#11話 会場準備 Ⅰ
旧ダルムオン都市の中心、王宮の残骸のすぐ前では二つの工事が進行中だった。一つ目は正方形の建物で、ポーロとの契約交渉の場となる会議堂だ。もう一つはまだ骨組みだけの長方形の建物。工事の為、ラウリスから設計技師を呼び、グンバルドから川を使って資材が運ばれている。リューゼリオンからも何人かの職人が参加している。
壁が半分ほど出来上がった会議堂に入る。レイラが完成後の見取り図を手に内装についての職人たちに指示している。その横にはレイラの親父さんがいて、記憶を頼りにアドバイスしている。
デザインは簡素に、仕上がりは手抜きなく。ここに集まる予定のお歴々を知る職人たちは困惑しているようだ。招き入れる人間の職業と出自上、滅亡前のダルムオンを知るレイラの親父さんの記憶が頼りなのだ。
苦労する二人を横目に、建築現場の横にある本営の事務室に向かった。
事務室にはクリスティーヌとアメリアがいた。二人は何度も書き直した跡がある獣皮紙を前に眉間にしわを寄せている。都市連盟の運営を知るクリスティーヌと典型的な一小都市の文官であるアメリアの組み合わせだ。
「やはり問題は憲章の扱いです。決まった後、どうやって守らせるかが難問であるのはもちろんですが」
「はい。そもそも異なる都市の異なる立場の人間を集めて合意まで持っていくのが……………………。ええ、言うは易し。いいえ、文言にする事すら困難極まりないですね」
俺に気が付いた二人がこちらに目を向けた。特に、アメリアは話の途中で、口調を尖らせた。言いたいことは分かる。会議の進行形式を決めるといえば簡単そうだが、旧時代的に言えば立法過程だ。それも世界を管理する法の。だが、新しい社会の仕組みというからには、この仕組みが整ってなければ話にならない。
「それぞれの都市の各ギルド支部内での話し合いはここに来る前に支部内でまとめる。ここでの会議は二段に分け、まず各ギルド内で、つまり商人ギルド、職人ギルド、採取者ギルドでそれぞれの要求案をまとめる。本会議で話し合われるのはあくまでギルド間の調整である、という感じでしょうか」
「なるほど、最初の二つはあくまでギルドの自治の問題。ギルド会議が責任を持つのは最後だけ、ですね」
「身内の争いを終わらせておかないと、他のギルドとの利権争いで後れを取るわけですか」
二人は一切遠慮ない表現で理解を示すと文章にもどった。辛辣な事実をどう綺麗な文章にするのか、政治とはいつもめんどくさいものだ。
ちなみに、レイアードとヴォルディマールの両王子は本国で連盟盟主、つまり彼らの父である王の説得をしている。こちらは想像もしたくないくらい困難な仕事だ。ちなみにカインは都市の警備の為に、護民騎士団を率いて周囲を巡回している。最悪の場合、結界が使えないことを考えると、これも難問だ。
なんかややこしい作業は全部委員会のメンバーに丸投げしている気分になってきた。俺はグランドギアーズのこれまでの進路と都市上空での挙動の報告を手に取ると、二人の視線から逃れるように自分の持ち場地に向かった。
…………
階段を下って地下の結界室に入った。地下といっても本来上にあるべき王宮も、それにとって代わっていた魔蜂の巣もない今、円形の穴から青い空が見える。そこではシフィーとヴィヴィーがそれぞれの準備をしている。
他の委員がみんな大変な仕事を引き受けてくれているが、俺達錬金術班の役割が小さくなるわけではない。設備の整ったリューゼリオンの開発室を離れ、崩壊した都市に充填台から魔導鞴、各種触媒に魔導金属まで持ち込んだのは理由がある。
「俺達の目標はポーロにギルド会議を飲ませること。その為には二つの物を作る必要がある。一つはもちろん魔導砲だ。そして、もう一つはあの“仕組み”だ」
俺はそれぞれの設備の設置を終えたシフィーとヴィヴィーを呼んだ。結界器の横に詰まれた円筒形の砲弾と歯車やベルト、回転台などを指さして伝える。
「進まない砲弾っすか。あれは魔力結晶の合成器を回すために使うんじゃなかったっすか? つまり魔導砲の開発の一部だったはずっす」
「もちろん透明魔力結晶の合成器を回すのにも使う。だけど、それは今からやることの一部なんだ。むしろ大事なのはその他の方かもしれない。魔導砲の魔力については実は算段がある」
現時点の試作機ではグランドギアーズに対してハッタリにもならない。グランドギアーズに少しでも脅威と思わせるためには魔力、術式、そして魔導砲自体の飛躍的進歩が必要だ。その中でも全ての根幹であるのが魔力の強さだ。だが、その魔力の問題については解決策がある。
「本命の前にまずは魔導砲の話からしよう。試作機をここに持ってきた理由でもあるんだが……」
俺は周囲に目を配ってから、声を潜めて続ける。
「禁じ手を使うつもりだ」
「あんたが禁じ手以外を使うのを見たことがないんっすけど」
「はい。いつもの先生ですね」
一世一代の告白はヴィヴィーのみならずシフィーにも笑顔で流された。
「コホン。ちゃんと説明しよう。まず魔導砲はここから真上に打ち出すことを想定する。つまり、移動させる必要も、狙いを付ける必要もない」
グランドギアーズが各都市に示威行為をしていたとき、必ず王宮の直上に停止している。地下の結界器を『黒い魔球』で破壊する脅しだ。今回もそうする可能性が高い。
「それはつまり魔力を砲弾という小さな範囲に頼る必要はないってことだ」
「んっ? わかんないっす」
「もしかして砲身に魔力を流すんですか、先生」
「シフィーの答えが正解。砲弾を飛ばす力は砲身から供給するつもりだ。そして、その魔力源にはとびっきりの物、つまり結界器が吸い上げる魔力を使える。砲弾の中身である魔力結晶の魔力はすべて結界を抜くのに使う」
目の前にある白銀の結界器を指さした。もともと鉱山の魔力を干上がらせるため地脈の魔力を吸い上げる強化術式がある。最悪、結界を止めてでも全てを魔導砲に注ぎ込むのだ。
「なるほど、それならこれまでとは比べ物にならない魔力で打ち出せ………………んっ?」
ヴィヴィーがいぶかし気な表情で俺を見た。
「ちょっといいっすか」
「なんだ?」
「もしかしてグランドギアーズを落とそうと思ったら落とせるんじゃ?」
その言葉にはどこか恨みがましさがこもっていた。ヴォルディマールの前で魔導砲ではグランドギアーズを落とせないと意見させたことをまだ根に持っているらしい。だが、俺は首を振る。
「いや、おそらくそこまでやっても無理だ。向こうの中心の魔力は結界器よりも強い。しかも、もう五か月近く空にいるのに、まったく出力が衰えていない」
実をいえば、一つだけ通じるかもしれない方法がある。ただ、実現できたとしても文字通り運頼みになる案だ。確かに、もしグランドギアーズを破壊できる算段があるとなったら、ギルド会議がおじゃんになるというのもあるが……。
「それで先生。もう一つの大事な方というのは?」
「ああ、シフィーの作った真横に回転する砲弾を、もっと広く使うための仕組み作りだ」
後からわかったことだが、真横に回転させるのは進めるのよりもずっと難しい。文字通り絶妙のバランスがいるのだ。それこそシフィーじゃなければとても無理だっただろう。だが、おかげでこの砲弾は設置した場所でずっと回り続ける。
「砲弾の元は魔導艇のエンジンだ。船を前に進めるための動力であって使い捨てるものじゃないだろ。ならこの砲弾を元に戻そう。砲弾の回転をいろんなものを動かすために使うんだ。いわば、どこにでもおける、いろんな大きさにできる水車だな」
「水車……。魔導鍛冶ともあろう者が、あんなものを作るんっすか?」
ヴィヴィーは木の歯車や革のベルトを見て顔をしかめた。空を飛ぶグライダーや新型狩猟器といった洗練された魔術器に比べれば劣ったものに見えるのだろう。だが、その程度で疑問を抱いてもらっては困る。
「最終的にはあらゆる力仕事をこの砲弾でこなせるようにする。例えば水汲み、皮なめし、物を運ぶための荷車の回転なんかだ。商人、職人、採取者の為に使うと言い換えてもいい」
「なっ!!」
「遺産を普通の人たちの為に使うってことですか」
「ああ、シフィーが作ったこの砲弾は失敗作じゃない。世界の全てを変える大発明だ」
現在の社会はその生存を遺産に依存している。騎士は結界や魔導艇、そしてグライダーの維持に汲々としている。ポーロ・マドラスは最強の遺産の力で世界に改革を強制しようとしている。
それでは俺達の社会はいつまでたっても過去の定めたままだ。俺がこれから作り出すのが未来の社会の在り方であるなら、現状維持や恐怖ではなく、発展や希望も示したい。
いや、示す必要がある。異なる立場や都市の人間が協力するとギルド会議を成立させるためには、圧倒的な未来を約束しなければならない。騎士にも商人にも、そして職人や採取者にも。
「俺達が今から作るのは遺産じゃない。新しい魔術器だ。だからこの砲弾は砲弾ではなく魔力回転機と名付けようと思う」
俺はいまだ信じられないという顔の二人に向かって笑顔で言った。この白銀の円筒が社会を動かす。それが新しい社会における錬金術の居場所だ。