#8話:前半 本当の勝負の姿
目の前には二枚の紙がある。
一枚目は鉱山要塞で連合軍に突き付けられた商業ギルドから騎士への契約だ。もう一枚はリューゼリオンの平民たちに撒かれたもの。こちらは商業ギルドから平民に向けた契約だ。二つの契約を並べることでポーロ・マドラスの策略の全体像が浮かび上がってくる。
「騎士が都市を支配する仕組みの問題を見事に突いてきたか」
現在の社会は都市とその周囲の猟地を単位として、それを各都市の騎士が支配する形だ。人口の一割の騎士は猟地での狩りで直接、周囲の魔獣を排除することで平民の採取労役を可能にするという形で間接的に、食料及び資源の獲得に必須の役割を果たす。つまり、都市住人が生きて行くには騎士の狩りが必須だ。
都市運営の実質的な主体は文官組織だ。文官組織は王を主と仰ぎ、騎士院によって監察される。彼らの目は必然的に騎士に向くことになる。ところが騎士が重視しているのは狩りであり、騎士院での縄張り争いだ。
一方、都市の人口の残り八割以上が平民だ。彼らは都市に住まわせてもらう代償として人頭税を支払い、支払えない者は危険な採取労役に赴く。採取労役はいわば罰則でもあり、彼らの保護は騎士の義務ではない。採取労役者ほどではなくとも商人や職人も騎士と騎士の方を向いた文官組織によって振り回される。
騎士の狩りが都市の食料と物資の生命線だから成り立っているが、潜在的に大部分の人間に不満が溜まるのが現状の仕組みだ。
ではポーロ・マドラスが提示した契約はどうか。
俺達は、商業ギルド設立は騎士に代わって商人が直接都市間の交易を取り仕切る物だと考えた。猟地、つまり基本内向きの騎士には都市間関係という広い世界の管理は出来ないと考えたポーロが、大陸規模の管理に対しての支配権を商業ギルドという形で要求したのだと。
これは半分しか正しくなかった。あの契約は騎士と文官という人口の二割以下に向けた物。今回街にばらまかれたのは残り八割以上の平民に向けての契約だ。
要するに商業ギルドが平民の代表として騎士と文官に対峙すると言っているのだ。各都市の商業ギルドが平民の代表としてより平民に寛大な統治、何よりも魔獣からの保護の義務化を要求する。
これは非合理に見える。これらの負担により騎士の狩りが減れば都市の食料や資源の獲得効率が落ちる。結局は皆が損するのではないか。だが、俺達は護民騎士団の活動により知っている。騎士が採取労役の保護に力を配分すれば、失う狩りの獲物以上の食料が獲得できる。そもそも物資のほとんどは元々が採取労役の物だ。物資が十分に供給されれば職人も潤い、さらに都市間の交易が盛んになれば商人も利益を上げる。
つまり、ポーロ・マドラスの示した契約は人口の八割にとっては間違いなく今よりも格段に良く、そして全体としても豊かになる可能性が高いのだ。
これまで九割がた狩りと権力争いに注がれていた騎士の力を、交易路と採取保護のために三割も振り向ければ、世界全体がよくなるということだ。現状の社会制度がそれだけ無駄が多いのだ。もともと一都市を治める仕組みがこれなのだから、都市間関係を無理やり従来の延長線上で管理する連盟はさらに無駄が多いだろう。
さらにカインの予測では、連盟に不満を持つ都市の騎士も取り込もうとしている。連盟からの独立を餌にされれば離反する都市が出現する可能性がある。商人からの利益に弱い文官や、平民からの圧力も働くことが予想される。
都市の上空を飛ぶだけというぬるく見えた行動は、騎士に対する示威行為というよりは、騎士が手も足も出せないグランドギアーズが商業ギルドの後ろ盾としての力を提供することを知らしめる、平民に対してのアピールだったのだ。
つまり、俺達がグランドギアーズという一つの遺産に対抗する魔導砲を開発しようとしている間に、ポーロは社会全体に働きかけ、その八割、いや九割以上を味方にしうる戦略を実行していたことになる。単に自分が騎士の上に立つなんて話ではなく、社会全体を変えるつもりだ。
壮大で恐るべき計画だ。こちらの想定をはるかに超えるものであり、俺達は根本的に対応を変更する必要がある。それも契約期限までの残り四ヶ月で。ただし……。
(でも結局グランドギアーズがあって初めて成立する作戦だよな)
向こうの力はあの空中要塞、それは変わらない。つまり、あれさえ落とせばポーロがどれだけとんでもないことを考えようと机上の空論。そうともいえるのだ。
だが、以前考えていたよりもはるかにグランドギアーズの性能が高いこともわかった。あれが空から降りてきたところを叩くという戦略が機能しない可能性がある。
しかも、仮にグランドギアーズを破り、ポーロの計画を阻止したとしよう。その後、リューゼリオンの立ち位置という次の問題が生まれるのだ。リューゼリオンを巡って東西両連合がぶつかる。最悪騎士の戦争によって世界が破滅に向かう。
リューゼリオンという都市の立場で見ればだが、極端なことを言えばラウリスとグンバルドという盟主都市二つをグランドギアーズが破壊してくれたら、戦後の心配は消滅する。グランドギルド滅亡後の各都市が孤立して生きていた時代にもどる。
「その間にリューゼリオンがグランドギアーズをはるかに凌ぐレベルの魔導兵器を開発すれば……」
思わず口から出た言葉に戦慄する。それは要するにリューゼリオンから第二のグランドギアーズがって話じゃないか。そもそもこういう考え方自体、どの都市が現代のグランドギルドとして世界に君臨するのかというレベルの話だ。ポーロ・マドラスの計画の全体像を見た後では稚拙とも思えてしまう。
つまり、俺達が今やろうとしていることは世界全体にとって悪ではないのか。そんな考えまで浮かんでくる。連盟というしがらみにとらわれた両都市と違ってリューゼリオンの立場はある意味身軽だから……。
…………本当にそうか? 本当にポーロ・マドラスの計画は完璧か?
騎士一強の現在の社会の仕組みには確かに問題がある。無駄も多い。その延長線上の都市連盟という仕組みは相応しくないのだろう。だが、ポーロ・マドラスとの契約に従えばどうなる。最終的に商人一強になる。商人が職人や採取労役者を食い物にする例などいくらでもある。文官組織が騎士ではなく、商人に仕えるようにでもなれば、おそらくそうなる。
そもそもグランドギアーズという過去の圧倒的な遺産に頼っているやり方はとても危ういのではないか。ポーロ・マドラスが死んだらどうなるのか。
騎士では駄目、商人でも駄目、いっそのこと中間に居る文官が管理するか。騎士から脅され、商人から買収されるだけだ。
「勘弁してくれ。勝っても駄目、負けても駄目。解決の存在しない問題じゃないか」
頭を抱えて机に伏した。そもそも都市の外円と内円の間、騎士団本部の地下の小さな部屋で考えるには大きすぎる問題だ。
「待てよ。むしろこの小さな組織こそがヒントじゃないのか……」
騎士が勝つか商人が勝つかじゃない。ポーロよりも優れた社会システムをこちらが提案する。いわば社会の未来像という形で彼と勝負する。むしろ突き付けられた勝負の土台に乗ってしまう。
だが、新しい社会について俺には具体的なアイデアはない。ならば、いま少なからず新しい社会システムを実行している人間に話を聞くのがいい。
俺は階段を二つ上がり、団長室のドアを叩いた。
…………
「なるほど。確かに容易ならざる問題ですね」
「今回の情報がいち早く手に入ったのはカイン達の活動あってのことだろ。それって騎士と平民が一体になってるってことじゃないか。少なくとも従来の仕組みよりは」
「確かにそうですね。ただ、護民騎士団はあくまで一都市内のそれも一部の仕組みです。全都市に護民騎士団を設立できますか? その後護民騎士団が世界を管理できますか?」
「……そりゃ無理だな」
そもそもリューゼリオンの護民騎士団がうまく機能しているのは小都市の二十人の騎士で、両連合盟主都市の間にあっても存在感を発揮して見せたリーダーであるカインの力が大きい。一都市一カインを前提にして計画は立てられない。
「ただそうですね。今の話を聞いた後で僕の思いつく解決方法は一つです」
「ぜひ聞かせてくれ」
「ええ。まず大前提としてグランドギアーズとの戦いをなるべく長引かせる必要があります」
「まずは時間を稼ぐというわけだな」
「はい。その間に、旧ダルムオンを対グランドギアーズ基地として整備します。文官組織はクリスティーヌ殿下の伝手で、魔導鍛冶はヴィヴィーを中心に整備します。警備に関しては我々護民騎士団が担当しましょう」
「かなり大規模だな。まあグランドギアーズ対策となるとそれくらいは必要になるか……」
問題はその後だ。俺は固唾をのんでカインの言葉を待った。
「それらの仕組みを使って魔導砲を量産します。あと我々の新型狩猟器も強化してください。できれば戦車も欲しいですね」
「グランドギアーズ相手に戦車? それで……」
「魔導砲でグランドギアーズを倒した後、残った最強の軍を率いて先輩がダルムオン王、いえダルムオン大王として全ての世界を支配します」
カインが両手を広げていった。
「クリスティーヌ殿下やリーディア殿下、シフィー。これらの協力があれば可能だと思いますよ。後はレイラあたりに東西交易を仕切らせれば、ダルムオンが世界の中心になります。そういった力を背景に各都市の騎士を護民騎士団のシステムに近づければ平民たちの支持も得られます」
「ええっと……」
「どうですか。今しかできないことですよ」
「どうもこうもない。冗談だよな」
「さて、ポーロ・マドラスは商人。先輩は文官です。商人が世界を支配するなら、文官が支配してもいいでしょう。リューゼリオンにとっても最良に近い結末ですよ」
全ての都市の王の上に立つ大王。いや、旧時代の『皇帝』じゃないか。皇帝レキウス全く似合わない。
クリスティーヌ、カイン、シフィー、ヴィヴィー、レイラ。これだけ揃えばそりゃ世界の管理くらいは出来そうだけど。
「まあ、今の冗談はともかく」
カインは表情を改めて俺を見た。
「新しい世界というのならば、その世界における自分の位置を定めておくべきでしょう。自己の存在を前提としない計画を立てる人間にはそれこそ危うくてついていけません」
「それは……」
「俺はカインの先輩であり、上司でも主でもない」という反論が口から出かかったが、飲み込んだ。カインの冗談はもちろん採用不可能だ。ただ、彼が言ったことのいくつかが、いや多くが真実をついていると思わざるを得なかったのだ。
「他の人間の意見も聞いて考えるよ」
取り繕うようにいうと団長室を出た。
2021年10月24日:
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