#16話:前半 終焉
冷たい白銀の床から鈍い音とうめき声が伝わってくる。一人の老人が複数の男に殴る蹴るをされているのだ。両腕を縛られ猿轡を噛まされた俺はそれを見ていることしかできない。
ギルド会議を巡る議論の後、グランドギアーズへ戻る老人を送っていた俺は、傭兵団の残党によってポーロ一行と一緒にはるか上空に連れ去られた。
外側を向いていたカインの警戒網の裏を突かれた形だ。考えてみれば傭兵は旧ダルムオンの騎士崩れだ。城への秘密の地下通路を知っていたのだろう。
外側で乗り捨てられた戦車を見つけたカインは地下通路を探し出し侵入者を追った様だ。彼が地上に出た時に傭兵どもは俺達に狩猟器を突き付けていたのだ。マリーをカインが保護できたのは良かったが、俺達はそのままエレベーターに連れ込まれ、このざまだ。
エレベーターの周囲に潜んでいたことから、ポーロとグランドギアーズが目当てだったのだろう。俺はついでに捕まった形だ。実際、最初にリューゼリオンの文官だと確認された後はこうして縛られたまま放置されている。
俺とポーロの間に立つのがリーダーらしい。むき出しの腕にはいくつもの傷跡がある。元は白かったであろう衣服は茶色く汚れ、ところどころ破れている。部下との会話から旧ダルムオンの王族らしいと分かった。なるほど元王宮の中心部に現れたわけだ。
「まだ殺すな。こいつには教えてもらわなきゃいけないことが沢山ある」
元王族とは思えない、狂った魔獣のような狂暴な気配を纏ったリーダーは、唇から血を流すポーロの頭を片手で持ち上げた。
「グランドギアーズだったか、これの動かし方もそうだが。まずは武器についてだ。下にくっついている白い球、地上を攻撃する手段だよな。だが、俺達を切り捨てた時に使ったのと色が違う」
「商人にはさっぱりですな。魔術のことなら騎士様の方がお詳し……ごほっ」
「ああっ!! いいか、お前らが生きていられる条件は俺達の言うとおりにこいつを動かすことだけだ。あの白いゴミども、お前の言うことしか聞かないみたいだからな」
「ええ、あの二人がいなくなれば、あなた達は地上に降りることも出来なくなります。気を付けられよ」
「じゃあ、まずはお前の身内から落としてやるか。あいつらにもずいぶんとこき使われたしな」
次々とその口から飛び出るのはむき出しの狂暴な言葉。こんな男がグランドギアーズを自由にできるようになったら世界の破滅だ。俺はポーロが情報を吐かないように祈る。だが、
「……というものです」
「そりゃいい。つまりこれを使えば結界を壊さずに下の奴らを皆殺しにできるわけか。下に集まってるグライダーや戦車も手に入る上に東西の連盟もリューゼリオンも大混乱だ。俺らが態勢を立て直すための時間と道具がたっぷり手に入るわけだ」
ポーロから白い魔球の性質を聞いたリーダーは犬歯を剥いて心底嬉しそうな顔になった。狂気に欲望が加わり、圧倒的に有利な立場に酔っている。このままじゃ下にいるリーディアやカインも含め多くの人間が殺される。レイラ達だって騎士達が死ねば押し寄せる魔獣から身を守るすべはない。
「で、どうやって使うんだ、こいつは」
「……私の理解しているのは…………魔力を充填して下に落とすだけですな」
「ああ、まだ隠し事か? 俺達にちゃんとわかるようにしねえと、奥の部屋に押し込めてるやつらみんな殺すぞ」
「…………ベルナ。魔球の制御盤を出しなさい」
老人は白髪の男に指示した。ベルナという名前の青年はグランドギアーズの操作担当らしい。アーニャというもう一人の白髪の女性がいて、中心炉を管理している。どうやら中心炉は白い魔力が充満していて、普通の騎士が入ることは難しいらしい。
床が円形に開き奇妙な装置が出てきた。円盤をいくつもの輪が取り囲むような構造だ。中心にある円盤は上面が白、下面が黒に塗られ、取り囲む輪は赤、緑、青そして橙、黄、紫になっている。
「なんだこのややこしいのは?」
「私が理解している限りでは、これで魔球に魔力を充填して爆発する高度を決めるのです」
この形と色……円盤が魔素で周囲の輪が魔力の回転を現しているのか。こんなものを見せたらますますこいつらに情報が入る。リーダーをはじめ残党たちの目は血走ったまま。秘密を理解し終わったら殺す気だ。ポーロにだってそんなことは分かっているはずなのに。
俺が焦る間にも、白髪の青年の操作は進む。輪の構造が変わった。途端に、俺はその装置の意味するものが分からなくなった。魔力の回転は俺が理解している物とは明らかに異質なのだ。六色の魔力が螺旋を描いているようだが、その方向が理解できない。
…………いやまて、もしかして魔力を中心に向かって凝縮する流れか?
あり得ないほどの魔力量。その秘密がこれだと考えればつじつまが合う。つまり魔球は六色の魔力により高密度に圧縮した魔力を内側に向けて収束させている。よく見ると、充填されていく魔力にいくつものラインがある。
つまりこの魔球は極限まで魔力を圧縮しながら落下し、それが一定を超えたら爆発する仕組みか。ラインはいわば臨界。暴発を防ぐ仕組みだと考えれば理解できる。
最初は度肝を抜かれたが、わかってみればむしろ単純な仕組みだ。ダメだ、こんな情報をこいつらに与えたら……。恐る恐るリーダーの様子を確認する。難しそうな顔をして、何も言わずに装置を見ているだけだ。全然わかってる感じじゃないな……。
その時、老人と一瞬視線が合った。
攫われる直前、ポーロと錬金術で魔力の回転を解明した話をしたことを思い出した。考えてみればポーロはこいつらと俺の両方の魔力についての理解の水準を知っているということだ。もしかして傭兵ではなく俺に情報を伝えようとしている?
お前の方が詳しいから何とかしろってことか? いや、それは無茶だ。俺単体では知識があるだけで魔力の欠片もないんだ。この状況で何ができるっていうんだ。
中心炉から魔力が充填されていく。ゆっくりと、だが着実に魔力が溜まっていく。下のみんなへの死へのカウントダウンを見せられている気分だ。
絶望している場合じゃない。このままでは地上のみんなが殺される。今俺達にある優位はこいつらを超える魔力知識だけだ。ほんの少しでも可能性があるなら、あきらめるわけにはいかない。
幸いというか、グランドギアーズの機能は白い髪の男にポーロが指示する形でしか動かせない。俺の知識で何かを差しはさむ余地はある。
俺は傭兵たちの背後から、制御装置を凝視する。内側に巻き込むような魔力の流れ、その濃縮と爆発。その仕組みをこれまで錬金術で得た魔力の知識で必死に解釈しようとする。
そして、一つだけひらめいた。
………………以前考えたグランドギアーズの打倒法だ。魔導砲にはグランドギアーズを破壊するだけの力はない。だが、それは本体を狙った場合の話だ。だから本体ではなく、魔球を狙うことを考えたのだ。
魔球をグランドギアーズの直近で爆発させて間接的にグランドギアーズを撃破する。これが以前考えたアイデアだ。あまりに運頼みなのと、グランドギアーズの脅威がギルド会議に必要だったから表には出さなかった。
いやでも、あの時想定したのは黒い魔球だ。今回は白い魔球であって条件が違う。ダメか。………………いやそうじゃない。むしろ好都合な部分もある。ここにいる傭兵は騎士だ。しかも、今俺は魔球の仕組みを知った。この二つの知識を組み合わせれば……。
何をすればいいのかは分かった。おそらくこれが状況を打開する唯一の方法だ。
だが実行は至難。第一に下にいるシフィー達に情報を伝えなければいけない。シフィーには万が一の為に魔球越しにグランドギアーズを攻撃する策を話してあるが、内側に捻じれ込む回転は想定外だ。魔力測定器で見える見かけ上の回転が、内側に捻じれ込む真の回転とずれていればこの策は使えない。
はるか遠い地上のシフィーに、こいつらに知られることなく伝える。そんな方法があるわけがない。
「おい。今のおかしな動きは何だ」
白髪の男が額に手を当てて何かを呟いているのを見て傭兵の一人が怒鳴った。
「中心炉のアーニャに魔球へ充填する魔力の指示したのです。この二人は私の命じたことしかいたしません」
「…………そういえばこの白いのは、そんな便利な道具だったな」
「白の血統同士、双子の絆というやつですな」
ポーロはそういうと再度俺に視線を送る。
今の仕草は下でも何回か見た。白い魔球を脅しに使うなら上と連絡する必要があったはずだ。グランドギアーズは一度も地上に降りていないのに、ポーロがあれだけの情報を持っていた。そして、白い血統という言葉、それが双子だけにとどまらないとしたら……。
遺産のことから俺達にも白い血統の人間が付いていると踏んでそれを伝えようとしたとしたら。あの青年を使って下のシフィーと連絡を取ることが可能なのでは。もしそうなら、逆転の為の一番大変な条件が満たされる。
だがそれでも困難であることは変わらない。ポーロには俺の策は見当が付かないだろう。そして、ベルナはシフィーの存在を知っているわけではない。
監視下にあるこの状況で情報を伝えるのは当たり前に考えたら不可能だ。ならばここで俺が打つべき手は……。
「……ぐむっ、ぐぐっ、むうーーー」俺は床の上でもがき始めた。
「お前、何してる。団長、この文官どうします」
「そういえばもう一人いたな。リューゼリオンの文官だったか。……言わせてやれ」
リーダーの指示で俺の猿轡が外された。
「あ、あの、今の話では下にいるリューゼリオンの騎士達を攻撃するんですか?」
「ああそうだ。なんだ、主様の命乞いか?」
「違います。あいつらなんかどうでもいいんです。そうじゃなくて、ええっと、そう、下について私しか知らない重要な情報があるんです。その、命をお助けいただけるなら……」
俺は媚びるように騎士様を見上げる。
「言ってみろ、内容次第じゃ助けてやってもいいぞ」
「わかりました。ええと、下にはこっちを攻撃する方法があるんです。とんでもない狩猟器を用意していて、それは……」
嫌悪を隠さないその顔に向かって、俺は魔導砲の存在を話した。
「…………つまり俺達の戦車を攻撃した狩猟器よりもはるかに大きくて、しかも地脈の魔力でぶっ放す、そういう狩猟器があるってことか」
「そ、そうなんです」
それは、考えうる限り最悪の裏切り行為だ。だが、俺が生き残る可能性を生み出すためには仕方がないだろう。誰だって、ほんの少しでも助かる可能性があるなら縋りたくなるものじゃないか?
それがどれだけ難しくても
2022年1月15日:
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