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#12話:後半 仮説検証

「これで、魔力触媒の有効成分だけを抽出した触媒ができたことになる」

「…………」

「ただ、これじゃ薄すぎるだろうから、エーテルを飛ばして濃度を調整しよう。どこまで濃くするかはシフィーが判断してほしい。ただ、薄めの方がいいと思う。薄すぎたら繰り返し書き足せばいいわけだからね」


 そういって薄青色の液体が入った瓶をシフィーに渡した。目をぱちくりさせていたシフィーだが、あわてて瓶を受け取る。蓋を取り、じっと濃くなっていく瓶の中身を見る。


 エーテルはインクの溶媒と同じで蒸発が早い。書くための染料という意味ではインクと同じだ。


 口の広い瓶だから、ぐんぐん減っていくな。一応想定通りだがこの実験がうまくいっても次の問題があるな。


 まあ、一歩一歩だ。上手くいく保証などない。触媒の中から余分な成分を除いたものの、逆に紙からおかしな成分が溶け出したとか、実は必要な成分が複数あってそれがなくなったとかありえる。


「これくらいでいいと思います。本当に使いたい濃さの半分くらいです」

「了解。じゃあ、この新しい触媒をさっきと同じようにテストしてほしい。正直何が起こるか解らないから、薄いといっても一応油断しないでね」

「わかりました。じゃあまずはこの薄いままで……」


 書き上がった三列の魔術陣にシフィーが魔力を流す。あれ、明らかに一つ光の強さが違うな。うーん、これはちょっと想定と違うぞ……。


「薄めたのに、中級よりも魔力が……」

「ま、まあ成功だよ」


 俺は興奮を抑えていった。仮説は証明された。有効成分だけを精製した下級触媒は一ランク上の中級触媒に匹敵、いや超えかねないということだ。まあ、最終的な実験目的を考えると、これくらいの余裕は欲しいかもしれない。


「やっぱり先生はすごいです」


 ちゃんと魔力を扱って見せた学生に尊敬の目を向けられるのはこそばゆい。なにしろ、この先生は教え子の手を借りなければこの実験をできないのだ。


「シフィーのおかげだよ。さて次だけど……」

「これ以上、何かするんですか」

「ああ。この方法で下級触媒を中級触媒相当にしただろ。でも、その代償として量が十分の一以下になってしまった。腕のいい騎士なら、それくらいなら中級魔獣を狩った方が早いって思うんじゃないかな。魔力結晶や素材も手に入るわけだしね」

「あっ、確かにそうかもしれないです」

「うん。だからこの方法は入手可能な触媒に関してはあんまり有効とは言えないんだ。本当にやりたいことは本来なら入手困難な触媒を作り出すこと。つまり、上級触媒を精製して超級触媒グランドクラスを得るってことなんだ」

「ええっ!! …………超、超級ですか」


 思わず声を上げたシフィーは、慌てて自分の口をふさぐ。


「うん、落ち着いて聞いてほしい。俺がこんなことをしている理由なんだけど……」


 俺はシフィーに結界破綻の可能性について話した。


「にわかには信じがたいと思うけど、状況から考えてその可能性は高いと思ってるんだ」

「……私三色の魔力のどれが自分に向いてるんだろうっていつも考えてます。だから、何となく結界がおかしいのはわかります。ほんのちょっとだけですし。私はここにきてからまだ一年と少しだから気のせいだと思ってましたけど……」

「……そうか。というわけでここから先は覚悟がいるんだ。こんなやり方が存在すること自体が誰も知らないから、秘密裏に実行するつもりだけど、俺がやろうとしてることを知られたら危険がないなんてとても言えない」


 もちろん、単純な意味での結界の故障という可能性はある。だが、結界器用の超級触媒が何者かに意図的に劣化されたという仮定も捨てられない。仮に、後者の可能性の方が低くても、もし当たっていた時の被害を考えればだ。


 つまり、結界破綻でリューゼリオンを滅ぼすことすら厭わない隠れた敵の存在だ。


 リーディアが持って回ったような命令をしたことも考えると、犯人はまだ捕まっていなくて、更にその敵は内部の人間である可能性が高い。


 都市を滅ぼそうとした相手に、こちらが対抗策を進めていることを知られたらどうなるか……。


「同じ理由で、最低限の信用できる人間だけで事を進めなくちゃいけない。正直言ってシフィーの協力はぜひ欲しいんだ。ただ、今言った理由で危険がないなんて、とても言えない。ここまでなら、さっき言ったようにちょっと変わったことをしただけ、で済む」


 彼女には都市のエースたちが無事火竜を狩って結界を維持するのを待つという選択肢がある。それでまた十二年。いや、それ以上安泰ということもあるのだ。


「……大丈夫です。協力させてください」

「本当に?」

「私孤児ですから家族とかいませんし。それに……」

「それに」

「こうやって先生と実験ですか、してると。昔みたいで嬉しかったですから」


 明らかに無理して笑ってくれる。情けないけど彼女に頼るしかない。


「わかった。じゃあ、今後のことだ。実際に超級触媒を作るためには障害がいくつかある。まずは、今回と同じことが上級と超級の間に成り立つかどうか」


 俺が見る限り、シフィーが新しく支給された下級の青色触媒は、前回の曇っていた下級触媒とは原料、つまり心血をとった魔獣の種類そのものが違う。実際、紙に現れたパターンは前回とは違った。


 青色触媒といってもその成分は種によって違うのだ。ただ、今回の実験で精製によって触媒の性能がアップするということは、異なる二つの種由来の成分で共通だったということもわかった。これはプラス材料だ。


 ただ、あくまで下級の範囲内の話だ。上級と超級の差はもっと大きい可能性は否定できない。といっても、こればっかりは試してみるしかない。


「もう一つはさっき言ったことだ。精製の過程で触媒成分は純化されるけど、量そのものは激減する。今は試すだけだからよかったけど。本番で使うような量を用意するためには大量の上級触媒が必要になる」


 つまり、原料として貴重な上級魔獣の心血が大量に必要になるということ。


 正直言えばこれは騎士様たちに任せたいところだ。都市を上げて上級の赤魔獣を入手してもらいたい。十匹狩るとしても、火竜相手にするよりもましだろと言いたい。


 だが、それは不可能だ。一つ目は、これが錬金術、あまりにイレギュラーなやり方であること。話すら聞いてもらえない可能性が高い。上級触媒はより可能性が高い方法。つまり来るべき火竜狩りにおいて、最重要の物資だと位置づけられているはずだ。


 リーディアが次の狩りで上級魔獣を狩ったとして、その心血を使わせてくれといっても通らないだろう。二つ目はさっき言った敵に知られるリスク。


 少なくとも超級クラスの触媒サンプルを実際に作り上げるところまでは俺たちでやらなければいけない。


 で、最初の問題に戻るわけだ。


「上級魔獣の心血を大量にっていうのは普通に考えたら難しい。ただ、一つだけ考えがあるんだ」


 これもシフィーの為にした実験がきっかけで気が付いた可能性だ。この方法を使えるなら大量の原料を用意できる可能性がある……。


 だが、それでも上級の魔獣は必要だ。そのために必要なのは二つ。一つはレイラに頼むとして、もう一つはこれを使うことにする。


 俺は懐の指令書、リーディアの署名と王家の紋の透かしがある白い紙を取り出した。


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