#4話 対抗策
商業ギルドが騎士の上に立つと言わんばかりのポーロ・マドラスの契約。いや、巨大な力を背景にした一方的要求。それを受けてヴォルディマールはハッキリ、レイアードは静かに怒りを燃やしている。
騎士の頂点、都市連盟の盟主の座に就く二人にとって、これが許しがたいものであることは間違いない。現在および将来にわたり自分たちの完全否定だ。いわば一番損する立場だ。
一方、この場にいるもう一人の騎士であるカインは無言を貫いている。俺もこの契約の意味を完全につかみかねていた。何しろ現在の世界の仕組みを完全にひっくり返すという話だ。
「騎士が狩りをするから都市が成り立つのだ。商人などそれに寄生している虫けらではないか。その虫けらが騎士の上に立とうなど増長という言葉でも足りぬ」
「交易路の安全とてすでに我ら騎士が守っているのだ。それを商人の都合に合わせるなど、恩を知らぬと言わざるを得ん」
二人の言葉はどんどん激しくなっていく。
このままではまずい。もう一度ヴォルデマールが激高したら、少なくともテーブルが破綻する。この応急処置はあなたの魔導鍛冶が木工は仕事じゃないと言いながらもやってくれたんだ、大切にしてほしい。
「とにかく――」
「ヴォルディマール殿下、事態はあまりに深刻です。少し落ち着いて現状を把握しましょう」
拳を握りしめたヴォルデマールを見て俺は慌てて止めた。
「そういうリューゼリオン側はこの要求をどう考えているのだ」
振り上げた拳をなんとか戻したヴォルデマール。代わりにレイアードが聞いてきた。冷静に見えてその目は静かな怒りに満ちているのは変わらない。
「そうですね。まだ完全に理解しきっていないのですが……」
何とか今わかっていることを言葉に組み立てる。
「一猟地、あるいは一都市というレベルでは騎士の管理から商人が外れる程度。ですが大陸全土という意味では商人が主導権を完全に握る仕組み、でしょうか」
契約書で一番目に付くのは連盟の解体だ。だが、それだけではない。都市を跨いだ商業ギルドの設立と組み合わせると効果は倍増する。都市を超えた組織は商業ギルドだけということになるのだ。あり得ないことだが、この要求を丸呑みしても一猟地内で考えれば騎士と商業ギルド支部は拮抗、いや騎士の力を考えれば勝りうるかもしれない。
だが大陸レベルで見ると見え方は完全に変わる。
もともと騎士は猟地内での魔獣狩りを本業とする、いわば猟地内で閉じた存在だ。その魔獣狩りが都市にとって死活的に重要な食料と物資の獲得のために必須だから絶対的な権力を持つ。その立場の延長線上で都市連盟という広域組織を束ねているのだ。
二人の態度を見ているととても口に出せないが、純粋に機能的に言えば少々無理がある。ここにいないクリスティーヌならばおそらく兄とは違う見解を示すだろう。
そんな騎士が猟地に閉じ込められればどうなるか。
少し前まで辺境に孤立していたリューゼリオンを考えればよく分かる。かつての俺達には、大陸規模の視点など持ちようがなかった。その状態に、全ての都市の騎士が置かれる。
一方、都市を跨いで交易をする商人はもともとその手の情報に敏感だ。そもそも、今回のポーロ・マドラスの形なき組織が機能したことがその証明である。商業ギルドという大陸全土を統括する表の組織が出来ればなおさらだ。
つまり、連盟解体と商業ギルドの設立はセットなのだ。そのターゲットは大陸の管理を自らが行うこと。だからこそ、猟地内の狩猟権は騎士に認めるとまるで恩を着せるように書いてある。
旧時代の騎士は狩りは主務ではなかったし、文官組織は今よりもずっと高い地位にあった。それでも商人の力は政治に大きな影響を与えていた痕跡がある。はっきり言えば「広域の管理などという似合わないことは商人に任せろ」と言っている。
「レイアード殿下もヴォルディマール殿下もラウリスおよびグンバルドという一都市のことしか見えない状況に陥ります。猟地はともかく都市に関わる決定の多くが商人の情報なくば出来ないようになるかと。これは騎士が魔力を独占していても変わりません」
「……確かにそうなりかねないな」
レイアードが押し付けた拳でテーブルがぎしぎしと音を立てた。
「要するに奴はグランドギルドを気取るつもりか。なおさらだ。必ず潰さねばならん」
俺の言葉に唖然としていたヴォルディマールが我に返ったように言った。
「となるとあの『グランドギアーズ』に対処しなくてはいけないわけですね。グライダーよりもはるか上空から、地下の結界器を破壊できるあの遺産に」
二人の王子に冷静な言葉で事実を指摘したのはカインだ。
世界の支配を騎士から商人へ。本来なら不可能だ。魔力という絶対的な力を持つ騎士は武力と食料、資源の調達の中心なのだ。騎士だけの世界はあり得ても、騎士の居ない世界はあり得ない。だがその騎士ですら結界を失うことは致命的だ。
沈黙が傾いたテーブルを覆った。
「いかにグランドギルドの遺産とはいえ、あの高さにあの大きさの物体を浮かせるのだ。それも魔力の力だけで。飛行時間が長かろうはずはない」
「そうだな。魔力は地上でしか補給できない。そこが弱点のはずだ」
「確かに。どれだけ強力でもたった一つの遺産です。それが動けないタイミングはあるはずです。先輩はどう思いますか」
「基本的にはその通りだと思う。北から来たし、真の遺産という言葉もある。グランドギルド跡に拠点があるというのが一番考えられるでしょうか」
レイラ達の調査で黒幕は組織らしい組織を持っていないことが分かっている。唯一の武力であるはずの傭兵団は壊滅させた。降伏した時に現れた戦車の数が想定よりも二両ほど少なく、どうやら混乱の中逃げ延びたメンバーがいるようだが、大勢を動かす力にはならない。
「ドルトンは現存する都市の中で一番グランドギルド跡に近い。あの商人がそこを拠点にしていたことを考えると間違いなさそうだな」
ヴォルディマールが地図を指した。改めて見れば最初からグランドギルド跡を狙っていたとしか思えない。鉱山ですらただのおとりだったのだろう。
大分話が建設的な方向にもどってきた。
「ただ、グランドギアーズの魔力の密度はとんでもなかったです。我々が知っているのを超える魔力結晶があると考えるべきかと。基地の存在も含めてグランドギアーズの力の全貌を掴むには情報が足りないと考えます」
「となるとまずはあれの監視か」
「そうなりますね」
「迂遠だが仕方あるまい。あれだけの魔力を発している。グライダーにあの測定儀があれば動向を追うことはできるだろう」
「そういえばお貸しした魔力測定儀、まだ返してもらっていませんね」
「……追加でいくつか必要だな」
「こちらにも回してもらう必要がある」
当たり前のように要求が飛んできた。戦いが終わった後のリューゼリオンの立場を考えればいろいろ悩ましいが、空飛ぶものの追跡となるとグライダーと魔導艇の機動力は絶対に必要だから仕方ない。
「それで。あの遺産の性能や動向を掴んだとしましょう。仮にグランドギルド跡にあれの基地があるとして、それを叩くというのは決して簡単ではないと思います。違いますか?」
「そうだな。グランドギルド跡のある山脈自体が多くの竜が生息する危険な場所だ」
「しかも、グランドギルド跡への侵入を敵対行動としてあの遺産で本国を攻撃してくる可能性が高い」
三度目のカインの指摘に二人は考え込む。
「グランドギアーズ監視は絶対条件として、拠点またはあれ自体への攻撃手段の用意が必要だな」
「そうだな、できれば遠距離から。そういう狩猟器をレキウスの錬金術で作れないのか」
しばらく時間がたち二人の王子が俺を見た。
無茶を言ってくれる。あれはグランドギルドの真の遺産、文字通り人類の魔術の最高峰だ。とはいえ、この事態に対処するためには二人にはグランドギアーズの監視、その間にこちらが対抗するための手段の開発、そういう分担をするしかない。
「……戦車に使った新型狩猟器の強化であれば可能性はありますが……」
ダルムオン結界の復活強化で得た知識と鉱山に残った魔導金属の精錬と魔力結晶の合成器の残骸、これらを合わせれば新型狩猟器の大幅な強化は不可能ではない。あくまで理論上はだけど。
「ただし両殿下にも協力してもらう必要があります。地上に近づいた時に狙うとしても、生半可な力ではあの結界は抜けないですから」
「無論だ。こちらにできることならば力は惜しまん」
「うむ。ラウリスもだ」
即答が帰ってきた。冷静になったと思ったが、やはりまだ衝撃は抜けきっていないらしい。まあ、俺が頼むことは彼らの本分である魔獣狩りだ。何とかやってもらおう。
「これで決まりだな。我ら総力を挙げて商人ごときの企みを粉砕する」
ヴォルディマールが拳を振り下ろした。テーブルの脚が折れ、倒れた。
◇ ◇
「ああもう、せっかく直したのに」
テーブルを直すヴィヴィーのぼやきを聞きながら、俺はさっきまでの会議のことを考えていた。少なくとも現状で考える限りあれ以上の結論は出せない。新型狩猟器の大幅なパワーアップが俺の仕事だ。
ただ、やはりまだ敵の思惑が気になる。そもそもなぜポーロ・マドラスは半年という猶予を与えたのか。
無論、あの要求の大きさを考えると半年など短すぎる期限ではある。だからと言って、騎士があれに納得して自分たちで意見を調整して契約を結ぶなどと思ってはいないはずだ。対抗できる時間を与えるのがいい手には思えない。
グランドギルドの真の遺産という絶対的な力を持った者の余裕、おごりか……。だが、これまでの行動や計画からそんなものは一欠片も感じられない。実際、俺達はあと一歩のところで出し抜かれた形だ。
そもそもポーロ・マドラス自身の目的はなんだ。自分が世界の頂点に立つ? ならばなぜ商業ギルドという形を取ったのか。
俺はまだ敵の計画、真意をつかみきっていないのではないか。本当にこのまま対抗策の開発をやっているだけでいいのかという疑問が晴れない。
「先生。どうしましたか?」
気が付けばシフィーが心配そうに俺を見ていた。
「いや、これからまた大変だけど。よろしく頼むよ」
「わかってます。私は先生の助手ですから。何でも言ってください」
今はとにかく出来ることに集中するしかない。そもそも新型狩猟器の大幅強化という目的自体が実現可能かどうかわからないのだ。
2021年9月26日
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