#9話 ギルド会議設立委員会
魔導砲の開発室の奥、普段は設計図が所狭しと張り付けられている場所に立った。いつもよりも暗い空間に、俺が呼んだ六人のメンバーが集まっている。ちなみに部屋が暗いのは、入り口を閉じているからだ。
雰囲気は都市を転覆させんとする密談だ。今日の話はそれだけ慎重を要する。一方、メンバーは出身都市も立場もバラバラだ。普通に考えれば到底機密保持などできない。そのアンバランスが今から始めるプロジェクトの困難さを暗示している。
逆に言えば、この程度は出来なければこれからやろうとする大掛かりな企画など実行不可能である。
正面にいるのは赤毛と金髪の王女殿下。我がリューゼリオンのリーディアとラウリスのクリスティーヌ。かたや優れた若き騎士でありリューゼリオンの次代を背負う存在。かたやラウリス連盟という巨大都市とそれを中心とした都市間組織の管理に精通した文官姫だ。
二人から一歩引いた場所に立つのはカイン。採取労役者や市場の平民たちに密接して活動する特殊な騎士組織である護民騎士団の団長だ。さらに、旧ダルムオンでの傭兵団との一連の戦いを通じて両連合との共同作戦を何度も経験している。
三人の騎士の後ろに隠れるように、今度は何をするのかという視線をこちらに送っているのはレイラだ。魔力触媒の精製から、護民騎士団による採取労役拡大の差配、それに加えて麦の流通まで手掛ける。それこそ商業ギルドでもできたら大陸でも有数の商人になるんじゃないかという商人だ。
残りの二人は開発室の本来のメンバー。白魔術に天性の資質を持ち、もしかしたらグランドギルドに最も近いかもしれない騎士見習シフィー。グンバルド連盟でも有数の魔導鍛冶、おそらく今は一番の、ヴィヴィーだ。いつも通り、黙って俺の言葉を待っているシフィーに対して、ヴィヴィーはちらちらと作りかけの魔導砲試作機に視線を泳がせている。
冗談抜きで大陸を支配することくらいできそうなメンバーだ。これだけの人間を一堂に集める、それも用件を事前に告げずに、とは俺は実はかなり凄い人間なんじゃないか。
実際、大陸の支配云々を俺に言ったクリスティーヌとカインは場を見て少し緊張した表情になっている。安心してほしい、俺に世界を支配するつもりなどない。集まってもらったのは、世界の仕組みを変えるためであって、支配者のすげ替えではないのだから。
「今日集まってもらったのはほかでもありません。ポーロ・マドラスが突きつけてきた契約、商業ギルドによる世界の支配に対抗する方法を考えたので、それに協力してほしいのです」
集中する視線、ヴィヴィーだけちょっと逸れているが、を前に俺は話を始める。
「まず、商人ギルドの設立を認めようと思います」
第一声に、メンバーはそろって虚を突かれた顔になる。ポーロ・マドラスに対抗するために、彼の目的である商業ギルド、いやここでは商人ギルドだが、を設立させる。これは明らかに矛盾に聞こえるだろう。
「ただし、商人ギルドだけじゃなくて、職人ギルドと採取ギルドも設立します」
混乱が広がる六人に背を向けて、俺は壁に二枚の紙を貼り付ける。一枚は格子状の組織図。もう一枚はなじみの地図だ。
「つまり、各都市に商人ギルド、職人ギルド、採取者ギルドを作る。王宮は今まで通り都市の管理をするが、その管理の為に各ギルドの意見や要望を聞く」
組織図は都市の名前の下に(王宮:騎士+文官)(商人ギルド)(職人ギルド)(採取者ギルド)と縦に組織が並ぶ。そんな縦軸が都市の数だけある。
「そしてここで年に一度、各都市の騎士、各ギルドの代表を集めて会議を開きます。都市間の問題を話し合い各職業間の利害を調整する。決まったことは、大陸の全ての都市が守ることを義務付ける。つまり、騎士、商人、職人、採取者という異なる立場の人間が集まって、大陸の運営を行う『ギルド会議』です」
設計図の代わりに広げた地図の一点を指さす。リューゼリオンの北、三十年前に滅びた都市旧ダルムオンだ。現在三ヵ国連合軍の本営として少しづつ整備が進んでいる。大陸の中央にありラウリスとグンバルド、そしてリューゼリオンを結ぶ最良の立地だ。将来的には東西の争奪戦になりかねない危険物でもある。
これが俺の考えた新しい社会の仕組み、いわば現代のグランドギルドだ。ラウリスでもグンバルドでも、もちろんリューゼリオンでもない。商人でも騎士でもない。都市という縦糸を残しつつ、各職業のギルドという複数の横糸を組み合わせる。大陸をこれまでよりも安定して管理する仕組みだ。
開発室を沈黙が覆った。全員が壁の図にくぎ付けになっている。ちなみにヴィヴィーだけは、自分には関係なさそうという顔で、自分の机の設計図に目を泳がせている。
「「質問があります」」
クリスティーヌとカインが同時に口を開いた。カインがクリスティーヌに譲る。
「今の説明ですと騎士が都市を支配する体制は残りますね。一方、連盟はどうなるのでしょうか。いいえ、回りくどい言い方はよします。ラウリスとグンバルドの両都市の地位はどうなるのでしょうか」
「ラウリスとグンバルドの二都市には騎士会議の共同議長を務めてもらおうと思っています。魔導艇艦隊とグライダーの管理を握っている限り、東西それぞれの中心としての影響力は残るでしょう」
「つまり、事実上は解体するということですね」
両都市は東西の中心として影響力を保持すると思う。だが、連盟という東西を二分する組織はギルド会議が内包するには大きすぎる。その権能の多くはギルド会議に吸収するしかない。クリスティーヌの立場なら、叫び出してもおかしくない結論はあっさりと出された。ただし、流石の彼女も額に汗が光っている。
「そこまでする理由、つまり大陸規模の問題というのは具体的には何になるのでしょうか?」
「一番は都市間に起こりうる対立が戦争に発展しないように、仲介と話し合いの場となることです。もう一つは遺産です。戦車や新型狩猟器などの遺産が人間相手に用いられないように技術と知識の共同管理と監視を行います」
「……なるほど。確かに全都市として管理する必要がある項目ではありますね」
クリスティーヌが慎重に頷いた。
「リューゼリオンが先導していた錬金術がギルド会議に移ったらリューゼリオンの立場はどうなるのかしら」
「東西の大勢力に挟まれる状況を脱すること。ご近所に世界の中心で中立の都市が出来る。これがリューゼリオンにとっての利益です。東西両連盟を振り回している現状は将来的に維持不能です」
リーディアに答える。レイラが恐る恐ると言った感じで手を上げる。
「商人にとっては今と、商業ギルドが、その、騎士様の上に立つ状態との間くらい、ということでしょうか」
「基本的にはそうなる。ギルド会議を通じて交易に関して発言権を持つ。加えてここに中立の場が出来ることで大陸の市場が一つに結ばれる。直接的な利益で言えば一番大きいはずなんだ」
質問に答える形で大ギルド会議の利点を並べていく。各人は困惑しながらも俺の答えに頷いている。
「先輩らしいとんでもない案です。ギルド会議ができる利点は多くの人間にとって大きいと思います。ただ、同時に先輩らしいとんでもなく危険な案です。なぜなら……」
やっと口を開いたカインは試すような目で俺を見る。
「この構想、いえ社会の改革はあまりに大きすぎて多くの人々、特に一番恩恵を受ける平民が理解するまでは長い時間がかかります。一方、現在の両連盟の中心、つまりレイアードとヴォルディマールの両王子にとって自分たちの力が失われることは明白です。つまり、この案はポーロ・マドラスと東西の両連盟の両方を敵に回すことになります。違いますか?」
都市の上から下まで知っているカインの分析は鋭い。俺は素直に頷く。
「違わない。本来なら絶対に乗り越えられない問題だと思う。ただ、今だけはその問題を最小化できる。なぜなら」
メンバーたちに向かって小さく笑みを浮かべる。
「幸いにして現在、その二つは互いに敵対している。ポーロ・マドラスの描く未来にとって一番邪魔なのが両連盟。両連盟にとって絶対に受け入れられないのがポーロ・マドラスの描く未来だからです」
「つまり、レキウス殿は両方の対立の隙に、兄も含めてどちらも出し抜くと」
「両王子にはきちんと正確に説明します。ポーロ・マドラスの計画の全体像が現れたことで、対策の為に話し合いたいと両王子から要請が来ています。魔導砲の進捗もずいぶん気になっているようです。私はその場でポーロ・マドラス対策として今の案を提示するつもりです」
そこまで言って改めてメンバーを見渡す。
「その為にはここに集まったみんなの力が必要です。ギルド会議の具体化、そして両王子への説得について力を貸してほしい。つまり、皆には「ギルド会議設立委員会」のメンバーになってほしい」
俺は全員に向かって頭を下げた。ここにいる六人、俺を含めて七人で社会の仕組みを作り変える。そんなとんでもないお願いだ。当然、答えは簡単には出ないはずだ。とにかく一人一人時間をかけて説得、そう思って顔を上げようとした。
「ふふっ、個人的に協力すると言ってしまった以上、仕方ありません」
「先輩をあおった以上、責任がありますね」
「レキウス様に大陸の商いを仕切ってくれって、口を滑らせたのが運の尽きでした」
再び正面を向いた俺の顔は、さっきまでのみんなのように唖然としたものだっただろう。なんで頭を下げてから上げるまでの時間で答えが出るのか。もしかして説明の仕方を間違えたのではないかと疑うレベルだ。
だが、クリスティーヌはどこか楽しそうに、カインはいつも通り冷静に、レイラがぼやくように、協力を承知してくれる。
「ちょっと、それは一体何の話なのかしら。とにかく、お父様の説得には私が必要よね。もちろん私は参加するわよ」
「私は先生になら、どこでもついていきます」
リーディアとシフィーが続く。ここにいるメンバーで世界をひっくり返す、そういった雰囲気が醸成される中、
「お話は終わりっすね。要するにうちはこれまで通り魔導砲の開発ってことっすよね」
ヴィヴィーが言った。その視線は早く魔導砲にもどりたいと言っている。
「いや、両殿下との話し合いの場にはヴィヴィーも来てもらうぞ」
「はっ? 何言ってるんっすか。魔導鍛冶ギルドは作らないんっすよね」
「魔導鍛冶ギルドも文官ギルドも作らない。ヴィヴィーとシフィーには遺産管理の方で協力してもらいたい。それに委員会にグンバルドの人間が一人欲しい。ヴォルディマール殿下の手前も」
「それって私がヴォルディマール様の矢面に立たされるってことっすよね。下手したら裏切り者あつかいに……」
やっと当事者としての自覚が芽生えたヴィヴィー。彼女の疑問に答えずに、俺は更に付け加える。
「あと言い忘れていたけど、シフィーとヴィヴィーには魔導砲以外にも一つ作って欲しいものがあるんだ。ことによっては魔導砲以上に重要なものになる」
開発室の端には前に進まない魔導砲の砲弾とレイラが手配した歯車。透明魔力結晶の合成器に流用しようと思っていた失敗作だ。だが、これこそがギルド会議の最大の力になりうる。
「なんか私が一番大変じゃないっすか!!」
ヴィヴィーの悲鳴が開発室に響き、秘密の会合は幕を閉じた。
2021年11月7日:
来週の投稿はお休みさせていただきます。
次の投稿は再来週の日曜日、11月21日になりますのでよろしくお願いします。