#6話 個人的な話
王宮の地下にある充填台。その上で回転する白と黒の装置は透明魔力結晶の新型合成器だ。充填台からの透明な魔力が籠の中で魔力塩の液体を結晶化させていく。その中心は回転する種結晶だ。
真剣な目で成長中の結晶を見るのは製作者であるヴィヴィー。一方、俺は汗を流しながら労働にいそしんでいた。要するに合成器についたハンドルを回転させている。
「……大きさ、形は設計通りっすね」
出来上がった透明魔力結晶を取り出したヴィヴィーが言った。小柄なヴィヴィーの握りこぶし大の結晶は、これまで合成してきた粒とは大きさも透明感も全く違うように見える。
単一の結晶は同じ重さのバラバラの結晶とは魔力容量が全く違う。しかも、形は籠の形に対応して調整できる。つまり、魔導砲の弾丸用にぴったりの形を作れる。
「ただし、質には問題ありっすね」
「どういうことだ?」
首をかしげる俺にヴィヴィーの手から結晶が渡された。なるほど、手触りで表面に細かな段差があるのが分かるな。しかも、光に照らすと結晶内にいくつかの筋が見えた。
「つまり俺の腕の問題ってことか……」
「どちらかといえば手動の限界っすね。出来たものを叩いて形を整えるってわけにもいかないっすからね」
目的の結晶はもっと大きい。今回は試作だから形が分かった時点で切り上げただけだ。それでこれということは本番ではもっとひどいことになる。
ちなみに鉱山にあったこの装置の原型には回転まで魔力で動かす機構があった。超厳密な制御で戦車のあの球形の車輪内の結晶を作り上げていたのだ。ここにあるのは原理部分だけだ。周辺の細かい機構はとても再現できない。
「いや、最初としては上出来だよ。新型狩猟器の弾丸の大きさの物を作ろう。これまでの弾丸と比べれば現時点でどれくらい強化できたかわかるはずだ」
ヴィヴィーが小さな籠に換えて魔力塩と新しい種結晶をセットする。慎重にハンドルを回す。同じ動作をなるべく同じ速度で延々と繰り返す。まるで水車にでもなった気分だ……まてよ。
「正確に一定の速度で回転……。これエンジンを使うといいな」
「どういうことっすか? 私らが今作ってるのがある意味エンジンじゃないっすか」
「この充填台の横にエンジンを立てて回転させる。その回転を合成器に繋ぐんだ。ほら水車の仕組みの流用だ」
「水車……あの河で回ってるやつっすか。職人仕事に使う物っすよね」
ヴィヴィーが嫌な顔になった。文官と同じく騎士に直接仕える魔導鍛冶は、平民の仕事などご存じないということだ。木の机の修理すらプライドが傷ついていたみたいだったな。
「これに関してはこっちで引き受ける。レイラに相談して水車の仕組みを使えないか聞いてみる。ヴィヴィーは砲身を大きくする算段を進めてくれ」
「よくわかんないっすけど、わかったっす」
…………
開発室にもどった俺はシフィーと魔力結晶をテストする。新型狩猟器の弾丸用に小さめに作った結晶を込めて威力を試す。長い水桶で距離を測定する。同じ大きさで1.5倍くらいの威力になった。
「やっぱり一つの結晶というのが効いてるみたいだな」
「そうですね。一度に発生する魔力の量が全然違います」
距離を測る俺がそういうと、隣で魔力測定儀の回転を記録するシフィーが言った。
「最初のテストとしては上々だけど。目的を考えると厳しいな」
「はい。潜在的な魔力出力はもっとあげられるはずなんですけど……」
「今の時点で術式がついていけてない、か」
「明らかに魔力が残存してます」
シフィーが測定結果を見せる。表面積と体積の関係から考えると、1.5倍になった程度ではきつい。というか、射程距離はこれまでの何倍もいる。とはいえこの段階で術式を大幅にいじることもできない。
「試せるのは弾丸の長さかな。今回の場合騎士が手で持つという制約はないから」
「わかりました。術式を縦の長さで調整してみます」
「ええっと、多分だけど」
「はい。繰り返しですから、長さが増えても一定の単位ごとですね」
「そう、そういうこと。俺は今から王宮に報告に行くから、その方向でやってみて」
「わかりました」
術式に関しては俺が必要かもうわからないな。シフィーの判断で進めてもらった方が早い気がする。そんなことを思いながら中庭を横切り王宮に向かった。
◇ ◇
「魔導砲に必要な三つの要素の内、魔力結晶については一応のめどがたっています。砲身である魔導金属の大型化は試行中。魔力触媒については原料待ち。これが現状となります」
王と文官長に現状報告をした。二人の顔に疲れが見える。デュースターというリューゼリオンの騎士院議席を多く有した家が崩壊したのだ。騎士院の再編が大変なのだろう。
そういえばマーキス家、つまりヴェルヴェット嬢の家は騎士院の議席を得たらしい。娘の功績による突然の出世である。ある意味で言えば旧デュースター閥の恨みを受ける、つまり王家の盾にさせられているところがある。
こういった政治的なことに俺は一切噛んでいない。ただ、そんな俺にもその困難さは想像がつく。一都市の範囲でこれなのだ。そしてその“政治”の範囲は一都市にとどまらない。
「魔導砲が完成したとして。グランドギアーズに対抗しうるか」
「今後の開発次第としか。特に各要素を繋ぎ合わせる術式に大きく作用されると考えます。仮に理想的な形で完成したとしても脅し程度かもしれません」
「相手はグランドギルドの頂点であろうからな」
「はい。正直言えば厳しいものがあります」
俺が答えると、王は珍しく逡巡の表情を見せたあと次の問題を口にする。
「新型狩猟器の開発、鉱山の設備の分析、それを受けての魔導砲の開発。これらが三都市の連合体制である以上、この成果は共有されることになるな。これまでリューゼリオンが独占していた知識と一緒に」
「…………」「…………」
俺と文官長は沈黙した。
王の言葉は戦いの後の話だ。まずは勝たなければいけないのに楽観が過ぎる、わけではない。三人そろって苦い顔を浮かべているのが証拠だ。なるほど敵は強大である。そして強大だからこそ現状リューゼリオン、ラウリス、グンバルドはしっかりと手を結んでいる。
東西の都市連合に対し、リューゼリオンという一都市が対等、もっと言えば主導しているのは錬金術関係の知識と技術があっての話だ。それが今回の戦いを通じて崩れる。ただでさえ元々俺達の錬金術知識を実体化するためにはラウリスのエンジンやグンバルドの魔導金属技術が必須だったのだ。
旧ダルムオンの鉱山と猟地の共同管理を通じて両連合とリューゼリオンの協調体制を作るという、以前の思惑はポーロ・マドラスへの対応で全く進んでいない。いや、新型狩猟器の存在と今回の開発という要素が加わった今、おそらく不十分だ。
つまり、グランドギアーズを倒した後には、圧倒的な弱者としてのリューゼリオンが問題を解決した東西両連合の間にある状況が出来上がるのだ。共通の敵がいなくなった後で東西が対立を再開でもしたら……。
「ラウリスとの調整がますます重要だな」
「クリスティーヌ殿下が大使館にもどられているので、これから向かいます」
◇ ◇
「なるほど。触媒の方は何とかなりそうなんですね」
「はい。兄からの知らせでは火竜はすでに狩りに成功。今は水竜の生息場所を探索中だそうです」
「順調ですね」
金髪の姫君はいつもの白いドレスを纏い笑顔で迎えてくれた。ラウリスも参加しているドラゴン狩りの成功は喜ばしい。全く以て騎士同士の殺し合いに比べれば遥かに平和な話だ。
ラウリスもグンバルドも俺の方針通りに事を進めている。世界を動かしている錯覚すら覚えそうだ。もちろん完全な誤解だ。この状況はポール・マドラス、いやグランドギアーズという強大な共通の敵があっての話。この戦いの後、俺の影響力など一瞬で消える。
「一方、同時に行われて…………の方は芳しくないようです。…………レキウス殿?」
「えっ、あ、はい。失礼しました、何の話でしたか」
「グランドギアーズの拠点探しの件です」
「あ、ああ。そうでした」
レイラがクリスティーヌ相手にやらかしたと気にしていたが、俺も人のことは言えないじゃないか。
「グランドギアーズはラウリスの加盟都市を一回り、その経路は魔導艇のリレーで追っています。少なくとも東方に拠点はないでしょう。ドラゴン狩りの方から届いた報告でも、同じくです」
クリスティーヌは地図を広げていった。そこにはグランドギアーズの移動経路と、各都市の上空に現れた日時が記録されている。
「ということは拠点はグランドギルド跡ではないということでしょうか」
竜の生息場所はグランドギルド跡周辺の山脈、拠点の有力候補もグランドギルド跡だ。竜狩りはいわば一石二鳥の作戦だったのだ。
「それが分からないようです。現在のグランドギアーズの位置ですが。ヴォルディマール王子からの書状があります」
書状にはグランドギアーズが都市グンバルドの上空に現れたという情報が怒りとともに書いてあった。グンバルド連盟の盟主都市が頭を商人風情に踏みつけられたというわけだ。
この情報はグンバルドの面目以上の意味がある。
「つまり休みなしで二週間で大陸東西を移動したことになりますね。上空に姿を見せる以上のことをしないのは、魔力の節約だとも考えられますか……」
それでもグランドギアーズの行動半径はかなり広いということだ。いや、戦車のように予備の魔力結晶を大量に用意していたのかもしれない。ならばそれが切れれば……。
…………
「私はこれでお暇します」
大使館の玄関でそういっていとまを請うた。だが、クリスティーヌは玄関を出た俺についてくる。門に向かう途中、クリスティーヌはあたりを見回した後で口を開いた。
「レキウス。先ほどの沈黙ですが。もしかして戦いの後のことを考えていたのでしょうか。例えばリューゼリオンの立場とか」
「……そんなにわかりやすかったですか」
辛うじて足を止めず済んだ俺の隣に並んだクリスティーヌは蠱惑的な瞳でこちらを見る。
「提案があります」
「…………お聞かせいただきたい」
この問題に関してラウリスの姫君と相談というのは的確ではない。だが、能力的にはもちろん、将来の戦争を懸念するという意味でも利害が一致する。ゆえに俺は希望をもって彼女の言葉を待った。
「レキウスが世界を治めるというのはどうでしょうか」
「聞かなかったことにしたいのですが」
思わず足が止まった。いつもの冗談かと隣を見る。だが姫君の表情はさっきと打って変わって真剣だった。
「もちろん個人的な話です。逆に言えば個人的には協力してもよいという話でもあります」
「…………理由をお聞きしても?」
「私が心配しているのはリューゼリオンではなくレキウスです」
「私、ですか」
「ラウリスの王女としての立場で言えば、これまで協力してきたリューゼリオンに対してラウリスが恩知らずではない、というのが答えになります。ただ同時に――」
文官姫は俺に背を向けて庭をみる。
「仮にグランドギアーズを打ち倒したとしましょう。ですが、第二、第三のグランドギアーズがこのリューゼリオンから出現しないか。その不安からラウリスが解放されるのは難しいでしょう。ある一人の存在がある限り」
考えた以上に危険な話だった。確かに、仮にラウリスとグンバルドが争うなら、俺がいる方が勝つ。その程度の自負がないかと言われれば、それはある。少なくともそう思われるくらいのことはやってきた。
つまり最悪、俺が両連合の戦争の火種になるということだ。
「誠実な答えをありがとうございます」
俺は姫君に一礼して大使館の門を出た。
天を仰いだ。雲一つない空が広がる。少なくとも今リューゼリオンは平穏だ。だが、この平穏を作っているのは、あの空中要塞なのかもしれない。やってられない話だ。
2021年10月8日:
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