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#13話:後半 二つの未来

「どれだけ見事な答えも、当事者の過半数が納得されていないのでは上手くいきますまいて」


 その視線の鋭さに背筋が冷えた。鋭い視線は俺ではなく、背後に並ぶ三人の王に向かっていたからだ。


「リューゼリオンの文官殿が返答するたびにラウリスとグンバルドの王は感情の色を変えておられた。あまり良い色ではないですな。それはそうでしょう。連盟の持つ権限はギルド会議に接収され、逆に負担と責任ばかりが大きくなるのですから」


 老人の視線が東西の連盟の主を行き来する。二人の王は苦虫をかみつぶしたような顔になっている。そして老人の視線が向かったのは、二人の真ん中に座る一人だ。


「一方、リューゼリオン王はお一人だけ泰然としておられた。つまり、三都市の連合とは名ばかり。リューゼリオン王が中心、いや一都市でありながら東西両連盟をもしのぐ力を持つと考えるのが自然だ。例えば……」


 老人が後ろを向き、白髪の青年が持っていた布の包みをテーブルの上に広げた。そこには白銀の筒が現れた。いうまでもなく新型狩猟器だ。なんで持ってるんだ。


「この遺産はリューゼリオンで作られている。台座の木と革の素材でわかるのですよ。しかも、これとは比べ物にならない力の遺産をこのダルムオンで使って見せたと聞く。さてさて、そんなものが次々に出てくるリューゼリオンの倉の奥には、いったいどれほどの遺産が隠れているのやら」


 ラウリスとグンバルドの両王がぎょっとした顔をする。敵の言葉に同意するように顎が上下に動いているところを見ると、内心の不安を言い当てられたのだろう。実は彼らが承諾しているのはこの場に列席することのみなのだ。それもレイアードとヴォルディマールの説得で辛うじてというのが実態だ。


 さっきまでの老人の質問、その最大の目的は三都市連合の実態を探り出すためだったのだ。俺の質問の答えを聞きながら、それに対する王たちの反応を観察していた。そして三人の間、いや二人と一人の間にある決定的な断絶を見抜いた。


 しかも、その断絶は俺の想像以上だったということだ。二人の王子がどうやって説得したのかは聞いていない。この反応を見るに、魔導砲の威力による恐怖やリューゼリオンの動きを放置できない、といった感じだったのかもしれない。


「先ほどのギルド会議には大事な項目が一つ欠けている。それは『遺産の管理』ですよ。同時にギルド会議には何よりも必要な力の裏付けが無かった。つまり、そちらの本当の姿はリューゼリオンが“秘した遺産”で騎士会議、いやギルド会議を支配するというものでは?」


 老人はリューゼリオン王だけに語り掛ける。正面から老人、両側から都市連盟の盟主王の視線が小都市の王に集中した。大陸の騎士の最高実力者と言われた隻腕の王は、鷹揚に片腕を上げて、そして頭を掻いた。


「過大な評価はありがたいが、リューゼリオンは三都市連合の一員なのだ。ラウリスやグンバルドを支配するような力はあいにく持ち合わせていないが」

「あり得ない話ですぞ。ならばこの契約書はただの紙切れ。このようなすべてが新しい仕組み、大陸の誰もが従わなければならない“力“なくして成り立つはずがないのですからな」


 ポーロは自説を下ろさない。だが、老人からは先ほどまではなかった動揺が感じられる。現れてから一度も冷静さを失わなかった両眼に、戸惑いの色が浮かんでいるのだ。どうやら追及相手から何の嘘も感じ取れなかったらしい。


 戸惑う視線が一番近くの人間にもどってきた。三人の王の視線が今誰に集まってきたのかに気が付いたようだ。ポーロが俺を見るその表情はある意味馴染みの物だった。そう「文官如きがどうしたのだ?」というやつだ。


「では、ご質問に答えて今から『ギルド会議』を成立させうる“力”をお見せしましょう。実は隣にて準備を整えております」


 俺はポーロ、そして両連盟の王に告げた。予定通りとはいえ、必要以上にハードルを上げてくれたものだと愚痴りながら。


 …………


 新しい木の建物は、正面にドアと左右の窓がある何の変哲もないものだ。小都市リューゼリオンならば多少は目立つかもしれないが、ラウリスの商業街なら埋もれてしまうだろう。俺が三人の王と二人の王子、そして大陸一の大商人を案内したのはそんな店だ。


 ドアを開け、胸に手を当てた姿勢でお客様を店内にいざなう。リューゼリオン王が最初に、続いて連盟の王と王子の二組、最後にポーロを間に挟んで商人組が入っていく。中の光景に戸惑う彼らの背中を見ながら、俺も店内に入った。


 店内は板張りの床を天井に吊るした複数の獣脂のランプが照らす、ごく普通の部屋だ。


 ただし、客席の配置にはいささか特徴がある。中央に一つだけ輪型の木のテーブルがあり、円を描くように席が並んでいるのだ。テーブルの横には極度に緊張したレイラがいる。ここがあくまで普通の店であるというため、彼女にホールスタッフをお願いしたのだ。まあ客の方が普通ではないので仕方がない。


「まずは主賓であるマドラス様がお席をお決めください」


 少し考えた後でポーロが入口側の席に座った。左右を年配の男性と白髪の男が固める。ただし、白髪の男は席につかず、ポーロの斜め後ろに立った。次にリューゼリオン王が正面である最も奥の席に着く。自然、ラウリスとグンバルドの王と王子がそれぞれの間に座る席順になった。ちょうど、北のグランドギルド、東のラウリス、西のグンバルド、そして南のリューゼリオンの配置だ。


 ポーロは若者に耳打ちをした。若者は額に手を当てて何度か頷く。そういえば、さっきも同じことをしていた気がする。何をしているんだ。


 全員の視線が輪型のテーブルの中心にある不思議な装置に向かう。それは木製の歯車の組み合わせだ。見ようによっては寝かせた水車を前に座っているような形だ。水車と違うのは、歯車が中央の箱に繋がっていること。輪が二重になっていて、歯車は内側に繋がっているが、外側は固定されていること。


「まずは店主がご挨拶させていただきます」


 ベルを二回鳴らすと奥のドアが開いた。全員の注目の中出てきたのは、小さなエプロン姿の女の子だ。


「マリーのレストランへようこそいらっしゃいました」


 小さな料理人はスカートの裾を摘まんでぺこりと頭を下げた。リューゼリオン王以外の全員が驚きの顔になる。おかしな席に座らされたと思ったら小さな女の子が登場、しかも料理店だというのだ。


 ただ、ポーロだけはすぐに何が起こっているのか観察する目になったのは流石だろう。もちろん、彼にはじっくりと見定めてもらわなければならない。


「今からお料理を窯に入れますので、焼き上がるまでしばらくお待ちください」


 戸惑う貴賓をしり目に、マリーはぺこりと頭を下げて奥の厨房へと戻った。同時に、レイラがポーロから右回りにお客様にメニューを配る。


「リューゼリオンの持つ遺産を見せてもらうという話だったが」

「お約束したのはギルド会議を成り立たせるための力の紹介です。その説明がいささか複雑でございます。その為、このような形にさせていただきました」


 最初に口を開いたのはグンバルド王だ。ラウリス王も同時に頷いた。何とか落ち着いているようだが、二人の息子が俺に向けてくる表情を見るに結構切羽詰まっているようだ。


「料理店だと言っておりましたな。企みを見抜かれたとみて毒殺でもありますまいに」


 木の板に獣皮紙を張り付けたメニューを一瞥してポーロが皮肉を口にした。


「ご安心ください。このテーブルはそういったご心配が無いようにご用意しました」

「ほう。この奇妙な仕掛けには意味があると」

「はい。それについては料理が出来ましたらご覧いただきます。ですが、それまでに少し時間があります。この機にマドラス様の『商業ギルド』について教えていただきたい。というのも、文官の身としてはいささか疑問なのです。多くの都市は領内で得られる狩りの獲物と採取産物で成り立っています。交易の量は決して大きくない。大陸全てを商業ギルドが支配するだけの必要が本当にあるのかと」


 水を向けると、老人は皮肉気に片頬を上げる。「いいでしょう。では茶飲み話を」と言って始めた。


「これは私の商売の秘密なのですが。グンバルドの北で取れる大角鹿の燻製はラウリスの市場に下ろせば二十三倍の値になります。逆に、ラウリス南方の大鯨の塩漬けをグンバルドに運べば二十倍を超える値段になる。お二方は商売のことなどご興味ないでしょうが、それでも馬鹿馬鹿しい値段と思われませんかな」


 ポーロは左右を見る。


「大角鹿は冬には群れを成してグンバルドの山に押し寄せる。食べきれぬから燻製にすると聞くが」

「大鯨は一匹があまりに大きい。腐る前に処理するために大量の塩を用いる。ラウリスでは塩抜きが面倒だと敬遠されるようだ」


「私が大儲けしていると思われるでしょうがとんでもない。費用を考えればこの値段にならざるを得ず、この値段では珍品扱いで需要は極めて限られる。まともな商売にならぬのです。理由は二つある。一つは無論輸送の手間です。ダルムオンが空白となったことでただでさえ高い輸送の費用は限りなく上がった」

「つまり騎士が交易路の安全を保障すれば、交易は伸びると」


 クリケットの為に以前グンバルドから熊の燻製を入手した時、リューゼリオンでもかなり高かった。現地ではありふれた食材が遠く離れた土地ではとんでもない高値になるのは当然の話でしかないが……。

 まるで被害者のように言うが、この老人が東西を繋ぐことで多くの富を得たことは間違いないだろう。しかも、その為に旧ダルムオンの残党を傭兵として雇い、それに遺産の知恵をつけ俺達に嗾けたのだ。


「もちろん私共が皆様に求めるものですな。ですが、それだけならばグランドギアーズでお願いするだけでいい。商業ギルドが主体として解決したいのはもう一つの方です」


 老人は懐から革袋を出すと前の机に開けた。じゃらじゃらと音を立てて鈍く光る円形の金属が小さな山を作った。大きさや形が微妙に違う、東西の様々な都市の銀貨の様だ。そしてその山の上に一枚の白銀に輝くコインを乗せた。


「かつてグランドギルドが発行していた魔導金属の通貨です。大きさ、形、純度が保証されたため全ての都市で通用していた。商人としてはこれほど有難いものはなかったでしょう。ですがこの通貨はグランドギルドが滅んだのちに消えました。良質の魔導金属であったため騎士の狩猟器に代わったのです。おかげで我々はこのようなバラバラで価値も定まらぬものを用いざるを得ない」


 一都市に閉じている限り通貨は独自の物で問題ない。だが、それを跨ぐや。単に確認の手間だけではなく、そもそも相手の支払いが信用できるのかということになる。現在、交易が隣の都市と都市を繋いでいく飛び石のような形態なのはそれが理由だろう。


「商業ギルドはグランドギアーズの本部と各都市の支部で大陸共通の手形決済を作り出すつもりです。ラウリスとグンバルドの商人の支払いが商業ギルド本部での両者の口座を通じてなされる仕組みですな。つまり、大陸を網羅する組織は必要なのです」


 騎士たちは何を言っているのかという顔だ。世界を支配する邪悪な企みを聞かされると思ったら、出てきたのは物と物の交換手段に過ぎないお金だ。だが、俺は老人の語る形態に心当たりがあった。それは旧時代の商業活動において極めて大きな力を持ったという……。


「旧時代の銀行に当たる物、いやそれ以上の物が商業ギルドの本体だということですか」

「なんと、銀行をご存知とは博学ですな。ええ古の銀行、いやそれ以上の存在です。これが出来れば商業の効率は飛躍的に高まる。交易路の安全と合わされば少なく見積もっても三倍、いや五倍を超える交易が実現する」


 確かにこれを成すためには大陸を管理する組織と力が必要だ。そして、同時に大きな疑問が解けた。向こうはあまりに歪だ。グランドギアーズという単一の力と、ポーロ・マドラスという圧倒的個人に完全に依存しているように見える。


 だがこの銀行、いや通貨システムが成立したら、大陸はおのずとそれに依存するようになるかもしれない。全ての都市を強固に結びつける糸になりうる。商業ギルドの運営費用もその決済の手数料で賄われるだろう。グランドギアーズは武力であるだけでなく、信用を支えるのだ。


 不味いかもしれない。仮に俺達のギルド会議が成立しても、そのギルド会議を商人ギルドが支配する潜在力があるのではないか。ポーロ・マドラスの構想に俺は圧倒されかけた。


 だが、厨房から漂ってきた香ばしい香りが俺の気持ちを支えた。俺達が用意した力は、決して劣っていない。いや、むしろ好都合なのではないか。俺たちのやろうとしていることと、銀行が結びつけば……。


「どうやら料理が焼けたようです。すぐに運ばれてきますのでお待ちください」


 俺は自信をもってそういう。そして俺の言葉に続くように、テーブルの内枠が回転を始めた。

2021年12月26日:

次の投稿は来週日曜日です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 話の内容についてけず木偶になる王族の前で、文官と商人が世界の未来を決める 極めて現代的な光景
[一言] ふと今年の大河の主人公を思い浮かべました。 やっぱりポーロさんこそレキウスの最大の味方ですね。
[良い点] 引くのか!歯車と転がるだけの何かの組み合わせで何を起こすのかワクワクしてきましたよ。 [一言] おじいちゃんは魔獣について、人類の生存を危うくする脅威ではなく、交易上のリスク程度にしか考え…
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