#5話 魔導砲計画
「俺達がこれからやらなくちゃいけないのは新型狩猟器の強化。目標は『グランドギアーズ』に対抗できる射程と威力だな」
リューゼリオンにもどった俺は新型狩猟器の開発室にシフィーとヴィヴィーを集めてそう告げた。
ちなみに、この第一声はかなり考えた。まず、あくまで既存の狩猟器、といってもつい最近できたのだが、の改良であり一からの開発ではないということ。射程と威力の強化という方向性も明確に打ち出す。
あたかもこれからやろうとすることが、これまでの延長線上、つまり実現可能な目標であるということを強調したわけだ。ついでに新型狩猟器を手に持って頼もし気に撫でてみる。戦車を打ち破り、魔蜂の巣を攻略した俺達の自信作である。
「……グランドギアーズって鉱山の上を飛んでたあれっすよね」
もちろん、ヴィヴィーの顔が一瞬でこわばった。当然の話である。彼女はあの場を見ている。文官的修辞なんて通じるわけがない。俺だってこんな無茶なことを真顔で口にしたくないのだから。
いや、まだ付け加えないといけないことがあったな。
「ちなみに期限は半年だ」
「そんなの絶対無理……。あっ、でもきっと何かすごい案があるんっすよね」
至極常識的な判断をしようとしたヴィヴィーだが、なぜか俺に期待の目を向ける。ちなみに、隣のシフィーは当たり前のようにうなずいている。君たち本当にアレを見たよな?
「残念だけどそんな案はないんだ。とにかく今あるこれを限界まで強化するという方法しかないと考えている」
俺は新型狩猟器を持ち上げた。戦車を打ち倒した時は自分たちが作ったのに恐ろしさすら感じた強力な狩猟器がとても頼りなく感じる。まるで棒きれで巨大な魔獣、いや空飛ぶ竜に挑むような気分だ。
だけど半年という期間を考えると他に方法は思いつかない。
「要するにこれのでっかい奴をつくって空に向かって弾丸を打ち上げるって感じっすか」
「そう、新、新型狩猟器というのはややこしいな騎士が手に持って使うのは無理だから。とりあえず『魔導砲』と呼称することにしたい」
ちなみに砲とは旧時代にあった筒に石を詰めて爆発的燃焼の力で飛ばす武器のことだ。
「少なくとも弾丸の大きさは魔導艇のエンジンよりも大きくなると思う。何しろ上空のあれに届いて結界を突破する必要があるから」
「ふんふん。…………いや待ってくださいっす。そりゃやっぱ無茶じゃないっすか」
「そうですね。単純に大きくしたら打ち上げるのも難しいと思います」
ヴィヴィーが深刻な顔になり、シフィーも少し不安そうな顔を見せた。最初から無茶な話であることは棚に上げ、俺は頷いた。
「二人の理解は正しい。そもそも新型狩猟器は大きさと表面積のバランスが命だ」
錬金術的には体積と表面積の関係だ。弾丸を大きくすればするほど重くなる。一方、表面積はそこまで増えない。つまり、大量の魔力結晶を詰め込めるから内包できる魔力の量は増えるが、一度に魔術効果として発揮できる魔力効果、いわば出力が相対的に減るのだ。つまり、重さの増加についていけない。
新型狩猟器は弾丸がエンジンよりもはるかに小さく、弾丸表面と筒の表面で実質的に二倍の面積を稼いでいる。つまり、エンジンよりも有利だからあの勢いで魔導金属がとんでいくのだ。それでも倍の大きさにしただけで速度は大幅に落ちるだろう。
魔導艇のエンジンの大きさにしたら筒から飛び出した直後に地面に落ちかねない。魔術が継続する時間は大幅に伸びるだろうが長期間地面を転がっても仕方がないのだ。なぜならそれは弾丸ではなくエンジンだから。ましてや魔導砲は新型狩猟器よりもずっと角度を付けて、最悪真上に打ち上げる。
うん、二人のおかげでこの無茶な仕事の無茶具合が無茶であることが明確になったな。
「間違いなくこれまでとは桁違いの魔力出力を作り出さないといけない。実現するには関わる要素すべてをパワーアップする必要がある。具体的には魔力結晶、魔力触媒、魔導金属、そして術式だ」
俺は分割した課題を黒板に書いた。あっ、ヴィヴィーの目が死んだ。シフィーも深刻そうな顔になっている。要するに「無茶」に「無理」と「無謀」を付け加えただけ。
「一つだけ希望を上げると魔力触媒については当てはあるんだ。要するにドラゴンの触媒を錬金術で精製すればいい。方法は確立しているし、材料はもう依頼済みだ」
「ええっと、一体何を言ってるのかちょっとよく理解できないっすけど……」
「こういうことです」
シフィーが魔力触媒の精製の説明をヴィヴィーにする。考えてみれば最初は彼女を助けるために錬金術を魔術に応用したのが初めだったな。
以前、リューゼリオンの結界を直すために上級魔獣の触媒を精製して、結界で使われる超級相当にした。ならば最初から超級であるドラゴンの血液に同じことをすれば“超”超級触媒になるはずだ。通常の方法なら赤、青、緑の正の三色しかそろわないが、魔導金属の入れ替えを使えば負の三色も出来る。
「つまり、魔力触媒のランクを一つ上げる方法まで作ってたってことっすか。最上級であるはずの超級触媒を超えられる……」
「そういうことだ。魔力触媒の魔力伝導率が上がれば術式の密度を上げられるだろ。つまり、表面積を広げたのと同じ効果がある。ちなみに素材については既にレイアード殿下とヴォルディマール殿下に協力を頼んでいる」
出来ることなら何でもしようという頼もしい言葉に「じゃあドラゴン三種の血液を揃えてください」とお願いしたのだ。魔導艇、グライダー、戦車の力を使えるわけだし、狩りは騎士の本分だ。グンバルドはグランドギルド跡の周囲の山脈にも詳しいらしい。
まあ、そういって請け負ったヴォルディマールの顔はちょっと引きつっていたけど。
「……ヴォルディマール様が驚いていたのはドラゴンを狩れって言われたことじゃないような……。とにかく一つは分かったっす」
「二つ目は魔力結晶だな。これに関しては鉱山の魔力結晶合成器の技術を再現する。これまでよりも大型で高品質で魔力密度の高い魔力結晶を作ること自体は可能なはずだ」
白と黒の魔導金属の間に透明な魔力を高密度で保持することが、透明な魔力結晶作成の原理であると分かっていたし、結晶化の効率も多少は上がっていた。おかげで破壊された鉱山の魔力結晶合成器の残骸からどういう構造でどう動いていたのかを推測できた。合成器は山の奥にあり、しかも結界器と違って動いていなかったので形は残っていたのだ。
「魔導金属に関しては鉱山に大量の新金があったよな、アレを使えば大型化は出来るはずだ」
「そうっすね。魔導金属精錬の仕組みもちょっとわかったっすし。筒は複数の魔導金属板をらせん状に組み合わせるから、魔力をいきわたらせる量的に分割できるっすから……」
ヴィヴィーが真剣な顔で考える。
「そうなると先生。一番問題なのは術式ですか」
「その通り。触媒と魔力結晶、そして魔導金属が強化できたとして、その力を統合して魔力効率を最大限引き出すのが術式だ。結界の六色化で得た経験はあるけど試行錯誤するしかないと思っている」
シフィーの打てば響くような反応が心地いい。実際シフィーに期待している。
旧ダルムオン都市の結界器を六色化した時に分かったが、やはり三色を扱えるシフィーの資質は突出している。改良は結界の強化というよりも、地脈の魔力を吸い上げるという強引なものだったが、それでもグランドギルドのあの複雑な術式を短期間で理解したシフィーは凄かった。
「なんか一つ一つ分けると出来るような気がしてきたっす。まずはあの魔力結晶合成器の魔導金属の形の再現っすね」
早くも工具を取り出し始めているヴィヴィー。さっきまでの不安をけろりと忘れたような姿に苦笑する。やることを見つけたら一直線というのは俺の知る職人らしいと言えるかもしれない。魔導鍛冶といってもそういうところは似ているのだろう。
それに、急いでくれるに越したことはない。一番難しい術式の改良はある程度形になってからでなければ試しにくいのだから。
…………
魔導砲開発室にカンカンという金属音が響く。ヴィヴィーが図面を前に魔力鞴を操作している。
彼女の前には白と黒の編み篭のような魔導金属の構造物が出来ていた。鉱山に存在した魔力結晶の合成器の構造だ。
ちょうど弾丸の形のような内部の空洞に種結晶を設置するために軸が付いている。単に透明な魔力を保持するだけでなく、それを中央に集める。そして種結晶を回転させながら魔力塩から結晶を成長させるという仕組みだ。鉱山でこれを見た時はグランドギルドの技術にあきれたものだ。
一方、シフィーはたくさんの図面を前にしている。六色で描かれた弾丸と筒を平面に展開したものだ。俺なんかは見ただけで頭がおかしくなりそうだ。
実際の製作の第一段階を始めているヴィヴィーと、最後の仕上げの為の準備をしているシフィー。俺はデータの整理と完成後の運用を考える。必要なのは弾丸の大きさに伴ってどれだけ出力が必要になるのかを想定するための曲線、実際にはそれを得るための実験のデザイン。それに、結果として出来上がる魔導砲全体の大きさや重さから考えられる運搬から運用までの想定などだ。
物が物だけに運ぶだけでも大変だ。魔導艇に乗せるしかない。そもそも、どこに設置してどう狙うか。これに関しても結局のところ敵の根拠地が分からないとどうしようもない。もし北の山脈の上まで上げるとなると車輪を付けたくらいではどうしようもない。
開発が始まってからまだ数日だ。これから問題が山ほど出てくるのだから、今の段階で焦っても仕方ない。少なくとも鉱山の再現が出来つつあることに満足すべきだ。
グランドギルド外の最高の施設を再現しても、グランドギルドに勝てるのかという不安は考えないことにする。
「少し休憩しよう」
俺はシフィーとヴィヴィーに言って開発室を出た。王宮からアメリアが小走りでこちらに来るのが見えた。彼女は俺に一枚の手紙を渡した。筆跡はラウリスにもどっているクリスティーヌだ。
「ラウリスの上空にグランドギアーズが出現ですか」
手紙によるとトランからラウリスを経てランデムスと移動したようだ。ラウリス連盟の都市を一回りという感じか。
「特に何もせずに上空を通過しているだけですか」
「示威行為と考えるべきでしょう」
「そうですね。それにしても太湖をほぼ半周ですか……」
敵の動向及び性能の調査という意味では順調ではある。だが、グライダーよりは遅いがあの巨体を考えるととんでもないスピードだな。それに、想定したよりも航続距離が長いのか……。
2021年10月3日:
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