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#7話 真の目的

「つまり水車の車以外の部分が必要ってことですか?」

「そういうことなんだよ。レイラの所は水車を使う作業は手の物だろ」


 王宮の地下の充填台の前。俺は透明魔力結晶の合成器に水車の仕組みを取り入れる相談を持ち掛けていた。魔導砲の開発の為には、まず第一に高品質な透明魔力結晶の合成が必要であり、その為には安定した回転が必須だからだ。


 戦いの後がいかに不安であっても、そもそも勝てなければどうしようもないのである。


「そりゃまあ、染料だけじゃなくて魔力触媒の精製とか麦を挽くのにも使ってますから」

「むしろそっちの方が本業の勢いだよな」

「……そうですね」


 誰のせいだという目がこちらに向いた。それでもため息を一つ付いた後、レイラはじっと目の前の合成器を見る。


「水量関係なく一定の速度で回転する車から繋ぐなら、むしろやりやすいかもしれないですね。ただこれを見ると石臼よりも陶器を作るのに近そうですね……」

「ああなるほど。ろくろみたいな感じか。確かに力よりも滑らかさだ」

「ええ、ろくろに水車は使いませんけど。仕組みだけなら持ってこれるかも……」

「やれることは全部試したい」

「わかりました。ただ複数の工房の職人が絡みますから調整が大変になりますけど。それよりも……」

「問題が?」


 ちらっと俺を見て不安そうになったレイラ。


「そうじゃなくて、騎士様の大事な遺産に職人の仕事をくっつけるっていいんですかって」

「何をいまさら、レイラの所で作ってる触媒はどうなるんだよ」

「…………そうですね」

「必要な職人の手配だけ頼む。作業の指示はヴィヴィーはまずいかもしれないな。俺がするから」

「……わかりました。調整の方は何とかなる部分はこちらでもやっておきます」

「助かる」


 ◇  ◇


 透明魔力結晶の算段を付けた、レイラに丸投げした感じだが、俺は開発室にもどって次の課題である砲塔に取り掛かる。帰ってきた俺を見たヴィヴィーが待ちかねたように机の上に設計図を広げた。


「…………新型狩猟器に比べて砲口直径が十倍ってところか」

「魔力的にこの大きさが限界っすね」


 弾丸は両手で作る輪っかくらいになる。表面積が百倍、重さが千倍、試作の大きさとしてならば野心的すぎるくらいだ。問題はこれ以上大きくできないということだ。


「横だけでなく縦に分割したらどうなる?」

「それをやると発射の衝撃で術式とズレるっすよ。最悪折れるかもしれないっすね」

「なるほど」

「あと、同じ制限が砲弾の方にもかかるっすから……」

「砲弾は底以外は分割できないんだよな。となると魔力自体を上げるしかないわけだが。これ以上の魔力源と言ったら結界器から直接くらいしかないよな」

「それって結界を止めるってことっすか?」

「仮にこの倍としてどれくらいの時間がかかる?」

「……一日や二日の話じゃないっすよ。どんだけ頑張っても一週間は欲しいっすね」

「最終的には必要になるだろうな。リューゼリオンじゃ無理だな。となると旧ダルムオンか……」

 一週間都市が無防備になる。最低でも多くの騎士で都市の城壁の警戒が必要になる。そういう意味では旧ダルムオンは良かった。組み立てはあそこでということになるか。

「とにかく試作はこれで行こう。これが完成するころには触媒もそろっているはずだ」

「了解っす」

「先生、術式のことで」


 シフィーから新しいデータを受け取る。新型狩猟器の弾丸に新しい魔力結晶の組み合わせ。魔力の無駄はかなり改善してきている。


「かなり改善してるじゃないか」

「そうなんですけど。ただこれからのことを考えると……」

「改善が頭打ちか……。いや、どちらにしても術式は最後だからな。試作機のデータが取れるまでは今の方向で頼む」

「わかりました」


 俺はシフィーにそういうと開発室を出た。次は触媒だ。魔力結晶、砲身、触媒、そして術式。本来なら一つ一つやっていかなければならないことを並行して進めることになっているのはやはりきつい。特に最後になる術式だ。試作で術式に本当に必要とする要件について推測できなければ、全てのしわ寄せが行くのだ。


 ◇  ◇


 護民騎士団本部には予定通りドラゴンの血清がきていた。ちなみに運んできたのはカインだ。物の重要さと貴重さを考えれば当然だ。彼は帰還後すぐに視察に出たらしい。


 そういえば市場の方が騒がしかった。相変わらず外円での護民騎士団の人気は凄い。おかげでデュースターが壊滅したことによる動揺や食料調達の調整もうまくいっているのだろう。今都市内が動揺でもされたらたまらないのだから、重要な役目だ。


 地下に降りた俺は厳重に梱包された触媒の原料粉末を確認した。材料を受け取りに来るレイラを待つために一階に上がった時だった。外の騒ぎが尋常ではないことに気が付いた。


 本部から顔を出そうとした時、レイラが飛び込んできた。彼女は俺を見ると青い顔で空を指さした。慌てて上を見ると上空をゆっくりと移動する円形の物体があった。


 我が物顔でリューゼリオンを見下ろす空中要塞、グランドギアーズだ。ついにリューゼリオンにも表れたか。市場はもちろん街の人たちも大騒ぎになっている。護民騎士団員とカインが必死で落ち着かせようとしているのが見える。


 グランドギアーズは市場の真上にしばらく停止してから、悠然と王宮に向かった。俺はそれを呆然と見送るだけだった。


 ラウリスからグンバルドまでグランドギアーズが途中で拠点に寄ったという報告はなかった。都市グンバルドに現れた後は加盟都市を巡っていたのだろう。そのグランドギアーズが今リューゼリオンの上空にある。そこから導き出されるあれの最低航続距離は……。


「少なくとも大陸の全都市を無補給で巡回可能、おそらくそれ以上ってことか」


 まるで騎士を睥睨するように王宮の直上で停止したグランドギアーズ。それはこの都市などいつでも滅ぼせると言っているようだった。示威行為をやっているということを知っていても、実際にこれを見るとやはり衝撃だ。全ての都市の騎士があの空中要塞の威容を見せつけられたということだ。


「先輩少し」


 平民たちを落ち着かせていたカインが団員とともに戻ってきた。騒いでいた市場は落ち着いている。彼らがこれまで積み上げた信用を感じる。


 だが、人々を安心させるカインの笑顔は俺を見るなり曇った。俺はいざなわれるまま二人だけで二階の団長室に入った。机に座ったカインは手に抱えていた紙の中から一枚の紙を俺に渡した。


「グランドギアーズの出現と同時に市場の中心に張(貼)られていました。さらに、同じものが昨夜からいろいろな場所に回っていたそうです」


 商業ギルドからリューゼリオンの外円の住人、つまり商人、職人、そして採取労役者など、要するに平民に向けられたものだった。内容は人頭税の廃止からはじまり、職人を騎士の理不尽な要求から保護する、採取労役産物への正当な報酬と採取活動の保護を騎士に義務付ける、などが並ぶ。


「これが何枚も街に出回っていた」

「商人や職人、それに採取労役の人たちが持ってきてくれました」

「まってくれ、こんな話はラウリスからもグンバルドからも聞いてないぞ」


 そう言った瞬間、事態の深刻さに気が付いた。


「……そうかカインたちの信頼があっての話か」

「さすがに今頃は気が付いているかもしれませんが」


 ポーロ・マドラスはラウリスからグンバルドまで全ての都市で同じものをばらまいたに違いない。そうしない理由は全くない。だが、それらの都市ではそれが騎士の目に届くことはなかったのだ。


 採取労役者を守り、採取産物についても麦をはじめしっかりとした扱いをしてきた。平民に密着して活動していたカイン達だからこそこの情報が即座に届いたのだ。


 他の都市ではこの情報は静かに浸透し、様々な問題を引き起こし始めている可能性がある。いや、それ以上だ。俺達はポーロ・マドラスの戦略の半分も見えていなかった。


 都市の上空を悠然と通過、騎士が自分たちには手を出せないことを誇示しながら、平民相手には自分たちの存在がいかに利益になるかを宣伝。騎士相手の単なる示威行為と思っていたのが迂闊だったのだ。


「これは予想ですが。リューゼリオン、ラウリス、グンバルドという連合軍の中核とみなされる以外の都市では騎士向けの働き掛けも起こっているのではないでしょうか」

「……ラウリスではランデムスで反乱まであったからな」

「ポーロ・マドラスが半年の猶予を与えた理由はこれか」


 鉱山でポーロ・マドラスの契約を見た時から感じていた違和感、それが最悪の形で晴れたことになる。半年は俺達じゃない、彼らのために必要だったのだ。


 しかも、グランドギアーズは想像以上の航続距離だ。あの高さに届けるなど期限までにどれだけうまくいっても無理だ。


 二階の窓の外、北の空にはまだ小さなグランドギアーズが見える。俺達がアレにどう対抗するかを考えている間に、ポーロ・マドラスは世界の全てに働きかけていたことになる。完全に状況を見誤った。

2021年10月17日:

次の投稿は来週日曜日です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 離間工作をするにしてもおじいちゃんへの信頼が無いからなあ、 結界をぶっ壊すぞと脅してくるような外道からの提案とか、誰も信じられないと思うんです。
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