぶって必死に何かを感じ取ろうとしていた。真上からの魔力を通じて頭の中に直接聞こえてくる無機質な、だが口調から複数の人間の会話をそのまま伝えているような、そんな言葉。それの意味するところを、必死で読み取ろうとしている。
「シフィーあなたも何かいってよ。どうして黙って――」
「わかりました先生」
一人黙っているシフィーに気が付いたリーディア。シフィーは独り言としか思えない言葉を発して、目を開けた。虚空を見上げる表情に問い詰めようとしたリーディアが戸惑う。そして、彼女達に振り向いたシフィーは一転して強い決意を秘めた瞳で口を開く。
「皆さん力を貸してください。魔導砲であれを撃ちます」
「何言ってるのよシフィー、グランドギアーズを破壊したらレキウスが……」
「狙うのはグランドギアーズじゃありません。その下にある魔球です」
シフィーは魔球を通じてグランドギアーズを攻撃する方法を説明する。その為に必要な情報、つまり魔力の回転が伝えられたことも。
「話は分かりました。ですが先輩が脅されて、あるいは拷問などでそういった話をさせられている可能性はないのでしょうか」
あまりに不確定要素が多く、聞いたこともない話に、全員を代表するようにカインが聞く。
「先生が最後の手段として考えていたことと一致します。会話の内容はそれを知る人間にしかわからないようになっていました」
「で、でも、大丈夫っすか。正確に回転を合わせないと上手くいかないっす」
「皆さんの協力があれば可能です。私の指示通り魔術陣の各頂点で調整をしてください。砲弾の魔力結晶に注ぎ込む魔力の回転を合わせます」
シフィーは全員に持ち場を指示する。リーディア、カイン、レイアード、ヴォルディマール、クリスティーヌ、そして魔力鞴を抱えたヴィヴィーが五つの頂点に立つ。
最後の六つ目の頂点にシフィーが着いた。
「私にタイミングを合わせてください。上の魔球の落下速度と、こちらの上昇速度の勝負になります」
◇ ◇
「あの、この魔球の回転って」
「ああ、いきなり何を言い出すんだ、おまえ」
「ベルナ、答えなさい」
◇ ◇
地面を貫いて魔力が立ち上がった。三角を上下に重ねた星の形、それを六色の魔力の光が描き出した。魔脈を枯らさんばかりの膨大な魔力が六芒星の中心に集約される。
上空のグランドギアーズから白い球が切り離された。水滴が落ちるような自然さでありながら、ぶれることなく地脈の魔力の噴出点に正確に落下を始めた。
膨大な魔力に加速された砲弾が螺旋回転を描き発射された。地上の王宮の残骸を吹き飛ばさんばかりの衝撃とともに、砲弾は音の速さをも超えて真上に飛び出した。
惑星の重力を振り切る超音速の弾丸が白い魔球を捉えた。はるか上空、切り離された魔球が最高速度に達する前だった。
弾丸と魔球が激突した瞬間、魔球の中心で収束していく魔力と、弾丸の芯から放出された魔力が一体化した。魔球はその瞬間膨大な白い魔力を放ちはじけた。まるで砂時計のような白い光の形。地上と天上に向かった。
◇ ◇
リーダーの狩猟器が俺に向けられた瞬間、白い光が視界の全てを塗りつぶした。
「ぐあっ。か、体が燃える」
「なんだ、何が起こりやがった!?」
グランドギアーズの指令室で傭兵たちが次々と倒れていく。最後まで立っていたリーダーも俺に向かって振り下ろそうとしていた狩猟器を落とし、膝をつき、うつ伏せに倒れた。辛うじて持ち上げた頭が、縛られたまま平然と立つ俺を見る。
「お、おまえ、なにを……した……」
床を掻きながら息絶えていく彼らの姿を黙って見守る。あいにく文官落ち、体内で暴走する魔力がないんだと心の中でつぶやいた。
白髪の若者が俺の縄を解いた。彼の後ろには足を引きずるポーロがいる。やはり彼らは耐性があるのだろう。中心炉で活動できるという話での賭けだった。まあ、仮にそうでなくてもやるしかなかったけど。
急いで下の様子を見る。旧ダルムオンで戦車が動いている様子にほっとする。はるか上空で爆発したおかげで、地上には影響はほとんど届かなかったようだ。
ここまでは予定通り、いや予想以上だ。だが、これからの予想は出来れば当たって欲しくはない。グランドギアーズが揺れ始めた。しかも、その振動はだんだん強くなっていく。
「中心炉の暴走ですか」
「……そういうことのようですな。何か手がありますか」
ポーロがベルナを見る。白髪の青年は頷いた。要するに、魔球にしたことと同じことがグランドギアーズの中心魔力結晶に起こり始めているということだ。
「グランドギアーズの高度を上げるように設定できますか。それが出来たら、我々はエレベーターで脱出、やれることがあるとしたらこの程度ですね」
この状況でエレベーターがまともに動く保証もない。仮に動いていても時間との勝負になるだろう。最初から分の悪い賭けだということは分かっていた。いや、黒い魔球だったら確実に死が決まっていたが、白い魔球だったので僅かに生き残る可能性があるぶんだけましだ。
…………
俺と白髪の青年が両方からポーロを抱えて歩く。中心からの震動は徐々に大きくなっていく。体が重くなってきた。設定よりも早くグランドギアーズの上昇が始まっているのだ。
エレベーターの入り口が見えた。中心炉から来た青年と同じ髪の毛の女性が、他の人間達と一緒に待っていた。どうやら動いているようだ。ホッとした瞬間、ひときわ大きな揺れが俺達を襲った。
◇ ◇
白くまばゆい光を放ちながら上昇していく巨大な玉。それははるか上空ではじけた。地上から見ている人間には太陽の光すら打ち消した巨大な輝きだったという。
この日、大陸において数百年ぶりの魔力臨界爆発が起こり、グランドギルド最大にして最後の遺産はその力を用いようとした人間の傲慢とともに消滅した。
2022年1月16日:
次がエピローグで完結になります。投稿予定は1月21(金)です。
次回作について。
タイトルは『深層世界のルールブック』でジャンルはローファンタジー。
現代~近未来を舞台にした異能ミステリ&バトルです。
本作の完結となる1月21日から投稿開始の予定です。
よろしくお願いします。