#15話 共犯者
「歯車、ろくろ、それらを繋ぐ革ベルト。これらはいい。すべて職人の工房では当たり前の物。問題は動かしているのが魔力、回転する遺産ということだ。あれは、あれは一体何なのだ」
厨房から客席にもどったポーロは立ったままテーブルの中心を指さした。そう、秘密は最初から開示されていたのだ。テーブルを回転させるのは毒殺対策ではない、魔術と職人技術の組み合わせを見せるため。厨房でその組み合わせの本当の価値を示す。二段構えのデモンストレーションだ。
パイという料理は非常に都合がよかった。その誰も食べたことのない美味によって否が応でも厨房の中身に興味を持たせ。製粉、遠心分離、生地の伸ばしという手間がかかる工程によりモーターの力と可能性の広さを示す。
「基本的にはそこにある新型狩猟器の弾丸と変わりません。ただ、六色の魔力でバランスして真横に回転するようになっています。魔力を効率よく様々な動力に変えることが出来ます。我々は回転魔導器と呼んでいます。分かりやすく言えば、どこにでも設置できる水のいらない水車ですね」
「……この狩猟器の弾は使い捨て。つまり、新たにこれを作ることが出来ると考えていいのか」
「良質の魔導金属、触媒、魔力結晶が必要ですが、魔導金属以外は目途が立っています。魔導金属部分は一度作れば非常に長く持ちます。鉱山が復旧できればなんとか」
「魔力自体は」
「地脈の魔力は現在は結界の維持程度にしか使われていません。もともと余っています。ただし、先ほどお見せした厨房はあくまで魔導器の可能性を示すため。実際には大規模な施設から始めるつもりです」
「共用井戸からの水のくみ上げ、製粉や皮なめしの工房などか」
「工房は水車の制約を無くせば今よりもはるかに大きくできます。さらに重要なのは採取産物や狩猟の獲物を運ぶための荷車などです。これがあれば……」
何の話が始まっているのかという顔の騎士達をしり目にポーロと会話をする。
「採取労役の生産量が大きく上がる」
「はい。これまでより広範囲から安全に大量に採取産物が得られます。現在の採取範囲は都市周辺に限られている。採取という意味では猟地の十分の一も活用できていないのです」
採取労役者にとって最もつらく、何よりも危険なのは重い荷物を引いて河まで行くことだ。これが実現すれば人頭税は廃止可能という試算が文官長から出ている。リューゼリオンでは護民騎士団の活動により、採取活動の強化の実績が出ているから計算できたのだ。
「…………これを用いた世界はこれまでとは比べ物にならないほど物があふれる。旧時代のようにそれぞれの都市がより適したものを作り、それを交換し合う。……我ら商人にとって、いや全ての者にとって、グランドギルド時代すら。そもそもこのような遺産、グランドギルドにもなかった。いや大本の発想がまるで違う……。つまり、全てがあなたの構想か」
「私を含め、ギルド会議設立委員会の仕事です。委員会には騎士も文官も商人も職人も、そして魔導鍛冶も所属しております」
今、戸惑った顔で俺達を見ている二人の王子方、あなた達も委員なんだよ。肝心な時期に本国で王の説得をしていたからついてこれていないみたいだけど。まるで黒幕を見つけたぞ、みたいな目を向けるのはやめてほしい。
「だが中心はあなただ。私の質問に答えるのはあなたで、何よりもあなたの答えを騎士達は理解できていない。いや…………ああ、なるほど。私を出汁にということか。そう考えれば説明が付く」
「とにかく、これがギルド会議を成り立たせる“力”です。お約束通り開示しましたよ」
これ以上しゃべられてはたまらないので俺は強引にまとめようとする。
「やはり。なるほど……くくくっ。お二方、これはまずいですぞ。このままではラウリスもグンバルドもリューゼリオンの傘下としての未来しかない」
「何をいきなり…………魔力で物を動かす余興がどうしたというのだ」
「我がラウリスの太湖の交易は、元々魔導艇で支えている。それと何が違う」
「ほれ、わかっておられぬ。先ほどの厨房の仕組み、この回転する魔導器により都市の八割を占める平民が一人で三人分以上の仕事をこなす、その意味がどれほどのものか」
ポーロは止まるつもりはないらしい。ついに二人の王を憐れむように見た。
「……平民が楽をするから何が起こる」
「仮に今の何倍もの採取産物が取れたとして、食べきれぬだろう」
「人口を増やせばいい。鉱山を魔力切れに陥れた時、ここの結界はずいぶんと力を増した。都市を広げることが出来るはず。新しい城壁や建物を造るなど大変だと思われたか。いやいや、使う物資も建築も、先ほどの仕組みで行えるのですよ。規模と人口が倍になり一人当たりの生産量が三倍になれば都市の力は六倍を超える。良いですか、ばらばらの都市ではない、一つの都市がそうなるのです。これは六つの都市を支配するのとは決定的に違う」
遂に老人は勝手にリューゼリオンの未来について語り始めた。やめるんだ、こっちは“まだ”そこまで考えていない。
「物が必要以上にあふれても仕方があるまい」
「くくくっ、あなた達は騎士一人が使っている物と平民一人が使っている物がどれほど違うか解っていない。このままでも三倍程度は簡単にさばけるのです。そして、余ったものは他都市に売ればいいのです。それも現地の物よりもはるかに安く」
「先ほどお前自身が輸送の手間がかかりすぎると言ったではないか」
「もちろん。ですが先ほどは荷車と言ったが、これを船に用いればどうでしょうな」
老人はまるで教えてやれと言わんばかりに俺を見る。形の上ではあなたは敵で俺はこっちの人たちの部下なんだけど。そして、会話の対象が王達なので、一介の文官は答えざるを得ない。
「…………水で水車を回す代わりに、これを繋いだ水車に水を掻かせることが出来るのではと考えています。魔導艇のような速度はとても出ませんが、大量の荷を運ぶことは可能かと思っています。あくまで推測の話ですけど」
「そうなれば他の都市はリューゼリオンで作られる安い品を買った方が自分たちで作るよりもよくなる。いえ、我々商人がそうするのです。リューゼリオンに命じられたからではなく、儲かるので。ピンときませんか。ちょうどいい例えが目の前にあるではないですか」
ポーロは回転する皿を指さした。
「麦は採取に手間がかかる上にまずい。採取されるのは他の物が取れないとき、そして保存がきくからに過ぎない。貧しいものが飢えないための施しとしか用いられなかった。それが高級食材になったとて、手間の割に量が少ないのは変わらない。もしも採取者が総出で麦を集めれば、都市の他の食料が足りなくなる。つまり、麦を十分に供給できるのはリューゼリオンだけだ。麦を採取する専門に多くの人間を振り向けられるからです」
王達はいまだ納得していないようだ。だが、彼らの隣のレイアードとヴォルディマールがそれぞれの父に耳打ちをした。料理店はギリギリ間に合ったので知らないが、彼らにはクリスティーヌやヴィヴィーを通じて情報が伝わっている。
クリスティーヌはこの手のことの専門家であり、ヴィヴィーは職人との共同作業を通じてモーターの可能性を理解している。身内からの情報を聞いた二人の王の表情から余裕が消えた。
「採取労役者と違って商人などそう簡単に増やせまい。算術など相応の修行が必要であろう」
レイアードが言った。やはりラウリス側の方が商業に関する理解は深い。
「確かに。ですが、この仕組みで労力が余ればそういった修行をさせられる。そうでしょう」
「…………水汲みの手間を省くだけで、基本的な教育を子供に与える時間が得られると考えています」
実はギルド会議を維持するためには平民にも最低限の教育が必要になってくる。
「そして、リューゼリオンは旧ダルムオンに最も近く最も有力な都市だ。リューゼリオンが旧ダルムオンの広大な領地と大陸の中心地を獲得すれば、もはや最強の都市です。逆にお二方の都市の住人は殆どが採取労役者になる。物を作っても売れず、税を払えないからです。彼らはリューゼリオンが求める物資を森の中をはい回って集め、それを用いてリューゼリオンから物を買う。全ての富はリューゼリオンに集まる。リューゼリオンは戦う必要もないのです。ただ、営みを続けるだけでそうなっていく」
老商人は、リューゼリオンの代弁者であるかのように言葉を吐き出し続ける。おそらく彼の中ではモーターと銀行の仕組みが融合している。回転魔導器の潜在力は銀行と組み合わさることで最大限発揮される。商業活動の活発化と生産能力の拡大が完全に結びつくのだ。
要するに俺達の想定よりもずっと早く変化が進行する。当然、俺すらも想定していないスケールの話に発展する。するとどうなるかというと……。
同盟者であるはずの王と王子の四人は、ポーロの言葉が続くごとに顔色を失っていく。恐ろしい敵を見るような目を向け始めた。誰にかというと俺にだ。主であるリューゼリオン王まで「そんな話は聞いてないが」的な視線を送ってくる。
マリーにソーセージパイをメニューに入れるように頼むべきだった。そうじゃない。銀行なんて“ぴったり”の仕組みを持ち込まれると想定できるはずがなかった。この共犯関係の成立は偶然の産物だ。
「誤解があるようです。リューゼリオンは決してこれを独占しようとは思っておりません。実際、この回転魔導器はラウリス、グンバルド、リューゼリオンの魔術知識を結集したものではないですか」
「そうだな。だが、魔導鍛冶を参加させた私が今とても驚いている」
ヴォルディマールがそういうと、レイアードが即頷いた。つまり、聞いてないということだ。
魔導砲とモーターを並行開発し、かつ今回のデモンストレーションの準備までやっていたんだ。遥か遠くで政治工作をしているあなた達と密接な情報共有をできる状態じゃなかった。
「…………つまり、そうならないように旧ダルムオンはギルド会議の場として中立の地域にする。そして、この回転魔導器もギルド会議で分配その他を管理する。魔導鍛冶は王宮直下というのは変わりませんし。地脈も王宮の管理下です。むしろ、騎士の権威を守ることにもなるかと」
頬を引きつらせながら釈明する。聞こえようによっては「承知しないとリューゼリオンが世界を支配するぞ。この老人と組んでね」になってしまうけど仕方ない。
ラウリス王とグンバルド王は王子達とひそひそと話、やがて四人は苦渋の表情で頷き合う。
「とにかく、リューゼリオンの……。いや、我々のこの力はしっかり共同で管理しなければならない」
「ああ、その通りだ。連合の枠を超える力なのだからな」
どうやら王たちはギルド会議やむなしということになったらしい。こちらの様子を面白そうに見ていたポーロは満足そうだ。そうだよ、最初からあなたとあなたのグランドギアーズを仮想敵にするつもりだった。
「さて、契約の話でしたな。そちらの話はよくわかりました。ただ、私達の考えていた銀行との関係など色々考えなければなりません。お答えは明日でよいですかな。そちらもいろいろあるでしょう」
「そうですね。それが妥当かと」
俺もこれからお歴々に色々説明しないといけないだろう。俺以外のギルド会議設立委員会のメンバーの信用にもかかわる。
「では、我々はグランドギアーズに一度引き上げます。そうそう、主催者のあなたにはエレベーターまで送っていただきたい」
ポーロはお見送り役に俺を指名した。“協力者”に対する礼儀だから仕方がない。ただ、主催者は勘弁して欲しい。大陸の運命を決めたかもしれない会議の主催者は、世界の主催者に聞こえるから。
…………
ポーロと連れ立って元は王宮の外廊下だったらしい崩れた石畳を進む。グランドギアーズの地上との連絡用のエレベーターは王宮残骸のすぐそば、厳密には昔は王宮の一部だったであろう場所に降りていた。
「一つだけどうしてもわからぬことがある。グランドギルドの遺産に関するこれだけの知識、一体どうやって得られた」
歩きながらポーロが話しかけてきた。
「実は私はいわゆる文官落ちでして、基本的な騎士教育は受けていたのです。そこに文官になってから得たもう一つの知識を組み合わせました」
「もう一つの知識?」
「旧時代の錬金術と呼ばれるものです」
「錬金術ですと!? いや、あれは詐欺のたぐいのはず。鉛を金に変えられるのでは商売は成り立たない」
「もちろん金は作れません。ただ、その知識と技術そして概念は役に立つのです。それらの考え方で魔術を分析した結果……」
俺は結界から魔導艇エンジンまで、いくつかの例を挙げた。
「なるほど、つまりリューゼリオンに隠された遺産など最初からなかったと」
「遺産と呼べるものは結界しかありません。それをあなた達によって脅かされたことがきっかけでしたね」
「これは参りましたな。もっとも、こちらもリューゼリオンが関わると計画が失敗するのには困りました」
「私も一つわからないことがあります。グランドギアーズの魔力についてです。あれだけの巨大な構造を、これほど長期間空に浮かべてほとんど魔力が減っていないのはあまりに常識外だ」
俺は上を見上げた。巨大なグランドギアーズとその真下に存在する白い魔球。おそらくあれの魔力もその秘密に絡んでいるのだろう。
「あのモーターの為にも知りたいというところですか」
「そういうことです。モーターの一番の問題は稼働時間なので」
「なるほど。ですが我々もあれに関しては完全に理解しているわけではない。そうですな、契約が無事なされたら一度お招きしましょう。あなたの言う錬金術ならばわかることもあるでしょう」
「わかりました。ではその時を楽しみにしましょう」
崩れた壁の横に白銀の円筒が見えてきた。円筒とグランドギルドの間は白い光の柱でつながっている。
その時、廊下から小さな足音がした。どうやらマリーがお土産を持ってきてくれたようだ。俺が彼女に近づこうとした時。崩れた壁の方から強い足音がした。
「先輩。気を付けてください。何者かが王宮跡に潜入した……」
カインの声が聞こえた。次の瞬間、物陰から黒い人影が飛び出てきた。俺達の周りを数人のボロボロの男が取り囲もうとした。俺はとっさにマリーを包囲の隙間に、男たちを追ってきたカインの方に押した。
次の瞬間、頭に衝撃を受け、熱い感覚とともに地面に叩きつけられた。
「さあ、俺様の新しい城に案内してもらおうか」
頭上から男の声が聞こえた。ぼろぼろの騎士服を着た大柄な男がポーロの首に腕を巻きつけている。そして、カイン達を牽制するように狩猟器を構える三人の男。もしかして傭兵か。こっちでも仲間割れをしてたのか?
2021年1月9日:
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