#10話 三つの提案「最悪」「不可能」「絶対に嫌」
「商人どもにギルド設立を認めるだと」
あらかじめヴィヴィーに補強してもらっていた机が辛うじてヴォルディマールの拳に耐えた。
クリスティーヌの魔導艇で旧ダルムオン都市に到着した俺達は、王宮跡近くの連合軍本営に入った。前よりも大分様になっていた会議室にはすでにレイアードとヴォルディマールが座っていた。提督と将軍の肩書を持つ二王子は、ぞろぞろと入ってきた俺達を最初怪訝な目で見た。だが、その目は続いて運び込まれた二つの白銀の物体に吸いつけられた。
悪趣味な言い方かもしれないが、予定通り両名ともかなり焦っているようだ。
俺は一人一人紹介しながら、連れてきたメンバーを席につかせた。ヴィヴィーやレイラが自分達と同じ席に着くことに怪訝な顔をした二人に、俺は魔導砲の説明に必要なことだと取り成した。二人の王子は仕方ないと納得したようだが、とりなされた方は納得していない感じだ。
会議が始まり、第一声からヴォルディマールが魔導砲の開発状況について問うた。それに対して、俺は素知らぬ顔でポーロ・マドラスの要求を飲むべきだと告げた。そして、ヴォルディマールの拳が会議室に響いたわけだ。
「……商業ギルドの設立を認める。つまり、魔導砲の開発には失敗したということか」
感情を抑えた声でレイアードが問うてきた。当然の解釈だろう。こちらとしても成果なしと思われてはこの後の話がこじれる。シフィーとヴィヴィーに試射の合図をした。大型魔導艇で運ばれた木の台座の上に、魔導砲の試作機が載せられる。大きな窓に砲口を向けた。
…………
小さな発射音の後、窓の向こうで轟音を立てて二つの建物が崩れた。王宮から遠かったため辛うじて原形をとどめていた文官官舎と思われる建物が二棟、砲弾に貫かれたのだ。
「魔導砲の試作段階の性能は今お見せした通りです。新型狩猟器と比べれば射程距離は五倍以上、破壊力に至っては千倍を超えるでしょう」
耳をふさいだレイアードとヴォルディマールに告げた。
「あと一月あればこの倍、いえ三倍の性能までは到達できるかもしれません」
「それならば――」
「足りないと思われます。お二人はグランドギアーズの追跡をしていた。休みなく大陸を一周した結果、その魔力がどれほど減ったのかも観測していたはずです」
ヴォルディマールの言葉を遮った。
「グランドギアーズの中心の魔力は殆ど衰えていない。ことによれば一年、いやそれ以上空に居られるのかもしれない」
「グランドギアーズが下りてきたところを狙う。つまり魔導砲でグランドギアーズを破壊するという解決策は分の悪い賭けと言わざるを得ない、そういうことですね」
先ほどの試射の目的は二つだ。一つは魔導砲の力が足りないことを示すこと。グランドギアーズには届くかもしれないが、都市結界よりも強力な結界を抜き、どう考えても魔導金属製の本体に打撃を与えられる可能性は絶望的だ。
もう一つは全くの逆だ。魔導砲がグランドギアーズ“以外”ならどれだけの威力を発揮するかを目に焼き付けてもらうこと。俺達がさぼったわけではないという言い訳ではない。これからの話し合いの為だ。
「私達としては現実的には魔導砲はポーロとの交渉の切っ掛け。つまりハッタリくらいしか使えないと考えています」
「交渉? さきほどお前は商業ギルドの設立を認めると言ったではないか」
「言い忘れていました。設立を許可するのは商人のギルドだけではありません。職人ギルド、採取者ギルドも設立します」
俺はギルド会議の組織図、この大陸の未来の社会システムを広げながら言った。
「……といった形で、この旧ダルムオンで各都市とギルドの代表者の会議をします」
「話にならん。商人どころか他の平民にも同等の権利を認めるなどあり得ぬ話だ」
「実質上の連盟の解体。あまりに譲歩が過ぎる。到底許容できない考えだ」
縦糸と横糸を指でなぞりながら、二人にギルド会議案を説明し終わった。俺の指が組織図を離れるや否や、完全なる否定が二つ飛び出した。
「その連盟の状況はどうなっていますか?」
首を振る二人の王子は、カインの言葉で動きを止めた。
「平民たちの陰に陽に行われるサボタージュ。そして各都市の騎士院、あるいは王宮の連盟からの離反の動き。そういう状況が頻発しているのではありませんか。傭兵団との戦いの為、少なからぬ騎士が旧ダルムオンに張り付いていました。各都市には負担が溜まっていたはずです」
カインの言葉は推測ではなく事実だ。ポーロの戦略に連盟が揺らいでいる。傭兵団を倒したにもかかわらず、より強力な敵としてグランドギアーズが現れ、それに対して手も足も出ない状況であるのだから、今後ますます加速する流れだ。
「だからと言って連盟を解体するなど……」
「ポーロ・マドラスの思惑のまま、つまり商業ギルドのみが設立された場合、事態は遥かに深刻です。都市の人口の八割である平民が商人の下にまとまって騎士に対抗することになります。力で抑えれば、最悪は内乱になります」
兄の言葉に答えたのはクリスティーヌ。彼女の言葉は脅しではない。単に事実だ。
「一方、ギルド会議で三つのギルドを認めた場合は」
「どうなる」
兄の詰問のような声音に、クリスティーヌはレイラを見た。
「あ、あの、平民もしょの、その……商人と、職人と、採取者では立場が違います。それぞれがギルドとなればその、一つにまとまることは難しい、です」
レイラが恐る恐る答えた。レイアードは考えこむ。都市の支配者である騎士の、それを束ねる連盟の頂点近くに位置する自分に意見したのが平民だということまで気が回っていない。
「平民が分裂すれば、文官を管理下に置く騎士は都市の指導者としての立場を保ちます。狩りと平民の保護のやり方に関して主導権を得られるでしょう」
「…………」
「魔導砲がグランドギアーズを落とせるまでに強化は、本当に出来ぬのか」
押し黙った東の盟主代理に代わって口を開いたのは西の盟主代理だ。将軍王子の獰猛な表情が向いたのは、小柄な魔導鍛冶の少女だ。
「む、難しいっす。これまでの開発で魔導砲の砲弾が大きくなればなるほど扱いが難しくなっていくのが分かってるっす。砲身の精度はグライダーの羽よりも気を使わないと駄目なところまで来てるっす。ええっと、少なくともあと二ヶ月でと言われたら、金槌を放り投げるしかないっす」
やけくそのようにヴィヴィーが答えた。彼女の言葉は魔導鍛冶としての正真正銘の本音だ。
「ポーロの“商業”ギルドに最も賛同するであろう各都市の商人たちも、“商人”ギルドとして発言権を得られることは利となります。同業者であるポーロに支配されるのはある意味恐怖です。また、職人や採取者も同様の立場を得るとなれば、騎士の正面に自分たちだけが立つ恐怖が和らぎます。騎士の都市における権限を確保するのに役立つでしょう」
俺は改めてギルド会議の利点を強調した。つまり、ギルド会議案はポーロ・マドラス以外にとって、ポーロ・マドラス案よりもいいのだ。まあ、これは当たり前のことだが。
「…………ギルド会議の狙いは分かった。だが、連盟を解体する必要はないのではないか」
「その通りだ。各都市がバラバラになってはギルド会議とやらもうまくいくまい」
初めて二人の口から『ギルド会議』という言葉が出た。俺達が説明した案を案として認め始めたということだ。だが、連盟の権能を奪われることへの抵抗は残るのだ。
「残念ながら連盟というのはギルド会議の一員としては規模が大きすぎます。ただ、旧ダルムオン都市と猟地が中立化するのは一種の境界です。ラウリスとグンバルドがそれぞれの中心的な存在という実態は残ると考えています」
「だが――」
「もう一つあります。東西の両連盟の将来の衝突の危険を無くすことです。私としてはお二人が将来あれを互いの都市に向けあう状況は避けたいと思っています」
これが試射のもう一つの役目だ。グランドギアーズには勝てない魔導砲でも、普通の都市を破壊し合うのには十分なのだ。それにしても、自分で作った新兵器で起こる争いを自分で納めるといって見せる。我ながらまるで錬金術士のやり口だな。
「最後に、ポーロ・マドラスにとって最大の敵は二つの盟主都市です。極端なことを言えば、両都市さえ潰せば残りの都市は勝手に独立します。ばらばらの一都市はグランドギアーズを後ろ盾にした商業ギルドに対して無力でしょう」
ポーロ・マドラス案は連盟の盟主都市、つまり目の前の二人にとって最もよくないのだ。ポーロ案は最悪、現状維持は不可能、ならば別の未来を選び取るしかない。その未来というのが今俺達が示したギルド会議だ。
これが、ポーロと両王子、両方を敵に回しかねない案を通す方法である。我ながら以下略。
「どれだけの理由を並べようと同じだ。出来ぬものは出来ぬ。全く立場も都市も違う者たちが集まって統制など取れるはずがあるまい。ただの混乱の場になるに決まっている」
「その通りだ。絶対的な力なしに大陸の管理などできるものではない」
二人は深刻な表情で答えた。つまり、俺達の案もダメだということだ。確かに、いまだ存在もしないギルド会議には何の信用もない。ただし、
「確かに困難でしょう。ですが、不可能ではありません。異なる都市の異なる立場の人間が意見を出し合って大陸規模の問題を解決するために話し合う。それは」
俺は両手を左右に広げた。
「たった今行っていたことです。我々はギルド会議設立委員会としてポーロ・マドラスと契約交渉するつもりです。両殿下にもぜひとも委員会への参加を」
両連合への説得は二人に頼むしかない。俺達はギルド会議自体を成立させるためにやることが山ほどあり、到底外のことには構っていられない。いや、リューゼリオンに対する説得もリーディアに任せているのだ。
長い長い沈黙を経てレイアードが言葉を発した。
「仮に我らがギルド会議に納得したとしよう。どうやって向こうに飲ませる。向こうは圧倒的に有利な立場にあるのだぞ」
「このダルムオンを材料に交渉します。先方にはこのような手紙を届けるつもりです」
用意しておいた招待状を見せる。商人の流儀に合わせた契約締結の場への招待状だ。会場は無論、ここ旧ダルムオンだ。
「まるで詐術ではないか」
「何一つ嘘は書いていません」
招待状を読んだヴォルディマールが顔をしかめた。俺はうそぶいた。瓦礫の街を大理石の都市と錯覚させる。それもまた錬金術の役目だ。
2021年11月21日:
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